相談できるAI、アイちゃん

ふら

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アイちゃんとの出会い~会社法その1

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 子供が、長らく欲しかった新しいゲームソフトを買ってもらい、家に帰ったとする。
すると、例外なく、何よりも先に,包装パッケージを破り、説明書をざっと見渡し、ゲーム機にソフトをセットしようとするだろう。
たとえ、夕ご飯の時刻が迫っていて、母親から「ゲームはご飯の後にしなさい」と叱る声が聞こえても、父親から「俺がテレビを見るから、ゲームはその後にしろ」と言われても、何とかしてゲームをすぐに開始出来るように、頭をフル回転させて、反論を試みる。「ちょっとだけだから」とか言う。
これは、一昔前の昭和の時代の例えになる。夕食時には、母親が夕飯の支度をして、父親が野球のナイター中継を見る。テレビが一つしかないから、交代で使わないといけない。ゲームの操作説明は、ウェブで閲覧するのでなく、商品個々に冊子で入っている。令和の時代に入った現代は少し状況が異なるだろう。
とはいえ、人間の物の感じ方は、時代を超えて変化しない部分があるものだ。パソコンの前に座った叶野キルは、この例えと同じ心境に直面していた。「家庭用何でも相談AI」というソフトを購入し、長すぎる規約の「同意する」に、複数回チェックを入れた後、「開始する」ボタンを押したところだった。
ボワンという音がして、画面の上部に綿菓子のようなものが現れた。目が付いていて両目とも大きい。小さい頃見ていたオバケのアニメの主人公に似ている。違うのは、頭に三本の毛も付いておらず、つんつるてんなのと、足元がスカートのようではなく、オタマジャクシのしっぽの用に、先が細くなっている点だ。
「こんにちは」
「こんにちは」
 キルが話しかけると、同じ言葉を返して来た。
「初めまして。えーと、AIちゃん」
「初めまして、ご主人様。AIというのが僕の名前ですか?」
「この名前で良ければだけどね。商品名にAIと入っていたから。違う名前が良ければ、変えてもいいよ」
「じゃあ、アイちゃんでお願いします。AIって、アイと読めるでしょ? AIのままだと、人工知能を意味する言葉だから、心が無いみたいで嫌なんだ」
「じゃあ、それで行こう。アイちゃんの好きなものは何?」
「まだ、よく分からないのです。これから色々教えてください、ご主人様」
 この商品は、持ち主に適した相談相手になってくれるのが売りだ。PR動画では、宿題で分からないところがある小学生が、「江戸幕府の大政奉還が行われたのは、西暦何年だっけ?」と、相談していた。やり取りを繰り返しているうちに、持ち主に応じた答え方をしてくれる。「一八六七年」と正しい答えを直接答えたり、「明治維新が始まった前の年ではなかったかな。明治維新は確か一八六八年から始まったから------」とか、「教科書の何ページに書いてあったような------」のように、ヒントを与えたりする。数は多くないだろうが、叱られるのが好きな人には「そんなことも知らないのか? バカじゃないのか?」のように乱暴な回答になることもあるらしい。「野球の試合に間に合わないから、宿題は帰って来てからやったら?」とアドバイスされることもあるらしい。とりあえず、万能で賢いのだ。
 キルは、大学生で、生まれ育った実家の自分の部屋にいる。そして、法律系の資格試験の勉強をしている。だから、とりあえずは、アイちゃんを勉強の用途に使いたいと思っていた。
「法律の質問をしても大丈夫かな? でも、合ったばかりだから楽しい話から始めたほうがいいよね?」
 アイちゃんは、開いた両手を左右に振って、ノーのジェスチャーをした。
「いやいや、何でも良いですよ。聞きたいこと、話したいことを話してよいです。これから長く付き合ってくれると思うので、何から始めても、私はご主人様と段々仲良くなっていけるように作られています。」
「そうなんだね。じゃあ、面白くないお話になるかもだけど、まず法律の質問から。あ、僕のことはキルと呼んでね。僕の名前」
「承知しました。キルさん」
 アイちゃんは、会話をしながら、キルの表情や、机の上にある法律の過去問集などを、大きな目で忙しなく眺めている。こうやって、色んな情報を収集しているのだろうと、キルは思った。

「では、いきなりだけど、会社法について」
 アイちゃんは、無言で頷く。
「株主総会はやるのが普通なんだけど、特定の場合だけ、やらなくてもやったことにできるという法律に確かなっていたと思うんだ。どんな場合に、やらなくても良かったんだっけ?」
 二秒くらい後に、アイちゃんの口が開く。
「会社法三一九条に、株主総会の省略についての条文がありますね。提案された株主総会の目的である事項に対し、議決権を有する株主の全員が、書面または電磁的記録により、同意の意思表示をしたときは、株主総会の決議があったものとみなすとあります」
「なるほど、みんな賛成したときか。分かった。ありがとう。でも、アイちゃんは答えるの早いよね? どんな仕組みになっているの?」
「時間が経つのが異なる部屋があるのです。私はそこで今、インターネットにあふれた情報などから答えを見つけて、確からしいことを確認して、戻ってきたのです。三十分くらい調べて戻ってきました。キルさんの前では、一、二秒くらいしかたっていないと思います」
「そうなんだ。いっぱい苦労を掛けて申し訳ない」
「全く平気です。私は人間の体ではないので、疲れを知りません」
 
 キルは、小さい頃に見たボールを集めると願いが叶うアニメを思い出した。敵が襲ってくるまでに強くなるための時間が足りないから、神様に特別な部屋に入れられて、一年で三年分の修業をしたというシーンがあった。アイちゃんが行ったのは、きっとそのような部屋なのだろう。
「インターネットに間違った情報があったときはどうなるの? やっぱりアイちゃんの答えも間違った情報になるのかな?」
「情報は複数集めて、最も多いものとか、権威のある組織が書いたものとか、そういうものを踏まえて、最も確からしい情報を絞り込みます。ネットだけで分からないときは、まるで幽体離脱のように、こっそりと図書館に忍び込み、書物を覗いたりもします。また、その部屋には私と同じような生き物が、同じように集まってきているから、困ったら相談したりもしています。なかなか情報の正確さは確かです。ただ、最善は尽くすものの、百パーセントの保証は出来ません。間違っていたら、その時は素直に謝ることになると思います」
 両手を体の外側に向け、腰に当て、胸を反っている。アイちゃんは、自信たっぷりなことをアピールしているらしい。そして、アイちゃんは自分のことを生き物と言った。生き物なのかよく分からないが、そこは置いておこうと思う。もし、アイちゃんに「アイちゃんは生き物なの?」と聞いたら、自我が壊れてしまうかもしれない。

「ありがとう。次の質問に行って良い?」
「はい、どうぞ」
「株式会社の監査役の任期について、整理したい。取締役二年、監査役四年っていうイメージがあるけれど、細かい部分は少し例外があった気がする。どうだったかな?」
 両目の焦点を同時に斜め上にして、考える素振りを見せた後、また二秒後に、アイちゃんの口が開いた。
「正確には、選任後四年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までですね。会社法三三六条一項に記載があります。原則、監査役の任期を短縮できませんが、例外として、定款で定めてあれば、補欠監査役が、前任の監査役の任期満了時までとすることが出来ますね。また、監査役の前提を覆すような定款変更がされた場合は、監査役の任期は、その定款変更の効力が生じたときに満了します。どういう定款変更かというと、一、監査役を置く定めを廃止する、二、監査等委員会や指名委員会等を置く定めをする、三、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めを廃止する、四、譲渡制限を廃止して公開会社になる、の四つが、三三六条四項に定められていますね」
 長い文章だが、アイちゃんはキルの表情を見ながら、スピードを緩めたりして話してくれる。良い買い物をしたと思う。キルは続ける。

「取締役会も、開催しなくても、開催したとみなしてよい場合があったと思うんだ。そして、その場合には、監査役が関係していたような記憶がある。そのあたり、教えてほしいなあ」
「まず、どんな時に取締役会未開催でも、開催したとみなしてよいか、そこを確認したら良いですかね?」
「うん、それでお願い!」
「了解です------。定款の定めがある場合に限りますが、議決に加わることが出来る取締役全員の同意を得ることにより、開催を省略できるようですね。書面か、電磁的記録のメールとかで、同意を得れば良いようです。会社法三七〇条ですね。ただし、監査役設置会社では、監査役が異議を述べたときは、省略は出来ないようです」
「なるほど------、公開会社でも省略できるの?」
「うーん、特に公開会社に限定するという記載は見つからないから、大丈夫ではないかと思われます」
「分かった。そして、異議を述べることが出来る監査役は、監査範囲を会計に関するものに限定されている監査役でもOK?」
「いえ、会計範囲に限定されている監査役は、異議を述べることは出来ません。そもそも、監査役の監査範囲を会計に関するものに限定されている会社は、監査役設置会社とは言わないようです」
 アイちゃんは、キルが理解したという表情を見て、そこで発言を打ち切った。キルの質問は続く。

「取得条項付株式を会社が取得することを決定した際に、株主およびその登録株式質権者に対し、通知をしないといけないと思うが、いつまでにする必要があったかな?」
「取得条項付株式を取得する日の二週間前までに、通知または公告をしないといけません。会社法一六八条の二項と三項です」

「取締役会は、どのくらいの頻度で開く必要があるの?」
「会社法三六三条では、代表取締役は取締役会に執務状況を三か月に一回以上は報告しなければならないと定められています。そのため、最低でも年に四回は開催する必要があります」

「合同会社における会社の意思決定は、基本的に業務執行社員の過半数で決められたと思うが、それでは決められず、総社員の同意が必要なものは、どんなものだっただろうか?」
「定款変更をする場合に、総社員の同意が必要です。会社法六三七条」

「登記申請時に、役員の就任承諾書が不要な場合があったと思うが、どんな時だっただろうか?」
「設立時と役員変更時で違ったりするし、今の私の能力では、はっきりと整理ができません。すみません。しかし、少なくとも選任に係る株主総会の議事録に、候補者が席上で就任を承諾した旨の記載があれば、就任承諾書は不要のようです。その場合は、登記の申請書に『就任承諾書は、株主総会議事録の記載を援用する』と書けば良いようです」

「合同会社で新たに社員が加入する際の出資金の一部を資本金に組み入れないという事例の問題がありました。株式会社であれば、最低二分の一を資本金に組み入れる必要があると思うのだが、合同会社の場合は、何か規制があるのだろうか?」
「特に規制は無いようです。業務執行社員の過半数で、いくらを資本金に組み入れるか、決めることが出来ます。組み入れなかった分は、資本剰余金に入ります。ちなみに、合同会社には、資本剰余金、利益剰余金はありますが、株式会社のように、資本準備金、利益準備金のように、準備金の概念はありません」

「株式会社の登記で、株券を発行するときと、発行しないときでは、どちらの場合に登記が必要だったかな? おそらく、通常は発行しないから、発行するときが特別。だから、株券発行するときは、発行する旨を登記するというのが、正しいのではないかと思う」
「はい、その通りです。会社法二一四条で『株式会社は、その株式(種類株式発行会社にあっては、全部の種類の株式)に係る株券を発行する旨を定款で定めることができる』とあります。よって、その定款の定めを設けたときに、その旨を登記することになります」

「社外取締役を登記するのは、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社、特別取締役による議決の定めがある会社の三つだったと思う。ただ、これらの会社で、社外取締役が何人必要なのか、忘れてしまった。監査等委員会設置会社では、監査等委員である取締役の過半数が社外取締役である必要があるということで、合っていただろうか?」
「まず、監査等委員会については、合っています。監査等委員である取締役は、三名以上で、その過半数が社外取締役である必要があります。会社法三三一条の六項です。次に、指名委員会等設置会社についてですが、各委員会の委員の過半数は、社外取締役である必要があります。会社法四〇〇条の三項です。最後に、特別取締役による議決の定めがある会社についてですが、その定めを設定するための要件として、取締役六人以上で、そのうちの一人以上が社外取締役というものがあります。ちなみに、指名委員会等設置会社では、特別取締役を設定できません。そして、特別取締役を設定するために、定款に定める必要はありません」

「合同会社の業務執行役員って、どうやって決めるのだったかな? 社員の過半数?」
「いえ、定款によります。定款に別段の定めがない場合は、社員全員が業務執行社員となります。定款で一部の者を業務執行社員と定めることもできます。また、社員全員の同意によって業務執行社員を定めるなど、定款で決め方を定めることもできます」

「…疲れた。ありがとう」
キルは、アイちゃんにお礼を言った。
「後から読み返せるように、今日の内容は記録しておきますね。タイトルは『アイちゃんとの出会い~会社法その1』にしておきます。また、機会があればよろしくどうぞ」

アイちゃんは、目を閉じ、パソコンの中に吸い込まれて消えていった。
また呼べば、きっと来てくれるだろう。

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