イン・テネブリス・パルパンド

キクイチ

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持つ者・持たざる者

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 エッタが、集落の結界を抜ける直前、目の前に下着姿のサキュバスが瞬間移動して体当たりしてきた。

 エッタはサキュバスと、もつれあいながら落馬した。

 不意打ちをうけたエッタは意識を失った。

 サキュバスは、エッタが着込んでいる装備を脱がし始めた。

「ひゃうっ!」
 
 サキュバスは悲鳴をあげながら、装備に触れる。
 耐魔装備は着ているだけで、生体エネルギーをつかって防御結界をはるのだ。
 それに触れた魔物には激痛が走る。

 サキュバスは痛みに我慢して、エッタのグローブを外すと自分で装備した。

「ふぅー」

 サキュバスはため息をついた。グローブを装備すれば装備に触れても大丈夫だからだ。

 剣を奪い返して、片方のブーツを外したとき、エッタの意識が戻った。

 エッタは思わずサキュバスを蹴飛ばした。

「うぁあぁぁあ!」

 サキュバスはとても痛そうにしてうずくまっていた。
 エッタは、予想以上に痛がる様子を見て理解した。
 この装備にふれられるだけでサキュバスにダメージが与えられることを。

<勝てる>

 そう確信したエッタは、起き上がると、サキュバスに襲い掛かった。


……
 

 エッタとサキュバスは、集落の小屋に戻っていた。

 結局、エッタが勝利し、装備は奪い返されてしまった。

 しかも、サキュバスには耐魔仕様の隷属の首輪がつけられている。
 ユニコーンに載せてあったものだ。
 サキュバスは首輪のせいで、魔法が封印されている状況だ。
 しかも鍵はエッタが身につけている腕輪だ。
 腕輪に魔力を流すと、首輪に激痛が走る仕組みになっている。

 サキュバスは、エッタに従うしかなかった。

 エッタは怖いもの無しの状況だ。

 このサキュバスがεイプシロンだとわかったからだ。
 しかも人相書きと瓜二つ、違いは肌が褐色に変化していることだ。
 さらに、身体中に白いペンタグラムとルーン文字の刺青が刻まれていた。

 エッタは、εイプシロンの装備から元の自分の装備に着替え始めた。

「で、なんで弱っちい下級サキュバスのくせにサキュバスなんて狩ってるの?」
 エッタは質問した。

「……復讐」

「なんの?」

「さっきもいったろ、俺は勇者だったんだ。体を奪い取られたんだ」

「だから、妄想じゃなくて、ほんとのこと話してよ」

「本当だって……ひゃああああ!」
 エッタは、首輪に激痛を走らせた。

「正直にいいなよ。もう私の奴隷なんだからさ」

「本当だよ、本当なんだ、信じてくれ……ひゃぁあああ!」

「めんどくさいな、じゃぁ、妄想でいいや。
 それくらいサキュバスを憎んでるってことね。
 ところで祓魔術はどうやって覚えるの? 私でもできる?」

「魔力次第、ハーフエルフならできると思う」

「おお、いいね。じゃ、教えて、全部」

 エッタは、首輪に激痛を走らせた。

「ひゃぁあああ!」


 ……


 エッタは村に帰らず、古戦場の廃墟を拠点にして、祓魔術の修行を始めた。
 下賤のハーフエルフがサキュバスを奴隷にして連れ回している姿を、他人に見られるのを避けたかったからだ。どんな嫌がらせを受けるか分からない。

 自称勇者は、勇者時代の自分の本当の名前すら思い出せない残念娘だったが、祓魔術の腕は超一流だった。
 逃げられると面倒なので、魔力封じの首輪を外して実演させるわけにはいかなかったが、彼女の指示通りに修練してみたらあれよあれよという間に祓魔術が上達して行った。

 εイプシロンはいろいろな知識を持っていた。精霊術、召喚術、呪術、回復術、錬金術、錬成術、剣術、弓術、槍術、格闘術、さらには、いろいろな国や種族の言葉など多岐に及んだ。漆黒の装備一式は、εイプシロン自身が造り上げたのだとか。

 エッタは、彼女から吸収した。貪欲に、ありとあらゆる知識と技能を。

 生き残る必然性から共通語の読み書きは独学で辛うじてできるレベルであったが、体系的にちゃんと勉強できる環境にはなかったのだ。全ての技能や知識は盗むことでしか覚えられなかった。なので、今は夢のような環境なのだ。しかも、身の回りの世話をしてくれる奴隷までいる。持つものと持たざるものの差を痛感した。

 
……


 エッタは、わずか5年ほどでεイプシロンの持つ知識と技能を習得してしまった。耐魔装備なしの近接戦闘でもεイプシロンを軽くあしらえるほどになった。身体能力がεイプシロンよりエッタの方がはるかに高かったからだ、技能が拮抗すれば必然的にエッタが有利になる。
 
 エッタは、εイプシロンが奴隷の状態でも魔法が使えるように、新しい首輪を錬成した。お仕置き機能は健在だ。逃げても連れ戻せるように、召喚機能を付け加えた。腕輪の持ち主には回復術以外の魔法は無効化されるようにしておいた。

 そして、魔力が使えるようになったεイプシロンを助手にして、自分専用の装備を新調した。スカイブルーの軽装だ。周囲に強力な結界を張れるようになっており、εイプシロンの重装備よりも高い防御性能を発揮する。もちろん攻撃魔法や状態異常は無力化されるようになっていた。武器は二振ふたふりのナイフをつくった。ナイフには魔力の増幅機能をつけてある。
 
 エッタは、εイプシロンに漆黒の装備を荷造りさせて、新たに調達したペイルブルーのユニコーンに載せさせると、εイプシロンに留守を任せ、認識阻害と耐魔防御の効果を持たせた藍色のフード付きのマントを羽織り、単身、交易都市テミスへ向かった。


 ……


 エッタはテミスの街の酒場で一人、祝杯をあげていた。

 テミスは表向きは王国の都市だが、すでにサキュバスの支配下にある都市だ。
 εイプシロンの装備を売り捌くには格好の場所である。
 噂と違って冒険者になれるという報酬はなかったが、ギルド長に頼み込んだら功績を認めてもらい、念願の冒険者にしてもらうことができたのだ。

 ただし懸賞金は少しだけ下がっていた。
 この5年間、εイプシロンが影を潜めていたからだ。

 予定と多少違ったが、これからは、まともな仕事にありつけると思うと嬉しくてたまらなかった。

 エッタは、首に下がった銅等級のネックレスをみてニンマリした。
 今の実力なら等級はすぐに上がるはずだ。
 ハーフエルフの身で、冒険者ギルドに入れたことに意味があるのだ。


 祝杯をあげていたエッタに、冒険者風の若いヒューマンの女が話しかけてきた。
「少し話を聞きたいのだけれど、ここ、よろしいかしら?」
 かなり微弱だが、この気配は間違いなくサキュバスだ。
 εイプシロンとの生活が長いので、すぐにわかった。

「情報には価値がある。有料で良ければどうぞ」
 エッタは答えた。

 女ははす向かいの席に座った。
εイプシロンの情報がほしいのだけれど、居場所ならさらに報酬を弾むわ」

εイプシロンねぇ……。
 5年も雲隠れしてるなら、とっくに引退してるんじゃない?
 てか、なんで私に聞くわけ?」

「ギルド長の紹介。
 εイプシロンの装備を手に入れたのって貴女なのでしょ?」

「魔王と王国、いまどっちが優勢なのか知ってる?
 得する方に付きたいなぁとは思ってる」

 装備が状態異常の魔法をレジストしてくれた感覚が伝わってきた。

「へぇ……、私の正体わかるんだ。
 魅了の魔法も効果ないし、大したハーフエルフだこと。
 貴女、何者?」

「何者でもないよ。ただの下賤なハーフエルフの新米冒険者。
 装備の件は、ちょっと運が良かっただけ」

「どこで手に入れたの?」

「王都の地下水道。5年もかけて、ようやく見つけたの」

εイプシロンの手がかりは?」

「まるでなし。袋詰めにされて壁の穴に詰め込んであっただけだしね」

εイプシロンを見つけてくれたら、装備の報酬の倍出すわ」

「えー? だって強いのでしょ? ミスリル等級らしいし。
 私じゃ無理。他の冒険者に当たった方がいいともうけど」

「戦わなくていいのよ。見つけてくれるだけでいいの」

「装備見つけるのに5年もかけたのよ?
 ハーフエルフの身でようやく冒険者になれたのだし、
 これからは普通の依頼をこなすつもりなの。
 さすがに疲れちゃった。
 力になれなくて、悪いわね」

「……ならしかたないわね。
 でも、もし新しい情報があったらギルド長に伝えてくれる?
 報酬は弾ませてもらうよう言っておくから、よろしくね」

 そういうと、女は、銀貨を数枚おいて、去って行った。


 ……


 エッタは、テミスに宿を借り、そこを拠点にして冒険者家業に勤しんだ。

 冒険者パーティからは、ハーフエルフは嫌われていたため、高難易度の単独任務ばかり請負った。しかし、地道に任務をこなすうちに、ようやくミスリル等級まで上がることができた。さすがにミスリル等級になると、高レベルのローグは少ないこともあり、他の冒険者からパーティの誘いが来るようになった。高レベルのパーティはメンバーの能力を重視するため、種族を気にする者はほとんどいなかった。

 エッタは、テミスで名の知れた冒険者になったのである。
 望んでも届かなかった人生を、勝ち取ったのだ。
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