刺朗

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三次元半

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「これでおしまいっ!」
「って、四次元殺害か…はは…こりゃいいや」
ほくそ笑む川原の顔が、パソコンの画面の光を受けて彫像のように浮かんでいる。
「カウンセリングの一環として、告白療法をしてみましょう。言葉に出してもいいし、レポートでもいい、あなたが忘れたいものを思い切って吐き出してみて下さい」
凛の事件のあと、川原は良心の呵責から来る感情的な発作に度々襲われた。その都度精神カウンセリングを受けていたが、さすがに事件のことは言えず、根本からは治せなかった。
しかし事件が時効となってからは、自分を苦しめる邪心を除くために、積極的に心療内科に通い始めた。
カウンセリングは幸恵も受けていた。一人娘を失ったことは、いたわり合うことで夫婦間を親密にしていた。
川原は相変わらず妻の弁当を捨てていたが、この療法を終わらせたら、必ず食べようと心に誓っていた。
川原は、告白療法の具体的方法として、事件を小説化することを選んだ。
そこですべてを吐き出し、邪心と決別することにしたのだ。
だから事件は、川原の死を除いては現実に起こっていたことだった。そして物語の中で幸恵に誓ったことも事実だった。
療法の仕上げとして、川原はこの小説をプリントし、破却することと、この小説が入ったUSBを破壊することを予定していた。それは川原にとって、蘇生の儀式だった。
なんとも馬鹿馬鹿しくてあっけない結末を打ち、川原はさっそくプリント作業に入った。
「最後が馬鹿げてる分、なんか気分が明るくなるな」
プリンターが紙を吐き出すのを確認してから、川原はお茶かコーヒーを淹れようと、台所へ向かった。
ポットにお湯が無かったので、ケトルで沸かした。お湯が沸くまでの間、川原は台所のテーブル席に座って、湯気を上げて行くケトルを眺めていた。そして心の中にずっとぶら下がっているコブのようなものが、間もなく剥がれ落ちるんだという期待に胸を膨らませていた。
「ピーッ」
期待の頂点を知らせるように、ケトルが鳴った。
川原は熱いコーヒーを淹れて、部屋に戻った。

高速プリンターはもう、印刷を終えていた。
川原はファイルを閉じ、USBを抜いた。
プリントの束を整えて、目を瞑った。
瞑ったまま、プリントを上から数枚ずつ取ると、十字に破いた。
あたかも胸で十字を切るような行為だった。
すべてのプリントを破り終え、それをくちゃくちゃに揉んで、ゴミ箱に捨てた。
ゴミ箱の中で、物語の文字がバラバラになり曲がり重なって、意味の分からない言葉を成していた。
川原の過去は読めない話になってしまった。
さて次はUSBの破壊だ。
川原はハンマーを用意していた。これでUSBをぺちゃんこにしてしまうのだ。あたかもその中の邪心…刺朗を叩き殺す如くにだ。
晴れて真っ白な体になり、幸恵の弁当を食べ、久しぶりに「弁当、美味しかった」という、陳腐だが最高の言葉を幸恵に掛けるのだ。
さて叩くぞとハンマーを持った時、部屋の外から幸恵の呼ぶ声がした。
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