復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第62話 体育祭──久しぶりの鍛錬

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 宣戦布告を受けてから一週間。レイネーは目を覚ましたマリアンヌと共に使っていない講義室で衣装を作っている。見せて貰った意匠デザインはなかなかのもので採寸もしっかりしていて、本格的な意匠が出来上がりそうな予感に少しワクワクしている。

 武術トーナメントに出場する私とルーシー、メフィア、ユダーナはというと、これから王城の訓練場で模擬戦を始めようとしているところだった。

 常に剣を帯びるようになって三日程は早朝は素振り、休み時間も素振り、放課後も素振り、城に戻ってからも素振り。隙きあらば素振りをする私にマテオ兄様が付き合ってくれたからか、毎日剣を握っていた頃の勘は想像以上に早い段階で戻ってきた。

 それからはルーシーと軽く打ち合いをするようになり、勘を定着させる。そして剣を帯びるようになってから一週間が経った今日。ついに模擬戦をすることになったのだ。

 更により高みに登るために客観的な意見を取り入れるということで、二人一組に分かれた後、模擬戦をしている間はもう一組が模擬戦の内容を分析するという手法を取り入れた。これはルーシーがルイーズ様から聞いた手法で、騎士団などでも行われている鍛錬方法だそうだ。そして少しでも早く武術トーナメントのやり方に慣れる為にルールは武術トーナメントと同様、降参するか戦闘不能になるかのどちらかまで試合が続行される。


「それでは構えて…………始めっ!」


 ユダーナの開始の合図がかかったが、私とルーシーは互いに剣を構えて見合ったまま動かない。ルーシーはいつまでも攻めてくる気配はなく、ただ静かに私の様子を伺っているようだ。


「…………」

「…………」


 暫くの間、重い沈黙が続き張り詰めた緊張が漂う。いつまでも見合っていても埒が明かないので、仕方なく私から攻めた。

 一気にルーシーとの距離を詰めると剣を横に薙ぐ。ルーシーは一歩引いてその一撃をギリギリで避けると、剣を振り下ろして私を地面に叩きつけた。


「ぐはっ……!」


 衝撃で息が詰まったのは一瞬。私はルーシーに足払いをかけて転ばせると、鳩尾に蹴りを蹴りを入れる。そして剣を拾い、咳き込むルーシーから距離を取った。

 私は乱れた呼吸を整える。息が整う頃にはルーシーも立ち上がっていた。ルーシーは呼吸も整えずに特攻してきた。前のめりに懐に飛び込んで来るルーシーを右に避けて地面に叩きつけようと剣を振り上げた刹那。ルーシーは不安定な体勢にも関わらず身体を捻って回し蹴りを繰り出す。剣を振り上げて防御がままならない無防備な私の胴体にルーシーの蹴りが重く沈むように入った。


メキョッ


 少し鈍い軽快な音と共に脇腹に激痛が走り、私の身体は跳ね飛ばされた。身体が地面の上を跳ねながら滑る。その衝撃が脇腹の痛みをより強烈なものにした。あまりの痛みに私は思わず顔を歪めた。

 追撃が来るのを警戒し、限界の身体に鞭を打って即座に起き上がる。しかしルーシーは私を見据えながら息を整えていた。そして息が整うと、獲物に止めを刺す肉食獣のような目で私を見た。


────まずいっ!


 そう思ったときには既に遅かった。ルーシーは一気に間合いを詰め、渾身の一撃を振り下ろす。私は横に避けて振り下ろされたルーシーの剣を踏みつけると、既にヒビが入っているであろう肋骨が折れるのも構わずに腰を捻り、全体重を乗せた一撃をルーシーの顔面に叩き込んだ。

 私の渾身の一撃はルーシーの顔面に沈んだ…………かのように見えた。しかしルーシーは私の拳を握っている。そして拳を掴んだまま腕を捻り上げる。次の瞬間、ゴキャッ、ボキボキッと鈍い大きな音がした。


「あぁっ!」


 肩に激痛が走る。腕の感覚は既にない。


「それまで!!」


 利き腕を折られたことで戦闘不能と見做したユダーナが言うと、ルーシーは私の腕をそっと離した。


「フ、フレイア……腕……私……」


 ルーシーは涙を浮かべ、青褪めた表情で狼狽える。その目には後悔と恐怖が見え隠れしていた。ユダーナが居るにも関わらず敬称ではなく名前で呼んでいるあたり、その動揺っぷりが尋常ではないことが伝わった。


「ルーシー、大丈夫だから」


 私は泣きそうなルーシーを宥めると、メフィアに魔力回復ポーションを持ってくるように言う。メフィアは急いで魔力回復ポーションを取りに訓練場を出ていった。

 私は骨折している右腕に左手を翳し、治癒魔法の詠唱を唱える。最近は何度も治癒魔法の詠唱を唱えているからか、詠唱を唱え終わる前に魔法が発動した。黒紫色に腫れ上がった右腕が見る見るうちに治っていく。腕から発する光が消える頃には、先程まで骨が折れていたなど想像もつかないほど自然な腕が目の前にあった。


「王女殿下、魔力回復ポーションです!」


 私が治癒魔法で右腕を回復させ終わった頃、丁度良くメフィアが魔力回復ポーションを持ってくる。骨折を治す程度ならば魔力の消費量も多くないようで、まだ魔力には余裕がある。私は魔力回復ポーションを飲む前に肋骨に入ったヒビに治癒魔法をかけた。ヒビだけだったからか、右腕の骨折より治りが速く、魔力の消費量も少なかった。


「あとは……ルーシー、肩の骨を入れてくれる?」


 ルーシーは涙を堪えながら私の腕を掴んで脱臼した右腕を戻した。バキンッ……という鈍い音とズキズキした痛みが静かに襲うが、骨が折れたときの痛みに比べれば可愛いものだ。


「ありがと」


 脱臼した部分にも軽く治癒魔法をかけると、意外にも痛みが引いた。脱臼も怪我の一つであり、それに伴う痛みも怪我の一部なのだろう。


「さて、ルーシーもお腹治そう」


 そう言って鳩尾に両手を翳して治癒魔法をかける。ルーシーの鳩尾を蹴ったとき、私は全力で蹴ってしまった。恐らく痣になってしまっているだろう。


「ありがとう……」

「ほら泣かないの!」


 俯いて礼を言うルーシーの頬をつねると、ルーシーは困ったような顔で笑った。私はメフィアから魔力回復ポーションを受け取ると、治癒魔法で減った魔力を補う。


「では反省会にしましょう」


 メフィアの言葉で四人は集まり、今回の戦いの考察などを話し合い始めた。


「やはり王女殿下の一手目は悪手だったかと思います」

「ルーシーさんも、空中で体勢が不安定な場合、無理に身体を回転させて攻撃する必要はないと思います。あの場合、攻撃を防ぎつつ距離を取るのがセオリーだと思いますよ」

「ですが王女殿下の足払いから鳩尾に一発入れるまでの流れは綺麗でしたね」

「ルーシーさんの腕を捻り上げる技は素晴らしかったですし……」


 結果、私もルーシーも少しばかり攻撃することに囚われている傾向があるが、戦闘力に関しては武術トーナメントに出場してもベスト16程度までは問題なく進めるという結論に至った。


「それじゃ、今度はメフィアとユダーナの番ね」


 流石に体力が厳しいので、掛け声はルーシーに任せる。二人が距離を取って剣を構えるのを確認したルーシーは、雄々しく言い放った。


「始めっ!」


 瞬間、メフィアの姿が消えた。


「えっ!?」


 ルーシーもメフィアの動きを追えなかったようで一瞬驚き、すぐにメフィアの所在を確かめるように訓練場の中を見回す。


「フレイア、あそこ」


 ルーシーがユダーナの三メートル程上を指差したので、その先に視線を向けると、そこには落ちていくメフィアの姿。


「嘘っ!」


 ユダーナとメフィアの間には少なくとも三メートル程は空間があった。そこからユダーナの頭上三メートル程まで跳ね上がるということは、簡単に計算して五メートル程飛ばなければならないということだ。人間が出来る範囲を超えている。


「なんであんなに!?」

「メフィアは暗殺術を磨いてるでしょ? 暗殺術は如何に他人に気づかれずに対象を殺すかが重要だから、時には人の常識を超えた身体能力がなければならないの」

「それにしても常識を超えすぎでしょう!?」

「まぁ……それは否定しない。メフィアの暗殺術と私の剣術は性質が違うから比較出来るものではないけど、私と同等以上の化け物だよ」

「化け物って……」

「フレイアは化け物二匹の飼い主だね」

「馬鹿なこと言わないでよ、もう……」


 私たちは世間話をしながらメフィアとユダーナの模擬戦を見ていた。少ししてメフィアがユダーナの太腿の骨を折り、決着が着く。


「大丈夫!? ユダーナ」


 私は急いでユダーナに治癒魔法をかける。本来向かない方向に向いてしまっている太腿が見る見るうちに元の向きに戻る。次はメフィアに治癒魔法をかけようと思いメフィアの方を見ると、怪我どころか汗一つ流していなかった。息も乱れていない。


「これ程までに差があるとは思っていませんでした」


 ユダーナは苦笑いしながら言う。流石にメフィアとの実力差に打ちのめされているようで、目の色が暗い。


「これから強くなれば良いのです。一緒に頑張りましょう!」


 ユダーナの両手を包み込んで言う。ユダーナは一瞬だけ静止した後、困ったような笑みを浮かべて頷いた。




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