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第6話、婚礼の儀

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「ここが人間界――」

 ブルクハルト城の窓から差し込む日差しに、あたしは目を細めた。

 婚礼の儀に挑むため白いドレスに着替え、王城内の礼拝堂入り口で「護衛」という名の「監視」を続ける王国魔法騎士団に囲まれて立っていると、すぐにジュキがやってきた。銀糸で花柄の刺繍がほどこされた生地に金色のボタンが並ぶ人間界の服装がよく似合っている。

「レモネッラ姫―― なんてきれいなんだ……」

 あたしの姿をみとめるなり、ジュキは素直に感激の声をあげた。

「こんな花のように美しいあなたにお仕えできて俺は幸せです」

 あたしの前にひざまずき見上げるまなざしは、兄が冷やしてやったおかげか腫れもおさまって、エメラルドの瞳がきらきらと輝いている。いつもは無造作な銀髪も今は整えられて、彼ってこんなきれいな人だったかなぁなんて思ってしまう。

「ジュキもよく似合っているわよ」

 にっこりとほほ笑みかけると、

「あっ、ありがとうございますっ」

 パァっと頬を紅潮させてあわてて目をそらした。



 そして今あたしは兄にエスコートされ、ブルクハルト城内の礼拝堂へ足を踏み入れた。礼拝堂の中はきらびやかに着飾った人間界の貴族たちであふれている。むせかえるような香水のにおいが充満し、あちこちできらめく宝石に目がくらみそうだ。

 だがあたしは知っている。長いベールの端を持ってうしろからついてくるあたしの騎士ジュキエーレこそ、どんな貴公子よりも美しいことを。

 その肌は白絹さえ黄ばんで見えるほど白く、彼の銀髪は贅沢に使われた銀糸よりまばゆく、彼のエメラルドの瞳は左右に参列する貴婦人たちが身につけたどの宝石より魅力的な光を放っている。

 だが――

 祭壇の前に立っていたアルトゥーロ・フォン・ブルクハルトは憎らしげにあたしを見下ろすと、吐き捨てるように言った。

「死ぬ準備は整ったか? 人間に化けた悪魔よ」

 あたしは一瞬、わが耳を疑った。だがすぐにキッとにらみつけ、

「何をするつもり!? ちょっとでも危険な動きを見せたら、あたしのうしろに控える白銀の騎士ジュキエーレが黙ってないんだから!」

「フン、なにが白銀の騎士だ。あの青白い顔の小僧のことか? 生きているか死んでいるかも分からぬ顔色じゃないか」

 アルトゥーロはジュキにさげすみの一瞥いちべつをくれると、さらにひどい言葉を投げつけた。

「顔立ちは子供のようなのに髪が全部真っ白なのはどういうことだ? 何百年生きているんだ? さっきちらりと見えたが舌の先がまるで蛇のように二股だったぞ。魔族とはなんと醜い生き物よ」

 醜いと言われた瞬間、ジュキがびくっと震えたのがベールを通して伝わってきた。振り返らなくても、ショックを受けた彼が目を伏せうつむいているのが分かる。

 許せない。この王子、あたしの大切な人を傷つけて――

「どうした? 偽物の姫よ。人間に化けているつもりだろうが、術を解けばただの化け物に戻るのだろう。僕は知っているからな。だまされないぞ」

 そうだ、ジュキが男性としてあたしを愛さなくったって構わない。彼は大切な家臣なのだ。あたしは侯爵令嬢として、忠誠を誓う騎士の名誉を守る責務がある。

 わなわなと怒りに震えるあたしの魔力は、空間を覆う聖女の結界にはばまれたうえ、ミスリル製のネックレスに吸い込まれてゆく。だが魔術なんて使えなくても構わない。こんなバカげた政略結婚、ぶち壊してやる!

「誓いのキスを」

 祭壇の後ろにたたずんだ聖女ルクレツィアがおごそかに指示した瞬間、アルトゥーロの手があたしのネックレスに伸び、まったく同時にあたしは渾身の力をこめてその股間を蹴り上げていた。

「これが爆発物だってことは知っているんだ! 化け物どもめ! ――ってうごおぉぉおおぉぉっ!!」

 激痛にのけぞったアルトゥーロの手にはちぎれたネックレスがにぎられていた。

「いけない! 逃げろっ!!」

 誰に向けて叫んだものか、アンリ兄さまの声が礼拝堂に響く。

 次の瞬間、ネックレスに蓄積されたあたしの魔力が光の柱になって放出された。

「ぎゃあぁぁっ!!」

 魔力の柱に鼻と額と頭髪を焼かれたアルトゥーロが絶叫を上げる。

 恐れをなした貴族たちが、一つしかない出口に殺到する。

「俺たちも逃げよう!」

 ジュキがあたしの手を引いたとき、

「待ちなさい、テロリストどもめ!」

 気丈にも足を止める若い女性の姿。見慣れない服装をしているが、彼女もどこかの令嬢だろう。

「ブルクハルト王国魔法騎士団! 参列者と一緒に逃げている場合ではありません! このわたくし帝国皇女フェイリェンが命じます。あの魔族二匹をとらえなさい!」

「なっ――」

 あたしは声をあげ、こちらに弓矢や火槍などの魔道具を構える騎士団に魔力弾をぶち込もうと―― しまった! 聖女の結界のせいで攻撃魔術は使えないんだった!!

 そのときあたしの手をにぎっていたジュキが、ゆっくりと息を吸いこんだ。そして最初は小さく、次第に大きく美しい声で歌い出した。心へ訴えかけるその旋律に魔術兵たちは戦意を喪失し、次々とその場にへたり込む。幸せそうに眠りこんでしまう者までいる。

「なんですって!? 聖女様の結界のおかげで魔族の攻撃魔術は発動しないはず――」

 目を見張る皇女フェイリェン。王国魔法騎士団を全滅いねむりさせたジュキは歌うのをやめ、美しい声のまま静かに言った。

「俺の『歌声魅了シンギングチャーム』は攻撃魔術じゃないから――」

 だがその美声は参列者の絶叫にかき消された。

「天井が崩れるぞぉ!」

 ネックレスから今なお放出され続ける魔力の柱が、礼拝堂の天井を直撃していたのだ。

「レモ!」

 ジュキがあたしを守ろうと抱き寄せたとき、彼のうしろにゆっくりと柱が倒れてくるのが見えた。

「だめ! ジュキ、逃げて――」

 柱が彼を押しつぶすより一瞬早く、魔力の負荷に耐えられなくなったネックレスが霧散し、破片が飛び散った。参列席の一番前にいた勇者と兄、そして祭壇の後ろに立っていた聖女の眉間に命中した。聖女がバタンとうしろに倒れたのと同時に――

「結界!」

 あたしの魔力は戻った。間一髪、結界が二人を守って巨大な円柱を支える。

「あんたたち、今までよくも好き放題やってくれたわね!」

 ようやく戻った魔力をまずは皇女フェイリェンにぶち込む。それから――

「ここは危険だ。俺たちも逃げよう!」

 ジュキがあたしを抱きかかえ、風魔法でふわりと舞い上がった。

「に、逃げますの!?」

 大理石の床に這いつくばったまま、こちらを見上げるフェイリェン。

「いやむしろ逃がしてやってくれ、フェイリェン」

 彼女に頼んだのは―― このブサイク誰だっけ?

「よろしいのですか、アルトゥーロ殿下! そのようなお姿にされて――」

 ああ、アルトゥーロ王子ね。誰だか分からなかったわ。鼻とおでこがこんがり焼けて、頭髪の真ん中部分が消滅してしまっては、せっかくの美形も台無しね。

「構わない。むしろ未来永劫、関わりたくない」

「では、婚約は破棄――」

 言いかけたフェイリェンにうなずくと、大穴の開いた天井付近まで舞い上がったあたしたちを見上げた。

「魔王の娘レモネッラ・ド・セッテマーリよ、僕はお前との婚約を解消する! 二度と我がブルクハルト城に足を踏み入れるな!」

 ジュキにお姫様だっこされたまま、あたしはにっこりとほほ笑んだ。

「ありがとう、アルトゥーロ王子。頼まれたって王都の土さえ二度と踏みたくないわ」

「レモ、私からもお前に言っておこう」

 血の流れるこめかみを押さえたまま兄が、よろよろと立ち上がってこちらを仰ぎ見た。「魔王城にも二度と戻ってくるな。お前を魔界から追放する」

 魔力の柱は礼拝堂の天井だけでなく、その上に続いていた王宮の部屋まですべて消滅させ、今や青空からさんさんと陽光が降ってくる。

「ようやく自由になれるのね! 魔王城からも解放してくださるなんて、やさしいお兄様! お礼を言うわ!」

「もうお前は魔界の姫ではない。ただのレモネッラだ――」

 それだけ言うと、その場に倒れ込んだ。その続きが聞こえたのは、兄が魔法でテレパシーでも送ったのだろうか?

「――私の大切な妹よ、お前は自由だ。幸せに生きるんだぞ……」
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