その日、私は龍に喰われた。

蒼井泉

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第一章 九夏三伏の熱砂〜デザート・エルフ

第5話 九夏三伏の熱砂

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 決行の日がやってきた。
 アンファング・シュタットの後門を抜けた先にある砂漠を乗り越えると、エルフの本拠地に辿り着くとのことだった。
 メリアの魔法で空を飛ぶこと十五分。
 私と自分を魔法で加速させると同時、メリアは重たい食料を魔法で操って持ってきていた。普通に抱えたらかなり重たいはずなのに、魔法ってすごいんだなあと思う。
「さて、後門に到着だ。一旦降りるぞ」
「ん、荷物半分持つよ」
 私は地上に着地して、食料やらなんやらが入った袋の半分を受け取った。
 眠たそうに常駐する門番の前に立ち、何か言いたげな表情かおでメリアは声を掛ける。
「通行だ。門を開けてくれ」
「この先は砂漠だぞ。方向間違えてんじゃねえか?」
「間違えてなどいない。砂漠の外に用事があるんだ」
 居眠りから目覚めた門番Aが、メリアの台詞を聞いて目を丸くする。地面に転がった丸い盾を拾うと、もう一人の頭を小突いて起こした。
「悪いことは言わん、やめておけ。死ぬぞ」
「なぜです?」
 メリアの代わりに訊いてみると、門番Bは重い瞼を擦りながら教えてくれた。
「確かに今、エルフとは同盟状態だが、砂漠は外敵が多すぎて話にならん。お前ら子供が俺のせいで死んじまったなんて話は御免だ」
 うーん、ごもっとも。
 どうしようかとメリアに目をやると、何か策があるようで自信ありげな顔と共に頷いた。
「これならどうだ——?」
 そしてすぐ、メリアは目を瞑る。深呼吸を繰り返すと、彼女の全身を眩い電流が駆け巡った。
 メリアの体を白いオーラが漂っているのが見えた。
「省エネルギーに抑えてこの程度だが、……まぁこっちの方が都合がいいか」
 魔力を体の中にしまうと、メリアは深く息をついた。
 門番の二人は白目を剥いてその場に寝転んでいる。魔力に当てられて気絶した、というやつだろうか。
 門の前に立ったところで、メリアは忠告を思い出した様子でこちらを振り返った。
「準備は万全だな。ここから先、砂漠がどれだけ続くかわからない。覚悟をもってくれ」
 改めて私は息を吸い込む。メリアがやっていたように、少しでも追いつこうとならうように。
 そして、私がここにいる謎を明かすために。
「もちろん。行こう」
 守護者のいなくなった門をこじ開けて、私は果てしなく広がる砂漠に足を踏み入れた。





 アンファング・シュタットの門を抜け出た瞬間、私たちを出迎えたのは壮大な風景だった。
 地面は気を抜けば沈んでいくほど深い砂に包まれていて、雲ひとつない青空と烈日だけが人間の街と続いていることを教えてくれた。砂は私たちの脚を掴んで、絶え間なく奥へ引き摺り込んでくる。
「涼華、離れるな。互いの姿を見失えば、その瞬間にもう終わりだと思うんだ」
「了解。気をつける」
 一歩踏み出すたび、ここが大自然の中なのだと強く認識させられる。
 真夏の日差しが照りつける中、砂漠に飛び込むなど自殺行為。にもかかわらず、目的地まで果てしない道を歩こうと言うのだ。旅の醍醐味だと思っていた雑談も、ここでは命取りになると察して取りやめた。
 目印も終わりもない熱砂を黙々と歩き進めていく。数分ごとに水を摂り、熱に倒れないよう注意を払った。歩き慣れしたメリアの少し汗ばんだ手だけが私の道標だった。
 砂の吹かない熱砂の静寂は、何よりも気味の悪さを演出する。二人分の地面をかき分けていく音は、あまりに多い砂の中に沈んで消えていくばかりだ。
「くっ……」
 メリアが額の汗を拭った。
 私が龍の姿になれれば、ひとっ飛びで進んでいけたのだろうか。そんなことを口走れば怒られてしまいそうだから聞けないが、僅かに罪悪感があった。
 
 言葉を出すことも許されない熱砂。
 それは冒険に向かう私たちを徹底的に排斥するように、ついに砂嵐を起こし始めた。
「涼華。魔力反応が六体、リザードマンだ!」
「っ、了解!」
 全身の筋肉が強張る。
「グラァアア!」
 間髪容れず耳をつん裂く咆哮がやってきた。
 耳を塞ぐ私の横に並び立つと、メリアは透き通るような声で囁いた。
「キミがドラゴンになればリザードマンなど赤子同然というのはわかっている。だが、戦い方が多くて損はない」
 メリアと離れてしまわぬようにその手を握る。すぐに、優しく握り返される感覚が掌に届いた。
「キミに魔法の使い方を説明する。覚えてくれ」
 未知の手段をただ一度きりの説明で理解する。普段なら高難易度もいいところ、さすがに断るのだけれど……これから挑む相手のことを考えれば、とてもそういうわけにはいかない。
「キミに少し魔力を送った。……そうだ、その暖かい感覚。全身に滲んでいく暖かみをうまく制御するように、ゆっくりと呼吸を繰り返せ。焦らなくていい。少しずつ、全身に魔力が巡っていくのを感じるんだ」
 砂塵に息を止められないように、私は深々と息を吸い込む。
 暖かみが徐々に広がっていく。言葉にするのが難しい、どこかぽわぽわした感覚。
「さぁ目を瞑れ。キミの奥底に眠る魔法はなんの色をしている?」
 溢れる砂塵から目を瞑って、私は暖かい感覚に身を預けた。
 どこか遠くに自分が見える。風晴涼華という人間の型紙の中に、一つの球体が浮かんでいた。
「あか、いろ」
 陽炎がそこにあった。
 真っ暗闇に残る一つの赤色を掴んだところで、私の中に声が降る。
「そこにある赤色からイメージされるものを頭の中にうつせ! それがキミにとって最初の言霊コードだ!」
 赤、ぼやけた陽炎が形になる。何もかも燃やし尽くし、時に万物を癒す熱の体現。
 ——炎。
 私はゆっくりと視界を明けた。
 両手にある重い暖かみに目を落とすと、そこには炎が宿っていた。
 知らない言葉が頭の中に浮かんでいた。
 あとはもう、体が勝手に動くだけであった。

最初の灯火プルミエ・フラム

 私はリザードマンに向けて手をかざす。
 すると、炎が掌からリザードマンに飛び移った。激しい炎は瞬く間に相手を包み込み、いとも簡単に意識を奪い取る。
「撃てた!」
「完璧だッ」
 私の真横を黒い影が過ぎ去った。
 メリアは私と背中合わせになると、力任せにリザードマンの一人を殴り飛ばした。
「半分は預ける。背中は任せろ」
「了解!」
 意気込みの声を皮切りに、メリアは凄まじい速度でリザードマンの方へと駆けていく。
 いっちょやりますかと意気込んで、私は再び魔法の発動をイメージした。煌々こうこうと燃え上がる炎の形を頭に描いて、生まれた焚き火を大火にランクアップさせる想像をする。
「『最初の炎プルミエ・フラム』!」
 一度目よりも激しさを増した炎はリザードマンを絡め取り、強い炎で意識を奪い取った。
 一人ずつ炎を打たなければいけないのが面倒だけど、想像力に応じて火の威力が上がっているように感じられた。
 うまく調整できれば、強力な魔法になるかもしれない。
「涼華、これを!」
 途端にメリアが上空から硬い紙を投げてきた。砂漠に突き刺さったトランプみたいなそれを拾うと、私はそこに書いてある言葉を読みあげた。
一陣の風ガスト?」
「物は試しだ。使ってみろ!」
 言霊コードだろうか。先決はイメージ、ひとまず想像を始めてみる。
 一陣の風、文字通りだとしたら属性が合わないから使えないはず。
 ——風といえば速度。加速魔法?

一陣の風ガスト
 
「きゃああッ!?」
 答えに気がついたとき、私の体はジェットコースターのように吹き飛んだ。何が起こっているのかよくわからないまま、体を纏う魔法は勝手にリザードマンの方へと突っ込んでいく。
「ぐぅぅぉぉぉ」
 突然出てきた爆速を制御できるはずもなく、私はリザードマンと衝突してしまった。
 頭からぶつかったせいで、視界がぐわんぐわんと揺らぐ。重力に従って転んだ私が立ち上がると、リザードマンを撃破したことが確認された。
 
 それにしたって、魔法の種類も教えないでこれは酷いんじゃない?
 こめかみを抑える私とは真逆、メリアは涼しい顔で顎を伝う汗を拭っていた。
 メリアは私の顔を見て言いたいことを察し、苦笑いを浮かべながら私に水を渡してくれた。
「はは、すまない。キミの言いたいことはわかる……けれど、ほら」
 変なところで適当だなと少し呆れつつ、メリアの指す方向に目をやる。
 砂嵐は止み、雲ひとつない青々とした空の下。砂漠の中に集合する家々はいくつかに連なっており、あたりには人々の生活の様子が窺えた。
「もしかして、村?」
「ああ。行こう」
 ようやく何か情報を得られそうな地点に辿り着いた。
 一気に高まる期待を胸に、私とメリアは村の方へと駆け出していった。

 この期待が簡単に裏切られるなんて、二人のどちらも思いもせずに。
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