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第三章 15
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「で、でも、エルザは“バグの素がある”って」
勇気を振り絞って口にしたユズハの言葉を、ジェットのさらに大きい笑い声が掻き消した。
痛みにもがき苦しみ、それでも這おうとするが、いまだに体が言うことが聞かないエルザに目を向けながら、だ。
「あれは嘘だよ。――まぁ。もっとも、あの子自身は嘘をついた自覚はないだろうがなぁ」
「!」
彼の言葉に、エルザは痛みのあまり何も発せなかったが、代わりに目を丸くするしかなかった。
そんな彼女の代弁を、ユズハがすかさず行った。
「自覚してないって、アンタ何を!?」
「大したことはしとらん。ただ、記憶をイジっただけだ」
そう答えながら、ジェットはいまだに動けないでいるエルザに向かって、歩き出していた。
「大したことないって、彼女涙流したのよ。お兄さんのために!」
睨みつけてきたユズハの眼光に怯むこともなく、いや彼女の感情の昂りを読み取れないのか、ジェットがただ言葉を並べた。
「お兄さん? そうか、涙を。ならば、洗脳は成功した訳か」
一人で勝手に納得しているジェットの足が、急に止まる。
エルザのところまできていたのだ。
今まで見下していたが、彼女の髪の毛を引っ張り上げ、苦痛に歪む彼女の顔を覗き込んだ。
「この子は貴族でもなんでもない。ましてや兄なんてものは存在しない。――天涯孤独だ」
ジェットはそう言うと、なにかを言おうと口をパクパクさせているエルザの髪の毛を無造作に離してしまった。
エルザの頭部が、なす術なく地面にぶつかってしまった。
「でも、涙を……」
反論したいのに、ジェットの揺るがない言霊に、何故かユズハの視線が下がっていく。
何の変哲もない床が見えた。
「気づかなかったのか? 最初お前たちに事情を話したとき、あの子は“あばら家”といった。“設定”では貴族なのに。その違いに気づかなかったとは、滑稽だな。多分、本当の記憶と混同したのだろう。まぁ。早い話――この子は、我々が用意した“撒き餌”だ」
「撒き餌?」
「お前等も、この子と旅することによって、情も移る。そして、今のように“残酷な真実”を突きつければ、この子は崩壊し、バグ化するのは必至。 ――そうなると、さすがのジャンク・ボンドも手を出すのを戸惑うだろう。ガハハハ……!」
「……そう」と、ユズハが息を深く吸い、呼吸を整えた。そして数拍おいてから、口を開けた。
その語気は先程とは違い、ブレず、芯が通っているようだった。
「そして私達が、ジャンク・ボンドが、その撒き餌に引っ掛かった」
「理解が早いなぁ。いや、遅いか。もう、この屋敷に入ってしまったんだからなぁ」
ジェットがそう言い終わると、同時に背中から生えた触手の群れが、一斉に飛び掛かった。――ユズハに向かって。
視界一杯に広がった無数の触手達。
回避するには遅すぎた。
もはや串刺しになるしか、選択肢はなかった。
――私もバグになるの……?
感情ではなく、これから起こるであろう事実だけが、脳裏を掠めていく。
目を瞑り、後悔する暇すら与えられなかった。
凄まじい速度で迫った触手が、そんな彼女の眼球を突き刺し――
――簡単に終わちゃった……。
生きるのを諦めてしまったユズハ――しかし、痛みが走ることはなかった。
それとも、感じなくなっただけか?
そんな時に、意識の外で、何かが吹き飛ばされる音が聞こえた。
「……?」
たった今、刺されたはずなのに……。
いや、違う。
ユズハの瞼が弾かれたように開いた。
視界の端から、まさに目にも留まらない速さで、何かが飛んできたのだ。
刹那、連続的な破裂音が――。
触手が次々に粉々になってしまった。
「知らなかったぜぇ。ここが“養殖場”だったとはなぁ」という声が一緒に聞こえた。
それどころか、「――こっちは、天然物だがな」
あの陽気な刀が、扉を突き破って飛び込んできたのだ。
ユズハの目の前で、テレーゼが触手の苛烈な攻撃を捌いていく。
その頃、ユズハたちは気づかなかったが、一方でエルザの体に異変が起きていた。
「うぅ……」
突然頭を抱えながら、呻き声を上げ始めたのだ。
強い鈍い痛みが襲ってきていた。
――記憶が偽物?
それどころか、苦しそうに胸を掻きむしっている。
――お兄ちゃんなんていない?
とうとう地面の上をのた打ち回っている。
――洗脳? そうか、あのとき……。
今度は、口から何本もの鋭い牙が生え出した。
そんな彼女の脳裏には、ある光景が思い出されていた。
それは、注意されていたのに覗いてしまった地下室の光景だった。
あのとき、突然人が燃えたのだけでもトラウマものだったが、室内の者――ジェットたちに発見された恐怖も相当なものだった。
“見られたものは仕方がない。――撒き餌になってもらいましょう。ガハハハ……!”
ジェットが言うと、黒いローブを纏った人物が頷いた。
――あれからの記憶がない……。
そんなことを思い出したエルザは、ジェットの言っていることが真実なんだと知り、絶望してしまった。
これが、最後の“引き金”となった――。
今まで呻き声だったものが、徐々に獣の咆哮へと変化していった。
瞳孔も一気に広がり、白目も血走っていた。
「ウオォォ……!」
そして、その変化は次第に収まっていった。
それは、もはや人とは形容しがたい、異形のものになっていた……。
勇気を振り絞って口にしたユズハの言葉を、ジェットのさらに大きい笑い声が掻き消した。
痛みにもがき苦しみ、それでも這おうとするが、いまだに体が言うことが聞かないエルザに目を向けながら、だ。
「あれは嘘だよ。――まぁ。もっとも、あの子自身は嘘をついた自覚はないだろうがなぁ」
「!」
彼の言葉に、エルザは痛みのあまり何も発せなかったが、代わりに目を丸くするしかなかった。
そんな彼女の代弁を、ユズハがすかさず行った。
「自覚してないって、アンタ何を!?」
「大したことはしとらん。ただ、記憶をイジっただけだ」
そう答えながら、ジェットはいまだに動けないでいるエルザに向かって、歩き出していた。
「大したことないって、彼女涙流したのよ。お兄さんのために!」
睨みつけてきたユズハの眼光に怯むこともなく、いや彼女の感情の昂りを読み取れないのか、ジェットがただ言葉を並べた。
「お兄さん? そうか、涙を。ならば、洗脳は成功した訳か」
一人で勝手に納得しているジェットの足が、急に止まる。
エルザのところまできていたのだ。
今まで見下していたが、彼女の髪の毛を引っ張り上げ、苦痛に歪む彼女の顔を覗き込んだ。
「この子は貴族でもなんでもない。ましてや兄なんてものは存在しない。――天涯孤独だ」
ジェットはそう言うと、なにかを言おうと口をパクパクさせているエルザの髪の毛を無造作に離してしまった。
エルザの頭部が、なす術なく地面にぶつかってしまった。
「でも、涙を……」
反論したいのに、ジェットの揺るがない言霊に、何故かユズハの視線が下がっていく。
何の変哲もない床が見えた。
「気づかなかったのか? 最初お前たちに事情を話したとき、あの子は“あばら家”といった。“設定”では貴族なのに。その違いに気づかなかったとは、滑稽だな。多分、本当の記憶と混同したのだろう。まぁ。早い話――この子は、我々が用意した“撒き餌”だ」
「撒き餌?」
「お前等も、この子と旅することによって、情も移る。そして、今のように“残酷な真実”を突きつければ、この子は崩壊し、バグ化するのは必至。 ――そうなると、さすがのジャンク・ボンドも手を出すのを戸惑うだろう。ガハハハ……!」
「……そう」と、ユズハが息を深く吸い、呼吸を整えた。そして数拍おいてから、口を開けた。
その語気は先程とは違い、ブレず、芯が通っているようだった。
「そして私達が、ジャンク・ボンドが、その撒き餌に引っ掛かった」
「理解が早いなぁ。いや、遅いか。もう、この屋敷に入ってしまったんだからなぁ」
ジェットがそう言い終わると、同時に背中から生えた触手の群れが、一斉に飛び掛かった。――ユズハに向かって。
視界一杯に広がった無数の触手達。
回避するには遅すぎた。
もはや串刺しになるしか、選択肢はなかった。
――私もバグになるの……?
感情ではなく、これから起こるであろう事実だけが、脳裏を掠めていく。
目を瞑り、後悔する暇すら与えられなかった。
凄まじい速度で迫った触手が、そんな彼女の眼球を突き刺し――
――簡単に終わちゃった……。
生きるのを諦めてしまったユズハ――しかし、痛みが走ることはなかった。
それとも、感じなくなっただけか?
そんな時に、意識の外で、何かが吹き飛ばされる音が聞こえた。
「……?」
たった今、刺されたはずなのに……。
いや、違う。
ユズハの瞼が弾かれたように開いた。
視界の端から、まさに目にも留まらない速さで、何かが飛んできたのだ。
刹那、連続的な破裂音が――。
触手が次々に粉々になってしまった。
「知らなかったぜぇ。ここが“養殖場”だったとはなぁ」という声が一緒に聞こえた。
それどころか、「――こっちは、天然物だがな」
あの陽気な刀が、扉を突き破って飛び込んできたのだ。
ユズハの目の前で、テレーゼが触手の苛烈な攻撃を捌いていく。
その頃、ユズハたちは気づかなかったが、一方でエルザの体に異変が起きていた。
「うぅ……」
突然頭を抱えながら、呻き声を上げ始めたのだ。
強い鈍い痛みが襲ってきていた。
――記憶が偽物?
それどころか、苦しそうに胸を掻きむしっている。
――お兄ちゃんなんていない?
とうとう地面の上をのた打ち回っている。
――洗脳? そうか、あのとき……。
今度は、口から何本もの鋭い牙が生え出した。
そんな彼女の脳裏には、ある光景が思い出されていた。
それは、注意されていたのに覗いてしまった地下室の光景だった。
あのとき、突然人が燃えたのだけでもトラウマものだったが、室内の者――ジェットたちに発見された恐怖も相当なものだった。
“見られたものは仕方がない。――撒き餌になってもらいましょう。ガハハハ……!”
ジェットが言うと、黒いローブを纏った人物が頷いた。
――あれからの記憶がない……。
そんなことを思い出したエルザは、ジェットの言っていることが真実なんだと知り、絶望してしまった。
これが、最後の“引き金”となった――。
今まで呻き声だったものが、徐々に獣の咆哮へと変化していった。
瞳孔も一気に広がり、白目も血走っていた。
「ウオォォ……!」
そして、その変化は次第に収まっていった。
それは、もはや人とは形容しがたい、異形のものになっていた……。
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