眠り姫と生贄と命の天秤

有坂有花子

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月の光を口に含む

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 か細い声で、呼べた。キトエは目をあけない。肩に、触れた。力の入らない指で、軽く叩く。肩を、揺らす。

「キトエ。キトエ、ねえ」

 肩を強く揺すった。

「お願い。起きて」

 薄水色のまつげから、橙色と黄色の小さな光がこぼれる。黄緑の瞳に橙と黄と緑が差しこんでいく。

 割れた月の明かりしかないのに、どうしてこんなに虹の色が見えるのだろう。

 色の欠片がにじんで輝きを増す。まばたきで、いっぱいになった涙がリコの頬を伝い落ちた。キトエが慌てたように目をひらく。何か呟きかけて、「ああ」と吐息のような声をもらした。

「目が、覚めたのか」

 リコは頷いた。

 昏睡の呪法に勝った。一緒に逃げられる。キトエを失わずにすむ。言葉にならなくて、あふれてくる涙のままにしゃくり上げた。抱きしめられて、背中を撫でられる。うそではないと確かめたくて、キトエの胸にすがりついた。ちゃんと、目覚めている。動いている。

「ありがとう」

『わたしの力じゃない』と言いたくて、涙でつまって言えなかった。『魔女』の忌まわしい力。けれど、呪法を破った力。キトエと一緒にいられるための力。

 キトエは落ち着かせるように背を撫でてくれていた。そうして、想いが強くなる。

「やっぱり、死にたく、ない」

 キトエの胸から顔を上げると、張りつめた表情で見つめられる。涙を拭って、息を整える。

「ずっと、わたしなりに考えてた。大勢の人を見殺しにするのか、自分の命を差し出すのか」

 キトエの顔が険を帯びる。キトエは怒ってくれるのだと、緩く微笑んでしまう。

「分かってる。そんな顔しないで。わたしは、恨まれても、死ねって言われても、わたしのせいで国が滅んだとしても、死にたく、ない。この重荷に耐えられないかもしれない。でも、耐えられない罪を背負ったとしても、生きて、いたい。死にたくない」

 普通なら願うこともない、当たり前に叶う、願い。リコは望んではいけない願い。それでも、願う。望む。

「わたしだって、生きたい」

 抑えたはずの涙で、声が震えた。こらえられなくて、涙が頬に伝って、あふれてきそうになる声を押し潰した。

 キトエは自分がつらそうに眉根を寄せていた。空を仰いで、口をあけた。

 それは、月の光を口に含むように。キスが、降ってくる。

「金と銀を」

 離れた唇で、言われた。頭がついていかない。

『金の月と銀の星をあなたにあげる』ということだ。月の光を口に含んで、口付けてからそう言うのだ。本当は満月の夜に行う。月が割れる夜は生贄を捧げる日だから、決して行わない。

 なぜならこれは、結婚の儀式だからだ。

「リコの背負うものを俺も背負う。天に入れなくても、地の底まで一緒に行こう。ふたりで神にそむくなら、割れた月で一緒になるのがちょうどいい」

 キトエは、穏やかだった。

 キトエを同じ罪へ引きずりこんでしまう。けれど、もうとっくに始まってしまっていたのだ。生贄の城を一緒に逃げ出したときから、決まっていたのだ。

「いいの? 本当に?」

「いいも何も、俺はずっとリコの騎士だ。絶対に離さない」

 ふと、キトエの表情に薄く不安がかぶさる。

「俺だと嫌か?」

 こみ上げてきた涙が、頬を流れていってむずがゆくて、乱暴に拭った。満月が真ん中でふたつに割れた月を仰いで、月の光を口に含んで、キトエと唇を合わせた。

「光と虹を」

 しゃくり上げそうになる声で、返した。

『太陽の光と空の虹をあなたにあげる』

 結婚の儀式で返す言葉だ。
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