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Ⅳ、闇に落ちた元聖女
39、公爵夫人からの手紙
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翌朝――
あてがわれた質素なベッドで目を覚ました俺は、枕元にたたんでおいたローブを羽織ろうとして、はたと動きを止めた。
昨日、公爵夫人から伝え聞いた瑠璃色の髪の女の言葉「精霊王の末裔が誕生すると、あの方からお告げがあった」――を思い出したからだ。
「人間相手に顔隠してても意味ねぇな。相手は人知を超えた力を持ってんだ。見つかるときゃあ見つかるってことさ」
ローブと綿のベールをたたんで亜空間収納にしまい、かわりにいつもの白いマントを引っ張り出して羽織った。
「うん、やっぱりこっちのほうが落ち着くし、軽くてラクだよな」
控えの間からレモの部屋に入ると、彼女はおそらく楽器と思われる大きな三角形の木箱の上に地図を広げて難しい顔をしていた。
「おはよう、レモ」
「あらジュキ、起きたら姿がないから心配したわよ。一人で王都に旅立っちゃったかと思ったわ」
「なわけ――」
口をひらいた俺はレモのつんとした横顔を見て、これはちょっとした皮肉だと気が付いた。添い寝して欲しかったのに俺が自分の部屋に帰ったから、すねてしまったのだ。
据え膳食わぬは男の恥ってか? きみを大切に思っているからこそだよ、なんてこっぱずかしいこと言えねえ。
かといって、王太子殿下の婚約者に一介の護衛が手を出したら解雇どころじゃすまねぇだろなんて言えば、意に染まぬ婚約をさせられた彼女を傷つけるだけだ。
「ジュキ、私のこと子供扱いしないでね? 私は大人なのよ」
目も合わせず、レモがすました声を出す。
「つまり十五歳以上ってことか」
「そ。来月十五よ」
「じゃ、今は十四じゃん」
「くっ――」
悔しそうに唇をかんだと思ったら、腰に手を当て俺を指さした。
「ジュキだってまだ十三か十四でしょ!」
「俺もう十六だよ?」
「うそぉぉぉっ! ショック! 私の方が絶対年上だと思ってたのに!!」
失礼なやつだ。それでちょっと態度がでかかったのか。公爵令嬢だからかと思ってたぜ。
「ねぇジュキ、お兄ちゃんなら地図読めるわよね?」
切り替え早く、甘えた声を出すレモ。
「お兄ちゃんじゃなくても読めるけど。これ、聖ラピースラ王国の地図か?」
「そうよ。王都までの道を調べてたの」
「ここがアルバ公爵邸だな?」
地図を指さし頭を突き合わせていた俺たちの耳に、廊下から侍女の呼ぶ声が聞こえた。
「レモネッラ様、ジュキエーレさん。ホットチョコレートをお持ちしました」
「よっしゃぁ! あれまた飲めるんだ!」
すっかり味をしめた俺は、うきうきと廊下の方へ顔を出す。
「あ、いけね。熱湯のカーテン解除しないとな」
「術を使い続けたまま忘れてしまうなんてことがあるのですか!?」
透明な水流の向こうで、侍女が驚いた顔をしている。
「あるのよ。ジュキに限っては」
俺のうしろから答えるレモ。侍女からホットチョコレートの乗った銀色のお盆を受け取りながら、俺はレモを振り返った。
「意外にも魔術兵さんたち来ないな」
「あ、それでしたら――」
答えたのは侍女。
「今朝起きたらお屋敷の東翼が一部、水浸しになっていたんです。清掃担当の者が悲鳴をあげまして―― 魔術兵たちが昨夜不審者と戦ったせいだというのですが、一体どんな戦い方をしたらあんなになるのでしょうね?」
「さ、さあ……」
冷や汗を隠しつつ首をかしげる俺。
「魔術兵たちは清掃係に泣きつかれて、いま一緒に掃除しているところですよ」
「そ、それは大変ねぇ、アハハ……」
レモも乾いた笑い声をあげる。
「そうそう、ロジーナ様から書きつけをあずかっていたのでした」
侍女は胸の谷間にはさんでいた紙片を銀のお盆に乗せた。ロジーナ公爵夫人からか――って、同じ家にいる娘に手紙を書くとは! 家が広いと大変だなあ。
侍女が去ったのを確認して、熱湯カーテンという物騒な結界を張り直してからテーブルにつく。
俺は斜め向かいに座ったレモに気をつかって、小声で精霊教会の「食前の祈り」を捧げた。
「どうぞ召し上がれ」
レモは祈りを終えた俺に、慈愛に満ちたほほ笑みを向けてくれた。本人は一切祈らずホットチョコレートに口をつけると、公爵夫人の書いた手紙をひらいた。
内容を尋ねてよいものか分からないので、俺は無言でホットチョコレートをかきまわす。
読み終わったらしいレモが、
「ジュキ、字読めたわよね?」
と俺に手紙を見せた。
「うん。子供のころ精霊教会の神父様に教えてもらったから」
レモはいくつか手書きの呪文を教えてくれたが、魔術詠唱に使う文字は限られているから、一応確認してくれたんだろう。
手紙に目を落とすと、高貴で流麗な筆跡で綴られていた。
『愛する我が娘レモネッラへ
せっかちなあなたのことだから、もう旅支度を整えているんじゃないかと母は心配しています。わたくしが本日、王妃殿下へ手紙を書きます。ハーピー便を頼むので少し待っていてください。
そのあいだにレモネッラに考えてほしいことがあります。ほんの十日間寝込んでいただけなのですが、使用人たちが全くと言って良いほどわたくしの言葉を聞かなくなってしまい大変不便です。皆、クロリンダの<支配>を受けているのでしょう。彼らを正気に戻す魔術を創作できませんか?
使用人たちがわたくしの命を聞いてくれるようになったら、王都までお忍びの馬車を用意してあげられます。目的を遂げた帰り道、多種族連合との国ざかいまで素早く逃げられますよ。
ロジーナ・アルバ』
「素早く逃げられるって――」
ついあきれた声を出す俺。公爵夫人、実の娘に思いっきり犯罪教唆してるのでは!? まあレモの母親だと思えば納得だ。大人になったレモが自分の目的を遂げるためにやりそうなことだ。
「お母様ったら私のギフト<魔術創作>ならなんでも可能だと思ってるのよね」
レモは別の部分にあきれ顔。
「あんたならできそうだけどな?」
俺の言葉にレモは面倒くさそうに、
「私が新しい術を創作しなくたって、お姉様から離れて一ヶ月か三ヶ月か――とにかく時間を置けば支配なんて消えるわよ」
「即座に支配の影響を消すのは不可能ってわけか」
「不可能じゃないけど、お姉様を拘束して地下牢にでもぶち込んでおくほうが手っ取り早いって言ってるのよ」
怖い怖い。公爵夫人は母としてそんなことしたくないから、レモに頼んでるんだろうな。
「魔法学園の師匠が言ってたけど、精神操作には精神操作の術で対抗しなくちゃいけないの。でも私、精神操作系なんて得意じゃないし―― あ!」
レモは突然身を乗り出すと、俺の手をにぎった。
「ジュキならできるわ!」
-----------------
「ジュキならできるってことは・・・」
「あの方法かな!?」
と分かった方はお気に入り追加してお待ちください!
次回は投獄されたイーヴォたちsideです。くさいメシ食って元気にしてるかな?
あてがわれた質素なベッドで目を覚ました俺は、枕元にたたんでおいたローブを羽織ろうとして、はたと動きを止めた。
昨日、公爵夫人から伝え聞いた瑠璃色の髪の女の言葉「精霊王の末裔が誕生すると、あの方からお告げがあった」――を思い出したからだ。
「人間相手に顔隠してても意味ねぇな。相手は人知を超えた力を持ってんだ。見つかるときゃあ見つかるってことさ」
ローブと綿のベールをたたんで亜空間収納にしまい、かわりにいつもの白いマントを引っ張り出して羽織った。
「うん、やっぱりこっちのほうが落ち着くし、軽くてラクだよな」
控えの間からレモの部屋に入ると、彼女はおそらく楽器と思われる大きな三角形の木箱の上に地図を広げて難しい顔をしていた。
「おはよう、レモ」
「あらジュキ、起きたら姿がないから心配したわよ。一人で王都に旅立っちゃったかと思ったわ」
「なわけ――」
口をひらいた俺はレモのつんとした横顔を見て、これはちょっとした皮肉だと気が付いた。添い寝して欲しかったのに俺が自分の部屋に帰ったから、すねてしまったのだ。
据え膳食わぬは男の恥ってか? きみを大切に思っているからこそだよ、なんてこっぱずかしいこと言えねえ。
かといって、王太子殿下の婚約者に一介の護衛が手を出したら解雇どころじゃすまねぇだろなんて言えば、意に染まぬ婚約をさせられた彼女を傷つけるだけだ。
「ジュキ、私のこと子供扱いしないでね? 私は大人なのよ」
目も合わせず、レモがすました声を出す。
「つまり十五歳以上ってことか」
「そ。来月十五よ」
「じゃ、今は十四じゃん」
「くっ――」
悔しそうに唇をかんだと思ったら、腰に手を当て俺を指さした。
「ジュキだってまだ十三か十四でしょ!」
「俺もう十六だよ?」
「うそぉぉぉっ! ショック! 私の方が絶対年上だと思ってたのに!!」
失礼なやつだ。それでちょっと態度がでかかったのか。公爵令嬢だからかと思ってたぜ。
「ねぇジュキ、お兄ちゃんなら地図読めるわよね?」
切り替え早く、甘えた声を出すレモ。
「お兄ちゃんじゃなくても読めるけど。これ、聖ラピースラ王国の地図か?」
「そうよ。王都までの道を調べてたの」
「ここがアルバ公爵邸だな?」
地図を指さし頭を突き合わせていた俺たちの耳に、廊下から侍女の呼ぶ声が聞こえた。
「レモネッラ様、ジュキエーレさん。ホットチョコレートをお持ちしました」
「よっしゃぁ! あれまた飲めるんだ!」
すっかり味をしめた俺は、うきうきと廊下の方へ顔を出す。
「あ、いけね。熱湯のカーテン解除しないとな」
「術を使い続けたまま忘れてしまうなんてことがあるのですか!?」
透明な水流の向こうで、侍女が驚いた顔をしている。
「あるのよ。ジュキに限っては」
俺のうしろから答えるレモ。侍女からホットチョコレートの乗った銀色のお盆を受け取りながら、俺はレモを振り返った。
「意外にも魔術兵さんたち来ないな」
「あ、それでしたら――」
答えたのは侍女。
「今朝起きたらお屋敷の東翼が一部、水浸しになっていたんです。清掃担当の者が悲鳴をあげまして―― 魔術兵たちが昨夜不審者と戦ったせいだというのですが、一体どんな戦い方をしたらあんなになるのでしょうね?」
「さ、さあ……」
冷や汗を隠しつつ首をかしげる俺。
「魔術兵たちは清掃係に泣きつかれて、いま一緒に掃除しているところですよ」
「そ、それは大変ねぇ、アハハ……」
レモも乾いた笑い声をあげる。
「そうそう、ロジーナ様から書きつけをあずかっていたのでした」
侍女は胸の谷間にはさんでいた紙片を銀のお盆に乗せた。ロジーナ公爵夫人からか――って、同じ家にいる娘に手紙を書くとは! 家が広いと大変だなあ。
侍女が去ったのを確認して、熱湯カーテンという物騒な結界を張り直してからテーブルにつく。
俺は斜め向かいに座ったレモに気をつかって、小声で精霊教会の「食前の祈り」を捧げた。
「どうぞ召し上がれ」
レモは祈りを終えた俺に、慈愛に満ちたほほ笑みを向けてくれた。本人は一切祈らずホットチョコレートに口をつけると、公爵夫人の書いた手紙をひらいた。
内容を尋ねてよいものか分からないので、俺は無言でホットチョコレートをかきまわす。
読み終わったらしいレモが、
「ジュキ、字読めたわよね?」
と俺に手紙を見せた。
「うん。子供のころ精霊教会の神父様に教えてもらったから」
レモはいくつか手書きの呪文を教えてくれたが、魔術詠唱に使う文字は限られているから、一応確認してくれたんだろう。
手紙に目を落とすと、高貴で流麗な筆跡で綴られていた。
『愛する我が娘レモネッラへ
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使用人たちがわたくしの命を聞いてくれるようになったら、王都までお忍びの馬車を用意してあげられます。目的を遂げた帰り道、多種族連合との国ざかいまで素早く逃げられますよ。
ロジーナ・アルバ』
「素早く逃げられるって――」
ついあきれた声を出す俺。公爵夫人、実の娘に思いっきり犯罪教唆してるのでは!? まあレモの母親だと思えば納得だ。大人になったレモが自分の目的を遂げるためにやりそうなことだ。
「お母様ったら私のギフト<魔術創作>ならなんでも可能だと思ってるのよね」
レモは別の部分にあきれ顔。
「あんたならできそうだけどな?」
俺の言葉にレモは面倒くさそうに、
「私が新しい術を創作しなくたって、お姉様から離れて一ヶ月か三ヶ月か――とにかく時間を置けば支配なんて消えるわよ」
「即座に支配の影響を消すのは不可能ってわけか」
「不可能じゃないけど、お姉様を拘束して地下牢にでもぶち込んでおくほうが手っ取り早いって言ってるのよ」
怖い怖い。公爵夫人は母としてそんなことしたくないから、レモに頼んでるんだろうな。
「魔法学園の師匠が言ってたけど、精神操作には精神操作の術で対抗しなくちゃいけないの。でも私、精神操作系なんて得意じゃないし―― あ!」
レモは突然身を乗り出すと、俺の手をにぎった。
「ジュキならできるわ!」
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