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陰謀篇

第5話 洗礼式──家族

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 ルーシーから逃げながらグレートホールに辿り着いた私は服を整えて中に入る。


「おまたせいたしました。おばーさま、おかーさま、マテオにーさま、セオドアにーさま。おはようございます」

「おはよう、フレイア。今日は少しお姉さんな雰囲気ね」


 お母様は一瞥してそう言った。流石は母親だ。いや、女性だからか。自分の娘の雰囲気がいつもと違うことに一番に気付いた。


「本当だ。今日はいつもより大人びて見えて、まるで美の女神に仕える天使みたいだ。すごく綺麗だよ」


 マテオ兄様が恥ずかしげもなく言う。


「「おはよう、フレイア」」


 マテオ兄様の歯の浮くような言葉を無視してお祖母様とセオドア兄様が挨拶を返した。


「兄さん。今日じゃなくて今日だよ。フレイアは毎日可愛くて綺麗だ」


 セオドア兄様が注意するように言った。


「…………ハァ……」


 私が赤面しながら溜息をするとお母様が私を見て苦笑いする。


いや、見てないで止めてよ! 恥ずかしい!


 このやり取りは私が物心ついた頃には既に習慣化していた。数か月前までは私もこれが当然だと思っていたが、ルーシーから「王族の皆様は王女殿下を溺愛していらっしゃいますね」と言われ異常に気づいた。

 その後一度、このやり取りを止めて欲しいと言ったところ、マテオ兄様が膝から崩れ落ちて地面に額を叩きつけ、セオドア兄様が泣き崩れた後に過呼吸を起こして失神した。お母様とお祖母様は困ったものを見る目で眺めていた。

 その後、マテオ兄様は何を思ったのか騎士団の訓練に乱入。近衛騎士団員全員に模擬戦を申し込み、日が暮れるまで戦い続けた。セオドア兄様は失神したまま三日間目を覚まさず、毎晩魘されていた。

 原因となった私はマテオ兄様が授業をサボって騎士団の訓練に乱入しないように差し入れを手作りし、セオドア兄様が目を覚ますまで看病するハメになった。


恥ずかしいとは言え迂闊なことは言えない……


 あの狂乱ぶりは恐怖さえ抱かせる程の不気味さだった。そして、そんな二人を物ともせずに眺めていたお祖母様とお母様の様子にも戦慄した。あの一件以来、私は王国の未来を心配することが増えた。


「今日は以前から心待ちにしていた洗礼式でしょう? 髪飾りは必要ないのですか?」


 お祖母様は兄様たちの発言がなかったかのように話を始める。その冷静さが今は有り難い。


ふくよごしたらいやなので、あとできが着替えます」

「なら早く朝食を済ませたほうが良いですね。準備をする時間が必要でしょう? 全員揃ったようだから食事を始めましょう」


 そう言って机の上のベルを鳴らす。チリンチリンという音を合図に朝食が運び込まれてくる。


「セオドアにーさま、きょうのせんれーしき洗礼式ではまりょくりょー魔力量とスキルのうむ有無かくにん確認するときました」


 朝食を食べながら向かい側に座るセオドア兄様に聞く。


「そうだよ。スキルはほとんど発現しないから魔力量の確認が一番の目的かな」

まりょくりょー魔力量はどれくらいがへーきん平均なのですか?」

「この国の平均は250。王族は500前後が多いね。僕は550ある。兄さんは450だったかな?」

「すごい! へーきん平均ばいもあるんですね!」

「そうだね。上位貴族になるに連れて魔力量が多くなる傾向があるから血統に大きな意味があると言われているんだ」

「セオドアにーさまはものし物知りですね!」


 私が煽てるとセオドア兄様は気を良くしたのか、魔力にといて色々と話しだした。

 曰く、魔力は爵位が上がるほど高くなるらしい。平民でも魔力持ちは大勢いるが保有量は少なく、貴族並みの魔力量を持つ平民は貴族の養子にされることが多い。

 また魔力には属性があり、属性ごとに得意不得意がある。得意な属性が水であれば、平均的な魔力量を消費して湯船に水を張れる。魔力量が多めで水魔法と火魔法の素養があればお湯を張ることも出来るらしい。


「……みずゆぶね湯船まほう魔法きぞく貴族にはひつよう必要ありませんね」

「そうだねぇ。そもそも洗礼式は極稀に居る魔力が高い者を探したり、聖女や勇者などの特別な職業を持つ者、神の啓示を受けるものなどを探すための儀式だからね」

「どうやってしらべるんですか?」

「専用の紙があるんだよ。魔力を通すと名前、年齢、職業、魔力量とかが書かれるんだ。他にも筋力、体力、スキルが有る人はスキルも書かれるね」

「べんりなものがあるんですね」


 私が感心しているとお祖母様がスプーンでグラスを軽く叩いた。


「話すのも良いですが、今日は用事が立て込んでいます。まずは食事を終わらせなさい。フレイアは着替えて髪をセットするのでしょう?」

「そうでした!」


 魔力についての話に夢中になっていつの間にか手が止まっていたようだ。私は再び朝食を食べ始めた。




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