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第三章:帝都編/Ⅰ、姿を変えて帝都へ旅立つ
11、レモネッラ嬢の作戦は恐ろしい
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夕食の支度を手伝いながら、俺は姉アンジェリカに、ギルドに届いた依頼について詳しく訊いた。
「ジュキちゃんが冒険者から聞いた通り、依頼主の名前は『魔石救世アカデミー外部理事オレリアン・レジェンダリア第一皇子』となっていたわ」
考え込む俺に対して、風魔法で玉ねぎを刻んでいたレモがすぐに反応した。
「魔石救世アカデミー外部理事ってわざわざ名乗ってるのね……」
うなずいた姉に、
「俺たちがアカデミーに出頭しなくちゃいけない理由は、何か書いてあったの?」
「出頭じゃないわ。『お招きしたいからお連れせよ』って文面よ」
言葉だけは丁寧だな。
「依頼文に書いてあったのは、魔石を中心とした魔力や魔術について研究しているアカデミーで、聖剣や聖女の力についても学びを深めたいから協力をあおぎたい、さらに聖剣の騎士に叙されたアルジェント卿を祝したいって」
話の筋は通っている。
「どうとでも言えるわ」
レモが言い放った。
「理由はどうあれ外部の者が立ち入らないアカデミーに呼び寄せて、そこで不敬罪でもなんでも言いがかりをつけて、私たちを捕らえることも可能でしょうからね」
「怖っ」
思わず身震いする俺。謀略うずまく貴族社会って恐ろしいわ。
「大丈夫よ、ジュキ。きっとアカデミーにはこの間の蜘蛛伯爵みたいなのがウヨウヨしてるんでしょうけど、ジュキの敵じゃないから」
レモは風の刃で今度は人参の皮をむきつつ、事もなげに言う。
「ま、仕掛けられたモンスターを倒したところで、本当に歯向かったって言って罪に問うんでしょうけどね」
「そんな危険なところにジュキちゃんを行かせられないわ!」
ねえちゃんの過保護が発動する。レモにこれだけ脅されたら無理もないが。
「ジュキちゃん、どうしてもラピースラ・アッズーリを倒さなくちゃいけないの?」
料理の手を止めて俺を振り返る。
「うん。ばーちゃんと約束したし、奴を止めて魔神アビーゾ復活を阻止するのが、俺の使命なんだ」
「どうしてジュキちゃんが、そんな――」
両手で顔を覆ってしまったねえちゃんの背中をなでる。
「ごめんな。ガキの頃から心配ばっかりかけて……」
「お姉様、ご安心ください。私にも策がないわけではありません。」
レモが毅然とした調子で言った。
「私の魔法学園時代の恩師アンドレア・セラフィーニは、元帝国騎士団魔術顧問。田舎に隠居したいと申し出たものの、五年ほど前、現皇帝に頼まれて帝都魔法学園の教授になった人です」
そうか、レモの恩師は皇帝とつながりがあるのか。
「第一皇子が敵に回るなら、こちらはその上にいる皇帝陛下を味方に引き入れればよいだけ」
そんなにうまくいくものかな、とも思うが、レモの声は自信にあふれている。
憔悴しきって椅子に座ってしまった姉の代わりに、レモはニンニクとオリーブオイルが香る鍋に玉ねぎと人参を入れつつ、
「さらにセラフィーニ師匠は、第二皇子の魔術師匠も務めていました。彼の人脈を利用して、皇帝一家を分断するのです」
家庭料理を作りながら恐ろしいことを口走る。
「ユリア、そこで居眠りしてないで、焦げないように木べらで混ぜていてちょうだい」
後輩に仕事を命じるのも忘れない。
「あ、すみません。貴族令嬢さま方に料理を手伝わせて――」
姉が慌てて立ち上がると、
「お姉様、水くさいですわ。私たちは将来、家族になる仲ですのに」
にっこりほほ笑んで、今度はセロリを切る。もちろん風の刃で。レモって料理するのに一切ナイフを使わないな……。おそらくメイドが全部やっていたから、ナイフを握ったこともないのだろう。
「レモネッラさんが優しい方で……私、うれしい……」
意外と素直なねえちゃんは、左手の甲で涙をぬぐいながら芋を切る。刃が木のまな板に当たる音が、トンットンッと耳に心地よい。
「でも問題は、邪魔くせぇ冒険者たちだよ。すっかりミスリル貨三十枚に目がくらみやがって」
俺は、ねえちゃんが出勤前に水で戻しておいた豆を鍋に入れつつ、ぼやいた。
「その件なんだけど――」
レモが味出しに燻製オーク肉を少量入れながら、つぶやいた。
「聖剣の騎士だってバレない、いい案があるの」
彼女の満面の笑みを見た途端、嫌な予感が俺を襲った。
「ねえジュキ、また髪伸ばして女装しない?」
やっぱりぃぃぃっ!
「女装!?」
今まで落ち込んでいたのはどこへやら、ねえちゃんの瞳が見たことない輝きを帯びる。
「最上の策だわ!!」
「お姉様もそう思います? ジュキ、女装すると絶世の美少女になるんですよ!」
こぶしを握りしめて力説してくださる。
「レモさん、見たことあるの!?」
「はいっ、実は――」
レモが説明を始め、二人でキャーキャー大盛り上がり。俺、どうしたらいいんだ、これ……。
「ジュキくん、モテモテだねぇ」
ユリアがにんまりとして俺を見上げるが、俺が理想とするモテってこういうのじゃないんだけど。
「焦げちゃうよぉ?」
ユリアののんきな声に我に返った姉、
「あ、はいはい!」
水差しから鍋に水をそそぎ、それから白葡萄酒を入れ、塩胡椒で味を調える。
「まだお店やってるかしら?」
窓から空を見上げた。
「え、なんで?」
意味が分からず首をかしげる俺に、
「ジュキちゃんのためにかわいい服、買ってこようと思って!」
「なんでだよ。クローゼットの中にねえちゃんのがあるだろ? 貸してくれないの?」
「若い子には地味すぎるわよっ!」
いや、派手な服で女装なんて地獄なんですが……
「お姉様、市場に行くなら私もご一緒したいですっ!」
レモもノリノリだし。
「そうね! ひと煮立ちさせてる間に急いで行ってきましょうか!」
「お供いたしますわっ!」
ポーチをひっつかんで廊下を走って行く姉を、レモが追う。
「マジで今行くのかよ……」
あきれる俺に、
「吹きこぼれないように、お鍋見ててね!」
と言い残して嵐のように去っていった。
……俺はユリアと二人きり、姉の家に取り残されてしまった。
「お兄ちゃぁぁん」
「どうしたんだよ、ユリア」
ダイニングテーブルの椅子に座った俺のひざに、ユリアが子犬みたいによじ登ってくる。
「だってレモせんぱいがいると甘えらんないんだもん」
ぷくぅっと頬をふくらませる。
「そうなの?」
ちょっと驚く俺に、
「だってジュキくん、レモせんぱいの恋人じゃん」
何も考えていないのかと思ったら、気を使ったりするんだな。
つい、ユリアの髪を撫でてしまう俺。
「くぅぅぅん」
マジで子犬みたいでかわいいな。やばい、ちょっとドキドキしてきたぞ……
─ * ─
鬼の居ぬ間に(=レモがいないうちに)、ジュキとユリアの関係に変化が!?
次話、ユリアと二人きりの時間です!
「ジュキちゃんが冒険者から聞いた通り、依頼主の名前は『魔石救世アカデミー外部理事オレリアン・レジェンダリア第一皇子』となっていたわ」
考え込む俺に対して、風魔法で玉ねぎを刻んでいたレモがすぐに反応した。
「魔石救世アカデミー外部理事ってわざわざ名乗ってるのね……」
うなずいた姉に、
「俺たちがアカデミーに出頭しなくちゃいけない理由は、何か書いてあったの?」
「出頭じゃないわ。『お招きしたいからお連れせよ』って文面よ」
言葉だけは丁寧だな。
「依頼文に書いてあったのは、魔石を中心とした魔力や魔術について研究しているアカデミーで、聖剣や聖女の力についても学びを深めたいから協力をあおぎたい、さらに聖剣の騎士に叙されたアルジェント卿を祝したいって」
話の筋は通っている。
「どうとでも言えるわ」
レモが言い放った。
「理由はどうあれ外部の者が立ち入らないアカデミーに呼び寄せて、そこで不敬罪でもなんでも言いがかりをつけて、私たちを捕らえることも可能でしょうからね」
「怖っ」
思わず身震いする俺。謀略うずまく貴族社会って恐ろしいわ。
「大丈夫よ、ジュキ。きっとアカデミーにはこの間の蜘蛛伯爵みたいなのがウヨウヨしてるんでしょうけど、ジュキの敵じゃないから」
レモは風の刃で今度は人参の皮をむきつつ、事もなげに言う。
「ま、仕掛けられたモンスターを倒したところで、本当に歯向かったって言って罪に問うんでしょうけどね」
「そんな危険なところにジュキちゃんを行かせられないわ!」
ねえちゃんの過保護が発動する。レモにこれだけ脅されたら無理もないが。
「ジュキちゃん、どうしてもラピースラ・アッズーリを倒さなくちゃいけないの?」
料理の手を止めて俺を振り返る。
「うん。ばーちゃんと約束したし、奴を止めて魔神アビーゾ復活を阻止するのが、俺の使命なんだ」
「どうしてジュキちゃんが、そんな――」
両手で顔を覆ってしまったねえちゃんの背中をなでる。
「ごめんな。ガキの頃から心配ばっかりかけて……」
「お姉様、ご安心ください。私にも策がないわけではありません。」
レモが毅然とした調子で言った。
「私の魔法学園時代の恩師アンドレア・セラフィーニは、元帝国騎士団魔術顧問。田舎に隠居したいと申し出たものの、五年ほど前、現皇帝に頼まれて帝都魔法学園の教授になった人です」
そうか、レモの恩師は皇帝とつながりがあるのか。
「第一皇子が敵に回るなら、こちらはその上にいる皇帝陛下を味方に引き入れればよいだけ」
そんなにうまくいくものかな、とも思うが、レモの声は自信にあふれている。
憔悴しきって椅子に座ってしまった姉の代わりに、レモはニンニクとオリーブオイルが香る鍋に玉ねぎと人参を入れつつ、
「さらにセラフィーニ師匠は、第二皇子の魔術師匠も務めていました。彼の人脈を利用して、皇帝一家を分断するのです」
家庭料理を作りながら恐ろしいことを口走る。
「ユリア、そこで居眠りしてないで、焦げないように木べらで混ぜていてちょうだい」
後輩に仕事を命じるのも忘れない。
「あ、すみません。貴族令嬢さま方に料理を手伝わせて――」
姉が慌てて立ち上がると、
「お姉様、水くさいですわ。私たちは将来、家族になる仲ですのに」
にっこりほほ笑んで、今度はセロリを切る。もちろん風の刃で。レモって料理するのに一切ナイフを使わないな……。おそらくメイドが全部やっていたから、ナイフを握ったこともないのだろう。
「レモネッラさんが優しい方で……私、うれしい……」
意外と素直なねえちゃんは、左手の甲で涙をぬぐいながら芋を切る。刃が木のまな板に当たる音が、トンットンッと耳に心地よい。
「でも問題は、邪魔くせぇ冒険者たちだよ。すっかりミスリル貨三十枚に目がくらみやがって」
俺は、ねえちゃんが出勤前に水で戻しておいた豆を鍋に入れつつ、ぼやいた。
「その件なんだけど――」
レモが味出しに燻製オーク肉を少量入れながら、つぶやいた。
「聖剣の騎士だってバレない、いい案があるの」
彼女の満面の笑みを見た途端、嫌な予感が俺を襲った。
「ねえジュキ、また髪伸ばして女装しない?」
やっぱりぃぃぃっ!
「女装!?」
今まで落ち込んでいたのはどこへやら、ねえちゃんの瞳が見たことない輝きを帯びる。
「最上の策だわ!!」
「お姉様もそう思います? ジュキ、女装すると絶世の美少女になるんですよ!」
こぶしを握りしめて力説してくださる。
「レモさん、見たことあるの!?」
「はいっ、実は――」
レモが説明を始め、二人でキャーキャー大盛り上がり。俺、どうしたらいいんだ、これ……。
「ジュキくん、モテモテだねぇ」
ユリアがにんまりとして俺を見上げるが、俺が理想とするモテってこういうのじゃないんだけど。
「焦げちゃうよぉ?」
ユリアののんきな声に我に返った姉、
「あ、はいはい!」
水差しから鍋に水をそそぎ、それから白葡萄酒を入れ、塩胡椒で味を調える。
「まだお店やってるかしら?」
窓から空を見上げた。
「え、なんで?」
意味が分からず首をかしげる俺に、
「ジュキちゃんのためにかわいい服、買ってこようと思って!」
「なんでだよ。クローゼットの中にねえちゃんのがあるだろ? 貸してくれないの?」
「若い子には地味すぎるわよっ!」
いや、派手な服で女装なんて地獄なんですが……
「お姉様、市場に行くなら私もご一緒したいですっ!」
レモもノリノリだし。
「そうね! ひと煮立ちさせてる間に急いで行ってきましょうか!」
「お供いたしますわっ!」
ポーチをひっつかんで廊下を走って行く姉を、レモが追う。
「マジで今行くのかよ……」
あきれる俺に、
「吹きこぼれないように、お鍋見ててね!」
と言い残して嵐のように去っていった。
……俺はユリアと二人きり、姉の家に取り残されてしまった。
「お兄ちゃぁぁん」
「どうしたんだよ、ユリア」
ダイニングテーブルの椅子に座った俺のひざに、ユリアが子犬みたいによじ登ってくる。
「だってレモせんぱいがいると甘えらんないんだもん」
ぷくぅっと頬をふくらませる。
「そうなの?」
ちょっと驚く俺に、
「だってジュキくん、レモせんぱいの恋人じゃん」
何も考えていないのかと思ったら、気を使ったりするんだな。
つい、ユリアの髪を撫でてしまう俺。
「くぅぅぅん」
マジで子犬みたいでかわいいな。やばい、ちょっとドキドキしてきたぞ……
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