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02、ベルナルド第一王子の頼み
「ローラン、ちょっと頼まれてほしいことがあるんだが」
シェリル嬢が修道院送りになった翌日、食堂で兄に話しかけられた。僕は兄弟姉妹の中でもっとも兄の信頼を受けていたし、評価も高かった。その理由は僕の記憶力にあるだろう。とくに数字をよく覚えるので、兄の政務を補助する役にも重宝されていた。
「僕に務められることなら喜んで」
食卓の離れた席に座った兄に、僕はほほ笑んで答えた。つねに公明正大に振る舞う兄を、僕は尊敬していた。だからそんな兄を悩ませたシェリル嬢には苛立ちを覚えるはずだ。頭ではそう思っているのに、自分の中にもう一つ別の感情が宿っているような気がする……。
「フィオリーニ公爵家から、修道院に持って行けなかったシェリルの私物を処分前に確認して欲しいと頼まれているんだ。だが今週は隣国の大使が来訪したり、王都の式典に出席したりと立て込んでいてね。侍従に行かせようと思ったものの、シェリルの私的な荷物もかなり含まれているらしい」
「それですと侍従に見せるのは憚られますね……。シェリル嬢は僕たちの遠縁に当たるんでしたっけ――」
「五代前の王弟殿下がフィオリーニ公に叙せられて始まった家だからな。最近だと、亡くなった公爵夫人の母上が王家から降嫁した方だ」
亡くなった公爵夫人――シェリル嬢の実母はずいぶん前に他界されたが、その母上――シェリル嬢のお祖母様はちょうど三年くらい前にお亡くなりになったはずだ。僕も葬儀に参列したから覚えている。
「分かりました。でもフィオリーニ家はなぜシェリル嬢の私物について、兄上にうかがいを立てるのでしょう?」
「私名義の贈り物がたんとあるそうだ。婚約してから毎年、彼女の誕生日と聖人の祝祭日には王家から贈り物をしていたからな」
そういえば兄の侍従がよく宝石商や、王家ご用達の魔道具職人を呼びつけていた。
「高価なものが多いはずだから、許可をもらえば彼らも換金できるだろう」
「ええっ、売るんですか!?」
「公爵家の財政は火の車なんだぞ」
兄は苦笑した。貴族が威厳を保つには何かとお金がかかるものだが、フィオリーニ公爵家の場合はもっぱらシェリル嬢の浪費癖が原因。父親である公爵は、幼いころに母を亡くしたシェリル嬢の心が物で満たされるならと甘やかし、後妻に入った公爵夫人は実母でないため厳しく叱れないのだとか。すべて伝聞だが、社交界では有名な話になっていた。
「まあお前も忙しいだろうから、見たふりだけして許可してやれば良い」
というわけで、公爵邸までの道を馬車に揺られながら、僕は予知能力でも持つようになったのかとぼんやり考えてみた。子供のころからこんな力を持っていたわけじゃない。思い返してみると―― まずは二年前、シェリル嬢のデビュタントの日。何かやらかすぞ、という予感だけがあった。実際は場違いなドレスに趣味の悪い宝石、果ては「おーほっほっほ」という気でも違えたかと思うような笑い方。すべて王太子妃にふさわしくない言動で、父親であるジャンカルロ・フィオリーニ公爵は恥じ入っていた。
それから去年、シェリル嬢がイザベラ嬢を屋敷の大階段から突き落とした事件の夜。たまたま階段下にいたフィオリーニ公爵が風をあやつってイザベラ嬢を救ったので大事には至らなかったが、どういうわけか報告を聞く前から事の顛末を知っていた。
「考えてみたらシェリル嬢に関することばかりだな」
答えが見つからないまま、馬車はフィオリーニ邸に到着した。
「こちらになります」
公爵家の執事に案内された部屋は、ものにあふれ宝物庫のようだ。
「シェリル嬢のプライバシーを守るため、しばらく僕一人にしていただけますか」
「もちろんです」
執事はうやうやしくお辞儀をし、僕の連れて来た侍従と共に部屋から出て行った。
「さて、と」
僕は迷いなく、部屋の奥に積んである木箱へ向かって歩いた。その中にシェリル嬢の日記帳が収められていることを知っていたから。
シェリル嬢が修道院送りになった翌日、食堂で兄に話しかけられた。僕は兄弟姉妹の中でもっとも兄の信頼を受けていたし、評価も高かった。その理由は僕の記憶力にあるだろう。とくに数字をよく覚えるので、兄の政務を補助する役にも重宝されていた。
「僕に務められることなら喜んで」
食卓の離れた席に座った兄に、僕はほほ笑んで答えた。つねに公明正大に振る舞う兄を、僕は尊敬していた。だからそんな兄を悩ませたシェリル嬢には苛立ちを覚えるはずだ。頭ではそう思っているのに、自分の中にもう一つ別の感情が宿っているような気がする……。
「フィオリーニ公爵家から、修道院に持って行けなかったシェリルの私物を処分前に確認して欲しいと頼まれているんだ。だが今週は隣国の大使が来訪したり、王都の式典に出席したりと立て込んでいてね。侍従に行かせようと思ったものの、シェリルの私的な荷物もかなり含まれているらしい」
「それですと侍従に見せるのは憚られますね……。シェリル嬢は僕たちの遠縁に当たるんでしたっけ――」
「五代前の王弟殿下がフィオリーニ公に叙せられて始まった家だからな。最近だと、亡くなった公爵夫人の母上が王家から降嫁した方だ」
亡くなった公爵夫人――シェリル嬢の実母はずいぶん前に他界されたが、その母上――シェリル嬢のお祖母様はちょうど三年くらい前にお亡くなりになったはずだ。僕も葬儀に参列したから覚えている。
「分かりました。でもフィオリーニ家はなぜシェリル嬢の私物について、兄上にうかがいを立てるのでしょう?」
「私名義の贈り物がたんとあるそうだ。婚約してから毎年、彼女の誕生日と聖人の祝祭日には王家から贈り物をしていたからな」
そういえば兄の侍従がよく宝石商や、王家ご用達の魔道具職人を呼びつけていた。
「高価なものが多いはずだから、許可をもらえば彼らも換金できるだろう」
「ええっ、売るんですか!?」
「公爵家の財政は火の車なんだぞ」
兄は苦笑した。貴族が威厳を保つには何かとお金がかかるものだが、フィオリーニ公爵家の場合はもっぱらシェリル嬢の浪費癖が原因。父親である公爵は、幼いころに母を亡くしたシェリル嬢の心が物で満たされるならと甘やかし、後妻に入った公爵夫人は実母でないため厳しく叱れないのだとか。すべて伝聞だが、社交界では有名な話になっていた。
「まあお前も忙しいだろうから、見たふりだけして許可してやれば良い」
というわけで、公爵邸までの道を馬車に揺られながら、僕は予知能力でも持つようになったのかとぼんやり考えてみた。子供のころからこんな力を持っていたわけじゃない。思い返してみると―― まずは二年前、シェリル嬢のデビュタントの日。何かやらかすぞ、という予感だけがあった。実際は場違いなドレスに趣味の悪い宝石、果ては「おーほっほっほ」という気でも違えたかと思うような笑い方。すべて王太子妃にふさわしくない言動で、父親であるジャンカルロ・フィオリーニ公爵は恥じ入っていた。
それから去年、シェリル嬢がイザベラ嬢を屋敷の大階段から突き落とした事件の夜。たまたま階段下にいたフィオリーニ公爵が風をあやつってイザベラ嬢を救ったので大事には至らなかったが、どういうわけか報告を聞く前から事の顛末を知っていた。
「考えてみたらシェリル嬢に関することばかりだな」
答えが見つからないまま、馬車はフィオリーニ邸に到着した。
「こちらになります」
公爵家の執事に案内された部屋は、ものにあふれ宝物庫のようだ。
「シェリル嬢のプライバシーを守るため、しばらく僕一人にしていただけますか」
「もちろんです」
執事はうやうやしくお辞儀をし、僕の連れて来た侍従と共に部屋から出て行った。
「さて、と」
僕は迷いなく、部屋の奥に積んである木箱へ向かって歩いた。その中にシェリル嬢の日記帳が収められていることを知っていたから。
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