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Ⅱ、聖女になりたくない公爵令嬢
22、精神操作系ギフトを三つ授かったクロリンダ嬢
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「おはようございますっ! 公爵夫人のご容態はいかがですか?」
俺は翌朝、レモネッラ嬢の部屋の前に立つ魔術兵に元気な声で尋ねてみた。
二人は困ったように顔を見合わせた。それから片方が毅然とした口調で、
「きみに答えることはできない」
ま、そーだろーな。陽気なキャラにだまされたりはしないよな。
「でも…… レモネッラ様が心配されてるんです――」
俺は悲しそうにうつむいた。
「我々も分からないんだよ、竜人くん」
もう一人が少しやわらかい口調で答えてくれた。
「そうなんですか…… 俺がお嬢様の代わりにお見舞いに行って差し上げることはできませんか?」
「だめだ」
その憮然とした声はうしろから聞こえた。振り返ると執事のトンマーゾが近付いてくる。
「奥様にお会いできるのはアルバ公爵閣下とクロリンダ様、そして魔法医だけだ」
公爵閣下? この屋敷にいたのかよ…… 影薄すぎだろ。長女に完全に実権にぎられて何してんだ?
「どうして?」
俺は一応聞いてみる。ちょっと首をかしげてかわいらしく。大人ってぇのはかわいげのある若者が好きなのだ。俺調べ。
「クロリンダ様がお決めになったのだ」
トンマーゾさんは疲れた顔で答えた。なぜ使用人がこうもクロリンダ嬢に従うのだろうか? その疑問を口にする前に、部屋の中からレモが顔を出した。
「ジュキエーレ様、侍女がホットチョコレートを入れてくれましたわ。一緒に召し上がりましょう」
まさかの令嬢モードに俺が唖然としていると、
「レモネッラ様、配下の者に敬称は不要です」
執事が小言を言う。そういえば俺の名前に様つけてたな。
「めんどくさっ」
本音をもらすとレモは昨日と同じように俺の腕をつかんで、部屋の中に引っ張っていった。
三階に位置するこの部屋の窓は中庭の木々より高いから、さんさんと朝の光が差し込んでくる。猫足の白いテーブルの上にチョコレートポットとカップ、それから昨日の魔術書が広げられていた。
魔術書を指さしてレモがウインクする。意味を察した俺はすぐに印を結んで呪文を唱えた。
「真空結界!」
空間がざわめいて結界が完成する。無音になった室内で、
「ありがと!」
レモがにっこりとほほ笑んだ。あたりがぱっと明るくなるような笑顔だった。
「手早く話すわね。魔術兵たちの魔力障壁に対抗して結界維持するの大変だと思うから」
気をつかってくれる彼女に、
「あ、俺の魔力量むちゃくちゃ多いから平気だよ」
「そうなの!? いくつ?」
「多すぎて測定不能だからよく分かんねえ……」
驚いて口をつぐんだレモの表情が輝きだした。
「私より魔力量の多い人に出会えるなんて嬉しいわ!」
レモの魔力量は三万くらいだっけ……。竜人族ならたまに見かけるが、人族だと異常扱いなんだろう。俺は魔力無しで苦労したが、多すぎても受け入れられないんだろうな。突出した個性を持って生まれると生きにくいのがこの世の中なのだ。
「――たとえ私を閉じ込めるために呼ばれた護衛だとしてもね」
レモが自嘲気味に付け加えた。
「俺はあんたを閉じ込めたいなんて思ってねぇ」
低い声でつぶやいて、あつあつのホットチョコレートに恐る恐る唇を近づける。生まれてはじめて口にする飲み物だ。
「あら、依頼料受け取れないわよ?」
「構わねえよ」
換金した魔石は金貨五十枚ほどになった。二ヶ月くらいは働かなくても暮らして行けるだろう。大体俺は、この国に稼ぎに来たわけではない。
「んまっ」
とろりとしたホットチョコレートとやらは、口に含んだ瞬間にふわっと魅力的な香りが広がって、甘いかと思えばほろ苦い不思議な飲み物だった。貴族ってのは朝食にこんなうめぇもん食ってんのか。
チョコレートポットの頭から生えたかき混ぜ棒をくるくる回しているレモに尋ねる。
「なあ、なんでどいつもこいつもあんたの姉さん――クロリンダ嬢に従っているんだ?」
強力な聖魔法を使えるレモネッラ嬢を公爵夫人に会わせないのはおかしい。
「お姉様が持っているギフトのせいね」
「精神操作系のギフトなのか?」
「勘がいいわね」
レモはにっと笑った。まあ俺もアンジェねえちゃんも精神操作系だしな。
「<支配><固執><我儘>っていう三つを持ってるの」
「精神操作系ばかり三つも!?」
「そうよー」
レモはけらけらと笑った。
「あの人、魔力量少ないから聖魔法すらほとんど使えないけど、周囲の人間を思い通りに動かせるから無敵よ」
「ギフトなのか、それ……」
「貴族――為政者の家系にはよくあらわれるんだって」
レモはちょっとまじめな口調で言った。
「ジュキも姉と話したなら分かってるでしょうけど、なぜか言いたいことを言えなくなる圧を感じる、言わない方が面倒が起こらないんじゃないかと思ってしまう、とりあえず黙って引き下がる――」
確かに……。でも俺の場合は相手が依頼主だったから、当然の行動だと思うのだが。レモは俺の思考を見透かしたように、
「それ以外になすすべはないと相手に思い込ませることができる。実際の身分の高さと相まって強力なギフトだと思うわ、支配って」
なるほど。身分が下の者ほどかかりやすいのか。
「固執は?」
「定めた目標を決してあきらめず、初心を忘れずつねに情熱を燃やし続けられる――というのがポジティブな側面」
多くのギフトには良い面と悪い面がある。使う人間次第というわけだ。
「姉の場合は復讐心や嫉妬心に固執して永遠に暗い炎を燃やし、偏見に満ちた思い込みを変えることはない。お父様ですらお姉様の考えを改めさせることはできないのよ」
「怖っ」
アルバ公爵も長女に頭が上がらないってわけか。
「さらに我儘が発動して、とことん自分の幸せを追求するわ。支配との相乗効果で、思い通りにならないときは癇癪を起こす、泣きわめく、閉じこもるなどあらゆる手段を使って自分の希望を通すの」
「そいつぁ手ごわいな」
思わずもらした俺を、レモがじっと見つめる。
「へ?」
綿のベールにさえぎられて俺の表情は見えないはずだが――
「そういうジュキも何か精神操作系のギフトを持ってるわよね?」
俺は言葉を失った。この娘、めちゃくちゃ鋭いな……
「なんで、そんなこと――」
まだ彼女に手の内は明かしたくない。警戒されると歌声魅了は効きにくくなる。
「私昨日ちょっとしゃべりすぎたと思ってるの。姉の雇った護衛に心の内を語ってしまうなんて、なんだかおかしいなって気付いたのよ」
レモは綿のベールごしに俺の目を見つめようとする。
「ジュキの落ち着いたやわらかい声を聞いていると、ついリラックスして心をひらいちゃうんだけど―― きみの声には何か秘密があるの?」
やばいやばい。核心に迫って来やがった。
「俺のギフトは水魔法ともう一つ――」
-----------------
「おいおい、レモネッラ嬢にギフト明かしちまうのか?」
「どうやってごまかすんだろうな?」
「むしろ味方に引き入れられないのか、この公爵令嬢」
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俺は翌朝、レモネッラ嬢の部屋の前に立つ魔術兵に元気な声で尋ねてみた。
二人は困ったように顔を見合わせた。それから片方が毅然とした口調で、
「きみに答えることはできない」
ま、そーだろーな。陽気なキャラにだまされたりはしないよな。
「でも…… レモネッラ様が心配されてるんです――」
俺は悲しそうにうつむいた。
「我々も分からないんだよ、竜人くん」
もう一人が少しやわらかい口調で答えてくれた。
「そうなんですか…… 俺がお嬢様の代わりにお見舞いに行って差し上げることはできませんか?」
「だめだ」
その憮然とした声はうしろから聞こえた。振り返ると執事のトンマーゾが近付いてくる。
「奥様にお会いできるのはアルバ公爵閣下とクロリンダ様、そして魔法医だけだ」
公爵閣下? この屋敷にいたのかよ…… 影薄すぎだろ。長女に完全に実権にぎられて何してんだ?
「どうして?」
俺は一応聞いてみる。ちょっと首をかしげてかわいらしく。大人ってぇのはかわいげのある若者が好きなのだ。俺調べ。
「クロリンダ様がお決めになったのだ」
トンマーゾさんは疲れた顔で答えた。なぜ使用人がこうもクロリンダ嬢に従うのだろうか? その疑問を口にする前に、部屋の中からレモが顔を出した。
「ジュキエーレ様、侍女がホットチョコレートを入れてくれましたわ。一緒に召し上がりましょう」
まさかの令嬢モードに俺が唖然としていると、
「レモネッラ様、配下の者に敬称は不要です」
執事が小言を言う。そういえば俺の名前に様つけてたな。
「めんどくさっ」
本音をもらすとレモは昨日と同じように俺の腕をつかんで、部屋の中に引っ張っていった。
三階に位置するこの部屋の窓は中庭の木々より高いから、さんさんと朝の光が差し込んでくる。猫足の白いテーブルの上にチョコレートポットとカップ、それから昨日の魔術書が広げられていた。
魔術書を指さしてレモがウインクする。意味を察した俺はすぐに印を結んで呪文を唱えた。
「真空結界!」
空間がざわめいて結界が完成する。無音になった室内で、
「ありがと!」
レモがにっこりとほほ笑んだ。あたりがぱっと明るくなるような笑顔だった。
「手早く話すわね。魔術兵たちの魔力障壁に対抗して結界維持するの大変だと思うから」
気をつかってくれる彼女に、
「あ、俺の魔力量むちゃくちゃ多いから平気だよ」
「そうなの!? いくつ?」
「多すぎて測定不能だからよく分かんねえ……」
驚いて口をつぐんだレモの表情が輝きだした。
「私より魔力量の多い人に出会えるなんて嬉しいわ!」
レモの魔力量は三万くらいだっけ……。竜人族ならたまに見かけるが、人族だと異常扱いなんだろう。俺は魔力無しで苦労したが、多すぎても受け入れられないんだろうな。突出した個性を持って生まれると生きにくいのがこの世の中なのだ。
「――たとえ私を閉じ込めるために呼ばれた護衛だとしてもね」
レモが自嘲気味に付け加えた。
「俺はあんたを閉じ込めたいなんて思ってねぇ」
低い声でつぶやいて、あつあつのホットチョコレートに恐る恐る唇を近づける。生まれてはじめて口にする飲み物だ。
「あら、依頼料受け取れないわよ?」
「構わねえよ」
換金した魔石は金貨五十枚ほどになった。二ヶ月くらいは働かなくても暮らして行けるだろう。大体俺は、この国に稼ぎに来たわけではない。
「んまっ」
とろりとしたホットチョコレートとやらは、口に含んだ瞬間にふわっと魅力的な香りが広がって、甘いかと思えばほろ苦い不思議な飲み物だった。貴族ってのは朝食にこんなうめぇもん食ってんのか。
チョコレートポットの頭から生えたかき混ぜ棒をくるくる回しているレモに尋ねる。
「なあ、なんでどいつもこいつもあんたの姉さん――クロリンダ嬢に従っているんだ?」
強力な聖魔法を使えるレモネッラ嬢を公爵夫人に会わせないのはおかしい。
「お姉様が持っているギフトのせいね」
「精神操作系のギフトなのか?」
「勘がいいわね」
レモはにっと笑った。まあ俺もアンジェねえちゃんも精神操作系だしな。
「<支配><固執><我儘>っていう三つを持ってるの」
「精神操作系ばかり三つも!?」
「そうよー」
レモはけらけらと笑った。
「あの人、魔力量少ないから聖魔法すらほとんど使えないけど、周囲の人間を思い通りに動かせるから無敵よ」
「ギフトなのか、それ……」
「貴族――為政者の家系にはよくあらわれるんだって」
レモはちょっとまじめな口調で言った。
「ジュキも姉と話したなら分かってるでしょうけど、なぜか言いたいことを言えなくなる圧を感じる、言わない方が面倒が起こらないんじゃないかと思ってしまう、とりあえず黙って引き下がる――」
確かに……。でも俺の場合は相手が依頼主だったから、当然の行動だと思うのだが。レモは俺の思考を見透かしたように、
「それ以外になすすべはないと相手に思い込ませることができる。実際の身分の高さと相まって強力なギフトだと思うわ、支配って」
なるほど。身分が下の者ほどかかりやすいのか。
「固執は?」
「定めた目標を決してあきらめず、初心を忘れずつねに情熱を燃やし続けられる――というのがポジティブな側面」
多くのギフトには良い面と悪い面がある。使う人間次第というわけだ。
「姉の場合は復讐心や嫉妬心に固執して永遠に暗い炎を燃やし、偏見に満ちた思い込みを変えることはない。お父様ですらお姉様の考えを改めさせることはできないのよ」
「怖っ」
アルバ公爵も長女に頭が上がらないってわけか。
「さらに我儘が発動して、とことん自分の幸せを追求するわ。支配との相乗効果で、思い通りにならないときは癇癪を起こす、泣きわめく、閉じこもるなどあらゆる手段を使って自分の希望を通すの」
「そいつぁ手ごわいな」
思わずもらした俺を、レモがじっと見つめる。
「へ?」
綿のベールにさえぎられて俺の表情は見えないはずだが――
「そういうジュキも何か精神操作系のギフトを持ってるわよね?」
俺は言葉を失った。この娘、めちゃくちゃ鋭いな……
「なんで、そんなこと――」
まだ彼女に手の内は明かしたくない。警戒されると歌声魅了は効きにくくなる。
「私昨日ちょっとしゃべりすぎたと思ってるの。姉の雇った護衛に心の内を語ってしまうなんて、なんだかおかしいなって気付いたのよ」
レモは綿のベールごしに俺の目を見つめようとする。
「ジュキの落ち着いたやわらかい声を聞いていると、ついリラックスして心をひらいちゃうんだけど―― きみの声には何か秘密があるの?」
やばいやばい。核心に迫って来やがった。
「俺のギフトは水魔法ともう一つ――」
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「どうやってごまかすんだろうな?」
「むしろ味方に引き入れられないのか、この公爵令嬢」
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