午前3時のダイアリー

西瀧 睦

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第2話「イライラは連鎖し、だいたいロクな結末を生まない」

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この日、私はとにかくイライラしていた。



理由は――

はっきりしているようで、実はどれも決定打ではない。



四月にしては異常な暑さ。

気温二十五度超え。まだ春だよね?

スーツ姿で営業先を歩き回った疲労。

都内から電車で三時間かかる海辺の田舎町。

そして、仕事が終わったと思ったら、次の電車まで一時間以上待ち。



……うん、腹は立つけど、致命傷ではない。



じゃあ何が原因かというと――

答えは、部下である。



私が勤めているイベント企画会社では、今年の四月に新しいプロジェクトチームが立ち上がった。

中規模イベント専門、メンバーは私を含めて四人。



構成はこうだ。

・私

・若手ホープ×3



はい、もうこの時点で嫌な予感がする人は社会人経験者ですね。



私の立場は、この「有能(と会社が言い張っている)」若手たちを一人前に育てる指導係。

ところが――現実は甘くなかった。



一週間前のことだ。

子ども向けイベントとして、テレビで大人気のヒーロー握手会を企画していたとき。



「戸倉さん! 会場、押さえられました!」



元気よく報告してきた部下に、私は笑顔で返した。



「お疲れさま。で、場所は?」



「城ケ崎健康センターです!」



……は?



「ごめん、聞き間違いかな。どこ?」



「城ケ崎健康センターですけど……?」



頭が、ずきっと痛んだ。



「このイベント、誰向けだっけ?」



「子どもたちです!」



「じゃあ、なんで健康センター?」



「最近できた人気施設で――」



「そこ、高齢者の憩いの場でしょうが!!」



部下たちは、きょとん顔。



「温泉ありますよ?」



「子どもが温泉目当てでヒーロー来るか!!」



「俺、風呂好きなんで……」



「お前の趣味は聞いてない」



もうね、万事この調子である。



結局、その尻ぬぐいは全部私。

いつものことだ。



そんなこんなで今日は、

部下が契約を取り逃がした案件のフォローのため、

こんな田舎町まで来る羽目になった。



問題は、花火だった。



とある施設のオープニングイベント。

フィナーレで花火を打ち上げたい、というクライアントの要望。

しかも「地元の業者で」という条件付き。



そこで目をつけたのが、この町の小さな花火工場。



……なのだが。



「お断りだ」



工場長は、最初から最後までその一点張り。

理由はよく分からない。

ただ、とにかく頑固。態度も最悪。



「あのオヤジ……話くらい聞いてくれてもいいでしょうに!」



営業の敗北。

気分最悪。



楽しみにしていた映画を見る気も失せ、

私は夕方の駅へと向かった。



十八時台のホームは、帰宅途中の高校生でごった返している。

蒸し暑い海風が、駅全体にこもっていて、気分はさらに最悪。



「今月、いいこと一個もないんだけど……これ、完全に負のループじゃない?」



上司に報告すれば叱責。

フォローしてくれる同僚はいない。

家に帰っても一人。



気づけば周囲は、全員既婚者。

独身、私だけ。



「……人生、どこで間違ったんだろ」



高校時代は、勉強一筋。

部活なし、恋愛なし。

楽しいことは全部「無駄」だと思っていた。



その結果――

独身、四十五歳。



ホームにあふれる高校生たちを見て、ため息が出る。



……そのとき。



目の前に現れたのは、

いちゃいちゃ全開の高校生カップル。



「……ちょっと、見せつけすぎじゃない?」



羨ましくない。

決して。

たぶん。



視界から排除するため、列を離れて移動する。

できるだけ人の少ない場所へ――



……と思ったら、また高校生。



今度は、雰囲気が違った。



男女二人が、一人の女子高生を追い詰めている。

言葉は鋭く、空気は明らかに険悪。



「何考えてるの?」

「悪いと思ってないだろ?」



女子高生はうつむいたまま、何も言わない。



……これ、もしかして。



「いじめ?」



私の中で、何かがぷつりと切れた。



正直言って、今日はもう疲れている。

関わりたくない。

でも――



弱い者が一方的に責められる光景だけは、昔から我慢ならなかった。



「……見過ごせないわよね、これ」



四十五歳、運動経験ほぼゼロ。

相手は体格のいい高校生。



冷静に考えれば、止めに入るべきじゃなかった。



でもそのときの私は、

正義感という名のアクセルを、思い切り踏み込んでしまったのだ。



――この判断が、

私の人生を丸ごとひっくり返すことになるとも知らずに。
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