ジャンク・ボンド~気になるアイツは、強すぎてランク外になったようです~

銀崎 暁樹

文字の大きさ
24 / 67

第二章 16

しおりを挟む
 「ここがトリニガンの洞窟か」


 周囲は、地表が隆起と陥没が繰り返された複雑な地形で支配されていた。そんななか、この洞窟だけは鬱蒼と茂ったシダ類の蔓で覆われていた。このシダのことをトリニガンという。


 あまり雨の降らない土地でも、地中深く根を張り地下水で生き延びている、たくましい植物だ。


 レッドが周辺をキョロキョロと見回していると、アイザックが待ちきれないと言わんばかりに、急いで洞窟のなかに入ろうとしていた。


 それを慌てて制止するレッド。


 「ちょっと! 少しは待ってくださいよ。ほら」と、バグの油と枯れ枝でつくった松明をアイザックに手渡した。


 松明を無造作に受け取ると、アイザックが早々に洞窟のなかに消えてしまった。


 その姿を見やりながら、リュウランゼが「まったく。気が早いね」と、鼻を鳴らしながらアイザックに続こうとしていた。


 レッドがハルバートを指差しながら、リュウランゼを呼び止めた。「ちょっと待ってください。それ。洞窟のなかだと長くて、つっかえるんじゃないんですか?」


 一方リュウランゼは、酒臭い息をレッドに吹きかけた。


 「俺は、どんな死地でもコイツと一緒に生き延びてきたんだ。いまさら手放せるかよ」


 そして、アイザックの後を追っていった。


 *


 洞窟のなかは意外と広かった。


 確かに、バグが棲むのに適しているようだ。それを証明するかのように、足元に動物の死骸がいくつも転がっている。いや、人間も。――頭蓋骨の空虚な眼窩がレッドたちを覗いていた。


 そんな死骸の間を、恐る恐る進むレッドとアイザック。


 それでも骨に足がぶつかり、崩れる音が洞窟内に反響してしまうと、二人が抱き合いながら「ひぃぃぃ……!」と素っ頓狂な声を上げてしまう始末。


 そんな恐怖で震えているアイザックに、リュウランゼが注意もせずに、ただ話しかけた。


 「――で、この先どう行ったら良い?」


 リュウランゼの目の前には、いくつもの分かれた道が、奥深くまで口を開けていた。


 リュウランゼの言葉に、我に返ったアイザックが地図とにらめっこを始めた。


 「ええっと。あっちは壁画展示スペースで。こっちは先住民なりきりスペース。そっちはグッズ販売を。――あれ?」


 アイザックが慌てて地図を裏返した。そこには、“先住民遺跡、トリニガンの洞窟”とロゴが書かれていた。


 「まさかの観光地!? えっ! 俺たち担がれた!?」


 アイザックの横で、レッドがツッコミを入れる。


 だがリュウランゼは至って冷静だ。


 「多分、昔の話だろうな。かつては、先住民を売り物にして、なんとか食いつないでいた人間がいたんだろうよ。それにしても皮肉だな。その人間も、今の人間にとっちゃあ、先住民と変わらないほど年月が経っちまったって訳だ」


 「……なるほど」と納得してしまったレッドが、アイザックに「それで、どっちに行けば良いんですか?」と尋ねた。


 「ええっとですね。……こっちかな」


 アイザックが、地図にバツが付いているところに気づき、その方角を指差した。


 しかしレッドは、なぜか白い目を向ける。


 「なんか胡散臭い。そのバツも、アトラクションなんじゃ……?」


 「そ、そんな馬鹿な。……あ。“宝探し”と書いてますね。しかもバツがいくつも……」


 落胆したアイザックの隣で、レッドの深い溜息が聞こえた。――その時だった。


 一番右側の道の奥から、得体の知れない音が聞こえたのだ。いや、聞こえたというより、獣の咆哮が、地の底から体全体を震わしたのだ。


 あまりの恐怖と驚きで、まるで石になってしまったレッドとアイザックを後目に、リュウランゼが冷静にその道へと進んだ。


 「どうやら、こっちのようだな」


 *


 洞窟のなかは、まるでアトラクションのように入り組んでいた。


 壁に手を付こうものなら、簡単に穴が空き、なかから毒蛇やらがゾロゾロ出てきて、襲いかかってきたり――、


 「うへぇっ!」


 慌てて逃げていたら、床が突然抜けて急落下していると、ワニが口を広げていたり――、


 「く、喰われる!」


 瞬間、ハルバートが投げられた。


 ワニの口に刺さったハルバートを必死に登ると、今度は大きな岩が、こちらに向かって転がってきたり――、


 「……あ。俺のハルバート」


 「んなこと心配している場合か!」


 残されたハルバートを心配しているリュウランゼの手を引き、レッドは律儀にツッコミを入れながら、全速力で岩から逃走を図っていた。


 だが、あっという間に追いつかれてしまう。暴力的な振動と、まるで獣の雄叫びのような轟音が迫ってきていた。


 終いには、段差で跳ねる度に、まるで意思を持っているかのように、レッドたちに飛びかかってきた。


 しかもなぜか、右に左にと、脇道に入ったとしても、岩が追いかけてくるのだ。


 「これ、アトラクションじゃないよね! 殺しにきてるよね!」


 レッドのツッコミと、岩が転がる音が重なり、洞窟内に反響する。


 とにかく走った。ひたすら走った。ただ走った――。


 もうヘトヘトだ。息が切れる。というか、このままだとバグと戦う体力も使い果たしてしまうだろう。


 一体、どこをどう走ったのか。そんなことを覚えている余裕などなかった。


 おかげで、ワニのいた穴まで戻ってきてしまった。


 「俺のハルバート!」


 この状況を忘れて、まるで念願の玩具を手に入れたかのように目を輝かせるリュウランゼが、勢いよく穴に飛び込んでしまった。


 「喜んでる場合か!」とツッコミながらも、岩から逃れるために、レッドは結局穴に飛び込むしかなかった。


 髪をなびかせて、いや落下する恐怖で顔を引き攣らせていると、頭上で岩が穴にはまり、身動きが取れなくなっていた。直後、辺り一面漆黒の闇が広がった。一瞬にして視力を奪われたような気分だった。


 その闇の海のなかで、何かがうごめいている気配があった。穴の底に溜まっている水を、激しく掻き混ぜている音が聞こえたのだ。


 直感で分かった。


 ワニが生きている――。


 暗闇に目が慣れてくると、案の定、すぐ足元にワニが口を開けていた。ハルバートが刺さったままだ。

 口を塞がれたとはいえ、その鋭い爪やムチのような尻尾だけでも、立派な凶器だ。それだけなく、ここはコイツの住処。地の利もある。


 しかもこっちは落下中で、態勢を整える間もない。ましてや、人の目は暗闇では本来の力を発揮できない。


 「……」


 なぜかここにきて冷静に状況分析するレッド。そのまま諦めの境地に入ってしまった。


 だが、その諦めは徒労に終わった。


 「俺のハルバート!」


 先に到着していたリュウランゼが、まるで玩具を手に入れた子供のようにはしゃいで、ワニに刺さっていたハルバートを引き抜いたのだ。


 「!」


 悲痛な悲鳴を上げるワニ。さっきにも増して、水面を激しく叩き出した。


 その後、ワニの頭上に、レッドとアイザックが落下した。そしてワニは気絶してしまった。


 「……呆気なかった、な。ハハハ……」


 レッドが、顔を引き攣らせながら笑っていた。


 そんな彼の隣で、アイザックが激しく頷いていたが、その顔は冷汗でいっぱいだった。


 しばらく休むと、すこし頭のなかが冷静になった。そして、この穴から逃げ出せないかと辺りを見回しはじめた。だが、周囲の壁は苔が生えていて、登れそうになかった。そもそも、頭上の穴を岩が塞いでるのだ。上方向には、逃げ道はない。


 では、どうするか――。


 「……?」


 レッドが火打ち石で点けた松明で、再度見回した。すると、今まで気づかなかったが、一箇所だけ水の流れる先があった。


 たとえ、その先が滝になっていたとしても、ほかに道はなさそうだ。つまり、選択肢は残されていなかった。


 レッドとアイザックが、一瞬顔を見合わせてから、大きく頷いた。そして、互いが歩みを進めた。


 一方リュウランゼは、そんな二人より前を歩いて、先に行っていた。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...