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第78話、最終決戦
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神剣・雲斬を手に、仮説舞台から空へ舞い上がった。眼下の空気が一瞬、波のようにさざめき瀬良師匠の結界が空間全体を覆ったことが分かる。
『わらわもぬしさまをお守りする聖結界を張ったのじゃ』
「助かる。俺も一応、自前の真空結界を張っておくよ」
観客の頭上を飛びながら、くもぎりさんに答える。
「すごい! あの白銀の騎士役の子、空飛んでるわ!」
「さすが魔道学院の演劇だなあ」
「見ごたえあるわねぇ」
まだ劇の続きだと信じている人々の声を下に聞きながら、印を結び呪文を唱え始めた。
「翠薫颯旋嵐、無波無嵐、鎮抑静心、我らを守りたる二重結界と為し給え」
まずは風の術で自分の周りを囲む二重の結界を作りだす。それから二つの結界にはさまれた空間に意識を向け――
「褐漠巨厳壌、其の大なる力を以て空歪ましめ、遥かなる頂の更なる高みの如く、虚なる場と為し給え」
空気を抜き真空を作る!
『ぐわっはっはっ、エサがうようよしておるわ!』
頭の中に身も凍るような土蜘蛛の思念が流れ込んでくる。
「あんたの好きにはさせないぜ!」
『またお前か、あやかしの小僧! いつも猿どもの味方をしやがって水龍の名が泣くわ』
――来るか!?
身構えた俺の予想に反して、土蜘蛛はくるりと向きを変えると六本の足をカサカサと動かして聴衆のほうへ向かった。
「なっ」
『ぬしさまは無視してエサに向かったようじゃな』
「――凍れる刃よ!」
指さした左手の先からあらわれた鋭い氷の切っ先が、土蜘蛛の足をねらっていくつも飛んでゆく。
ザクザクッ ザク!
三本ほど切り落とされたところで、土蜘蛛は残った足をバネのように使って跳躍した。真空結界にはばまれて声こそ聞こえないものの、瀬良師匠の結界に守られた人々が大騒ぎしているのが見える。
一気に間合いを詰めて空から垂直落下に近い角度でせまる俺を、土蜘蛛の口から放たれた巨大な火の玉が襲う。一瞬、金色の炎が視界をおおったが、くもぎりさんの聖結界にふれて消滅した。
「よっしゃ、全然熱くないぜ!」
真空結界、大成功だ。
『邪魔をするな!』
続いて大量の糸が襲ってきた。
「うわっ、前が見えねえ!」
『量が多くてわらわの結界でも一度に消しきれんのじゃ!』
視界が無数の白い線にさえぎられる。
「破っ!!」
俺は気を吐いて蜘蛛糸を消失させた。
視界が戻ると、聴衆の集団を守る師匠の結界にはね返されたらしく、土蜘蛛がひっくり返ったところだった。
「今度こそ!」
俺は神剣を振るった。
だが直前に身をひるがえした土蜘蛛は、すでに復活した足で高く跳んでいた。
『術者は―― あれか』
という憎らしげな思念を吐き捨てて。
「くそ、でけぇくせにすばしっこい!」
観客の頭上を飛び越えて仮設舞台へ。人々は頭をかかえたり顔をおおったりしている。そろそろ土蜘蛛が本物だと気付き始めたのだろうか。
「ねらいは師匠か!」
『あの男が巨大結界を維持していると見抜いたのじゃな』
「結界の外にいる人間をねらわれるよりマシかも」
学院の敷地から外に出られたら面倒なことになる。
『あやつは蜘蛛の魔物じゃから狩りとは待つもの。巣にかかった人々を食べ尽くすまで外へは出んじゃろう』
解説しながらくもぎりさんが俺の体を仮設舞台へ運んでくれる。
「魔道学院があいつの巣ってわけかよ……」
舞台の上では着地した蜘蛛の足に、俺の三味線をかついだままの夕露が金棒で殴りかかっていく。
「夕露、あぶねーから師匠の結界ん中にいろ!」
思わずさけんでから、真空結界のせいで聞こえないことに気付く。
夕露の怪力でぶった切られた土蜘蛛の足が客席のほうへ落ちる。真空結界にはばまれて悲鳴は聞こえなくても阿鼻叫喚の光景は見るだけで明らかだ。
『小娘、お前から食ってやる』
土蜘蛛が前脚で夕露をつかんだ!
「俺の三味線! じゃなかった夕露!!」
くそっ、この距離からじゃ夕露に当たりそうで、うかつに攻撃できねえ!
しかし夕露を食べようとした土蜘蛛は、ウゴウゴと口元を動かすばかり。
「夕露に近付けない?」
『巫女殿の結界か』
そこに呪文詠唱が終わった玲萌の術が炸裂する。おそらく風の刃だろう。夕露をつかんでいた巨大な前脚を切り去った!
ちょうど仮設舞台に到着した俺が、落ちる夕露を空中で受け取る。ふれるだけで彼女の体は浮かび上がり、くもぎりさんの結界で包まれた。真空結界の中に抱き寄せて、
「無茶すんなって」
「わたしだって役に立ちたいんだもん!」
「じゅうぶん立ってるよ。瀬良の旦那が結界維持に集中できてるんだから」
土蜘蛛の口の中に炎の球が見えたので、
「――我が意に従い凍てつかん!」
氷水を放ってその巨大な口をふさぐ。すぐにとかされてしまうだろうが、玲萌が次の術を構築するまでの時間稼ぎにはなるはずだ。そのあいだに俺は、夕露を観客席の大旦那に預ける。
舞台を振り返ると、さっき夕露にぶちのめされた脚はすでに生えている。玲萌に斬られた前脚がそろう前に、その巨体は彼女の風の術によって縛られた。
「樹葵、神剣を!」
聞こえなくても玲萌の言葉は分かる。
「よっしゃ来たぁ!」
俺はついに最後の一閃を――
『邪魔じゃ小娘!』
土蜘蛛が瘴気を放つと、玲萌が生み出した風の縛めは霧散した。そして大きく開けた口の中には彼女をねらった炎の球が――
『わらわもぬしさまをお守りする聖結界を張ったのじゃ』
「助かる。俺も一応、自前の真空結界を張っておくよ」
観客の頭上を飛びながら、くもぎりさんに答える。
「すごい! あの白銀の騎士役の子、空飛んでるわ!」
「さすが魔道学院の演劇だなあ」
「見ごたえあるわねぇ」
まだ劇の続きだと信じている人々の声を下に聞きながら、印を結び呪文を唱え始めた。
「翠薫颯旋嵐、無波無嵐、鎮抑静心、我らを守りたる二重結界と為し給え」
まずは風の術で自分の周りを囲む二重の結界を作りだす。それから二つの結界にはさまれた空間に意識を向け――
「褐漠巨厳壌、其の大なる力を以て空歪ましめ、遥かなる頂の更なる高みの如く、虚なる場と為し給え」
空気を抜き真空を作る!
『ぐわっはっはっ、エサがうようよしておるわ!』
頭の中に身も凍るような土蜘蛛の思念が流れ込んでくる。
「あんたの好きにはさせないぜ!」
『またお前か、あやかしの小僧! いつも猿どもの味方をしやがって水龍の名が泣くわ』
――来るか!?
身構えた俺の予想に反して、土蜘蛛はくるりと向きを変えると六本の足をカサカサと動かして聴衆のほうへ向かった。
「なっ」
『ぬしさまは無視してエサに向かったようじゃな』
「――凍れる刃よ!」
指さした左手の先からあらわれた鋭い氷の切っ先が、土蜘蛛の足をねらっていくつも飛んでゆく。
ザクザクッ ザク!
三本ほど切り落とされたところで、土蜘蛛は残った足をバネのように使って跳躍した。真空結界にはばまれて声こそ聞こえないものの、瀬良師匠の結界に守られた人々が大騒ぎしているのが見える。
一気に間合いを詰めて空から垂直落下に近い角度でせまる俺を、土蜘蛛の口から放たれた巨大な火の玉が襲う。一瞬、金色の炎が視界をおおったが、くもぎりさんの聖結界にふれて消滅した。
「よっしゃ、全然熱くないぜ!」
真空結界、大成功だ。
『邪魔をするな!』
続いて大量の糸が襲ってきた。
「うわっ、前が見えねえ!」
『量が多くてわらわの結界でも一度に消しきれんのじゃ!』
視界が無数の白い線にさえぎられる。
「破っ!!」
俺は気を吐いて蜘蛛糸を消失させた。
視界が戻ると、聴衆の集団を守る師匠の結界にはね返されたらしく、土蜘蛛がひっくり返ったところだった。
「今度こそ!」
俺は神剣を振るった。
だが直前に身をひるがえした土蜘蛛は、すでに復活した足で高く跳んでいた。
『術者は―― あれか』
という憎らしげな思念を吐き捨てて。
「くそ、でけぇくせにすばしっこい!」
観客の頭上を飛び越えて仮設舞台へ。人々は頭をかかえたり顔をおおったりしている。そろそろ土蜘蛛が本物だと気付き始めたのだろうか。
「ねらいは師匠か!」
『あの男が巨大結界を維持していると見抜いたのじゃな』
「結界の外にいる人間をねらわれるよりマシかも」
学院の敷地から外に出られたら面倒なことになる。
『あやつは蜘蛛の魔物じゃから狩りとは待つもの。巣にかかった人々を食べ尽くすまで外へは出んじゃろう』
解説しながらくもぎりさんが俺の体を仮設舞台へ運んでくれる。
「魔道学院があいつの巣ってわけかよ……」
舞台の上では着地した蜘蛛の足に、俺の三味線をかついだままの夕露が金棒で殴りかかっていく。
「夕露、あぶねーから師匠の結界ん中にいろ!」
思わずさけんでから、真空結界のせいで聞こえないことに気付く。
夕露の怪力でぶった切られた土蜘蛛の足が客席のほうへ落ちる。真空結界にはばまれて悲鳴は聞こえなくても阿鼻叫喚の光景は見るだけで明らかだ。
『小娘、お前から食ってやる』
土蜘蛛が前脚で夕露をつかんだ!
「俺の三味線! じゃなかった夕露!!」
くそっ、この距離からじゃ夕露に当たりそうで、うかつに攻撃できねえ!
しかし夕露を食べようとした土蜘蛛は、ウゴウゴと口元を動かすばかり。
「夕露に近付けない?」
『巫女殿の結界か』
そこに呪文詠唱が終わった玲萌の術が炸裂する。おそらく風の刃だろう。夕露をつかんでいた巨大な前脚を切り去った!
ちょうど仮設舞台に到着した俺が、落ちる夕露を空中で受け取る。ふれるだけで彼女の体は浮かび上がり、くもぎりさんの結界で包まれた。真空結界の中に抱き寄せて、
「無茶すんなって」
「わたしだって役に立ちたいんだもん!」
「じゅうぶん立ってるよ。瀬良の旦那が結界維持に集中できてるんだから」
土蜘蛛の口の中に炎の球が見えたので、
「――我が意に従い凍てつかん!」
氷水を放ってその巨大な口をふさぐ。すぐにとかされてしまうだろうが、玲萌が次の術を構築するまでの時間稼ぎにはなるはずだ。そのあいだに俺は、夕露を観客席の大旦那に預ける。
舞台を振り返ると、さっき夕露にぶちのめされた脚はすでに生えている。玲萌に斬られた前脚がそろう前に、その巨体は彼女の風の術によって縛られた。
「樹葵、神剣を!」
聞こえなくても玲萌の言葉は分かる。
「よっしゃ来たぁ!」
俺はついに最後の一閃を――
『邪魔じゃ小娘!』
土蜘蛛が瘴気を放つと、玲萌が生み出した風の縛めは霧散した。そして大きく開けた口の中には彼女をねらった炎の球が――
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