猫と私と犬の小説家

瀧川るいか

文字の大きさ
上 下
44 / 50

赤と青と夢

しおりを挟む
公園に小さな影が二つ。一つの小さな影は楽しそうに動いている。気持ちよく歌を歌いながら動いている。
一つの小さな影は小さく座っている。
その歌を聴きながら小さく座っている。
赤と青は白く汚れを知らない。
赤と青は砂で黒く汚れている。
四角に縁取られた砂場で赤はお城を作っている。
麦わら帽子を被った赤は砂でお城を作っている。
青は砂のお城を作りたいと言っていた赤の手伝いをしていたのだが飽きてしまっていたのだ。
砂で汚れた青は付かず離れずの距離で赤を見守っている。
「ねぇ、もうやめようよ。あっちにブランコあるからブランコで遊ぼうよ」
「…………」
「女の子なんだから、そんな洋服汚したらダメだよ」
「…………」
「なんかつまんない!」
「…………」
「少しは構ってよ~ねぇ~」
「…………」
「お城のお手伝いするって約束したけど少しは僕の事も構ってよ!」
「…………」
「少し休もうよ!疲れたでしょ?」
「…………」
青の言葉は赤に届いている筈だが赤は砂のお城に夢中だ。青は赤に構って貰えず寂しそうにしていた。
「さっきからうるさいよぉ!それに女の子は砂遊びしたらダメなのぉ?そんな約束はママとはしてない!女の子だから汚れたらダメなんて決めつけないの!そんな事言ってると女の子に嫌われちゃうよ!私は窮屈なのは嫌い!」
負けず嫌いな赤は青にバカにされたと思い少し怒ってしまった。普段は強気な青は赤の前では弱気になる事が多い。青は女の子には優しくしなさいと教えられているから女の子には優しいのだ。特に赤に対しては普段の優しさよりも特別な優しさがある。それとは別に赤に対して特別な気持ちがあるのは確かだ。
「うぅ、ごめん。でも女の子は、そんなに洋服黒くしたらダメだと思う。キレイで可愛くいてほしいだけ。ごめん」
青は大好きな赤に強い口調で言われて怒られたと思い、いじけてしまった。そんないじけた青に見向きもしない赤は砂のお城に夢中だ。
「ねぇ、夢はなぁに?」
砂のお城を作りながら優しく青に聞いた。
「昨日の夢は覚えてないよ」 
「…………」
言葉に詰まった赤は不思議そうな顔をした。
「夢を覚えてないって変なのぉ。忘れちゃったとかならわかるけど」
「たまにあるよ、うん!覚えてないんだよね]
「わたしの夢はね、砂のお城のお姫様になる事なの。可愛いお姫様になるの!いっぱいいっぱいの人にいっぱいいっぱい大事にされて幸せに暮らすのが夢!」
青は不思議そうな顔をして赤に言葉を返した。
「夢は寝てる時にみるんだよ。お布団に入って目を瞑ってから見るお話だよ!楽しかったり怖かったり色々なお話があるよ、たまに起きた時に覚えてない時もあるけどね。前なんて白と黒のオバケに追い掛けられたりとかね、凄い怖い夢見た。起きたら汗でびしょびしょだった!僕は自分で夢は選べないよ」
赤は被っていた黒い帽子を青の頭にポン!と被せて自信満々に笑いながら青に言った。
「わたしはねぇ、自分で夢を選べるんだよ。凄いでしょ?きっと神様がわたしだけにくれたプレゼントなんだよ」
そう言うとピンク色の如雨露で雨を降らせ、砂のお城を左手で優しく叩いた。
[パン、パン、パン、パン]
「夢っていうのは将来のお話だよ。未来のお話だよ。これから私達が大きくなった時のお話だよ。寝てる時にみるのは夢じゃないよ」
「いいな~。僕も夢を選べたら寝てる時どれだけ楽しいんだろう?起きた時ね、本当に怖くて起きれない時があるんだ。男の子なのに本当にかっこ悪いでしょ?」
そう言うと青は被っていた麦わら帽子を赤の頭にポン!と被せた。そして赤の真似をして砂のお城を右手で赤と同じように優しく叩いた。
[パン、パン、パン、パン]
「如雨露貸して。僕も雨降らせたいな~」
青は赤の持っていたピンク色の如雨露を受け取り、砂のお城に赤より少し高い場所から雨を振らせた。うっすらと虹が架かるのを見て赤は驚いた顔をした。空になったピンク色の如雨露を赤の元に返し、水を含み少し固くなった砂のお城を青は今度はさっきよりも速く、そして少し強く叩いた。
[パン、パン、パン、パン]
「僕の夢かぁ、なんだろう。大好きなヒーローになりたい!そしてみんなの笑顔の為に戦うんだ!オモチャも欲しい。それに大好きなおやつを沢山食べたい、甘いのが好きだから甘いのだけでお腹いっぱいになりたい!今よりも大きなお家に住みたい。カッコイイ洋服を着たい。大好きな音楽をずっと聴いていた!一日中ゲームしていたい。あと遊園地にも行きたい。空を飛んでみたい!きっとお空は気持ちいいんだろうな~。あと、ずっと寝ていたい。もっともっと遊んでいたい。怖い夢なんてみたくないから毎日毎日楽しい夢がみたい。みんながずっとニコニコしていられたらいいな。あとは、あとは.........。沢山あり過ぎてわからないや。でも今はまだ出てこないだけで、きっといっぱいある」
青の話を聞いた赤は楽しそうに笑っている。
「夢は自分で決めればいいじゃん。寝てる時のお話なんてつまんないよ!自分で楽しい夢にしようよ!大きくなったらなにになりたいの?」
考えた事もない事を聞かれた青は頬を膨らませた。そして眉を細め困った顔をして考えた。
色んな事を考えた。今よりも小さい時の事を考えた。
一昨日の事を考えた。
昨日の事を考えた。
明日の事を考えた。
明後日の事を考えた。
明明後日の事を考えた。
小さな頭の中で今まで考えた事もない事がぐるぐるぐるぐると青の頭の中で運動会のように暴れ回っている。
今現在目の前に居た赤の事を考えた。
そして目の前に居る赤の事を考えた。
これまでの赤と居る自分の事を考えた。
これからも赤と居たい自分の事を考えた。
「…………」
「う~ん。今みたいに一緒に遊んでいたい。これからもずっと一緒がいい。ずっとずっと一緒にいたいな~。うん、そうなったらいい」
恥ずかしそうに青はそう言った。
今まで言った事もない言葉を赤に向かって言った。
赤は嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちがぐるぐるぐるぐるして困った。
青に対しての気持ちが自分でもよくわからないのだ。今まで言われた事もない言葉に困った。恥ずかしさを隠す為に麦わら帽子を深く被り顔を隠しながら青に言った。
「ダメだよ!大人になったらお仕事しないといけないから、ずっと遊んではいられないんだよ。いつまでも子供じゃいられない。今みたいに遊んでいたいけどね!でも大人になるのは悪い事じゃないよ!今よりもね、楽しい事沢山あるんだよ。ママはそう言ってたよ」
そう言うと赤は砂で汚れた左手で青の頭を撫でた。
「でも……ずっと一緒……一緒に居たい」
青の頭に赤の掌から零れた砂が着く。
パラパラと白い砂が零れる。
ポロポロと青い涙が零れる。
赤と居れない未来を想像して泣き出してしまった青。
大好きな赤とずっとこのまま居たかった青。
「うぅぅぅうぅぅぅ」
鼻をすする青。
砂で汚れた手で涙を拭って目の下も真っ黒になってしまった青。
「男の子なんだから、しっかりしないとダメだよぉ!」
赤は泣き出した青の頭を一回だけ優しく左手でポンっと叩いた。くしゃくしゃの青は赤に聞いた。
「なんで男の子はしっかりしないといけないの?」
理由が答えられなくなった赤は困った。
なぜ男の子はしっかりとしていないのいけないのか赤はわからなかったのだ。考えて考えて、思い出して思い出して言葉を捻り出した。
「なんでなんだろう。わからないけど、わたしはしっかりとした男の子が好きなのぉ。それだけだよ」
「わかったよ」
「いつまでも泣いてると嫌いになっちゃうよ!」
青は寂しさが零れないように顔を両手で隠した。
赤に嫌われたくないのだ。
赤にかっこ悪い姿を見られたくないのだ。見兼ねた赤は鼻歌を歌いながら青の頭を今度はなだめるようにポンポンポンポンポンと優しく五回叩いた。
パラパラと白い砂が零れる。
カラカラと青の涙は乾いていた。
「わかった!じゃあ僕の夢はしっかりとした男の子になって砂のお城で一緒に暮らす事!」
青は黒く汚れた顔を隠す事なく満面の笑みで将来の夢を口にする事が出来た。
そんな青の言葉を嬉しそうに受け止める赤。
「私がお姫様なら王子様だねぇ」
「うん!王子様なる!僕の夢は砂のお城で楽しく幸せに暮らすんだ」
「夢が二つになってるよ。欲張りだねぇ」
「いっぱい夢があった方が楽しい!沢山の夢を僕らは見れるよ!」
青は砂場から少し歩いて近くに落ちていた緑の葉っぱを赤の鼻歌を真似しながら拾い集め始めた。
「どうしたのぉ?」
「葉っぱ!きっと葉っぱが沢山あればおやつを食べたり洋服買ったりできる。ママがお買い物するときペラペラしたので買い物していたの見た事ある」
赤は腹を抱えて笑い出した。笑いながら青の小さな手を引き、砂場にちょこんと横並びに仲良く座った。
「違うよぉ。お買い物する時のペラペラはね、お金って言うんだよ。葉っぱなんかじゃ何も買えないよぉ」
「じゃあ僕達の夢を叶えるのに、どのぐらいのお金がいるの?」
「そもそも夢ってお金で買うものなのかなぁ」
「お金で買えないものなんてあるの?」
「あるよ!砂のお城はお金じゃ買えないし」
「僕は一緒にいる今の時間はお金で買ってないけど幸せだよ」
赤と青は砂のお城を眺めながら考えた。
二人は静かに流れる時間の中で考えた。
「僕はね、このまま一緒に居られたらいいだけなのかな~」
「わたしも、このまま楽しく過ごせたら幸せなのかなぁ」
少し日が落ちた空に渡り鳥が二人の遥か頭上を通り過ぎて行く。青と赤は自由に広い世界で生きる渡り鳥の姿に目を奪われた。
「いいな~」
「いいよねぇ」
夕方の五時を告げる音楽が二人しか居ない静か過ぎる公園に鳴り響いた。二人だけの時間の終わりを告げる音楽だ。もうすぐで赤のママが迎えに来る時間だ。
青は両手で頭を触り出した。
パラパラと赤の手から落ちた砂が零れていく。
ポロポロと零れた涙の跡に砂が混じって黒くなった顔で赤にニッコリと笑った。
「わかった。これからも一緒だよ。大きくなっても一緒にいてね」
そう言うと青は汚れた左手の小指を差し出した。
「うん!一緒だよ、一緒!」
赤は嬉しそうに汚れた左手の小指を差し出した。
「指切りげんまん!嘘ついたら針千本のーます!指切った!]
しかし赤が指を離そうとしても青は離そうとしない。寂しそうな顔で赤を見ている。
「どうしたのぉ?約束したよ!指離さないとだよ」
「もうちょっと指だけ一緒に居たい」
「もぉぉ!しっかりした男の子になるんでしょ!」
「わかったよ~」
青は寂しそうに赤の小指を離した。小指が離れた瞬間に青は赤と未来の約束をした。
「ほら!手洗ってママが迎えに来る前に二人でおやつ食べよ!」
そう言うと赤は青の手を引き、手洗い場まで嬉しそうな青を連れて行った。
「はい!手キレイにして~ちゃんと洗わないとおやつはお預けだからね~」
「わかった!ちゃんとキレイにする!」
「お外から帰ったら手洗いうがい!食べる前に手洗いうがいはしないとママに叱られるんだよ」
「うん!じゃあ頑張ってキレイにする!」
青は赤に言われた通りに蛇口を捻り、一生懸命手を洗っている。
[バシャバシャバシャバシャ]
「…………」
[バシャバシャバシャバシャ]
「ねぇーーー!」
[バシャバシャバシャバシャ]
「…………」
[バシャバシャバシャバシャ]
赤の声は届いてるはずだが青を手洗いをやめようとしない。怒った赤は蛇口を捻り水を止めた。
「もういいよ!頑張り過ぎだよ。ちゃんと黒いの落ちたでしょ?」
びしょびしょの手を汚れた服で拭っている青はニコニコしながら赤に言った。
「汚れた手でおやつ食べたらダメだから」
「ふ~ん。でも、せっかくキレイにした手を汚れた服で触ったらダメじゃん」
「あー!そうだ!ごめん~」
青は赤に怒られて少し小さくなってしまった。
「もう~しょうがないな~」
赤は蛇口を捻り水で手を洗い、お気に入りの赤いハンカチで手を拭き、ポケットの中から紫色の袋に入ったおやつを出した。公園に出掛ける前に赤が母親から貰ったおやつ。葡萄のグミで外側にザラメ状に砂糖がかかっているものだ。
「このグミ知ってる?普通はハートの形なんだけど、たまにお星様の形のあるんだよ」
そう言うと赤はハート形のグミを1つ食べた。
「うん!美味しい!」
羨ましそうに赤を見つめる青。
「ほら。食べていいよ」
そう言うと赤は左手で青の口にハート形のグミを渡した。
青は嬉しそうにモグモグと食べている。
「ありがとう、酸っぱいけど美味しいね」
おやつが大好きな二人は次々とグミを食べていく。あっという間に残り一つになってしまった。
赤は寂しそうに袋の中を覗き込んだ。
「あれ?これハート形じゃないよ!お星様の形!」
嬉しそうに星型のグミを取り出した。
「わぁ!本当だ!初めて見た!お星様の形!食べな食べな!僕はいいから」
二人は嬉しそうに星型のグミを見ている。
「私はハートいっぱい食べたからあげる!」
そういうと赤は青に星型のグミを渡した。
青は嬉しそうにモグモグと星型のグミを食べている。
「味は同じなんだけど、なんか美味しい!」
「味はみんな同じだよ~形が違うだけでしょ」
「そんな事ないよ。普段食べるグミよりもいっぱいいっぱい美味しいよ!」
そんな言葉を聞き笑い出す赤。
思った事を言って笑われる青。
青は赤が笑っているだけ嬉しい。笑われているのが自分だったとして赤が目の前で笑っているという事がたまらなく嬉しいのだ。誰もいない公園に二人の笑い声が響いている。そんな時、遠くから赤を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ!ママだ!」
そういうと赤は青の頭をポンポンと叩いた。バイバイの合図だ。耳元でいつもの言葉を呟き、笑顔で手を振り、迎えに来た母親の元に向かっていった。
青は赤と母親が見えなくなるまで砂場で一人見守った。
幸せなそうな赤と母親を見送り、寂しい気持ちがフワッと青を包んだ。青はいつものように誰にも聞こえないように言葉を空に向かって放った。
「またね」
 
可愛い私は今カラオケルームいる。プレミアムルームと呼ばれる、可愛い私に相応しいランクの高い部屋にいる。
「という事で!今回は夢溢れる誰もが少し懐かしいような気持ちになる感じで書いてみたんだよねぇ。うんうん。我ながらよく出来てる!やっぱ天才なんだよなぁ」
いつもの調子で自分の書いたものを自画自賛しているわんころの話を聞いている可愛い私。
「うん!私わんころの書いてる作品ホントに大好き!きっと、大きな賞とか取れると思うんだ!これからも素敵な作品いっぱい書いてね!」
とか言う事は確実になくて、本人が納得いっているのであれば、それはそれで良いと思っている。世の中にはやる事がない、何をしたらいいのか分からない人がいると聞く。しかし、目の前で暑苦しく語っている生き物は、仕事をしながら、只々書くことが好きで、それをやっていれば満たさせる生き物なのだ。間違っても、大きな夢があるとか野望とかいうものがある訳でない。好きな事にたまたま出会えて、それを大切にしているだけの生き物なんだ。
 ある意味、似たもの同士なのかもしれない。私たちは。
「いや~これ程の作品を書ける男は俺様以外この地球上にいないと思うんだよなぁ。りむちゃんはどう思う?もっともっと世界に俺様の紡ぐ言葉達が届くにはどうしたらいいと思う?!」
「うーん。続けていけばいいと思う。ホントに書いてるものに自信があるなら、なんかとか賞とか取れるようになりなさい!こんなとこで文学もよくわからない私に感想求めてないで、その手のプロに評価されるのを書いてよ」
わんころは被っていた黒いハット深く被り、俯いた。
「へ~世の中には文字を評価する大会があるのか~。言葉とか文字って誰かに評価されたりするのを好むのかなぁ」
「わんころはそういうの嫌いかもだけど、そんな大会が世の中にはあるんだよねぇ。賞とか取ると色んな人に読んでもらえたりとかご褒美があるんだってさ~。てか、そんな事も知らないの??」
「全く知らない。よし!そんな作品を書けるように頑張るか」
「おや?どしたー?珍しいじゃん!俺様の言葉を理解出来ないやつなんて興味無いとか言うと思ったけど」
「うん。興味無い。でも、俺様の言葉を好きって言ってくれる人が増えるならチャレンジしてみたいな」
「お!頑張れ頑張れ。それなら素直に応援してあげる。ものすごく遠くから応援してるよ。この可愛い私が」
「ありがとう」
「は?珍しいね。わんころがありがとうとか言うの」
「俺様だって感謝くらいするよ。じゃあ~またなんか書けたら感想お願いね~」
「はいはーい」
いつもと変わらないやり取りをして、わんころは嬉しそうにシッポを振りながらカラオケルームを後にした。
「まぁ~嫌いじゃないかな~私は。わんころの書いてる青臭い言葉は。変わらずに書いていて欲しいな」


しおりを挟む

処理中です...