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Ⅱ、クリスティーナ皇后は歌姫に夢中
20、性別、バレました
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「「キャァァァァァ!」」
二つの悲鳴が重なった。
「ちょっ、待っ――」
俺はとにかく手にした布で前を隠した。
「もしやあなた、男の子……?」
うわぁしまったぁぁぁ! 女性のふりするなら胸も隠さなきゃダメじゃん!
今さらながら、片手で胸を覆う俺。
「……何やってるんですか?」
侍女の冷静な声が突き刺さる。は、恥ずかしすぎるぞ!!
「な、なんでっ―― 入ってくるんですかっ……」
いたたまれない気持ちで目を伏せ、俺は消え入りそうな声で尋ねた。
「なんでって、お背中お流ししようと思って。クリスティーナ様の大事なお客様ですから」
「いやいや一人でできるし」
「私は何年もクリスティーナ様の湯浴みをお手伝いしておりますから、あなたのことも、ぴかっぴかに磨いて差し上げますよ」
涼しげな声に、ふと思う。身分の高い人は身の回りの世話を、かなりプライベートな部分まで側仕えの人間にしてもらうものなんだと。だが俺はきっぱりと断った。
「遠慮します」
「まあ」
侍女は湯気の向こうで目を見開いた。
「あなたみたいに芋くさい娘でも、私が磨けば垢抜けるのに」
娘って……? 男だとバレたんだよなぁ?
困惑する俺に、侍女は意味ありげにクスッと忍び笑いをもらした。
「ご安心ください。小さすぎて見えませんでしたから」
「……は?」
「あ、間違えましたわ。湯気で見えませんでしたから。オホホホ」
何をそんな愉快そうに笑っているんだ?
「そちらの椅子に座ってくださいな」
あごで示したのは甕の横に置かれた石製の椅子。部屋中に充満する水蒸気にあたためられている。
素直に座って股間に布を置いた俺を一瞥して、侍女はまたクスッと笑った。
「この至近距離だと湯気も役に立ちませんから、ちゃんと隠していてくださいね」
その言葉で俺はようやく、彼女が何を「小さくて見えなかった」と言ったのか悟った。
「ひどい……」
涙目でにらむと、
「フフフ、からかっただけですわ」
実に楽しそう。彼女の視線の先には、真珠のように輝くうろこに覆われた俺の手足。ああ、もう隠さなきゃいけないとこだらけで、めんどくせぇ!
「その宝石のようなお身体を磨き上げるのに、殿方をお呼びしようと思いましたが、お化粧を落とすならやはり女の私が適任でしょう」
「べつにいいよ、このままで」
「だめです。寝る前には落とさないと、お肌に悪いのよ?」
近付いてくると、布をかぶせた人差し指で俺の唇をぬぐった。
「じっとしていてね」
胸の谷間にひそませていたガラスの小瓶を取り出し、金色の蓋を開けて布にそそぐ。
「わ、いい匂い」
湯気にふわっと混ざった花の香りに、うっとりする俺。
「目をつむっていて」
いつかレモがしてくれたみたいに、侍女さんは優しい手つきで俺のひたいをなで始めた。
「ねえ、俺が男だってこと、皇后様にだまっていてくれない?」
「そういうわけには参りませんわ」
俺の頬をぬぐう指先はとてもやわらかいのに、返答は厳しい。
「私はあの方の忠実な侍女ですから」
「――俺が男だってバレたら、どうなるの? 投獄されちゃう?」
彼女の手が止まった。目を開けると、口を半開きにして固まっている。
「まさか死刑!?」
「ぷっ! ホホホホホ!」
彼女は片手で口元を押さえて、たまらず笑い出した。俺はあっけにとられたまま、彼女を見つめる。
「あなたはクリスティーナ様をなんだと思っているの?」
笑いすぎた彼女は、手の甲で涙をぬぐっている。
「だって俺…… あの人のこと、だましたもん」
「そうね。それは謝って差し上げてね」
俺はしっかりうなずいた。またまぶたを閉じて、侍女さんの優しい指先を感じながら、
「あのー、クリスティーナ様は男嫌いって聞いたんですけど――」
「そういうことになっているわね」
「実際は違うんですか?」
目を閉じたまま尋ねる。
「昔は本当にそうだったのよ」
侍女――名前はミーナさんと言うらしい――によると当時、まだ皇子だったアントン帝の最初の妃は、彼のいとこで幼馴染の公爵令嬢だった。しかしオレリアンが生まれたあと、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまう。オレリアンは耳が不自由で体も弱かったため、長く生きられないのではないかと危惧されていた。重臣たちは、若くて健康で身分も釣り合う次の妃を探し始めた。
そこで白羽の矢が立ったのが、豊かなノルディア大公国のご令嬢。ノルディア家長女はすでに嫁いでおり、次女は婚約済み。当時まだ十二歳だったクリスティーナ様が、二十五歳のアントン皇太子に嫁いで来たそうだ。
「陛下は最初のお妃様を亡くされたばかりというのもあって、お若いクリスティーナ様へのご配慮も足らず―― クリスティーナ様は男嫌いと言われるようになってしまったのですよ」
そうか…… あの音楽オタクの皇后さんも苦労されたんだな。
お湯であたためた布に顔をうずめながら、彼女の過去に思いをはせた。
「ぷは」
やっぱり化粧落とすとスッキリするなと思って布から顔を上げると、ミーナさんが驚いたように俺を見つめている。
「な、なに?」
俺は思わず、目から下をもう一度布で覆った。化け物扱いされるのではという恐怖心にあらがえたのは、エドモン殿下の言葉を思い出したからだ。あの人はこの白すぎる肌を、俺の美点だと言ってくれた――
ミーナさんは感嘆のため息を吐いた。
「あなた、素顔のほうが綺麗なのね」
この人は俺を差別しない――のかな?
俺は大きく目を見開いて、注意深く彼女の様子をうかがっていた。
「大粒のエメラルドのようなその瞳、あなた本来の真っ白い肌の方がより引き立つわ」
「そいつぁどうも」
気まずくなって、目を伏せた。
「まあ。銀色のまつ毛がバサバサしちゃって、憎らしい」
なんで!? なんで憎らしいの!? 怖いんですけど……
「クリスティーナ様が『美しいものをわざわざ隠している』とおっしゃっていたけれど、本当だったわね」
彼女は新しい布を手に取ると、俺の手首に手を添え肩から布をすべらせた。
「ちょっと待って! 身体洗うのは本当に自分でできるから!」
出て行ってください、と言いたいのを既のところでこらえる。だって失礼じゃんか。
「嫌よ、少年。私が綺麗にしてあげる」
耳もとでささやくと、俺が頭に巻いていた布を取り去った。光の粒がさんざめくように、白銀の波が濡れた肩に、背中に舞い落ちる。
「私、かわいい子のお世話をするのが大好きなの。逃がさないわよ」
ミーナさんは細い指先を俺の髪に絡めつつ、前髪に唇を近づけた。
「うわぁぁぁん、助けてー!」
俺の叫び声が浴室にこだました。
四半刻ほど経って――
「つ、疲れた……」
精神的に疲弊した俺は、すっかり清められた身体にバスローブを羽織り、しっとりと濡れて波打つ銀髪を背中に垂らしてぼーっとしていた。
なんとか股間だけは死守したけど、お世話が趣味だとかいう侍女ミーナに、全身くまなく洗われてしまった。
「髪を乾かして着替えたら、クリスティーナ様のところへ謝りに行きましょう」
ああそうだった。
「そういえば言い忘れていたわ」
ミーナは軽い口調で付け加えた。
「クリスティーナ様の男嫌いは直りましたけれど、歌手だけは女性しか認めないんです」
半分眠っていた俺の意識は、一瞬にして覚醒したのだった。
これってやっぱりピンチ!?
─ * ─
皇后様とジュキの関係は変化するのか?
次回『聖剣の騎士だってバレました』お楽しみに!
二つの悲鳴が重なった。
「ちょっ、待っ――」
俺はとにかく手にした布で前を隠した。
「もしやあなた、男の子……?」
うわぁしまったぁぁぁ! 女性のふりするなら胸も隠さなきゃダメじゃん!
今さらながら、片手で胸を覆う俺。
「……何やってるんですか?」
侍女の冷静な声が突き刺さる。は、恥ずかしすぎるぞ!!
「な、なんでっ―― 入ってくるんですかっ……」
いたたまれない気持ちで目を伏せ、俺は消え入りそうな声で尋ねた。
「なんでって、お背中お流ししようと思って。クリスティーナ様の大事なお客様ですから」
「いやいや一人でできるし」
「私は何年もクリスティーナ様の湯浴みをお手伝いしておりますから、あなたのことも、ぴかっぴかに磨いて差し上げますよ」
涼しげな声に、ふと思う。身分の高い人は身の回りの世話を、かなりプライベートな部分まで側仕えの人間にしてもらうものなんだと。だが俺はきっぱりと断った。
「遠慮します」
「まあ」
侍女は湯気の向こうで目を見開いた。
「あなたみたいに芋くさい娘でも、私が磨けば垢抜けるのに」
娘って……? 男だとバレたんだよなぁ?
困惑する俺に、侍女は意味ありげにクスッと忍び笑いをもらした。
「ご安心ください。小さすぎて見えませんでしたから」
「……は?」
「あ、間違えましたわ。湯気で見えませんでしたから。オホホホ」
何をそんな愉快そうに笑っているんだ?
「そちらの椅子に座ってくださいな」
あごで示したのは甕の横に置かれた石製の椅子。部屋中に充満する水蒸気にあたためられている。
素直に座って股間に布を置いた俺を一瞥して、侍女はまたクスッと笑った。
「この至近距離だと湯気も役に立ちませんから、ちゃんと隠していてくださいね」
その言葉で俺はようやく、彼女が何を「小さくて見えなかった」と言ったのか悟った。
「ひどい……」
涙目でにらむと、
「フフフ、からかっただけですわ」
実に楽しそう。彼女の視線の先には、真珠のように輝くうろこに覆われた俺の手足。ああ、もう隠さなきゃいけないとこだらけで、めんどくせぇ!
「その宝石のようなお身体を磨き上げるのに、殿方をお呼びしようと思いましたが、お化粧を落とすならやはり女の私が適任でしょう」
「べつにいいよ、このままで」
「だめです。寝る前には落とさないと、お肌に悪いのよ?」
近付いてくると、布をかぶせた人差し指で俺の唇をぬぐった。
「じっとしていてね」
胸の谷間にひそませていたガラスの小瓶を取り出し、金色の蓋を開けて布にそそぐ。
「わ、いい匂い」
湯気にふわっと混ざった花の香りに、うっとりする俺。
「目をつむっていて」
いつかレモがしてくれたみたいに、侍女さんは優しい手つきで俺のひたいをなで始めた。
「ねえ、俺が男だってこと、皇后様にだまっていてくれない?」
「そういうわけには参りませんわ」
俺の頬をぬぐう指先はとてもやわらかいのに、返答は厳しい。
「私はあの方の忠実な侍女ですから」
「――俺が男だってバレたら、どうなるの? 投獄されちゃう?」
彼女の手が止まった。目を開けると、口を半開きにして固まっている。
「まさか死刑!?」
「ぷっ! ホホホホホ!」
彼女は片手で口元を押さえて、たまらず笑い出した。俺はあっけにとられたまま、彼女を見つめる。
「あなたはクリスティーナ様をなんだと思っているの?」
笑いすぎた彼女は、手の甲で涙をぬぐっている。
「だって俺…… あの人のこと、だましたもん」
「そうね。それは謝って差し上げてね」
俺はしっかりうなずいた。またまぶたを閉じて、侍女さんの優しい指先を感じながら、
「あのー、クリスティーナ様は男嫌いって聞いたんですけど――」
「そういうことになっているわね」
「実際は違うんですか?」
目を閉じたまま尋ねる。
「昔は本当にそうだったのよ」
侍女――名前はミーナさんと言うらしい――によると当時、まだ皇子だったアントン帝の最初の妃は、彼のいとこで幼馴染の公爵令嬢だった。しかしオレリアンが生まれたあと、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまう。オレリアンは耳が不自由で体も弱かったため、長く生きられないのではないかと危惧されていた。重臣たちは、若くて健康で身分も釣り合う次の妃を探し始めた。
そこで白羽の矢が立ったのが、豊かなノルディア大公国のご令嬢。ノルディア家長女はすでに嫁いでおり、次女は婚約済み。当時まだ十二歳だったクリスティーナ様が、二十五歳のアントン皇太子に嫁いで来たそうだ。
「陛下は最初のお妃様を亡くされたばかりというのもあって、お若いクリスティーナ様へのご配慮も足らず―― クリスティーナ様は男嫌いと言われるようになってしまったのですよ」
そうか…… あの音楽オタクの皇后さんも苦労されたんだな。
お湯であたためた布に顔をうずめながら、彼女の過去に思いをはせた。
「ぷは」
やっぱり化粧落とすとスッキリするなと思って布から顔を上げると、ミーナさんが驚いたように俺を見つめている。
「な、なに?」
俺は思わず、目から下をもう一度布で覆った。化け物扱いされるのではという恐怖心にあらがえたのは、エドモン殿下の言葉を思い出したからだ。あの人はこの白すぎる肌を、俺の美点だと言ってくれた――
ミーナさんは感嘆のため息を吐いた。
「あなた、素顔のほうが綺麗なのね」
この人は俺を差別しない――のかな?
俺は大きく目を見開いて、注意深く彼女の様子をうかがっていた。
「大粒のエメラルドのようなその瞳、あなた本来の真っ白い肌の方がより引き立つわ」
「そいつぁどうも」
気まずくなって、目を伏せた。
「まあ。銀色のまつ毛がバサバサしちゃって、憎らしい」
なんで!? なんで憎らしいの!? 怖いんですけど……
「クリスティーナ様が『美しいものをわざわざ隠している』とおっしゃっていたけれど、本当だったわね」
彼女は新しい布を手に取ると、俺の手首に手を添え肩から布をすべらせた。
「ちょっと待って! 身体洗うのは本当に自分でできるから!」
出て行ってください、と言いたいのを既のところでこらえる。だって失礼じゃんか。
「嫌よ、少年。私が綺麗にしてあげる」
耳もとでささやくと、俺が頭に巻いていた布を取り去った。光の粒がさんざめくように、白銀の波が濡れた肩に、背中に舞い落ちる。
「私、かわいい子のお世話をするのが大好きなの。逃がさないわよ」
ミーナさんは細い指先を俺の髪に絡めつつ、前髪に唇を近づけた。
「うわぁぁぁん、助けてー!」
俺の叫び声が浴室にこだました。
四半刻ほど経って――
「つ、疲れた……」
精神的に疲弊した俺は、すっかり清められた身体にバスローブを羽織り、しっとりと濡れて波打つ銀髪を背中に垂らしてぼーっとしていた。
なんとか股間だけは死守したけど、お世話が趣味だとかいう侍女ミーナに、全身くまなく洗われてしまった。
「髪を乾かして着替えたら、クリスティーナ様のところへ謝りに行きましょう」
ああそうだった。
「そういえば言い忘れていたわ」
ミーナは軽い口調で付け加えた。
「クリスティーナ様の男嫌いは直りましたけれど、歌手だけは女性しか認めないんです」
半分眠っていた俺の意識は、一瞬にして覚醒したのだった。
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