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気まぐれなおでかけは阿修羅の怒りを買う
しおりを挟む最初の間違いはアマゾンを覗いたこと。
そしてトップヒットに「耳目口司」が表示されたこと。
最新作のライトノヴェル「愚者のゲートウェイ」がたまらなく魅惑的だったこと。
第二の間違いは取るものもとりあえず紀伊国屋に走ろうという衝動に駆られて綿星にも相談せずに寮を飛び出してしまったこと。
財布とクレジットカードとSUICAの事しか考える余裕がなかったこと。
第三の間違いはとりあえず着れるものとしてシフォンのドレスワンピースを被り、生足でサンダルを引っ掛けて飛び出してしまったことだ。
電車を乗り換え、新宿駅を降りた時から不穏な雰囲気に気づかなかったことは四番目の間違いだったのかも知れない。
紀伊国屋で「愚者のゲートウェイ」を手に入れた僕はと言えばホクホクとした上機嫌。半分はスキップしていたかも。
声をかけて来たのはサングラスに髭の、色の浅黒い男だった(後で思い返すことになるけれど、なんでその手の業界の人はそんな手がかりしかないのだろう)
「ちょっと君、どこの事務所?」
「はあ。学校には事務所はありますけど」
「あららら、ボケちゃって。どこの芸能事務所か聞いてるのよボク。君、使いたいなあと思ってね。だから教えてよ」
「はあ………「芸能」ってなんですか?」
「ばっくれるのやめてよね。これ、ビジネスライクなお話なんだから」
「………ビジネス?お仕事?」
「そうそう。今度ね、ADDIのキャンペーンでさ、君をメインにして何か考えたい。決め手はコンセプトなんかよりやっぱ、オーラを持っているキャラなんだよね。そのピアスがまたまた。猛烈に輝いちゃってもうまいった」
一人で浮かれている男はアロハシャツもどきの服を着た軽薄な格好をしているが、お腹に風格がある。というより「デブ」だ。
考えてみると「デブ」って貴重だよね。僕のまわりに一人もいないもの。
「はあ。僕にその「おおら」とかいうのがあるんですか?」
「あるなんてもんじゃない。輝いているじゃない。それに自分のことを「僕」なんていうのいいねえ、キャラが立ってるよお」
「毎日お風呂に入っているし、臭うとは思えないんですけど………」
「あはははは!君、すっごいキャラ持ってるねえ。これ、イケるよっ。うん、イケる」
「僕、どっか変ですか?」
「そうね、まずはその美脚。見たことないよそんなバンビみたいにしなやかで可憐な美脚は。プロポーション抜群じゃない」
「………胸がないですけど」
男はぶんぶんと腕を振って、眉を下げて思いっきり否定する。
人目もあるし思いっきり恥ずいんですが。
「もう巨乳はダメ!これからはパリコレみたいにスレンダーが主流!それに君のアッシュグレイのマッシュショート。どっかユニセックスな圧倒的美貌。これだよこれ」
そりゃユニセックスは当たり前です。男なんだから。
「それにさあ、見ようによっては君、16か17歳ぐらいに見えるもんね。時代はアンダー18のヒロインを求めているのさ!」
舞い上がっている男を無視して僕は走り出した。
そんなに体育は得意ではないけれど、50メートルを14秒ちょっとで走れる僕に男が追いつくわけもなく。
東口の改札に辿り着こうとした時。
「ねえねえ、君。芸能界にデビューしたくない?」
部屋のベッドに横になって「愚者のゲートウェイ」を読んでいると綿星が勝手にドアを開けて入って来た。相変わらずタイトな装いで。
「シオ、あんたどっか行った?」
「んっと、本を買いに行っただけだよ?」
「……………つまりあたしに何も言わずに出かけたと。しかも新宿に」
「悪い? んなわけないよね。僕は学生だしそれ以前に市民だもの」
綿星は渋面を強張らせてシオをケンシロウを見下ろすラオウのように睨んだ。
「言えないけど、私はあんたを保護しなくちゃいけない」
「保護されたのは警察だけだけど?」
「警察じゃあんたを守れないの」
「なんでなの?」
「なんででもよ」
そして187センチの高みからシオの髪の毛を乱暴に掴み揺さぶり。
時代が刻んだ木目に彩られた黎明学園の寮に叫び声がこだました。
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