猫と私と犬の小説家

瀧川るいか

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きっと、いつか

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「お~い」
「へぇ?」
「起きたかぁ~?」
「起きたかも~」
「寝るのは全然悪くないんだけどさぁ~。ここカラオケだぞ~」
「ごめんごめん~」
わんころとカラオケにいる。部屋に入って歌いまくっていた記憶はあるのだが、記憶が飛び飛びな可愛い私。テーブルにうずくまり寝てしまっていた。よくある話だ。
「私なにしてたー?」
「とりあえず歌いまくってた」
「何を~?」
「津軽海峡冬景色とか」
「あとは~?」
「枝豆食べてた」
「あとは~?」
「じゃがバター食べてた」
「あとは~?」
「スマホいじってた」
「あとは~?」
「お茶飲んでた」
「あとは~?」
「俺がタバコ吸って戻って来たら寝てた」
「わんころさぁ~」
「ん~?」
「なんかした~?」
「する訳ないじゃん。したら確実に殴られるでしょ」
「そうだね~」
大きなアクビをして、お茶を飲み身体を猫のように伸ばした。きっと、この瞬間は世界で一番可愛いと思う。寝起きの姫を見れるというレアな瞬間。目の前のわんころはスマホとにらめっこ。多分、この男はバカなんだと改めて思った。恐らく宝クジで一等が当たっても気付かないくらいアホなんだろう。
「うーん!起きろ!姫!」
可愛い顔を優しくパンパンと叩いて自分を起こした。
ここはプレミアムルーム。何故か竹が飾ってあったり石が置いてあったり下界を見下ろせたり、部屋では靴を脱いだりと色々とプレミアムな部屋。完全に私の為の部屋。
「起きたかー?」
スマホとにらめっこしながら、ぶっきらぼうにわんころは言った。ぶっきらぼうなのはいつもの事。
「起きた!」
「寝過ぎでしょ」
「何分寝てた~?」
「一時間ちょいくらい」
「寝過ぎだね~」
「寝過ぎだね」
「わんころ何してたの?」
「執筆してたよ~」
「へぇ~~~」
まだまだ眠い可愛い私。寝てしまって申し訳ない気持ちが少しだけある。内心、わんころだしいいんじゃね?って気持ち。そして多分、大丈夫だと思う。
「どう?可愛かった?」
「まぁ~。なんか目がぴくぴくしてたねぇ」
「チャチャとメーと同じだ~移るね~生活を共にすると」
「はははは。チャチャちゃんとメーちゃんは元気?」
「うん!元気!この前は一緒に抱きつかれてた右腕が痛い~」
「はは。楽しそうでなにより」
わんころは特に歌う訳ではなく、スマホをいじりながら聴いてるだけだった。そういう人。
「んで~今日はなんか面白い話あるの?」
唐突にわんころは聞いてきた。
「あ~なんかさぁ。最近さ、嫌なニュース多いなぁ~って」
「あ~そうだね~」
「わんころは気にしないか~」
「気にはするよ」
「例えば?」
「うーん。誰かがいなくなるとかはなーんか気持ちが落ちるよ」
「作家さんとかぁ~?」
「そうそう!自分の作品が未完になったりした作家さんは悔しかったのかなぁ~とか」
「じゃあわんころは書きたい事とかちゃんと終わりまで絶対書きな~。前みたいに気が向いたら読んであげるから~」
「そうだね~。ちゃんと終わりまで書くから気が向いたら読んで」
「マリリン・モンローは三十六歳で亡くなったんだよ~」
「急にどした?てかさぁ~俺と歳近いじゃん!もう書き物終わらせた方がいいかな?」
「違う違う!いつ終わりがくるか分からないから悔い残さず書きなさいって事!」
「あぁ~そゆ事?うんうん。いつでも終わらせられるように最後の話は出来てるから。もし完結しないまま何かあったら誰かに公開してもらうわ」
「わんころらしいね~そゆとこ。そう言えばわんころは学生時代何してたの?」
「息してた~」
「マジつまんないから~ホントにつまんないから~マジやめて!」
「はいはい。サッカーしてた~」
「あっ!っぽい!サッカー顔!」
「サッカー顔って何~」
「あとは~?」
「バンドしてた~」
「ベースっぽい!」
「ギターだねぇ」
「ベースっぽーい」
「だからギターだって」
「はははは」
「りむちゃんは?」
「ゲーセン行って真剣勝負してたね~」
「は?」
「カードゲームとかぁ」
「あとは?」
「バイトしてたねぇ」
「なにをしてた~?」
「ハンバーガー屋とか~」
「へぇ」
「三時間で辞めたけど」
「早くね?」
「うん!スマイル頼まれて無理だったね~」
「スマイルくらいいいじゃん?」
「私のスマイルが0円とかなくない?」
「そこかぁ~」
「そこだよ~」
「あとは~?」
「居酒屋でバイトしてた~」
「へ~」
「酔っ払いのウザ絡みにピキピキしてた~」
「すぐ辞めた?」
「いやぁ~どうだったかな~」
「そーいえば最近体調は?」
「あ~まぁまぁ~。あっ!薬飲むの忘れてた」
「ちゃんと飲まないとダメ」
お気に入りのブランドのリュックからポーチを取り出し、薬を探した。
氷が解けてビショビショになったグラスを掴み、お茶と共に薬を流し込んだ。 
「ふ~~」
「なんか歌う?」
「少し!」
そう言って本気で六曲程熱唱。その間、わんころは曲のBPMに合わせ首をゆらゆらしながらスマホとにらめっこしている。どうせつまらない書き物をしているのだろう。
歌うという行為は私にとって最高のストレス発散。
そして出来る事なら褒められたい。
「可愛いし、歌も上手なんて天使じゃん!」とか「可愛いだけじゃなくて声も可愛いなんて人間国宝じゃん!」とか言われたい。が、しかし目の前にいるわんころは言わないだろう。というか、わんころが突然そんな事ほざき出したら翌日は夏なのに雪が降るくらいの天変地異が起きそうなので、そのまま首をゆらゆらしながらスマホとにらめっこしていて欲しい。
「どうだった?元バンドマン!」
「えっ?あ~上手かったね~」
「チョー普通!もっと褒めたたえてよ!」
「いやぁ~良かったよ~」
「自称作家のクセにボキャブラリーないなぁ~」
「可愛いし、歌も上手なんて天使じゃん」
わんころは表情ひとつ変えず、そんな事を言った。
そんな事を言っとけば喜ぶでしょ?的な雰囲気で言った。
「マジやめて~なんか変!気持ちが込もってても嫌だし、気持ちが込もってなかったら腹立つし。多分どっちにしても微妙な感じになるからさぁ」
「褒めて欲しそうだったから褒めたじゃん!」
「いやぁ~なんかわんころに言われると左肩辺りがかゆくなるんだけど~」
「意味がわからん~」
「タバコ吸ってくる~」
「はいはーい」
「わんころは吸うか~?」
「今書いてるから~」
「執筆中でしたか~。じゃあ行ってくる~」
「はいはーい」
カラオケ特有の重たい扉を開き、少し離れた喫煙室に入った。
「いやぁ~狭いなぁ。まるで監獄だ~。東京駅とかよりはいいかぁ」
Peaceの甘い煙に巻かれて、暫し休憩。
「ふ~」
誰もいない部屋。誰か居たら距離が近くて出たくなるくらい狭い部屋。
「あ~私もわんころみたいになんか書き物でも始めようかなぁ~。ヴィクトール・E・フランクルの夜と霧とか読むのは好きなんだよなぁ~」
きっと「うん!いいと思う!書きな~」って言うんだろう。
否定を知らない人間なのか、きっとわんころは私の考えを否定しないだろう。部屋に戻るとわんころがスマホとにらめっこ中。時間は経っているのだが絵面は何も変わってはいなかった。
「戻った~」
「はいはーい」
「そういえばさぁ~わんころはなんで書いてるの?」
聞いてみたかった事を聞いてみた。
小難しいわんころが書く理由が気になって仕方がなかった。
「あ~なんか生きてた証みたいのが欲しくなったんだよ。ちゃんと俺が生きてたのを形にしたいなぁ~って」
「へー。あのさぁ~私もなんか書きたい!」
「大変だよ~文字書くのは頭使うし~」
「Dogs never bite me. Just humans.」
「英語わからないよ~俺は~」
「犬はけっして私に逆らわない。裏切るのは人間だけです。ってマリリン・モンローが言ってたよ。わんころは逆らったらダメらしいよ~」
「一応ね~俺人間なんだけど~」
「ははは~」
「まぁ~俺はただのわんころだから気にしないでいいよ」
「ホントに特に害ないからな~」
「まぁ~りむちゃんが書いたの、いつか読ませてよ。楽しみにしてる」
「書けるかな~?」
「そう思うならやってみたら~?やらない後悔は辛いぞ~」
「よし!いつか、なんか書く!」
「多分さぁ~俺が書くよりも面白いの書けると思う」
「なんで?」
「りむちゃんね~面白いから~」
「だよね~。きっと面白いの書ける~可愛い私ならでは書き物が」
「はははは。期待しとくよ~俺は小説とか読まないからよくわからないけど」
「文字書くのに小説読まないとか相変わらず訳分からんね~わんころは」
「自由でしょ」
「自由だね~」
「誰にも迷惑かけてない」
「かけてない。かけてない」
「りむちゃんも書きなよ?」
「うん!書く!そういえばわんころはもうギターは弾かないの?折角、やってたならやればいいじゃん!出来る事はやった方がいいよ」
「そうだね。今は書くのが好きだからね。でも、ギターは趣味でいいからやりたいな。両方ともバランスよくやりたい」
「なんか吟遊詩人って感じだね」
「だれそれ?」
「ははは!人の名前じゃないよ。書き物して楽器弾いてる人って吟遊詩人って感じ。まぁ~詩とか曲を作って、色んなとこを訪れて歌ってた人の事を昔はそう言ってたんだって。わんころはハットも被ってるし。うん!そうだ!わんころは吟遊詩人になりなさい」
「あーなんかかっこいいな~」
「うんうん。頑張って吟遊詩人になりなさい。ははは」
「分かった~。りむちゃんも執筆ちゃんとやってね~」
「うん!絶対書く!私にしか書けない私の言葉で」
なんとなくした約束。いつかは叶えたい約束。
誰かの為とかじゃなくて自分の為に。
「きっと、いつか」

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