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第38話、本当は、いまの君が最高なんだ
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教授棟から出て学院敷地を門に向かって歩いていると、行き交う学生の波のなかから夕露が歩いてくるのが見えた。
「玲萌せんぱい、樹葵くん、惠簾ちゃん!」
こちらに向かってぶんぶんと手を振る夕露。なんでいちばん年上の俺がせんぱい呼びされねーんだよ。旅の途中で出会ったからという理由が分かっていてもおもしろくない。夕露は玲萌にだけ静電気をおこすほこりみたいなもんだから、玲萌の旅にくっついてきていたのだ。
ぱたぱたとこちらに走ってくるなり、俺の顔を見上げて笑い出す。
「樹葵くん、その髪型かわいいねー」
「なんで言っちゃうのよあんたは!」
玲萌の言葉を聞いてようやく俺は理解した。奈楠さんに赤い紐で二つ結びされたまんまだった! からだじゅうが燃えるように熱くなる。瀬良師匠にも、多数の学生たちにも見られてたじゃねーか! 手早く紐をひっぱってほどくと、
「もったいない…… よく似合っていましたのに――」
と、惠簾が心底残念そうな顔をして俺をみつめる。無視して俺は、
「変なくせ、ついてねーか?」
両手で髪を整えながら惠簾に尋ねる。不幸にも答えたのは夕露だった。
「樹葵くんの髪の毛ってもともとぐしゃぐしゃしてるから、変わんないよ」
「しっつれーなやつだな! あんたよりかましだよ」
腹立ちまぎれに言い返しちまう俺。夕露のくりんくりんな髪質に比べたら、俺のくせっ毛のほうが百倍ましなのは事実だと思う。
「わたしの髪の毛はすごいんだよ? とかしてもとかさなくても同じだから、毎朝くしを使う必要がないんだ!」
予想外のところで自慢してくる夕露。それからけろっとした顔で、
「それでみんなしてどこ行くの?」
と尋ねた。惠簾がていねいに説明しているうちに、俺は玲萌に向きなおった。
「玲萌、なんで教えてくんなかったんだよ」
「だって樹葵、むかしは長い髪をよくふたつに結んでたし」
そうだったかも。俺は、魔道学院一回生だったころの玲萌なんて記憶にないのに、玲萌はよく覚えているもんだ。自分ばかりみつめていたあのころの俺は、自分に興味を持ってくれた後輩女子の姿も目に入らなかったのだろう。
「だから、そんなこと気にしないかと思って」
と言いながら気まずそうに目をそらす玲萌。俺はプンプンしながら、
「いやこの長さで横を結ぶのは絶対おかしいだろ。俺は自分の美的感覚にあわない恰好で生きるのは耐えられないんだよっ」
いやでもちょっと待てよ。玲萌、師匠の部屋に入ってきた惠簾に「しーっ」と合図してだまらせてたよな? てこたぁ――
「気付いたら俺が恥ずかしがるって、あんた分かってたんじゃね?」
いつも玲萌のこと頼りにしてるのに裏切られた気分で指摘する。気丈に言い返してくるかと思いきや玲萌は、
「だって――」
と、どこか寂しそうに遠くをみつめた。でも口元は少し笑っているようで、こんな切ない表情の玲萌、見たことなかったから俺はドキッとした。
「樹葵が髪を結んだとき、ふとあのころの面影を思い出せるような気がしたの。やっぱり同じひとなんだなって」
玲萌は校門脇の大きな木の下で足を止めると、学院の塀にさえぎられて見えない鎮守の森の方角をみつめていた。
「あのころあたしは樹葵の名前も知らなかったし、声を聞いたこともなかった。いまの樹葵は、ぜんぜん違う外見になっちゃったけど――」
「なんで?」
言葉にならない感情があふれて、俺はさえぎった。気持ちがたかぶって例のごとく自分の声が子供っぽい高音になってることに気付いていたが、俺はそのまま続けた。
「玲萌は過去の俺に会いたいの? 三年前の俺が好きだから、今朝もいっしょに登校したの?」
悲しみか怒りかも分からない。確実なことは、俺はいまの自分が好きだってことだ。
「違う!」
あわてて玲萌が首を振った。「違うの、外見なんて関係ない。あたしはいつも樹葵自身のことが――」
玲萌は泣き出しそうな声でさけぶと、そこで言葉につまった。涙にうるむ瞳で見上げる玲萌が急にいとおしくなって、
「じゃあいいじゃん」
俺はにっと笑いかけた。狂おしい表情で見上げる玲萌の髪を、俺は爪の先で傷をつけないよう、そっとかきあげた。
「わぁやめて、あたしおでこ広いからっ」
そんなこと気にする!? 玲萌は隠すようにうつむいて、俺の胸に額をおしつけた。あやかしと化した俺の身体に彼女の熱が伝わる。手のひらで彼女の頭をやさしく包んで、上を向かせる。
玲萌の瞳が不安そうにゆれる。「樹葵、きみのことがこんなに大切なのに、あたしまた傷付けちゃった?」
長いまつ毛が涙に濡れている。
自分のことしか考えてねぇような俺のことを、大切だと言ってくれた。俺はたまらなくなって玲萌の前髪をかきあげると、そのきれいな形をした額に唇を押し付けた。
「あっ……」
玲萌が小さく声をあげる。ほんとはこのさくらんぼみたいな唇を奪ってやりたい。だけど玲萌を大切に思う気持ちが、押し寄せる熱情の炎をなんとか制止した。
「樹葵――」
玲萌がなにか言おうとして、俺の長半纏をぎゅっとにぎりしめたそのとき、
「玲萌せんぱーい、何かあったんですかぁ?」
塀の向こうから聞こえる夕露の声に、俺たちは我に返った。
「惠簾ちゃんがわたしもついて行っていいってー」
「行こっ」
玲萌がいつものように俺の手をひっぱって走りだした。
「玲萌せんぱい、樹葵くん、惠簾ちゃん!」
こちらに向かってぶんぶんと手を振る夕露。なんでいちばん年上の俺がせんぱい呼びされねーんだよ。旅の途中で出会ったからという理由が分かっていてもおもしろくない。夕露は玲萌にだけ静電気をおこすほこりみたいなもんだから、玲萌の旅にくっついてきていたのだ。
ぱたぱたとこちらに走ってくるなり、俺の顔を見上げて笑い出す。
「樹葵くん、その髪型かわいいねー」
「なんで言っちゃうのよあんたは!」
玲萌の言葉を聞いてようやく俺は理解した。奈楠さんに赤い紐で二つ結びされたまんまだった! からだじゅうが燃えるように熱くなる。瀬良師匠にも、多数の学生たちにも見られてたじゃねーか! 手早く紐をひっぱってほどくと、
「もったいない…… よく似合っていましたのに――」
と、惠簾が心底残念そうな顔をして俺をみつめる。無視して俺は、
「変なくせ、ついてねーか?」
両手で髪を整えながら惠簾に尋ねる。不幸にも答えたのは夕露だった。
「樹葵くんの髪の毛ってもともとぐしゃぐしゃしてるから、変わんないよ」
「しっつれーなやつだな! あんたよりかましだよ」
腹立ちまぎれに言い返しちまう俺。夕露のくりんくりんな髪質に比べたら、俺のくせっ毛のほうが百倍ましなのは事実だと思う。
「わたしの髪の毛はすごいんだよ? とかしてもとかさなくても同じだから、毎朝くしを使う必要がないんだ!」
予想外のところで自慢してくる夕露。それからけろっとした顔で、
「それでみんなしてどこ行くの?」
と尋ねた。惠簾がていねいに説明しているうちに、俺は玲萌に向きなおった。
「玲萌、なんで教えてくんなかったんだよ」
「だって樹葵、むかしは長い髪をよくふたつに結んでたし」
そうだったかも。俺は、魔道学院一回生だったころの玲萌なんて記憶にないのに、玲萌はよく覚えているもんだ。自分ばかりみつめていたあのころの俺は、自分に興味を持ってくれた後輩女子の姿も目に入らなかったのだろう。
「だから、そんなこと気にしないかと思って」
と言いながら気まずそうに目をそらす玲萌。俺はプンプンしながら、
「いやこの長さで横を結ぶのは絶対おかしいだろ。俺は自分の美的感覚にあわない恰好で生きるのは耐えられないんだよっ」
いやでもちょっと待てよ。玲萌、師匠の部屋に入ってきた惠簾に「しーっ」と合図してだまらせてたよな? てこたぁ――
「気付いたら俺が恥ずかしがるって、あんた分かってたんじゃね?」
いつも玲萌のこと頼りにしてるのに裏切られた気分で指摘する。気丈に言い返してくるかと思いきや玲萌は、
「だって――」
と、どこか寂しそうに遠くをみつめた。でも口元は少し笑っているようで、こんな切ない表情の玲萌、見たことなかったから俺はドキッとした。
「樹葵が髪を結んだとき、ふとあのころの面影を思い出せるような気がしたの。やっぱり同じひとなんだなって」
玲萌は校門脇の大きな木の下で足を止めると、学院の塀にさえぎられて見えない鎮守の森の方角をみつめていた。
「あのころあたしは樹葵の名前も知らなかったし、声を聞いたこともなかった。いまの樹葵は、ぜんぜん違う外見になっちゃったけど――」
「なんで?」
言葉にならない感情があふれて、俺はさえぎった。気持ちがたかぶって例のごとく自分の声が子供っぽい高音になってることに気付いていたが、俺はそのまま続けた。
「玲萌は過去の俺に会いたいの? 三年前の俺が好きだから、今朝もいっしょに登校したの?」
悲しみか怒りかも分からない。確実なことは、俺はいまの自分が好きだってことだ。
「違う!」
あわてて玲萌が首を振った。「違うの、外見なんて関係ない。あたしはいつも樹葵自身のことが――」
玲萌は泣き出しそうな声でさけぶと、そこで言葉につまった。涙にうるむ瞳で見上げる玲萌が急にいとおしくなって、
「じゃあいいじゃん」
俺はにっと笑いかけた。狂おしい表情で見上げる玲萌の髪を、俺は爪の先で傷をつけないよう、そっとかきあげた。
「わぁやめて、あたしおでこ広いからっ」
そんなこと気にする!? 玲萌は隠すようにうつむいて、俺の胸に額をおしつけた。あやかしと化した俺の身体に彼女の熱が伝わる。手のひらで彼女の頭をやさしく包んで、上を向かせる。
玲萌の瞳が不安そうにゆれる。「樹葵、きみのことがこんなに大切なのに、あたしまた傷付けちゃった?」
長いまつ毛が涙に濡れている。
自分のことしか考えてねぇような俺のことを、大切だと言ってくれた。俺はたまらなくなって玲萌の前髪をかきあげると、そのきれいな形をした額に唇を押し付けた。
「あっ……」
玲萌が小さく声をあげる。ほんとはこのさくらんぼみたいな唇を奪ってやりたい。だけど玲萌を大切に思う気持ちが、押し寄せる熱情の炎をなんとか制止した。
「樹葵――」
玲萌がなにか言おうとして、俺の長半纏をぎゅっとにぎりしめたそのとき、
「玲萌せんぱーい、何かあったんですかぁ?」
塀の向こうから聞こえる夕露の声に、俺たちは我に返った。
「惠簾ちゃんがわたしもついて行っていいってー」
「行こっ」
玲萌がいつものように俺の手をひっぱって走りだした。
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