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第08話、男装の王女、戦地へ送られる
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鐘楼のうしろから昇る朝日が、馬車の窓を通して差し込む。
ブリューム自治領へは転移魔法陣を使って行くことができない。なぜならブリューム地方の反乱軍が魔法陣を破壊したから―― というのが帝国側の主張。この報復として今回の侵攻が始まった。
だが真相は―― 皇帝直属の近衛兵が父の命を受けて、遠隔魔術で魔法陣を破壊したのだ。つまり、ブリュームを自治領ではなく直轄地にしたい帝国側の自作自演だったというわけ。
かつてのブリューム地方は山岳地帯で資源に乏しく、農作物もあまり収穫できない貧しい土地だった。だが十年ほど前に養蚕技術が確立され、近年では質の高い絹織物の産地としてどんどん豊かになってきた。
そこで父はブリューム地方を直轄地として、たっぷり税金を吸い上げようと考えたのだ。
騎士団に護衛された馬車は昼過ぎ、ようやくブリューム自治領に到着した。帝国との境にほど近いところに本陣が張られている。
私は皇太子として、戦場の最高司令官であるドラーギ将軍にうやうやしく迎えられた。
「遠路はるばるお越し下さり感謝申し上げます、皇太子殿下」
彼からすれば、なぜいきなり皇太子が来たのか訳が分からないだろう。
「ドラーギ将軍、戦況はいかがなものか」
「はっ、ブリュームの兵士たちはしぶとく、領主はなかなかこちらの停戦条件を受け入れません」
「その条件とは領主の自治権を剥奪し帝国直轄地とする、というものだろう?」
「はい……」
やや覇気のない返事をするドラーギ将軍。内心、そんな全権剥奪に近い条件が簡単に受け入れられるわけないだろうと思っている顔だ。
「わが軍の状況は? なぜ苦戦している?」
「末端の兵士たちは――」
と言ってからちょっと言葉を探し、
「帝国直轄地以外から徴兵されたものが多く――」
「むしろブリューム住民の感情に沿ってしまうというわけだな」
「はい」
危険な前線には、帝国への忠誠心が低い土地の民が送られているのだ。彼らは歴史的に別の民族だったり、私たちとは信じる神々が異なったりしている。
「私が今日持ってきたのは新たな停戦条件を記した手紙だ」
「えっ、条件緩和をしていただけるのですか!?」
目を輝かせるこの将軍、この人自身士気がいまいちなのではなかろうか? こりゃあ戦が長引くわけだ……
「ブリューム領の自治権は残すこととする。ただし転移魔法陣を修復すること、それから戦後賠償金として今後十年間、毎年百万オーロの支払いを命じる、というものだ。これが私と大臣たちでまとめた条件だが、ブリューム卿が飲むだろうか?」
昨夜遅くまで大臣たちと話し合った結果、これ以上帝国側が譲歩することはできないということだった。ブリューム反乱軍が帝国の設置した転移魔法陣を破壊したと公表してしまった以上、おとがめなしでは示しがつかないからだ。
「現場で指揮をとってきたドラーギ将軍はどう思う?」
「そこまで譲歩して下さるなら、ブリューム領主は必ず休戦条約にサインするでしょう! 絹織物で利益を上げ続けているブリュームにとって毎年百万オーロくらい、大した負担ではないはずです」
「よし。それを聞いて安心した。伝令にこの文書を持たせてブリューム卿へ届けてくれ!」
果たして―― 宮殿の大臣たちと現場の指揮官だったドラーギ将軍の予想通り、ブリューム卿はこちらの休戦条件を受け入れた。
翌日、ブリュームの都の中央広場に赤いベルベットのかけられたテーブルが置かれ、自治領・帝国それぞれの兵たちが見守る中、私とブリューム卿が終戦決議文書にサインした。もちろん私のサインは兄のもの。練習した甲斐があったわ! しかもこんな公的文書に私がサインする日が来るなんて、うれしいじゃない!
ブリューム卿の屋敷内ではなく青空の下での終戦宣言となったのは、私の身の安全のため。つまり彼らを完全に信用できたわけではないけれど、二人がサインをしたあと人々は解き放たれたような笑顔で拍手をした。
今後の自治領運営に関する取り決めや戦後処理を済ませて、私はドラーギ将軍とその部下に護衛されて帰路についた。
将軍は偽皇太子の私をすっかり気に入って、
「私は殿下のお人柄を誤解しておりました! このように民の生活に配慮して下さる方だったとは―― あなたのようなリーダーでしたら、私はこの命を捧げて戦いたい」
「あなた方が命を捧げなければならない場面が今後来ないように、私は国のかじ取りを行う所存だ」
と私は答えた。
帰りの馬車の中、私は満たされた気持ちで車窓を流れる景色をながめていた。
父と兄が始めた戦いを終わらせてやった。帝国の大臣たちも、おおむね味方につけることができた。
皇太子のサインがある終戦決議を、父は簡単にくつがえすことはできないだろう。そんなことをしたら帝国の信頼は崩れ去る。かと言って皇太子が偽物だなんてことになったら、それこそ帝国の権威が失墜する。皇女が皇太子に化けて婚礼の儀に出席したり、公国に出かけたり、戦場までおもむいているなんてまるで流行りの喜劇だ。
「皇太子が大臣たちと騎士団を味方につけて、皇帝に反旗をひるがえしたとでも言うのかしら」
のどかな丘陵の風景をみつめながら、私はふっと笑った。
ブリューム自治領へは転移魔法陣を使って行くことができない。なぜならブリューム地方の反乱軍が魔法陣を破壊したから―― というのが帝国側の主張。この報復として今回の侵攻が始まった。
だが真相は―― 皇帝直属の近衛兵が父の命を受けて、遠隔魔術で魔法陣を破壊したのだ。つまり、ブリュームを自治領ではなく直轄地にしたい帝国側の自作自演だったというわけ。
かつてのブリューム地方は山岳地帯で資源に乏しく、農作物もあまり収穫できない貧しい土地だった。だが十年ほど前に養蚕技術が確立され、近年では質の高い絹織物の産地としてどんどん豊かになってきた。
そこで父はブリューム地方を直轄地として、たっぷり税金を吸い上げようと考えたのだ。
騎士団に護衛された馬車は昼過ぎ、ようやくブリューム自治領に到着した。帝国との境にほど近いところに本陣が張られている。
私は皇太子として、戦場の最高司令官であるドラーギ将軍にうやうやしく迎えられた。
「遠路はるばるお越し下さり感謝申し上げます、皇太子殿下」
彼からすれば、なぜいきなり皇太子が来たのか訳が分からないだろう。
「ドラーギ将軍、戦況はいかがなものか」
「はっ、ブリュームの兵士たちはしぶとく、領主はなかなかこちらの停戦条件を受け入れません」
「その条件とは領主の自治権を剥奪し帝国直轄地とする、というものだろう?」
「はい……」
やや覇気のない返事をするドラーギ将軍。内心、そんな全権剥奪に近い条件が簡単に受け入れられるわけないだろうと思っている顔だ。
「わが軍の状況は? なぜ苦戦している?」
「末端の兵士たちは――」
と言ってからちょっと言葉を探し、
「帝国直轄地以外から徴兵されたものが多く――」
「むしろブリューム住民の感情に沿ってしまうというわけだな」
「はい」
危険な前線には、帝国への忠誠心が低い土地の民が送られているのだ。彼らは歴史的に別の民族だったり、私たちとは信じる神々が異なったりしている。
「私が今日持ってきたのは新たな停戦条件を記した手紙だ」
「えっ、条件緩和をしていただけるのですか!?」
目を輝かせるこの将軍、この人自身士気がいまいちなのではなかろうか? こりゃあ戦が長引くわけだ……
「ブリューム領の自治権は残すこととする。ただし転移魔法陣を修復すること、それから戦後賠償金として今後十年間、毎年百万オーロの支払いを命じる、というものだ。これが私と大臣たちでまとめた条件だが、ブリューム卿が飲むだろうか?」
昨夜遅くまで大臣たちと話し合った結果、これ以上帝国側が譲歩することはできないということだった。ブリューム反乱軍が帝国の設置した転移魔法陣を破壊したと公表してしまった以上、おとがめなしでは示しがつかないからだ。
「現場で指揮をとってきたドラーギ将軍はどう思う?」
「そこまで譲歩して下さるなら、ブリューム領主は必ず休戦条約にサインするでしょう! 絹織物で利益を上げ続けているブリュームにとって毎年百万オーロくらい、大した負担ではないはずです」
「よし。それを聞いて安心した。伝令にこの文書を持たせてブリューム卿へ届けてくれ!」
果たして―― 宮殿の大臣たちと現場の指揮官だったドラーギ将軍の予想通り、ブリューム卿はこちらの休戦条件を受け入れた。
翌日、ブリュームの都の中央広場に赤いベルベットのかけられたテーブルが置かれ、自治領・帝国それぞれの兵たちが見守る中、私とブリューム卿が終戦決議文書にサインした。もちろん私のサインは兄のもの。練習した甲斐があったわ! しかもこんな公的文書に私がサインする日が来るなんて、うれしいじゃない!
ブリューム卿の屋敷内ではなく青空の下での終戦宣言となったのは、私の身の安全のため。つまり彼らを完全に信用できたわけではないけれど、二人がサインをしたあと人々は解き放たれたような笑顔で拍手をした。
今後の自治領運営に関する取り決めや戦後処理を済ませて、私はドラーギ将軍とその部下に護衛されて帰路についた。
将軍は偽皇太子の私をすっかり気に入って、
「私は殿下のお人柄を誤解しておりました! このように民の生活に配慮して下さる方だったとは―― あなたのようなリーダーでしたら、私はこの命を捧げて戦いたい」
「あなた方が命を捧げなければならない場面が今後来ないように、私は国のかじ取りを行う所存だ」
と私は答えた。
帰りの馬車の中、私は満たされた気持ちで車窓を流れる景色をながめていた。
父と兄が始めた戦いを終わらせてやった。帝国の大臣たちも、おおむね味方につけることができた。
皇太子のサインがある終戦決議を、父は簡単にくつがえすことはできないだろう。そんなことをしたら帝国の信頼は崩れ去る。かと言って皇太子が偽物だなんてことになったら、それこそ帝国の権威が失墜する。皇女が皇太子に化けて婚礼の儀に出席したり、公国に出かけたり、戦場までおもむいているなんてまるで流行りの喜劇だ。
「皇太子が大臣たちと騎士団を味方につけて、皇帝に反旗をひるがえしたとでも言うのかしら」
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