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14. 二度目の会食
しおりを挟む「侯爵令嬢様。今夜は王太子殿下より全員で食事をとるとのことです。18時に食堂へ向かいましょう」
明朝、メイヴィスを起こしに来たカレンによって悪い知らせが届く。理解した途端、頭が痛くなった気がした。
「それって、欠席ってわけには」
「なりません。感染する病でもない限り、必ず出席するようにと」
カレンの即答にメイヴィスは項垂れる。
「先月はなかったのに……」
「先月は侯爵令嬢様が伏せっておいででしたので、中止になったのですよ」
ならばいっそのこと、もう一度大怪我でも負おうかと思うくらいには、行きたくない。
「今月は訳が違うのよ。殿下のお誕生日からまだ1日しか経ってない。私は何も用意していないんだから……」
クリスタとルーナがこの席でプレゼントを渡すのであれば、メイヴィスは無礼者の烙印を押される。
「侯爵令嬢様は殿下のお誕生日をご存知だったのですか?」
カレンの首が傾げられる。
「……いいえ。昨夜、パーティー会場に迷い込んでしまってね」
カレンを責める意図はないのだが、メイヴィスに何も伝えなかったカレンの顔色は真っ青だ。
「申し訳ありません、侯爵令嬢様。殿下が、侯爵令嬢様には何も伝えるなと」
「いいのよ、招待されたところで行きたくなかったから。むしろ助かったわ」
まったくショックを受けなかったと言えば嘘になるが、どのみち招かれても「よし行こう」とはならなかったはずだ。
「プレゼントの件でしたら、大丈夫かと思われます。お二人とも昨晩にお渡ししていましたから。それに、誕生日を祝う会食ではないので触れないようにとも伝言を預かっております」
「……?」
よく意味がわからずメイヴィスが首を傾げると、カレンは困ったように笑った。
「つまり、何も気負う必要はないということです」
カレンに半ば無理矢理連れてこられたメイヴィスは、いかにして食堂から抜け出すかで頭がいっぱいだった。
しかし、先月は怪我をして先々月も毒騒動を起こしたこともあってもう目立ちたくない気持ちもある。
(カレンは心配しなくていいって言ってたけど、何がどういいのかわからないわ)
「メイヴィス様! お久しぶりです。お怪我はもう大丈夫ですか?」
食堂に入ると、先に来ていたクリスタが立ち上がる。クリスタは見舞いには来なかったので、会うのは茶会以来だ。
「え、はい。もう完治しました」
いきなり声をかけられると思っていなかったメイヴィスは、若干声が掠れた。
「申し訳ありません、お見舞いにも行けず……かなりの重傷だとお聞きしたので、控えたのですが」
カツカツとヒールを鳴らしながら喧しく歩み寄るにとどまらず、クリスタはキュッとメイヴィスの手を握って顔を覗き込む。あまり身長差のない年下令嬢の麗しい顔面から逃れることは、なかなか至難だった。
「いえ、お気になさらず。特に後遺症もありませんから」
ちらりとルーナの方を見る。安心したような申し訳なさそうな、何とも複雑そうな顔をしていた。
「メイヴィス様。今度一緒に乗馬をしませんか」
「……乗馬、ですか?」
唐突な提案に、メイヴィスは聞き返した。
先日、ルーナに動物小屋へ誘われたことを思い出す。それと同時に、可憐で華奢な印象のクリスタが乗馬をするイメージが湧かなかった。
「はい」
「乗馬をなさるんですか」
「はい、小さな頃から。メイヴィス様は?」
「私は、経験がなくて。動物も、申し訳ありませんがあまり得意ではないので」
「そうでしたか。では、少し触れ合うところから始めてみませんか? ルーナ様もご一緒に」
クリスタは食い下がる。そこまでして一体何がしたいのか、メイヴィスは意図が分からず困惑した。
「クリスタ様。無理強いはよくありませんわ」
二人のやりとりを見つめていただけのルーナが、クリスタをやんわり止める。クリスタはハッとし、「申し訳ありません」と頭を下げた。
「メイヴィス様はあまり外に出ないので、心配で。出過ぎた真似でした」
「……いえ」
何が心配なのかいまいち掴めないが、これ以上は不毛だ。メイヴィスは短く答えた。
「皆、待たせた。食事にしよう」
サイラスが入室してきたことで、令嬢たちの会話はそこまでになった。
メイヴィスはもくもくと食事を進めていた。時折サイラスやルーナがぽつぽつと世間話をするが、途切れる上に盛り上がらず、空気は微妙である。
食器の触れる音だけが響いて、居心地は最悪だ。
(あれ)
皿を見たその時、メイヴィスはあることに気がついた。
(前より量が少ないような)
いつもだんだん食べきれなくなり、後続の料理が冷めてしまうのが当たり前だった。しかし、今回はどれもが温かい。
(カレンが心配しなくていいって言ったのはこういうこと?)
かなり少食なメイヴィスも、この時ばかりは胃に詰め込む。それを知っていたカレンが根回ししたのだ。
(皆が同じペースで食べるわけではないから、私の分は何品かないのもある……でもそれでいい、十分だわ)
まだ若いとはいえ幼少期から王宮に仕えていたというカレンの指示であれば、厨房も従うのだろう。メイヴィスと同時期に王宮に入った新入りのシャロンには、できなかったことだ。
(たとえそれがどんな理由だとしても、嬉しい)
少量のメインディッシュを食し、その後のデザートまで辿り着くことができた。
砂糖の甘味を口にしたのは、いつぶりだろうか。
「……!」
味を噛み締めていたその時、胸を貫くような痛みが走った。
ついスプーンを取り落としそうになり、堪える。ここで何かしでかせば、騒ぎになりかねない。それは誰も望んでいないことだ。だが、痛みを抑えたいあまりに、胸元に手が伸びてしまう。
「メイヴィス様? いかがなさいましたか?」
たとえどれだけ平静を装っても、痛みに慣れていても、誰かがメイヴィスを見ていれば様子がおかしいことに気づいてしまう。痛みで、会話をすることもできないーー。そう思った矢先、痛みが消えた。
「……っ、何でもありません」
うまい言い訳ひとつさえ思いつかず、それだけ捻り出す。
「どうか無理だけはなさらないでくださいね」
メイヴィスが話したがっていないことを察したのか、ルーナはそれ以上追及しなかった。
(もうずっとシャロンの薬を飲んでいないからか、痛みが鋭くなってる気がする)
前までは、少し痛む程度だった。それが、呼吸が乱れるほどになっているのだ。
(寿命について誰かに何かを言われたことはないけれど、マリアも早かったし私もそう長くはないんだろう)
冬はすぐそこまで迫っている。死の季節を越えられるかどうかは、メイヴィスの身体次第だ。
「最近、急に冷えてきた。皆、体調には気をつけろ」
皿が片付けられ、サイラスが一言述べる。
「はい、殿下」
「殿下もお気をつけて」
お開きの合図だと受け取ったメイヴィスは軽く頷き、いの一番に立ち上がる。しかし。
「そなたは残れ。話がある」
「えっ」
耳を疑う言葉に、メイヴィスはそこでその日初めてサイラスの顔を見る。こちらを刺すような視線に耐えられず、メイヴィスはすぐさま顔を背けた。クリスタもルーナも、意外だったのか固まっている。
(どうして)
話があるのなら、呼びつけるなり部屋に来るなりすればいい。にも関わらず、第三者の目の前で意味深なことを言うなど、周囲に邪推しろと言っているようなものだ。
「座れ」
だが王太子の命令に逆らえるはずもなく、メイヴィスは無言で席に着く。
「それでは、私たちは失礼いたします。おやすみなさいませ」
クリスタとルーナは困惑しつつも従者を連れて退室していく。後にはサイラスとメイヴィス、そしてカレンが残された。
「カレン、お前もだ。外に出ていろ」
メイヴィスの背後に視線をやり、サイラスは命じる。
(カレンまで外に出すなんて)
大人しく出て行くかと思いきや、カレンは反抗した。
「なぜですか、王太子殿下。私は侯爵令嬢様の侍女でございます」
サイラスは鬱陶しそうに眉を顰め、口を開く。
「私はお前を賢いと思っていたが、どうやら違うようだ。私を失望させるな」
「……」
サイラスの容赦ない言葉に、カレンは怯えるどころか舌打ちでもしそうなほどに顔を歪める。どうしても納得できないと顔で語っていた。
しかし諦めたのか、やがて頭を下げて出て行く。二人きりで残され、その心細さにメイヴィスは内心泣いた。
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