シャボン玉ツアー

ふら(鳥羽風来)

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シャボン玉ツアー

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「あなたもシャボン玉ツアーへ出かけませんか? 大切な人と大きなシャボン玉に入って、幸せな時を過ごしましょう。最新鋭のAIが、きっとあなたを希望する場所へ届けてくれます。シャボン膜透過ゼロの技術で、プライバシーも安心。気になる方はお電話を……」
 深夜一時を過ぎた頃、何気なく点いていたテレビの通販番組で、こんな音声が流れてきた。目が画面に引き寄せられ、気が付けば表示された電話番号をメモしていた。詳しいことを聞きたかったが、顔を上げるともう、次の商品の紹介に移っていた。
「米を入れて、ボタンを押して、三分待つだけ。高速炊飯器のご紹介……」

 そのまま眠っていたらしい。ソファーから飛び上がり、時計を見た。マズいと思ったが、今日は休日だったことを思い出し、ほっとした。
電話番号が書かれた紙が落ちており、昨日の出来事を思い出す。少し考えて、歯磨きして、朝食を摂り、ソファーに座って心を落ち着ける。それから、スマホを手に取り、数字をタップした。
「はい、シャボン玉ツアー株式会社です。お申し込みでしょうか?」
 待受音が聞こえたか、聞こえないくらいの素早さで、元気な声が応答された。
「いえ、まずはシャボン玉ツアーがどういうものなのか知りたいのです」
「かしこまりました。それでは、実際に体験された方のお話を聞くのが一番だと思いますので、お客様のスマホにURLをお送りします。そこにアクセスしてご覧下さい」

 体験談の一番目は、佐山(さやま)という四十歳男性のものだった。
「どこへ連れて行かれるか分からない、しかも一週間のツアーで一人三十万円もかかる。こんなツアーに参加したのは、ツアーについてネットで調べている途中に、うっかりと申込ボタンを押してしまったからでした。キャンセル料の半額を払うのも勿体ないので、そのまま参加しました。大きなシャボン玉に入ると、ふわふわと飛びました。景色は抜群。飛行機や鳥に衝突しないように出来ていると聞いていましたが、本当に大丈夫でした。揺れもなく、高くて怖くなったら、シャボン玉にスクリーンをかけて、景色を遮断できました。お腹が空いた時に、美味しいご飯が届き、好きなだけ食べられました……」
 なるほど、富裕層向けの、目的地が最初から分からないミステリーツアーのようなものだと思った。佐山の話は続いた。
「私は、当時会社に行くのがつらくて、辞めようと思っていました。そして、高校生の時に、好きな歴史をもっと勉強しておき、歴史関係の仕事に就いておけばよかったと、後悔ばかりしていました。私のシャボン玉は、歴史上名高く、訪れたことのない京都の建物や、戦国時代の史跡の上に留まり、じっくりと楽しませてくれました。驚いたのは、タイムスリップした時です。最初は、何が起こったのか分かりませんでしたが、刀を持った武士たちが戦をしているところでした。目の前で命が次々と失われていきました。現代に戻って来たとき、私は今の時代に生きていて、十分幸せなのだろうと腑に落ちました」

 昔に旅行できるとは、驚きだ。続きを聞こう。
「次は、二十年後に移動しました。私は、重いつるはしを持って、道路工事の仕事をしていました。歳をとってからの力仕事はきつそうでした。その私は『四十代のときに、会社を辞めずに、もっと頑張っておけばよかった』と、後悔していました。その後、普通の観光地、例えばエーゲ海やエジプトのピラミッドなどにも、シャボン玉は連れて行ってくれました。ツアーが終わった後、私はもう少し頑張ってみようと思いました」
 なるほど、AIが目的地を決めるとのことだったが、予想外のところに連れて行ってくれそうだ。高いけれど申し込んでみようかな、どうしよう。とりあえず次を聞こう。

 二番目の体験談は、二十一歳の恭子(きょうこ)という女性だった。
「私は、彼氏と一緒にシャボン玉ツアーに参加しました。私は彼のことが好きで好きで、結婚したいと思っていました。しかし、彼からの連絡は途絶えがちになり、私はまた独りぼっちになりそうだと不安でした。そう、私は両親を早くに亡くし、おばあちゃんに育てられて来ました。そのおばあちゃんも三年前に亡くなって、私はおばあちゃんの遺してくれた貯金で大学へ通っていたのです。ある日、街中でおばあちゃんに似た人を見付け、おばあちゃんであるはずがないのに、追いかけていきました。すると、そこがシャボン玉ツアーのPR会場だったのです。話を聞いてみると面白そうだったので、値段は高かったけれど、彼氏と相談して申込しました」

 彼氏との関係を強固にするきっかけになれば良いなと思いながら、続きを聞いた。
「ツアー中は色々ありましたが、フランスのムーラン何とかという、裸の女性がダンスをする所が衝撃でした。嫌らしい感じでなく、スーツ着用の社交場みたいな様子でしたが、私は恥ずかしくて、ずっと俯いていました。彼氏は夢中で見ていました。少し私に遠慮してくれても良いのにと思いました」
この彼氏は、恭子という女性をあまり大切に思ってないのかも知れない。大事な彼女が横にいれば、男なら少しは遠慮しそうだ。まあ、色んなカップルの形があるから、一概には言えないが。

「一番驚いたのは、その後、私の高校生のころへタイムスリップしたときです。おばあちゃんが私に話しかけていました。『私はもう長く生きているから、恭子より早くいなくなってしまうよ。でも、恭子はそのとき独りじゃない。私は、死んでもずっと恭子を見守っているよ。そして、あなたの中に私はずっと居るの。私と過ごした時間は、あなたの体や心の一部に、間違いなく刻まれているの。だから、あなたは、自分を大事にしてね。それが、私のことも大事にすることへ繋がるの』 それを受けて、私は、泣きながら、ずっとおばあちゃんと一緒にいたいと訴えていました。すると、おばあちゃんも泣きながら、私を抱き締めて言いました。『私も恭子とずっと一緒にいたいのよ。それだけが心残り』 この四か月後、おばあちゃんが亡くなってしまったのを覚えています。ツアーが終わった後、嬉しいことが起きました」
 何だろう?と思って、続きを聞く。
「彼氏が私にプロポーズしたのです。彼の白状した内容によると、若いので色々な女性と遊びたかったらしく、私もその色々な女性のうちの一人だったそうです。聞きたくなかったですが……。でも、おばあちゃんとのやり取りを見て、あんなに愛情の注がれた私を大切にしないと駄目だと、思い至ったらしいです。そうして、私と結婚することをイメージしてみたら、思ったより最高で、優しくて、思いやりがあって、料理が上手で、一緒にいると落ち着ける……、あっ、惚気(のろけ)てしまいました。とにかく、シャボン玉ツアーに参加してよかったです!」
 
 体験談は、あと三人分残っていたけれど、私は申込むことに決めた。ちょうど、会社のリフレッシュ休暇がもうすぐだから、その日付で申し込んだ。山川という男性の担当が受付し、受付完了のメールも届いた。あとは、出発を待つだけだ。

 所は変わり、シャボン玉ツアー株式会社の事務所。所長の羽根田(はねだ)が、主任の山川(やまかわ)に声をかける。
「山川、申込状況はどうだ?」
「いま、二百十名の申込みで、締めて六千三百万円です」
「そうか、テレビ広告の効果は凄いな。今週、集めるだけ集めたら、ずらかるぞ」
「そうですね。最近は、常識であり得ないことも、AIといえば信じる人がいる。騙しやすい世の中ですね」
 その次の瞬間、事務所のドアがバンと開き、警察官がドタバタと入って来た。
「羽根田、山川。詐欺容疑で逮捕する」

 取調室では、羽根田が神妙な顔付きで、聴取に応じた。全てを諦めて、全てを正直に話していた。
「この詐欺を思い付いたのは、羽根田さん、あんたか?」
「はい、私です。会社の資金が底をつき、夜逃げするしかないと思っていたところに、会社へ行くと、デスクにシャボン玉ツアーの体験談のチラシが置いてありました。うちの会社名にぴったりのその発想を利用しない手はないと思いました」
「なぜ、その体験談が、デスクの上に?」
「それは、全く分かりません。ところで、刑事さんは、私たちを怪しいと思って張っていたから、私たちが悪事を喋った瞬間、ドアから飛び込んで来たのだと思います。なぜ、怪しいと思ったのですか? 心当たりが全く無いのですが……」
「AIが、あんたたちの犯罪可能性を八十パーセント以上と出していたからだよ。AIも本当に役立つときがあるんだよね」

 懲役八年の実刑を言い渡された羽根田が、刑務所に入って五年経った頃、シャボン玉ツアーは、本当に実現した。そして、更正プログラムの一環として、そのツアーに参加することになった。羽根田は、シャボン玉の中で、五年ほど前の、事務所にいる夜逃げ寸前の自分の姿を見た。
「あのとき、夜逃げしたほうがよかったのかも知れない。でも、それだと債権者に迷惑はかかってしまっただろう。それより、チラシを見て、騙すことを考えず、あのツアーの特許を取ったらよかったかも知れない。しかし、これもアイデアの盗用だから、良くないかも知れない。どうしたらよかったのだろう?」
 そのとき、シャボン膜の一部がチラチラときらめいて穴が空いた。
そこから、シャボン玉の中にあった体験談のチラシが、事務所のデスクにひらひらと落ちた。羽根田は、反省に集中していて、このことに気付かなかった。
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