【短編集】あなたが本当に知りたいことは何ですか?

ひかり芽衣

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第一章:果物屋の看板娘とその幼馴染

⑨カトリーヌの決意

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その日は店が賑わい、それ以降はローイと話すタイミングはなかった。
そして店じまいをさっさと終えたカトリーヌは、自宅のリビングの窓から外の様子を伺っている。

「カトリーヌ、何をしているの?」

「……ちょっとね。気にしないで!」

「変な子ね。さあ、ご飯よ」

母親に言われて食卓につくも、急いで食事を済ませ片づけをするとすぐに、窓の外が見える先程のテーブルに再びついた。


一時間ほど経っただろうか。

「カトリーヌ、大丈夫?」

「うん、本当に大丈夫よ! 景色を見ながら考え事をしているだけだから」

「なら良いけれど……。お母さん、もう休むわね」

疲れた表情の母を見て、カトリーヌは安心させるように微笑む。
父親似のカトリーヌが美人の母親から譲り受けたのは、白い肌と華奢な身体だけだ。
しかし、同じ白い肌でも母シシリアの肌にはそばかす一つなく、まっすぐでサラサラな髪が女性らしさを引き立てている。
いつも穏やかで優しく、儚げな母。
母は、カトリーヌにとって憧れの女性である。

「ええ、今日は仕入れ日で疲れたわよね。ゆっくり休んでね!」

「おやすみ。あなたも夜更かしはしないようにね」

背を向けかけた母は、思い出したように振り返って口を開く。

「……そう言えば、先日カトリーヌが魔女様の所へ行った日に、代わりに私が店番をしたじゃない? その時に、ローイにカトリーヌがどこへ行ったのか聞かれたわ。様子からして魔女様のことは知らないようだったから、”大切な人に会いに行っている”とだけ伝えたわ」

「えっ……?」

「……ローイにも、魔女様のことを言っていないのね……」

「うん……」

「ローイなら大丈夫よ。偏見なんて取っ払って考えてくれるわ」

「うん……でも……」

「……”でも”じゃないわ。ローイがあなたのことを嫌う訳がないから大丈夫よ」

「……そんなこと、わからないじゃない!」

思わずムキになるカトリーヌに、母シシリアは驚く。
そして傍へ近づくと、そっと抱きしめる。

「不安になる必要なんて何もないわ。ローイはあなたのことなら、何でも理解しようと努めてくれるわ。頭ごなしに否定したり、決めつけたりなんてしないわ」

「……そんなこと、わからないじゃない……」

半泣きになって同じ言葉を繰り返すカトリーヌに、母シシリアは微笑む。

「いいえ、わかるわ。何年あなた達を見て来たと思っているの。大丈夫よ」

カトリーヌの頭を優しくひと撫でした後、シシリアは去って行く。

「じゃあね、早く寝るのよ。おやすみ」

母が寝室に入って行くのを見届けながら、カトリーヌは思う。

(私だって、ローイならきっとわかってくれるって思っている。けれど、一抹の不安が拭い切れないのよ……)

幼い頃、カトリーヌとローイはふざけて魔女ごっこをしていて、「魔女の反感を買って呪われたらどうするんだ!」と大人たちに怒られた日をふと思い出した。
この町では魔女の真似事は勿論、噂話もご法度だった。
「居なくても魔女は見ているから」と大人に言われた。
あながちそれは間違っていなかったなとカトリーナは思いながら、他人の先入観の厄介さを感じる。

(ローイの誤解は、お母様の言葉を聞いてだったのね……)

カトリーヌに想い人がいるのは確かだが、変に勘違いをしていた今朝のローイを思い出し、カトリーヌは大きな溜め息をついた。
しかしカトリーヌは、すぐに冷静になる。

「溜め息をついたって何も変わらないわ……」

カトリーヌだって同じように、ローイに想い人がいるのではないかと疑っているのだ。
そう、カトリーヌの今の課題は、”白黒つけること”なのだ。

(よしっ。お母様は一度寝たら滅多に夜中は起きないからね)

カトリーヌが覗いている窓からは、ローイの家の玄関とリビングの窓が見える。
先程リビングの窓にローイの影がうつったため、家にいることは確認済みだ。

「今日はもう出かけないのかしら……」

さすがに二日続けてはないかと、諦めかけたその時。
玄関が開くと、出て来たのはローイだった。

カトリーヌは大きく唾をのみ込むと、掛けてあったコートを着てそーっとドアを開けて外へ出た。

真っ白な息を一つ吐くと、気づかれないようにローイの後を追う。

(今日、初めて身体が小さくて良かったと思うわ)

暗闇に溶け込めるように、黒いコートに黒い帽子を用意した。

(今日この目で事実を確認する。もし本当にローイに好きな人がいるのなら、私はこの想いは封印して、ただの幼馴染に徹する)

拳を”ギュッ”と握り、カトリーヌは自分の決意を改めて確認する。
そして前のローイを見失わないように、気づかれないように、適度な距離を保つことに努めたのだった……———



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