夢幻宵祭り ~自らに呪いをかけ鬼となった、とある少女の物語~

綾森れん

文字の大きさ
14 / 41
一章、嘘 ――Drug Trip――

14.山本一葉、きみは誰?(1)

しおりを挟む
 四日程、夜響やきょうのことを考えまいと過ごした後で、ぽっかりあいた休日に、広松ははやる心を抑えきれず、東京は足立区に車を走らせていた。昨日は実際に寝込んでいた義母を見舞い、織江おりえを恨みがましく思ったことを恥じた。まもるはなんでも買ってくれる祖父に甘やかされ、始終ほくほくしている。

「お父さん、昨日有名人に会ったよ、誰だと思う」

「誰だろうな」

「お父さんテレビ見てないの、やきょうっていう人、知ってるでしょ?」

 ここに出たか、と苦い顔。守の話をしたとき、会いたいと言っていたっけ。思い出せば、夜響にはかわいいところもあり、無視を努めるのは非情に思える。

「うちに来たんだよ、ぼくがお庭で縄跳びの練習してたらね、そこんとこに現れたの。屋根の上から飛んできたんだよ」

 と、背伸びして、垣根と屋根を交互に指さす。近頃夜響は街を騒がせ、オニだと名乗るので、いつかの猿騒動のように「東京鬼騒動」と呼ばれて、テレビや新聞をにぎわすようになっていた。被害といっても、店先の苺をつままれた、とか、屋台の焼き鳥が勝手に風に吹かれて頭上で待機していた子供に食べられた、とか、なぜだか政治家の秘書が大事に抱えていた黒い鞄を盗まれた、とかそんなものだったが、未成年だから「保護」しなけりゃならず、自治体や警官が捕獲に出かけるのだが、そうそう捕まるわけもなく、その攻防戦はおもしろおかしく人々の耳に届き、ちょっとした人気を博していた。

「それでなんか、怖いことをされなかったかい」

「なんで、そんなことあるもんか。やきょうちゃん、遊んでくれたよ。それでいつの間にか、前飛び十回も出来るようになってたの。すごいでしょ」

「そりゃすごい」

 頭をぐりぐり撫でてやると、守はまぶしそうに目を細めた。

「でもお母さんは気付かなかったんだよ、やきょうちゃんに。なんでだろ。ここからぼくに声かけたんだよ、お昼よって」

 縁側の床をぱんぱんとたたく。

「お母さんには、夢が見えないんだな」

「なあにそれ」

 守が首をかしげたとき、後ろから祖父が甘い声をかけた。「守くん、お風呂出た後、いつまでも縁側にいちゃあいけないよ。お風邪をひいちゃうから、早くお布団に入りなさい」

 守は、はあい、と織江や広松は聞いたこともないいい返事、

「おじいちゃんがね、ぼくが寝るまでお話してくれるんだって」

 と自慢して、祖父の方へちょこまかと走っていった。

 広松はまず区役所へ行き、三十分いくらで住民票を閲覧し、山本やまもと一葉いちはの住所と家族構成――両親と、二つ下の妹・双葉ふたば――を知った。

 近所の人の助けもありほどなくして、込み入った住宅街の一角に、一葉いちはの家はみつかった。小さな庭なし二階建てで、裏の団地の影になる上、二、三分おきに電車の轟音が響く。玄関の引き戸は開けっぱなし、夏の風が自由に出入りし、長のれんを揺らしている。

 インターホンを押すと、しゃこしゃこと手応えのない音がするだけ。

(壊れてるんじゃないか?)

 どうしようかときょろきょろしていると、はす向かいの家に宅配人がやって来たところ、インターホンも押さずに同じく開けっぱなしの玄関から、

「お届けもんでーっす。すいませーん、宅配便ですよー」

(あれをやれと……?)

 逡巡しながらふと見下ろした車庫の隅、放られたひまわりの鉢、縁には、「6―1 山本ふたば」、がらっと玄関脇の窓があいて、その本人が顔を出した。写真で見た姉の一葉いちはより、はっきりとした目鼻立ち、気は強そうだが華やいだ印象を与える。

「どなたですか。あ、それ壊れてるんですよ」

 と、インターホンに目を向ける。やっぱり、と指先に目を落とすと、土埃で黒くなっていた。鞄からホームページのコピーを出すと、

「何これ。お母さんが作ったのかな」

 双葉ふたばは、り硝子から身を乗り出して、きょとんとしている。それからふと哀しい目をした。「お母さん、ほとんどパソコンなんか使えなかったのに」

 娘を捜し出したい一心で覚えたのだろう。心を砕いて待つ人を、かえりみることなく消えた百合子ゆりこ一葉いちは、何がそこまで彼女らをかき立てたのか。守が姿を消したなら、自分はいても立ってもいられない。夜響を人に戻さねば、と広松は強く思った。

 双葉は玄関に回り、

「おじさん、いっちゃんをみかけたの?」

 名を告げたあとで、百合子ゆりこの時と同じように、知人が家出少女をかくまっているという話をする。しかし今回は写真があるので、白々しくならぬよう、

「随分雰囲気が違っていてね。髪の色とか長さとか」嘘はついていない。「だから彼女について、もう少し教えて欲しいんだ」

「いっちゃんがどんな人かって」双葉は急に不機嫌になる。「人によって人格変わるから、あたしが知ってんのはあたしの前のいっちゃんだけですよ。あたしの前ではほんと子供。怒れば物投げ、気にいらなけりゃふくれるの。機嫌が良ければ入道雲が食べたい、とか言う」

 話すうちに双葉のふくれっ面は、次第にかげってゆく。

「それがお母さんたちの前じゃあ、いい姉さまになりやがる。そりゃあばれるときゃあばれるけど、あたしも応戦して手ぇ出しちゃうから、向こうの一方的な八つ当たりでも、喧嘩両成敗、運悪けりゃあたしだけ怒られる」

 一葉いちはが家にいるのが当然だったときには、とどこおりなくぶちまけられた怒りが、今は胸に痛い思い出話になってしまう。

 知らない人は家にあげちゃいけない、とかで、上がりかまちに並んで腰掛けると、風に揺れる長のれんに、時折膝小僧をくすぐられる。

 ご両親は、と尋ねると、

「二人とも仕事。でもお母さんはもう辞めるって言ってる」

 いくら待っても一葉いちはが帰らず、疲れきってしまったのだろう。姉の帰りを信じて、明るく振る舞う双葉の横顔も、ともすればかげりがち、家族が一人減って火の消えたような家が、崩れかかるさまが目に映る。

「夕食のときも、しんとしてるんだよ」

 また、呪術関係に興味を持っていなかったかと尋ねると、

「古いもんが好きだったみたいだけど。数百年前でも、数十年前でも、昔のものはすごいと思ってんじゃないの」

「違うんじゃないかな」

 馬鹿にする口調の双葉をたしなめて、

「消えてゆくもの、消えてしまったものだからだよ」

 散る桜が美しいように、儚いものはいとおしい。夢も幻も、すくう指の間からこぼれてゆくものを、人は必死でかきあつめ、抱きしめたくなる。

「じゃあ特別、鬼とか呪文とかに興味を持っていたわけではないのか」

「おじさん、鬼って信じる?」

「どうして」

 普通の大人をよそおって、さりげなく聞き返す。

「昨日夜響を見たの。友だちとね――男の子なんだけど、一緒に歩いてたら――って二人きりじゃないよ、みんなで遊びに行ったんだよ。でもそんときは、並んで歩いてたの」

 想いを寄せている相手なのかも知れない。

「そしたらいきなりオニが現れてね、みんなすっごい騒いで。オニは片手にアイスバー持ってたんだけど、それが急に溶けて、あたしと三澤みさわくんを追っかけるの。夜響やきょう、頭の上で、超げらげら笑ってた。でも最後にはちゃんともとのアイスに戻って、おなかすいてるあたしたちの目の前で、自慢げになめながら去ってったの」

 夜響らしい、と広松は笑う。

「オニってなんなんだろうね」

  双葉は揺れるのれんをみつめている。広松は、分かっているのに知らない振りなど出来ない。幾度か口をひらきかけ閉じた後で、相手は子供、と言い聞かせて口をひらいた。

「少し前に、着物姿の女が疑われた連続殺傷事件があったのを覚えてるか。私はあの女をオニと見ていた。まあ、奴はとある者の手によって追い払われたのだが、弱った彼女の力を吸い取って、オニになった子供がいた。それが夜響だ」

「最初のオニを封じたのが、おじさん?」

 なかなか鋭い。いや、などと口ごもる広松に、どうなの、とたたみかける。

「まあ言っても信じてはもらえまいが」

 渋々と認めてしまった。双葉はじっと広松の目をみつめて、

「おじさんなら、夜響を人に戻せるの?」

 広松は腹をくくって、しっかりとうなずいた。「やってみるつもりだ」

 こっくりうなずいた双葉に、

「この辺りに、塚とか古びたほこらとかないかな」

「ないと思うけどどうして」

 ひびきは急に現れ殺傷事件を起こした。そそのかされてひびきを目覚めさせたのは、夜響になった少女だろう。ひびきの名を知っていたことも証拠になる。この地にひびきが封じられていた痕跡があれば、一葉いちはを夜響とほぼ確定できるのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

僕らの10パーセントは無限大

華子
青春
 10%の確率でしか未来を生きられない少女と  過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと  やたらとポジティブなホームレス 「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」 「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」    もし、あたなら。  10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と  90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。  そのどちらを信じますか。 ***  心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。  追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。  幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...