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陰謀篇
第65話 体育祭──本戦 - 2
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「長らくお待たせ致しました。次の試合は二年領主コース所属、レイバン子爵家令嬢コリン! 対するは実力で準男爵にまで上り詰めた王女殿下の侍女殿! 一年文官コース所属、ライラック準男爵当主メフィア!」
ついにやって来たメフィアの試合。相手は件の伯爵令嬢の取り巻きの一人だ。自身の実力を広く示すために参加しているのか、それとも自身の主筋を立てるために参加しているのかはわからないが、本戦にまで残れるということは実力があるということだろう。
実は予選が始まる前から何度か篩いにかけられるのだ。講義での様子などを基準にして人格的に不適格な者は真っ先に弾かれる。次に予選に出るに相応しくない実力の者が弾かれる。予選を始めるときには当初の参加希望人数から五分の一程度にまで減っているのだ。
「メフィアは大丈夫かしら?」
「王女殿下、本気で心配しているのなら私はメフィアに同情しますよ」
ルーシーが私が呟いた独り言を聞いて呆れた様子で言う。流石に私もメフィアが負けるとは思っていない。しかし相手がそれなりの実力者ならば怪我をするかもしれない。逆に相手に怪我を負わせるかもしれない。メフィアは相手が怪我を負ったところで動揺もしないだろうが、それで何か変な噂が立つ可能性も看過できない。それを伝えると、ルーシーも真面目な表情で同意した。
「メフィア! 気をつけてね!」
メフィアは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに頷く。実際に意思疎通が出来ているのかは微妙な所で、正直とても不安だ。
「構えっ!」
それまでと同様に教師の合図がなされる。しかし剣を構えたのは相手の生徒だけだった。困惑したのは合図を出した教師。その視線の先には何の武器も持たず、ただ立っているだけのメフィア。
「メフィアさん? 武器は……」
「必要ありません。私が武器を取るのは王女殿下の敵になりうる相手にのみです」
その言葉に観客は沸き立ち、相手の生徒は顔を真っ赤に染め上げて憤怒した。
「馬鹿にしているのですか!」
およそ令嬢とは思えないほど端なく地団駄を踏む相手生徒。周囲から失笑が漏れ、それは瞬く間に会場獣に広まった。
「癇癪は終わりましたか? お嬢さん……ですかね?」
メフィアは冷静に相手を煽っていく。その涼しい顔は私が馬鹿にされているわけでもないのに、一発殴りたくなるほどムカついた。
「~~~っ……もうっ!」
令嬢は為す術なく怒りを飲み込み、再び剣を構え直した。しかし気分が高ぶっているからか隙きが多いように見える。メフィアはこれを狙って煽っていたのだろうか。
「ゴホンッ! では……始めッ!」
教師が気を取り直して合図をするのを聞くと同時に、相手生徒はメフィアに切りかかった。メフィアは既のところで躱して相手生徒の背後に回り、頸に手刀を落とす。相手生徒はそのまま地面に突っ伏した。
メフィアはあまりにも鮮やかに勝ってしまった。戦闘と言うには実力差が大き過ぎたのだ。まるで戦闘らしくない試合に観客たちは呆然としている。教師の勝敗を告げる声すら上がらない。
「王女殿下! 勝ちましたよ!」
メフィアが嬉しそうに腕を振ってくる。そこで漸く教師が我に返り、勝敗を告げる。
「勝者、メフィア!」
それでも会場は騒然としていた。
「王女殿下。しっかり手加減しましたよ」
戻って来たメフィアが開口一番に言う。私の言葉の意味は通じていたようだ。しかし実行されたかは微妙な所だ。メフィアの実力ならば、それなりの戦闘らしく魅せてから勝てたはずなのに一撃で終わらせてしまった。
「どうして一撃で終わらせたの?」
「疲れるので」
その一言に目が点になる。確かに魅せる戦いは疲れるだろう。わざと苦戦する素振りを見せたり、実力が拮抗している様に見せる為に瞬間的に大きな力を使うことを強いられる。実際に全力を尽くしている方は平気かもしれないが、相手に実力を合わせている方は試合が伸びて疲れるだけだ。メフィアの言い分もわかる。
しかし私たちは貴族だ。この体育祭の花形である武術トーナメントは実力を示す場所であると同時に、国民に対するパフォーマンスの場でもある。
国民を盛り上げなければならないのに……
「大丈夫ですよ。今は確かに騒然としていますけど、次第に私の実力が頭一つ出ていると気付きます。私が決勝でお二人のどちらかと試合をすることになったら、それはそれは盛り上がりますよ」
まるで私の考えていたことがわかっているかのように言うメフィア。気づかないうちにジト目で見ていたのだろうか。
「全部声に出てますよ」
ルーシーが呆れた様子で言う。周囲を見回してみると、ユダーナもレイネーもマリアンヌも困った様に苦笑いを浮かべている。その表情はルーシーが言ったことが本当であることを示していた。
「……どこから?」
「国民を盛り上げなければならないのに……だけですよ」
朗らかな雰囲気で言ったのはマリアンヌ。嘘をついている様子ではないので、恐らく本当にその部分だけなのだろう……と信じたい。
「ルーシーも体を温めておいた方が良いんじゃない? そろそろ出番でしょう?」
「温めるまでもありませんよ」
「駄目。怪我でもしたらどうするの」
「はぁーい」
ルーシーは面倒臭そうに返事をして身体をほぐし始めた。そんな様子を見てマリアンヌがレイネーに囁くように言った。
「王女殿下とルーシー様のご関係って母親と子供の様ですね」
「そうですね。いつもは王女殿下が無茶をしてルーシー様が窘めるので、今日は逆になっていますけど」
「まぁ! 王女殿下はお転婆なところもあるのですね」
こそこそ話しているが、意外と声が大きくて聞こえてしまっている。
お転婆で悪かったなっ!
そう思っているとユダーナと目が合う。ユダーナも二人が盛り上がっている話の内容が聞こえている様だ。私は恥ずかしくなって、つい視線を逸らす。
そんな私たちのことなど気付かないレイネーとマリアンヌはついに、私の失敗談などに花を咲かせ始めた。微妙にユダーナが聞き耳を立てている様な気がする。
「二人とも! 聞こえてるわよ」
二人は顔面蒼白で固まった。
「面白そうな話をしているわね。でも内緒にしておいて欲しかったわ」
そう言ってユダーナをチラッと見ると、二人はさらに土気色になる。前世に限らず、他人の失敗談を許可なく話すのはマナー違反だ。
「「も、申し訳ありません」」
揃って頭を下げる二人。ユダーナも許してあげてと視線が訴えていたので、これからは人前で話すことには気をつけるように注意して許してあげることにした。
「それでは、清掃が終わりましたので次の試合に移りたいと思います」
教師の合図と共に次の出場者が戦闘区域に入り、会場は元の喧騒を取り戻した。
「次の試合は皆様が期待を寄せているであろう一年騎士コース所属、サンセット侯爵令嬢ルーシー!」
ルーシーの名前が出るだけで会場が沸き立つ。それまでもそれなりに歓声が上がったが、ルーシーの名前が呼ばれたときほど大きな歓声が上がったことはない。
「しかし残念なことに先程対戦相手の生徒より棄権の申し出がありましたので、この試合はルーシー嬢の不戦勝と致します」
その発表に観客たちからブーイングが上がる。このトーナメントに観客を詰めるためにルーシーが出ることを宣伝していたので、尚のこと批判の声が強かった。
「楽しみにして下さった皆様には大変申し訳なく思いますが、選手の出場意思は何よりも尊重されなけれbなりません。どうかご理解をお願いします」
どう騒いでもルーシーの試合が行われることはないと悟った観客たちは不満を抱きながらも一先ずおとなしく座った。そのまま教師の進行でトーナメントが進められる。
「まさか不戦勝とはねぇ……」
ルーシーが不満そうに言う。その様子はルーシーが戦闘狂であることを物語っていた。
「王女殿下、そろそろ出番です」
マリアンヌの言葉に戦闘区域に目をやると、丁度十五試合目の決着がついていた。トーナメント本戦参加者は三十二人なので全部で十六試合。つまりまだ呼ばれていない私は次の試合ということになる。
「私も体を温めておかないと」
私は戦闘区域の横で素振りをしてウォーミングアップを始めた。
「次の試合はなんと! 領主コース所属、ティルノーグ王家の天才児、フレイア王女殿下! 農業改革などを始めとした様々な政策を打ち出し、王国を盛り立てた立役者。対するは一年騎士コース所属、ゴンゴール男爵家令息レムト! 頭脳戦が得意と思われる王女殿下を相手にどのように戦うのか!」
煽りに煽りまくる教師。会場はルーシーの名前が呼ばれた時のように沸き立つ。これは先程ルーシーの試合が行われなかったことを帳消しにするために盛り上げているようだ。
「構え!」
相手は強張った表情で剣を構える。ピンと張り詰めた緊張が伝わってくる。一瞬でも隙きを見せれば打ち込んできそうな気迫を感じた。
「始めっ!」
合図がされても相手は打ち込んでこない。私の様子を見るつもりなのだろう。実際、私が戦術を頼りにする戦闘タイプだったら、相手が動かない限り自分からは仕掛けられない。
しかし私は別に頭脳派ではない。むしろ前世の記憶があるから農業改革などを成しただけであって、実際のところは頭脳戦が一番の苦手なのだ。内政チートが出来ているのは前世で異世界転生小説の内政チートものばかり読んでいたからだろう。
「来ないの?」
「…………」
相手は私の問いにも答えずに、全神経を研ぎ澄まして私の動きを観察している。試しに右足に体重を乗せてみると、相手の身体の体重が左足に乗る。そっと戻すと相手も戻った。
「……来ないなら、私から行くわよ!」
私は一気に間合いを詰める。相手の視線は私が持つ唯一の武器に────剣に集中した。私は剣を投げつけると相手の背後に回る。突然剣を投げつけられて完全に虚を突かれた相手生徒は、自分の剣で私の剣を叩き落とした。そして視線を上げると、その視界に私は居ない。
ドカッ
私は相手を背後から蹴り倒して両腕を捻り上げる。ギチギチと筋肉がしなる音が聞こえた。相手はまだ観念しないようで暴れようとしているし、教師は戦闘不能と判断していないようで試合は続行されている。仕方ないので私は相手生徒の両肩を脱臼させた。
ゴキュッ!
その骨が外れる音が高らかに響く。女の悲鳴のようなものが聞こえた。他の観客たちも何も言わず、ただ静かに傍観したままだった。
「そこまで! 勝者フレイア王女殿下!」
教師の勝敗の判定がなされると同時に王都中に響いているのではないかと思える程の大声量で歓声が起こる。空気は震え、建物が揺れる。
「やらかしましたね」
ルーシーが呆れた様子で言う。実はルーシーの言う通り、やらかしてしまっている。私はなるべく注目を浴びないように実力を抑えて戦い、場合によっては途中で負けても良いとさえ思っていた。しかし他の参加者が戦うのを見ていて気分が高揚していたのか、いつの間にか焦れてしまったのか、つい調子に乗ってしまった。
「さて、どうしましょうかねぇ」
私は溜息混じりに言い放った。
ついにやって来たメフィアの試合。相手は件の伯爵令嬢の取り巻きの一人だ。自身の実力を広く示すために参加しているのか、それとも自身の主筋を立てるために参加しているのかはわからないが、本戦にまで残れるということは実力があるということだろう。
実は予選が始まる前から何度か篩いにかけられるのだ。講義での様子などを基準にして人格的に不適格な者は真っ先に弾かれる。次に予選に出るに相応しくない実力の者が弾かれる。予選を始めるときには当初の参加希望人数から五分の一程度にまで減っているのだ。
「メフィアは大丈夫かしら?」
「王女殿下、本気で心配しているのなら私はメフィアに同情しますよ」
ルーシーが私が呟いた独り言を聞いて呆れた様子で言う。流石に私もメフィアが負けるとは思っていない。しかし相手がそれなりの実力者ならば怪我をするかもしれない。逆に相手に怪我を負わせるかもしれない。メフィアは相手が怪我を負ったところで動揺もしないだろうが、それで何か変な噂が立つ可能性も看過できない。それを伝えると、ルーシーも真面目な表情で同意した。
「メフィア! 気をつけてね!」
メフィアは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに頷く。実際に意思疎通が出来ているのかは微妙な所で、正直とても不安だ。
「構えっ!」
それまでと同様に教師の合図がなされる。しかし剣を構えたのは相手の生徒だけだった。困惑したのは合図を出した教師。その視線の先には何の武器も持たず、ただ立っているだけのメフィア。
「メフィアさん? 武器は……」
「必要ありません。私が武器を取るのは王女殿下の敵になりうる相手にのみです」
その言葉に観客は沸き立ち、相手の生徒は顔を真っ赤に染め上げて憤怒した。
「馬鹿にしているのですか!」
およそ令嬢とは思えないほど端なく地団駄を踏む相手生徒。周囲から失笑が漏れ、それは瞬く間に会場獣に広まった。
「癇癪は終わりましたか? お嬢さん……ですかね?」
メフィアは冷静に相手を煽っていく。その涼しい顔は私が馬鹿にされているわけでもないのに、一発殴りたくなるほどムカついた。
「~~~っ……もうっ!」
令嬢は為す術なく怒りを飲み込み、再び剣を構え直した。しかし気分が高ぶっているからか隙きが多いように見える。メフィアはこれを狙って煽っていたのだろうか。
「ゴホンッ! では……始めッ!」
教師が気を取り直して合図をするのを聞くと同時に、相手生徒はメフィアに切りかかった。メフィアは既のところで躱して相手生徒の背後に回り、頸に手刀を落とす。相手生徒はそのまま地面に突っ伏した。
メフィアはあまりにも鮮やかに勝ってしまった。戦闘と言うには実力差が大き過ぎたのだ。まるで戦闘らしくない試合に観客たちは呆然としている。教師の勝敗を告げる声すら上がらない。
「王女殿下! 勝ちましたよ!」
メフィアが嬉しそうに腕を振ってくる。そこで漸く教師が我に返り、勝敗を告げる。
「勝者、メフィア!」
それでも会場は騒然としていた。
「王女殿下。しっかり手加減しましたよ」
戻って来たメフィアが開口一番に言う。私の言葉の意味は通じていたようだ。しかし実行されたかは微妙な所だ。メフィアの実力ならば、それなりの戦闘らしく魅せてから勝てたはずなのに一撃で終わらせてしまった。
「どうして一撃で終わらせたの?」
「疲れるので」
その一言に目が点になる。確かに魅せる戦いは疲れるだろう。わざと苦戦する素振りを見せたり、実力が拮抗している様に見せる為に瞬間的に大きな力を使うことを強いられる。実際に全力を尽くしている方は平気かもしれないが、相手に実力を合わせている方は試合が伸びて疲れるだけだ。メフィアの言い分もわかる。
しかし私たちは貴族だ。この体育祭の花形である武術トーナメントは実力を示す場所であると同時に、国民に対するパフォーマンスの場でもある。
国民を盛り上げなければならないのに……
「大丈夫ですよ。今は確かに騒然としていますけど、次第に私の実力が頭一つ出ていると気付きます。私が決勝でお二人のどちらかと試合をすることになったら、それはそれは盛り上がりますよ」
まるで私の考えていたことがわかっているかのように言うメフィア。気づかないうちにジト目で見ていたのだろうか。
「全部声に出てますよ」
ルーシーが呆れた様子で言う。周囲を見回してみると、ユダーナもレイネーもマリアンヌも困った様に苦笑いを浮かべている。その表情はルーシーが言ったことが本当であることを示していた。
「……どこから?」
「国民を盛り上げなければならないのに……だけですよ」
朗らかな雰囲気で言ったのはマリアンヌ。嘘をついている様子ではないので、恐らく本当にその部分だけなのだろう……と信じたい。
「ルーシーも体を温めておいた方が良いんじゃない? そろそろ出番でしょう?」
「温めるまでもありませんよ」
「駄目。怪我でもしたらどうするの」
「はぁーい」
ルーシーは面倒臭そうに返事をして身体をほぐし始めた。そんな様子を見てマリアンヌがレイネーに囁くように言った。
「王女殿下とルーシー様のご関係って母親と子供の様ですね」
「そうですね。いつもは王女殿下が無茶をしてルーシー様が窘めるので、今日は逆になっていますけど」
「まぁ! 王女殿下はお転婆なところもあるのですね」
こそこそ話しているが、意外と声が大きくて聞こえてしまっている。
お転婆で悪かったなっ!
そう思っているとユダーナと目が合う。ユダーナも二人が盛り上がっている話の内容が聞こえている様だ。私は恥ずかしくなって、つい視線を逸らす。
そんな私たちのことなど気付かないレイネーとマリアンヌはついに、私の失敗談などに花を咲かせ始めた。微妙にユダーナが聞き耳を立てている様な気がする。
「二人とも! 聞こえてるわよ」
二人は顔面蒼白で固まった。
「面白そうな話をしているわね。でも内緒にしておいて欲しかったわ」
そう言ってユダーナをチラッと見ると、二人はさらに土気色になる。前世に限らず、他人の失敗談を許可なく話すのはマナー違反だ。
「「も、申し訳ありません」」
揃って頭を下げる二人。ユダーナも許してあげてと視線が訴えていたので、これからは人前で話すことには気をつけるように注意して許してあげることにした。
「それでは、清掃が終わりましたので次の試合に移りたいと思います」
教師の合図と共に次の出場者が戦闘区域に入り、会場は元の喧騒を取り戻した。
「次の試合は皆様が期待を寄せているであろう一年騎士コース所属、サンセット侯爵令嬢ルーシー!」
ルーシーの名前が出るだけで会場が沸き立つ。それまでもそれなりに歓声が上がったが、ルーシーの名前が呼ばれたときほど大きな歓声が上がったことはない。
「しかし残念なことに先程対戦相手の生徒より棄権の申し出がありましたので、この試合はルーシー嬢の不戦勝と致します」
その発表に観客たちからブーイングが上がる。このトーナメントに観客を詰めるためにルーシーが出ることを宣伝していたので、尚のこと批判の声が強かった。
「楽しみにして下さった皆様には大変申し訳なく思いますが、選手の出場意思は何よりも尊重されなけれbなりません。どうかご理解をお願いします」
どう騒いでもルーシーの試合が行われることはないと悟った観客たちは不満を抱きながらも一先ずおとなしく座った。そのまま教師の進行でトーナメントが進められる。
「まさか不戦勝とはねぇ……」
ルーシーが不満そうに言う。その様子はルーシーが戦闘狂であることを物語っていた。
「王女殿下、そろそろ出番です」
マリアンヌの言葉に戦闘区域に目をやると、丁度十五試合目の決着がついていた。トーナメント本戦参加者は三十二人なので全部で十六試合。つまりまだ呼ばれていない私は次の試合ということになる。
「私も体を温めておかないと」
私は戦闘区域の横で素振りをしてウォーミングアップを始めた。
「次の試合はなんと! 領主コース所属、ティルノーグ王家の天才児、フレイア王女殿下! 農業改革などを始めとした様々な政策を打ち出し、王国を盛り立てた立役者。対するは一年騎士コース所属、ゴンゴール男爵家令息レムト! 頭脳戦が得意と思われる王女殿下を相手にどのように戦うのか!」
煽りに煽りまくる教師。会場はルーシーの名前が呼ばれた時のように沸き立つ。これは先程ルーシーの試合が行われなかったことを帳消しにするために盛り上げているようだ。
「構え!」
相手は強張った表情で剣を構える。ピンと張り詰めた緊張が伝わってくる。一瞬でも隙きを見せれば打ち込んできそうな気迫を感じた。
「始めっ!」
合図がされても相手は打ち込んでこない。私の様子を見るつもりなのだろう。実際、私が戦術を頼りにする戦闘タイプだったら、相手が動かない限り自分からは仕掛けられない。
しかし私は別に頭脳派ではない。むしろ前世の記憶があるから農業改革などを成しただけであって、実際のところは頭脳戦が一番の苦手なのだ。内政チートが出来ているのは前世で異世界転生小説の内政チートものばかり読んでいたからだろう。
「来ないの?」
「…………」
相手は私の問いにも答えずに、全神経を研ぎ澄まして私の動きを観察している。試しに右足に体重を乗せてみると、相手の身体の体重が左足に乗る。そっと戻すと相手も戻った。
「……来ないなら、私から行くわよ!」
私は一気に間合いを詰める。相手の視線は私が持つ唯一の武器に────剣に集中した。私は剣を投げつけると相手の背後に回る。突然剣を投げつけられて完全に虚を突かれた相手生徒は、自分の剣で私の剣を叩き落とした。そして視線を上げると、その視界に私は居ない。
ドカッ
私は相手を背後から蹴り倒して両腕を捻り上げる。ギチギチと筋肉がしなる音が聞こえた。相手はまだ観念しないようで暴れようとしているし、教師は戦闘不能と判断していないようで試合は続行されている。仕方ないので私は相手生徒の両肩を脱臼させた。
ゴキュッ!
その骨が外れる音が高らかに響く。女の悲鳴のようなものが聞こえた。他の観客たちも何も言わず、ただ静かに傍観したままだった。
「そこまで! 勝者フレイア王女殿下!」
教師の勝敗の判定がなされると同時に王都中に響いているのではないかと思える程の大声量で歓声が起こる。空気は震え、建物が揺れる。
「やらかしましたね」
ルーシーが呆れた様子で言う。実はルーシーの言う通り、やらかしてしまっている。私はなるべく注目を浴びないように実力を抑えて戦い、場合によっては途中で負けても良いとさえ思っていた。しかし他の参加者が戦うのを見ていて気分が高揚していたのか、いつの間にか焦れてしまったのか、つい調子に乗ってしまった。
「さて、どうしましょうかねぇ」
私は溜息混じりに言い放った。
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