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陰謀篇
第2話 誕生
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破水が始まってから数辰刻後。破水前の朗らかな天気とは打って変わって、王都は激しい雷雨に襲われていた。月が暗雲に隠され城内が薄暗い。
廊下の壁には蝋燭が刺さっていない燭台が物悲しく飾られ、城内の暗さに拍車を掛けている。妊娠中のサーラには蝋の匂いが酷い悪臭に感じられたからだ。
そんな城内を雷光のみを頼りに使用人たちが慌ただしく駆け回り、張り詰めた雰囲気が漂っていた。
「……あぁ~っっ…………ああぁぁっ……ぁぁあああっっ…………」
落ち着きのない城内に響くサーラの呻き声は、ある一室から漏れ出ていた。使用人たちが駆け回る中、大勢の神官たちが声の漏れる部屋の前で跪き一心に祈りを捧げている。
悲痛な叫び声にも聞こえる呻き声に城内の人々は心臓が痛むほどの緊張が走る。そんな人々の中に一際緊張した男が一人。部屋の前でコツコツと足音を鳴らしながら徘徊するのはサーラの夫であり、王国を統べるレオナール。その足取りからは不安と焦燥が感じ取れた。
「一体いつになったら産まれるのだ! 陣痛が始まってから既に七辰刻は経っているぞ!」
レオナールは痺れを切らすかのように何度目かの怒号を響かせた。
「……ハァ…………。落ち着きなさい、レオナール。サーラはすでに二度の出産を経験しています。それ程心配せずとも問題ありませんよ」
「しかし母上っ! このままでは…………このままではサーラが耐えられません。体力が保つかどうかも……」
「いい加減になさい! このまま貴方が騒いでも子が早く産まれるわけではありません! 出産は母親にとって命がけの大勝負です。貴方の妻が命を賭けて貴方の子を産もうとしているのを見て、騒ぐことしか出来ないのですか! 貴方はそれでも二児の父親ですか!」
あまりに長い分娩時間に不安と焦燥で声を荒げるレオナール。そんな彼をヘレナが諭すがレオナールはそれでも泣きそうな表情で言った。そんな情けない姿を見たヘレナはレオナールを厳しく窘める。城内に居た人たちは「よく言った!」と思う反面、再び城内を包む気まずい雰囲気と緊張に口を噤む。
サーラの痛みに耐える声と王城の壁に打ち付けられる激しい雨音、そして激しく轟く雷の音が一際大きく聞こえる。誰ひとりとして声を出す者はおらず、みんな必死に王妃と子の無事を祈っていた。
「…………ううぅぅっっ……ぁぁあっ……ぁあ~っっっ………………」
低い呻きが響いたかと思えば、一際高く大きな叫び声が聞こえた。そしてサーラの呻き声が聞こえなくなり、雷鳴と雨音だけが不気味に響いた。
「…………ギャアッ……ンギャアッ……ンギャアッ……ンギャアッ……」
少し間が空いた後、赤ん坊の規則的な鳴き声が響き渡る。
「…………ォォオオオッッ!!」
一瞬の静寂と遅れて沸き立つ城内の人々。静まり返っていた城内が人々の歓声に包まれた。
ギギィィッ
サーラの部屋の重い扉が開かれ、侍女や使用人たちが出て来る。
「産婆様が入室して頂いてよろしいとのことです」
「…………」
リアナが放心状態のレオナールに産婆の言葉を伝える。しかしレオナールは喜びのあまり聞こえていない。正確には侍女の声は聞こえていたものの、内容が理解できるほど鮮明に音を捉えていなかった。
「レオナール? レオナール!」
「ハッ! 俺は何を……」
「何を馬鹿なことを言っているのですか! 早く入りましょう。サーラと子を労りましょう」
ヘレナの呼び声に我を取り戻したレオナールは焦ってサーラの部屋に向かう。部屋に一歩踏み込んだ途端、強い鉄の匂いが押し寄せるように鼻を突き抜けた。青ざめて駆け込むレオナールが目にしたものは────涙を流しながら赤ん坊を抱いているサーラだった。
「……サーラ…………よかった……」
サーラの瞳は我が子を慈しむ母の慈愛に満ちていた。
「国王、王妃両陛下。おめでとうございます。王女様でございます」
「あぁ! ありがとうっ!」
そう言うレオナールの目には涙が浮かんでいた。
「勿体なきお言葉です」
「うむ、サーラの産後の管理はそなたに任せる」
「畏まりましてございます。それでは私めは退出致します」
そう言って産婆は部屋を出ていった。
「レオ、抱いてみますか?」
サーラに言われ、レオナールは恐る恐ると言った手つきで王女を抱き上げた。
「可愛いなぁ。目元がサーラによく似ている」
「鼻筋と口はレオにそっくりですよ」
「「ちちうえ! ははうえ!」」
感傷に浸る二人を呼びながら部屋に駆け込んできたのはマテオとセオドアだ。
「どうしたの? 二人共もう寝ている時間でしょう?」
ヘレナが言うとセオドアは悪戯がバレた子供のような顔をして俯き、マテオはセオドアとは正反対に飛び跳ねて興奮して言う。
「僕たちの新しい家族が産まれるのですよ! 寝てなんていられません!」
目を爛々と輝かせて言うその姿はとても可愛らしい。
「いもうと? おとーと?」
そう聞いたのは控えめな様子のセオドア。夜遅くまで起きていたので怒られると思っているものの、新しい家族への興味が抑えられない様子だ。
「妹よ。優しくしてあげてね」
「そっか……けんのおけいこ、いっしょにできないね」
セオドアが悲しそうに俯く。セオドアは剣が得意なわけではないが、弟が生まれたら一緒に剣の稽古をするのだと張り切っていた。そのために毎日のように剣の稽古に精を出し、弟にコツを教えられるように毎日剣の指南書ばかり読み漁っていた。しかし生まれたのは女の子。勿論、新しい家族が増えたのだから素直に嬉しい。しかし、男の子でなかったことに悲しみを覚えることを禁じ得ない。そんなセオドアの様子を見たサーラは優しく言った。
「本人がやりたいと言えば一緒に出来るわよ」
「ほんと!?」
「えぇ。頑張って興味を持たせれば良いのよ」
サーラは一瞬で満面の笑みを浮かべるセオドアの頬を優しく撫でる。
「お前たちも抱いてみるか?」
「「えっ!」」
レオナールの言葉にマテオとセオドアが固まる。
「でも、もしないたりしたら……」
「大丈夫ですよ。優しく抱いてあげれば良いのです」
不安げなセオドアに優しく言うヘレナ。
「それじゃあ…………」
そう言ってセオドアは恐る恐る腕を前に差し出した。
「うわっ…………お、おもい……」
「気をつけて」
想像以上の重さに驚くセオドア。サーラはゆっくりとセオドアに赤ん坊を手渡した。
「あっ!」
サーラが完全に重さを預けて手を離した瞬間、セオドアがバランスを崩して赤ん坊を落としそうになる。幼くて筋力がない上に普段から重いものを持たないセオドアの筋肉は未発達で体制を立て直すことも出来ない。
一瞬のことにレオナールもサーラもヘレナも身が強張る。助けなければと思いつつも驚きのあまり誰も身体を動かすことが出来ない。
「危ない!」
そう叫んでマテオはセオドアを支え、その場に居た全員が胸を撫で下ろした。
「あ、あにうえ。ありがとうございます」
「大丈夫か? 怪我は?」
「ぼくはだいじょうぶです」
「そうか。良かった」
「あにうえ。あにうえもだきますか?」
「あぁ、そうだな」
マテオはプルプルと震えるセオドアの腕を見て急いで赤ん坊を抱き上げる。
「お、おもかったぁ」
「セオドアには早かったわね。もう少しお兄さんになったら抱けるようになるわよ」
「ぼく、がんばる!」
意気込むセオドアの隣でマテオはゆらゆら揺れながら赤ん坊をあやす。とても五歳の子供とは思えない手際にレオナールは驚いた。
「マテオはあやすのが上手だな」
「セオドアのときは抱くことすら出来ませんでしたから、頑張って身体を鍛えてたくさん練習もしたんです」
「そうか」
「……可愛いなぁ……俺の初めての妹だ」
赤ん坊をあやすマテオの目は少し潤んでいた。
「……あにうえ。おとーとのぼくはいらない?」
セオドアの袖をぐいぐいと引っ張るのは不安げなセオドア。上目遣いで目を潤ませながら伺っている。
「そんなことないぞっ! セオドアもこの子もどちらも大切な存在だ!」
可愛い弟の様子に焦って答えるマテオ。その様子を見てレオナールは身悶えしている。
「ほんと?」
「本当だ」
「よかった!」
マテオの言葉を聞いて安心したセオドアは満面の笑みを浮かべてサーラに駆け寄る。サーラはそんなセオドアの頭を優しく撫でた。
「幸せね……」
「あぁ……」
レオナールはサーラの肩を優しく抱き寄せて言った。二人は優しい目で子どもたちの様子を見ていた。ヘレナは会話に加わることもなく一歩下がって一家団欒の様子を微笑ましげに眺めた。
廊下の壁には蝋燭が刺さっていない燭台が物悲しく飾られ、城内の暗さに拍車を掛けている。妊娠中のサーラには蝋の匂いが酷い悪臭に感じられたからだ。
そんな城内を雷光のみを頼りに使用人たちが慌ただしく駆け回り、張り詰めた雰囲気が漂っていた。
「……あぁ~っっ…………ああぁぁっ……ぁぁあああっっ…………」
落ち着きのない城内に響くサーラの呻き声は、ある一室から漏れ出ていた。使用人たちが駆け回る中、大勢の神官たちが声の漏れる部屋の前で跪き一心に祈りを捧げている。
悲痛な叫び声にも聞こえる呻き声に城内の人々は心臓が痛むほどの緊張が走る。そんな人々の中に一際緊張した男が一人。部屋の前でコツコツと足音を鳴らしながら徘徊するのはサーラの夫であり、王国を統べるレオナール。その足取りからは不安と焦燥が感じ取れた。
「一体いつになったら産まれるのだ! 陣痛が始まってから既に七辰刻は経っているぞ!」
レオナールは痺れを切らすかのように何度目かの怒号を響かせた。
「……ハァ…………。落ち着きなさい、レオナール。サーラはすでに二度の出産を経験しています。それ程心配せずとも問題ありませんよ」
「しかし母上っ! このままでは…………このままではサーラが耐えられません。体力が保つかどうかも……」
「いい加減になさい! このまま貴方が騒いでも子が早く産まれるわけではありません! 出産は母親にとって命がけの大勝負です。貴方の妻が命を賭けて貴方の子を産もうとしているのを見て、騒ぐことしか出来ないのですか! 貴方はそれでも二児の父親ですか!」
あまりに長い分娩時間に不安と焦燥で声を荒げるレオナール。そんな彼をヘレナが諭すがレオナールはそれでも泣きそうな表情で言った。そんな情けない姿を見たヘレナはレオナールを厳しく窘める。城内に居た人たちは「よく言った!」と思う反面、再び城内を包む気まずい雰囲気と緊張に口を噤む。
サーラの痛みに耐える声と王城の壁に打ち付けられる激しい雨音、そして激しく轟く雷の音が一際大きく聞こえる。誰ひとりとして声を出す者はおらず、みんな必死に王妃と子の無事を祈っていた。
「…………ううぅぅっっ……ぁぁあっ……ぁあ~っっっ………………」
低い呻きが響いたかと思えば、一際高く大きな叫び声が聞こえた。そしてサーラの呻き声が聞こえなくなり、雷鳴と雨音だけが不気味に響いた。
「…………ギャアッ……ンギャアッ……ンギャアッ……ンギャアッ……」
少し間が空いた後、赤ん坊の規則的な鳴き声が響き渡る。
「…………ォォオオオッッ!!」
一瞬の静寂と遅れて沸き立つ城内の人々。静まり返っていた城内が人々の歓声に包まれた。
ギギィィッ
サーラの部屋の重い扉が開かれ、侍女や使用人たちが出て来る。
「産婆様が入室して頂いてよろしいとのことです」
「…………」
リアナが放心状態のレオナールに産婆の言葉を伝える。しかしレオナールは喜びのあまり聞こえていない。正確には侍女の声は聞こえていたものの、内容が理解できるほど鮮明に音を捉えていなかった。
「レオナール? レオナール!」
「ハッ! 俺は何を……」
「何を馬鹿なことを言っているのですか! 早く入りましょう。サーラと子を労りましょう」
ヘレナの呼び声に我を取り戻したレオナールは焦ってサーラの部屋に向かう。部屋に一歩踏み込んだ途端、強い鉄の匂いが押し寄せるように鼻を突き抜けた。青ざめて駆け込むレオナールが目にしたものは────涙を流しながら赤ん坊を抱いているサーラだった。
「……サーラ…………よかった……」
サーラの瞳は我が子を慈しむ母の慈愛に満ちていた。
「国王、王妃両陛下。おめでとうございます。王女様でございます」
「あぁ! ありがとうっ!」
そう言うレオナールの目には涙が浮かんでいた。
「勿体なきお言葉です」
「うむ、サーラの産後の管理はそなたに任せる」
「畏まりましてございます。それでは私めは退出致します」
そう言って産婆は部屋を出ていった。
「レオ、抱いてみますか?」
サーラに言われ、レオナールは恐る恐ると言った手つきで王女を抱き上げた。
「可愛いなぁ。目元がサーラによく似ている」
「鼻筋と口はレオにそっくりですよ」
「「ちちうえ! ははうえ!」」
感傷に浸る二人を呼びながら部屋に駆け込んできたのはマテオとセオドアだ。
「どうしたの? 二人共もう寝ている時間でしょう?」
ヘレナが言うとセオドアは悪戯がバレた子供のような顔をして俯き、マテオはセオドアとは正反対に飛び跳ねて興奮して言う。
「僕たちの新しい家族が産まれるのですよ! 寝てなんていられません!」
目を爛々と輝かせて言うその姿はとても可愛らしい。
「いもうと? おとーと?」
そう聞いたのは控えめな様子のセオドア。夜遅くまで起きていたので怒られると思っているものの、新しい家族への興味が抑えられない様子だ。
「妹よ。優しくしてあげてね」
「そっか……けんのおけいこ、いっしょにできないね」
セオドアが悲しそうに俯く。セオドアは剣が得意なわけではないが、弟が生まれたら一緒に剣の稽古をするのだと張り切っていた。そのために毎日のように剣の稽古に精を出し、弟にコツを教えられるように毎日剣の指南書ばかり読み漁っていた。しかし生まれたのは女の子。勿論、新しい家族が増えたのだから素直に嬉しい。しかし、男の子でなかったことに悲しみを覚えることを禁じ得ない。そんなセオドアの様子を見たサーラは優しく言った。
「本人がやりたいと言えば一緒に出来るわよ」
「ほんと!?」
「えぇ。頑張って興味を持たせれば良いのよ」
サーラは一瞬で満面の笑みを浮かべるセオドアの頬を優しく撫でる。
「お前たちも抱いてみるか?」
「「えっ!」」
レオナールの言葉にマテオとセオドアが固まる。
「でも、もしないたりしたら……」
「大丈夫ですよ。優しく抱いてあげれば良いのです」
不安げなセオドアに優しく言うヘレナ。
「それじゃあ…………」
そう言ってセオドアは恐る恐る腕を前に差し出した。
「うわっ…………お、おもい……」
「気をつけて」
想像以上の重さに驚くセオドア。サーラはゆっくりとセオドアに赤ん坊を手渡した。
「あっ!」
サーラが完全に重さを預けて手を離した瞬間、セオドアがバランスを崩して赤ん坊を落としそうになる。幼くて筋力がない上に普段から重いものを持たないセオドアの筋肉は未発達で体制を立て直すことも出来ない。
一瞬のことにレオナールもサーラもヘレナも身が強張る。助けなければと思いつつも驚きのあまり誰も身体を動かすことが出来ない。
「危ない!」
そう叫んでマテオはセオドアを支え、その場に居た全員が胸を撫で下ろした。
「あ、あにうえ。ありがとうございます」
「大丈夫か? 怪我は?」
「ぼくはだいじょうぶです」
「そうか。良かった」
「あにうえ。あにうえもだきますか?」
「あぁ、そうだな」
マテオはプルプルと震えるセオドアの腕を見て急いで赤ん坊を抱き上げる。
「お、おもかったぁ」
「セオドアには早かったわね。もう少しお兄さんになったら抱けるようになるわよ」
「ぼく、がんばる!」
意気込むセオドアの隣でマテオはゆらゆら揺れながら赤ん坊をあやす。とても五歳の子供とは思えない手際にレオナールは驚いた。
「マテオはあやすのが上手だな」
「セオドアのときは抱くことすら出来ませんでしたから、頑張って身体を鍛えてたくさん練習もしたんです」
「そうか」
「……可愛いなぁ……俺の初めての妹だ」
赤ん坊をあやすマテオの目は少し潤んでいた。
「……あにうえ。おとーとのぼくはいらない?」
セオドアの袖をぐいぐいと引っ張るのは不安げなセオドア。上目遣いで目を潤ませながら伺っている。
「そんなことないぞっ! セオドアもこの子もどちらも大切な存在だ!」
可愛い弟の様子に焦って答えるマテオ。その様子を見てレオナールは身悶えしている。
「ほんと?」
「本当だ」
「よかった!」
マテオの言葉を聞いて安心したセオドアは満面の笑みを浮かべてサーラに駆け寄る。サーラはそんなセオドアの頭を優しく撫でた。
「幸せね……」
「あぁ……」
レオナールはサーラの肩を優しく抱き寄せて言った。二人は優しい目で子どもたちの様子を見ていた。ヘレナは会話に加わることもなく一歩下がって一家団欒の様子を微笑ましげに眺めた。
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