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第一章、聖女編/Ⅰ、旅立ちと覚醒
06、ダンジョン最下層に封印されていたのは
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「うっ…… ここはどこだ?」
ひんやりとした青い光に包まれた空間に、俺はあお向けに倒れていた。竪琴をひざに乗せたまま、両ひじをついて身を起こす。
「まさか最下層――?」
床一面がやわらかい苔に覆われ、銀色に発光している。上からも時折さらさらと銀色の砂が一筋、二筋と落ちてくる。それを見上げようとして、俺は息を呑んだ。
――何か、いる……!
祭壇だろうか? 倒れている俺から数歩離れたところに石段が見える。その上には崩れかけた大理石の柵。おそらく円形に囲まれたその内側で、氷のいましめに縛られているのは――
――まさか魔神アビーゾ!?
恐ろしくて顔を上げられない。俺から見えるのは氷漬けにされた、それの下半身だけ。
グォア……ァ……
それがゆっくりと口をあけた。
――ドラゴン!?
ようやく上を向いた俺の目が巨大なホワイトドラゴンの姿をとらえたのと、その口から白銀の光が放たれたのは同時だった。光の弾は音もなく俺の胸に襲い来る。
――やられるっ!!
俺は覚悟を決めて目を閉じた。
パリン
自分の身体から何かが割れるような高い音が聞こえた。
――死ぬときってこんな音がするんだ……
痛みはない。それきりなんの音も聞こえない。耳が痛くなるような静寂が続いている。
目を閉じていると、胸の中心から手足のすみずみまで、熱い血潮がめぐるような感覚が襲ってきた。
熱いエネルギーが両肩と背中に集まっていくような感じがする。
俺はまだ目を閉じている――にも関わらず、目の前が見えた。
半身を氷漬けにされた真っ白いドラゴンが、銀色の美しいたてがみをゆらして長い首を曲げると、心配そうに俺をのぞきこんだ。
『坊や?』
問いかける意識が頭の中に響いてきて、俺はびくっと身体を震わせる。
『具合はどうじゃ?』
意識の声は音色を持っていないから、高低もないし性別も分からない。だが俺を気遣ってくれる感情そのものが伝わってきた。
『痛みはないはずじゃが――』
不安そうな様子からして、目の前のドラゴンが語りかけているのか。でもこいつ、俺を攻撃したよな?
『坊や、目を開けてたもれ』
懇願するような言葉に応えるように、俺は恐る恐る目をひらいた。輝くように白いドラゴンが、いつも村から眺めていた海のように青い瞳で俺をみつめていた。
『おお、なんと澄んだエメラルドの瞳―― 美しい子じゃ』
ドラゴンが目を細めたような気がした。
『そなたの力を抑え込んでいた封印石を破壊したのじゃが、精霊力は戻ったかのう?』
封印石? 精霊力? 耳慣れない言葉に首をかしげる。
「守護の聖石のこと?」
小声で問いながらふと視線を落として、
「ぎゃぁぁぁっ!!」
俺は悲鳴をあげた。
「なんだこれっ!? 胸に金色の目玉がくっついてる!!」
生まれた翌日、旅の聖女にはめられたという守護の聖石が割れ、聖石のあった場所にこぶし大はあろうかという眼が開いていた。
「なんだよ、これ怖いよ! 取ってよ!!」
パニックのあまり泣き声になる俺。
『竜眼じゃ。気に入らぬなら閉じておけ』
どことなく悲しそうな口調。
「閉じるって……どうやって!?」
『そなたの身体じゃ。自分で動かせるじゃろ』
意識を胸に向けると――
「あ、閉じられた」
肌の上に一筋横線が入っているだけで、ほとんど目立たない。
「よかった、まつ毛とか生えてなくて。胸毛がすごい人みたいに見えるとこだった!」
『…………』
沈黙するドラゴン。もしかしてあきれられてる?
それにしても分からないことだらけだぞ……どこから聞いたらいいんだ?
「ええっと、まずあんたはだれ?」
口に出してみたらかなり失礼な訊き方になってしまった。俺は慌てて、
「あっ、えっとぉ、俺はジュキエーレ・アルジェント。ジュキって呼んでね!」
なんとか笑顔を作る。
『わらわは―― どこから話せばよいのかの。異界の神々が魔神アビーゾを封じるため創ったこの世界に、四大精霊を送り込んだのじゃが―― そのうち水をつかさどるのがわらわじゃ』
いや、そんな神話レベルの話をされても――
「えーっとそれで―― なんて呼べばいい?」
『亜人族や人族は、我ら原初の四大精霊を精霊王と呼んでおったな』
名前ないのかな?
俺の考えを読んだように、
『わらわに固有の名はない。亜人たちはわらわをラ・ドラゴネッサと呼んでおったが』
呼び名からすると女性なのか。それに「わらわ」って女の人が使ったんだよな? 今は聞かないけど。
『分かりやすく言えばわらわはそなたの遠い祖先じゃ』
「俺のばーちゃんなのか!」
俺はぽんっと手を打った。ようやく理解が追いついた。
「最初っからそう言ってくれりゃぁいいのに」
『…………』
なんでまた沈黙するかな? ちょっと首をかしげていると、
『そなた、ポヤンとしてるとバカにされてはおらぬか?』
心配そうに問われてしまった。なんか失礼じゃね!? 俺は彼女の問いには答えず、
「でさ、ばーちゃん。いきなり攻撃されてびっくりしたんだけど、これなんなの?」
苔むした石畳に飛び散った聖石のかけらを指でつまみあげる。オパールのようにゆらめく色彩を放っていたそれは、いまや炭のように黒く変わっていた。
『怖い思いをさせてすまなかったの。それは聖石などではない。そなたが受け継いだ大いなる精霊力を封印しておったのじゃ』
「精霊力? ――って魔力とは違うんだよな?」
『魔力より何倍も圧縮された強いものじゃ。そなたは先祖返りした特別な個体じゃから、無尽蔵の精霊力をその身に宿して生を受けたのじゃよ』
なんだかよく分かんねえけど俺ってやっぱり特別なのか。
『そなたの姿はわらわによく似て美しいじゃろ?』
「うん!」
外見をほめられて喜ぶ俺。よく考えたらばーちゃん自画自賛してね?
『それにしてもなぜ貴重な精霊力を封じておったのじゃ?』
そんなこと訊かれても分からない。自分が精霊力なんてものを持っていたことすら、今知ったんだから。
「俺が生まれた翌日に偶然、旅の聖女が村へやってきて生まれたばかりの俺に祝福を与えたって家族から聞いてるけど――」
だからお前は運がいいと親父は言っていた。深く考えたこともなかったが、聖女って何者だ?
『聖女?』
「瑠璃色の髪の聖女としか聞いてないんだ」
『まさか、あの女――』
ドラゴネッサばーちゃんは息を呑むように言葉を切った。
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ひんやりとした青い光に包まれた空間に、俺はあお向けに倒れていた。竪琴をひざに乗せたまま、両ひじをついて身を起こす。
「まさか最下層――?」
床一面がやわらかい苔に覆われ、銀色に発光している。上からも時折さらさらと銀色の砂が一筋、二筋と落ちてくる。それを見上げようとして、俺は息を呑んだ。
――何か、いる……!
祭壇だろうか? 倒れている俺から数歩離れたところに石段が見える。その上には崩れかけた大理石の柵。おそらく円形に囲まれたその内側で、氷のいましめに縛られているのは――
――まさか魔神アビーゾ!?
恐ろしくて顔を上げられない。俺から見えるのは氷漬けにされた、それの下半身だけ。
グォア……ァ……
それがゆっくりと口をあけた。
――ドラゴン!?
ようやく上を向いた俺の目が巨大なホワイトドラゴンの姿をとらえたのと、その口から白銀の光が放たれたのは同時だった。光の弾は音もなく俺の胸に襲い来る。
――やられるっ!!
俺は覚悟を決めて目を閉じた。
パリン
自分の身体から何かが割れるような高い音が聞こえた。
――死ぬときってこんな音がするんだ……
痛みはない。それきりなんの音も聞こえない。耳が痛くなるような静寂が続いている。
目を閉じていると、胸の中心から手足のすみずみまで、熱い血潮がめぐるような感覚が襲ってきた。
熱いエネルギーが両肩と背中に集まっていくような感じがする。
俺はまだ目を閉じている――にも関わらず、目の前が見えた。
半身を氷漬けにされた真っ白いドラゴンが、銀色の美しいたてがみをゆらして長い首を曲げると、心配そうに俺をのぞきこんだ。
『坊や?』
問いかける意識が頭の中に響いてきて、俺はびくっと身体を震わせる。
『具合はどうじゃ?』
意識の声は音色を持っていないから、高低もないし性別も分からない。だが俺を気遣ってくれる感情そのものが伝わってきた。
『痛みはないはずじゃが――』
不安そうな様子からして、目の前のドラゴンが語りかけているのか。でもこいつ、俺を攻撃したよな?
『坊や、目を開けてたもれ』
懇願するような言葉に応えるように、俺は恐る恐る目をひらいた。輝くように白いドラゴンが、いつも村から眺めていた海のように青い瞳で俺をみつめていた。
『おお、なんと澄んだエメラルドの瞳―― 美しい子じゃ』
ドラゴンが目を細めたような気がした。
『そなたの力を抑え込んでいた封印石を破壊したのじゃが、精霊力は戻ったかのう?』
封印石? 精霊力? 耳慣れない言葉に首をかしげる。
「守護の聖石のこと?」
小声で問いながらふと視線を落として、
「ぎゃぁぁぁっ!!」
俺は悲鳴をあげた。
「なんだこれっ!? 胸に金色の目玉がくっついてる!!」
生まれた翌日、旅の聖女にはめられたという守護の聖石が割れ、聖石のあった場所にこぶし大はあろうかという眼が開いていた。
「なんだよ、これ怖いよ! 取ってよ!!」
パニックのあまり泣き声になる俺。
『竜眼じゃ。気に入らぬなら閉じておけ』
どことなく悲しそうな口調。
「閉じるって……どうやって!?」
『そなたの身体じゃ。自分で動かせるじゃろ』
意識を胸に向けると――
「あ、閉じられた」
肌の上に一筋横線が入っているだけで、ほとんど目立たない。
「よかった、まつ毛とか生えてなくて。胸毛がすごい人みたいに見えるとこだった!」
『…………』
沈黙するドラゴン。もしかしてあきれられてる?
それにしても分からないことだらけだぞ……どこから聞いたらいいんだ?
「ええっと、まずあんたはだれ?」
口に出してみたらかなり失礼な訊き方になってしまった。俺は慌てて、
「あっ、えっとぉ、俺はジュキエーレ・アルジェント。ジュキって呼んでね!」
なんとか笑顔を作る。
『わらわは―― どこから話せばよいのかの。異界の神々が魔神アビーゾを封じるため創ったこの世界に、四大精霊を送り込んだのじゃが―― そのうち水をつかさどるのがわらわじゃ』
いや、そんな神話レベルの話をされても――
「えーっとそれで―― なんて呼べばいい?」
『亜人族や人族は、我ら原初の四大精霊を精霊王と呼んでおったな』
名前ないのかな?
俺の考えを読んだように、
『わらわに固有の名はない。亜人たちはわらわをラ・ドラゴネッサと呼んでおったが』
呼び名からすると女性なのか。それに「わらわ」って女の人が使ったんだよな? 今は聞かないけど。
『分かりやすく言えばわらわはそなたの遠い祖先じゃ』
「俺のばーちゃんなのか!」
俺はぽんっと手を打った。ようやく理解が追いついた。
「最初っからそう言ってくれりゃぁいいのに」
『…………』
なんでまた沈黙するかな? ちょっと首をかしげていると、
『そなた、ポヤンとしてるとバカにされてはおらぬか?』
心配そうに問われてしまった。なんか失礼じゃね!? 俺は彼女の問いには答えず、
「でさ、ばーちゃん。いきなり攻撃されてびっくりしたんだけど、これなんなの?」
苔むした石畳に飛び散った聖石のかけらを指でつまみあげる。オパールのようにゆらめく色彩を放っていたそれは、いまや炭のように黒く変わっていた。
『怖い思いをさせてすまなかったの。それは聖石などではない。そなたが受け継いだ大いなる精霊力を封印しておったのじゃ』
「精霊力? ――って魔力とは違うんだよな?」
『魔力より何倍も圧縮された強いものじゃ。そなたは先祖返りした特別な個体じゃから、無尽蔵の精霊力をその身に宿して生を受けたのじゃよ』
なんだかよく分かんねえけど俺ってやっぱり特別なのか。
『そなたの姿はわらわによく似て美しいじゃろ?』
「うん!」
外見をほめられて喜ぶ俺。よく考えたらばーちゃん自画自賛してね?
『それにしてもなぜ貴重な精霊力を封じておったのじゃ?』
そんなこと訊かれても分からない。自分が精霊力なんてものを持っていたことすら、今知ったんだから。
「俺が生まれた翌日に偶然、旅の聖女が村へやってきて生まれたばかりの俺に祝福を与えたって家族から聞いてるけど――」
だからお前は運がいいと親父は言っていた。深く考えたこともなかったが、聖女って何者だ?
『聖女?』
「瑠璃色の髪の聖女としか聞いてないんだ」
『まさか、あの女――』
ドラゴネッサばーちゃんは息を呑むように言葉を切った。
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