クルイアイ

くらうでぃーれん

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3・幸せな殺意

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 朝起きると、今日も隣にはユイがいた。同じ布団の中で、ユイの温かさを直接感じている。
 寝ているユイに寄り添ってキスをすると、ユイはうっすらと目を覚ました。

「おはよ、ユイくん」

 言ってもう一度キスをすると、ユイは優しく頭を撫でてくれた。
 もぞもぞと布団から抜け出し、朝食の準備を始める。今日は学校もバイトも無いので、少し遅めの起床だった。
 準備ができてテレビをつけて、いただきます、と食事を開始する。

 最近はよく、朝食の時間にニュース番組を見ている。その報道がされることが待ち遠しかったから。雑な目隠しだったとはいえ、人通りが少ないことと雨のせいで血が流れて発見が遅れているのだろうか。
 狙ったことだけれど、路上にブルーシートが敷いてあって、あえてそれを捲る人は多くないだろう。
 よほど何かを探しているのでなければ。

 そしてその朝、ついにそれは数ある事件の一つとして報道された。
 ここから近い場所と少し離れた場所で、2件の殺人事件が起きたそうだ。直近で事件が起こったというのは想定外だが、運がいい。

 そのうち1人はマナにも、かなり漠然とした記憶ではあるが、見覚えのある顔だったので、思わず笑みがこぼれた。

 ちらりと隣に座るユイを見上げると、ユイもテレビを見ながら、いつも通りの薄い表情でありながらどことなく満足そうな笑みを浮かべている。

 ――そう、やっぱり、ユイにはずっと笑顔でいてほしい。

 どれだけリスクの大きかろうと、それを優に上回る見返り。

 それがユイの安らぎ。

 ユイの笑顔を見てマナはどうしようもないほどに幸せな気分になり、ぽてんとユイの肩に頭を乗せた。ユイは何も言わず、その頭を撫でてくれる。

「どうしたの、なんか嬉しそうだな」
「うん、いいことがあったの」
「なに?」
「ユイくんが嬉しそうに笑ってる」

 ユイは微笑み、もう一度マナを撫でてキスをしてくれた。

「俺も、いいことあった」
「なに?」
「マナが嬉しそうに笑ってる」

 たまらず、今度はマナからキスをした。同じご飯を食べているから、ユイの唇は自分と同じ味がする。それがとても幸せだった。

 報道はまだ続いていて、キャスターは事件の様子を淡々と話している。まるで自分とは関係ない世界の話をしているように、感慨を込めず。

 今ニュースを眺めているマナと、同じように。

 犯人は未だ見つかっておらず、手がかりも掴めていないそうだ。金目の物も盗られておらず、恨みによる犯行というのも、近く目立った諍いがあったわけでもなく動機は不明。無差別殺人としてもそれ以外の犯行が確認されておらず、足跡を掴むこともできない。現在分かっているのは死因のみで、捜査は難航しているとのことだった。

 動機が分からないのは、当然だった。愉快犯というわけではなく、そんなもの初めから無いといっていいのだから。
 決定的な証拠が見つからない限り、マナが疑われることはないだろう。
 ユイは穏やかに働くことができ、マナと一緒に変わらない毎日を過ごすことができる。

 なんて素敵なことなんだろう。

 だってマナの世界では、誰も不幸になんてなっていないのだから。

 もちろんマナが見ている世界は、マナとユイのたった2人の世界。だからマナのいる世界の住人は、全てが幸せで満ちている。
 それに今回の行為は、いつかのように激情に任せての行為ではない。情には任せたかもしれないけれど、もちろんそれは、純粋な愛情。ユイを愛するが故の行為。
 だからこれは、キスやセックスと同じ。2人が幸せになる為の行為だったんだ。

 ――ああ、やっぱり、私はどうしようもなく、

「ユイくん、大好きだよ」

 ユイしか見えない。ユイしか居ない。ユイだけが居ればいい。
 それがマナにとっての幸福の全て。人生の全て。

 そして、世界の全て。

「ねえユイくん、今日はいっぱい甘えてもいいかなー」
「なにそれ、いつものことじゃん」
「そうだけど、今日は特にいーっぱい」
「そっか。じゃあ心の準備しとかないと大変かもな」
「そんなのいらないよ。だってユイくんは、私のこと大好きだもん」
「なるほど。じゃあ気を抜いとこうかな」
「うんっ。でもいっぱいぎゅーしてね?」
「分かった」

 朝食を終えると片付けもそこそこに、ユイはマナを抱き締めてくれた。温かくて心地よくて優しくて気持ちよくて柔らかくて楽しくて穏やかで大好きで安心して包み込まれるようで、自分の中が全てユイで埋め尽くされていく。

 マナは今、最高に幸せだった。
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