【完結】第二王子はループしている~悪役令嬢に仕立て上げられた公爵令嬢は王太子から婚約破棄された。彼女の幸せを願う僕は過去へ戻る~

綾森れん

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03、シェリル嬢の残した日記

 日記帳の表紙には「天気と温度の記録」という偽のタイトルが書かれており、さらに封印魔術までかけてある。最初に手に取ったのは三年前のものだった。

<昨夜、最愛のお祖母様が息を引き取りました。眠るように安らかな最期でした。お母様亡き後、唯一私を愛してくれた方。お祖母様には感謝しかありません。心より愛をこめて。シェリル>

 最後の方は手紙のようになっていた。
 唯一私を愛してくれたって、父上であるフィオリーニ公爵も君を愛しているから甘やかしているのではないか? 公爵の愛情に気付かないのだろうか?

<お祖母様が亡くなったからってくよくよしていられないわ! お祖母様もお母様も泣いている私なんて望んでいないはず。ベルナルド殿下にふさわしい女性になるために勉学に励みましょう>

 翌日には自分を鼓舞する内容が書かれていた。前向きな性格だったようだ。

<苦しい時にはお祖母様が私に残してくれた王家の秘宝を見つめるの。お祖母様はこの秘宝を持って公爵家に嫁いでこられたそう。私はこれを持って王家に嫁ぐのです。そう思うとつらい勉強も頑張れるわ>

 王家の秘宝ってなんだったかな? 僕はこめかみを押さえた。思い出せないが、確かとても重要なものだったはず―― もう少し読み進めれば分かるかも知れない。

<今日、家庭教師のモニカ女史が解雇されました。お祖母様が公爵家に呼んで下さった先生で、厳しいけれど尊敬していたのに。モニカ女史がお屋敷のお金を盗んだというけれど、とても信じられないわ。あの真面目で固いモニカ女史が盗みですって?>

 変な話だな、と僕は首をかしげた。令嬢の家庭教師が盗みを働けるなんて、公爵邸のお金の管理はどういう体制なんだろう?

<新しい先生の指導はモニカ女史とはまったく違って大変です。モニカ女史から習ったことはすべて間違っていたそうで、困惑しています。まず笑い方から変えなければいけません。王妃はおーほっほっほと笑うそうです>

 何言ってるんだ、この教育係は!? 呆然とした僕の手から、日記帳がすべり落ちるところだった。あの馬鹿みたいな高笑いが教育によって作られていたなんて!

<デビュタントのためのドレスと宝石が用意されました。私の趣味には全くあわなくてつらいけれど我慢しなければ。こんな珍妙な柄の服を身につけるなんて恥ずかしくて死んでしまいそう>

 うん、よく覚えているよ。咆哮を上げる虎の顔が刺繍されていたドレスだよね。
 どういうことだ? 誰があんなものを作らせて、シェリル嬢に着せたんだ?

<明日はデビュタントです。用意された宝石をすべて付けると重くて肩が痛くなってしまう。でもこれはベルナルド殿下のとなりに並ぶために必要なことだそう。今の王妃様はそんな派手は恰好はされていないのを不思議に思いましたが、若いころは頑張っていらっしゃったとお義母様がお話しして下さいました>

 そんなわけないだろう! 僕は頭をかかえた。
 なんでだまされるんだ? と歯がゆく思ったが、我が国の社交界デビューは十五歳。彼女はまだ世間知らずな十代の令嬢なのだ。教育係や親の言うことを信じるしかないのだろう。

<緊張で眠れなくて、お祖母様が残してくれた王家の秘宝を抱いて眠りました。私は大きな魔力を持たないので使えないけれど、ベルナルド殿下ならきっとお使いになれるのでしょうね>

 王家の秘宝は魔道具なのか―― なんとなく思い出してきたぞ。王族は大きな魔力を持つから、確か僕にも扱えるんだ。

<デビュタントは教育係から言われた通りに過ごしたのに、王家と貴族の皆様の視線が冷たくて悲しかった。お父様も恥ずかしそうにしていらっしゃいました。帰宅後どこがいけなかったのかうかがったら、おーほっほっほの「ほ」の数が足りなかったようです>

 そんなわけあるかーっ! 危うく日記帳を大理石の床に叩きつけるところだった。

<お父様は私に失望され、ますますイザベラをかわいがっています。彼女は将来王妃にならないから、扇で口もとを隠してウフフと笑ってもよいそうです。私もそんなふうに自然に振る舞えたらいいのに。でもベルナルド殿下のために頑張るって決めたんだわ! 落ち込んでちゃだめよ、シェリル!>

 これはひどい……。僕は呆然として窓から見える公爵邸の庭に目をやった。

 ジャンカルロ・フィオリーニ公爵は長女であるシェリル嬢をおとしめて、次女のイザベラを愛していたのか? イザベラの母親であるエレナ夫人は―― 僕はあまり詳しくないが、フィオリーニ公爵が見初めた男爵家の令嬢だったはず。持参金の多さに王家も許可したと聞いている。

<お義母様とイザベラが、私の名前で宝石商からネックレスやブレスレットをたくさん購入しています。公爵家の台所事情を心配したら、娘がそんなことに口をはさむなとお父様からステッキで腰を打たれてしまった。腰も痛いけれど心がきしんで、今夜も眠れなさそう>

 浪費していたのはイザベラ母娘のほうだったとは! しかもフィオリーニ公爵も明らかに彼女たちの味方なのだ。社交界の噂も夫妻が流したのだろう。今まで自分が見聞きしてきたものが一切、信じられなくなってきた。シェリル嬢が不憫でならない。

<なんとかイザベラと仲良くなりたい。彼女が私の見方になってくれたら、お父様やお義母様も私を愛してくださるかも。使用人たちにも無視されなくなるかしら?>

 公爵家全体で前妻の残した令嬢をいじめていたのか。あいつら腐ってるな。

<イザベラに好きなことを聞いたら、掃除が好きなんですって! でも使用人たちが遠慮してなかなかさせてもらえないって言っていたわ。使用人たちの前で、私がイザベラに掃除をするよう命じてくれたら助かるって言われたので、明日さっそくやってみるわね! これであの子と仲良くなれるといいな♪>

 なんて純真なんだ……。僕はつい目頭を押さえた。疑うことを知らないのか?

<使用人たちには私がイザベラをいじめていると誤解されてしまった。悲しいけれど、イザベラにはお礼を言ってもらえたので嬉しかったわ!>

 イザベラめ、とんでもない悪女だ。兄にはもう一度婚約破棄してもらわねば。
 いや、兄上がシェリル嬢との婚約を破棄したのは、公爵家夫妻に仕組まれていたんだ! 後妻が自分の産んだ子を王太子妃にするためにめぐらせた計略に、王家も含めて社交界全体が引っかかったんだ。

<王太子妃の正装は縦ロールなんですって! 知らなかったわ。私の黒髪は髪質が硬くてなかなか縦ロールにならないのですが、寝るときにカーラーをつけて頑張っています。寝返りを打てないので首が痛くなりました>

 縦ロールってなんのことかと思ったら髪型の話か。シェリル嬢、ほとんどからかわれてるんじゃないか?

<今日初めてシャコという海の幸を見ました! 黒くて長い足が無数に生えていて、まるで虫のような見た目なので、あれが食べ物だなんてびっくりです。お義母様の侍女の方が、イザベラの大好物だと言っていました。私は遠慮しますって言っちゃった。お祖母様が亡くなってから私とイザベラは食事も別なので、妹の好物すら知らなかったのは悲しい。イザベラのスープに乗せるよう頼まれたので入れてあげました>

 それ、ゲジゲジじゃないかな? 「虫のような見た目」って普通虫に分類するよね、多足類は。「食べ物だなんてびっくり」って食べ物じゃないからね。シャコは甲殻類だからちょっと違うかな。
 修道院の部屋の壁にくっついてるゲジゲジをシェリル嬢が見つけて、シャコだと信じて料理しないよう祈るばかりだ。

<王都ではコーヒーにシロップを入れて飲むのが流行ってるんですって! 侍女がこっそり用意してくれました。イザベラのカップに入れてあげたけど、彼女ダイエット中だから甘いものは飲めないんですって。残念だわ。イザベラと仲良くなる作戦、なかなかうまく行きません。私は公爵邸で孤立したままです。どこを直せばいいのかしら? お友達が欲しいです>

 切ない。僕が彼女の友達になってあげたかった。孤独な日々の中でも明るく振る舞おうとする様子が伝わってきて、余計につらくなる。

<今日は、あ~らごめんあそばせぇと言いながら使う護身術を学びました。相手の肩をとんっと押すだけなのですが、大階段の上で行うので怖かったです。でもお父様が風魔法で補助してくださいました>

 んんん!? まさかこれが、義妹大階段から突き落し事件の真相か!? 次女を王太子に嫁がせるためここまでするとは。シェリル嬢は、後妻にとっては邪魔な前妻の娘だが、公爵にとっては血のつながった我が子じゃないか! こんな公爵家、取りつぶしてやりたい。あまりに悪辣非道すぎる。それでシェリル嬢の無実を晴らし、彼女を修道院から連れ戻すのだ。

 だがそれは不可能だと僕は知った。
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