魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅷ エイジの女難

5節 女難の連鎖 ③

「エレンじゃないわ。私の、本当の名前は、セレインよ」

 物憂げに俯いたまま、彼女は名乗った。

「セレイン⁉︎ まさか、あの事件の⁉︎」

 それに大きな反応を示したのは、テミス。彼女はイグゼと顔を見合わせると、頷きあった。

「あの、事件?」

 それに対し、エイジは怪訝な顔。

「はい。確か彼女は__」

「待て。彼女の口から直接聞きたい」

 何もかもペラペラ喋ってしまいそうなテミスを静止すると、エイジはセレインに向き合う。

「大丈夫? 話せるかい?」

「……」

 返ってきたのは、沈黙。

「譲るってさ」

「では僭越ながら。セレインは、聖王国の元第三王女、の筈です」

「なんっ……」

 聖王国との因縁、やんごとなき雰囲気などから只者ではないと思っていたが。中々の大物ではないか。

「ってことは、今、この場に……この大陸における大国の、王族が全員揃った……の?」

 レイエルピナが零す。ナチュラルに魔王国を大国扱いしていたが、今の発展ぶりからそれは一旦置いておくとして。エイジや皆もそれで気付かされたように感慨深げ。

 それでも、テミスの言葉に一箇所引っ掛かりを覚えた。

「元、ねぇ。何があった」

「七年前に事件、いや、悲劇があったんだ。聖王国王家、惨殺事件」

「惨殺……」

 思いがけず、きな臭い単語を聞いて、エイジは顔を顰める。チラリとセレインを見ると、その顔色は先程より更に悪くなっていた。

「大丈夫……大丈夫よ。続けて」

「……一夜の内に、聖王国の王家一家、そして仕える使用人も騎士も例外なく血祭りに上げられ、国が崩壊しかけたという話です。首謀者は第三王女の忌子、セレインであると。……ですが__」

「ああ、そういうことをする人には見えない。それに、今エイジは、その槍が精神を乗っ取る魔槍だ、と言っていたな」

「それが全ての元凶、というわけですか」

 それを聞くと、エイジは黙して、情報を整理。

「引っ掛かるのは、忌子という単語、そして呪われた槍を手にするまでの経緯。これは、君自身しか知らないのだろう。……辛いことを思い出させることになるだろうが、話してくれるか? 嫌なら、それでも構わない」

「いいえ。こうして自分を取り戻したんだもの。向き合わなければならないことよ」

 陰鬱とした空気を纏ったままであるが、意を決したように語り出す。



「私の髪……そして瞳。人間にしては、特異でしょう…?」

「ああ。妖しく、惹き込まれてしまいそうなほどに綺麗だよ」

「っ……そういうの、今は、よしてほしいわ」

「うっ、すまない。場にそぐわなかっ__」

「その……照れてしまうもの」

 雰囲気などから類推できるとはいえ、性格を未だ計りかねつつも口を衝いて出た言葉への彼女の反応はというと、可愛らしく少しばかりはにかむものだった。大人びて物憂げながら、乙女であるらしい。だが、そんな口説き文句を自然と放ったジゴロの背に、羨望や嫉妬に責めるような視線が刺さる。

「話を戻すわ。あなたにとっては美しい、かもしれないけれど。この闇を思わせる紫と、魔族の特徴でもある赤い目は、聖王国にとっては忌むべきものなのよ」

「そうか。そういえば、そうだな」

 魔族と直接対立していた帝国は兎も角として、宗教上魔神を忌み嫌い、魔族に敵愾心著しい聖王国からしてみれば、それ等の特徴は異端と見做され、凶兆と捉えられてもおかしくはない。

「けれど。当時の私は、幸せだったわ。母や姉達はそんなことを気にせず、私のことを可愛がってくれたわ。世間から守ってさえくれたほどよ。父や兄も、私のことを避けたり、虐げたり、無碍にしたりすることもなかったから」

 その話を聞かされていると、苦しくなってしまう。何せ先ほど、その結末を知ってしまったから。

「そんな生活が変わってしまったのは、私が二十一になった時のことよ」

 セレインは生まれつき、体がやや虚弱だった。しかし、貴族には民を守る責務がある。王族たるもの戦わねばならないのだ。そして、彼女が得意とする魔術は、魔族の象徴。つまり、聖王国の者達にとっては忌避の対象であり、使うことはできない。そんな彼女に、叔父のアインスはある提案をした__

「__聖王国の秘宝たる槍を取るのはどうか、と」

「「「ッ…!」」」

 アインス。聖王国の現教皇グレゴリの本名だ。つまり、その提言の内容と照らし合わせれば、この事件の黒幕。そうに違いない。

「罠、だったのか」

 エイジの予想を、力無く頷いて肯定した。

「ええ。叔父が権力を奪うための、奸計だった……」

 それを聞かされたセレインの肉親達は困惑した。しかし彼女は、今まで良くしてくれた家族に少しでも恩を返したい。そんな思いで、槍を手に取ってしまう。それが悲劇の始まりだった。

 秘宝、などというのは真っ赤な嘘。その正体は、手に取る者を呪う魔槍。城の地下に収められたのは、保管などではなく、封印だった。しかし、遥か昔の遺物だったために、その叔父を除いては、呪われた品であることを知る者は少なかった。

 しかも。槍と源を同じとする鎧や兜をも、手に取る前に身につけてしまっていた。

「当時の私は、今より精神は未熟な上、魔力への抵抗力も弱かったわ。だから__」

 抗うこと叶わず。叔父の目論見(もくろみ)通り魔槍に呑まれ、兜に精神を、鎧で体を操られるまま、殺戮兵器と化してしまう。意識が混濁する中、体は勝手に動き、暴走を見越して避難していた叔父の一派を除いて、城内の者を血祭りに上げた。無論、家族も例外なく……。

「その時、私が最後に見た光景は__」


__涙で碌に見えない視界の中、憐れむような目で、自らの槍を受け入れる親と兄姉達の姿だった。


「なんて、ひどい……」

 テミスが、何とか言葉を絞り出す。他の者達も、想像以上の重さに絶句していた。

「それで、私の心は限界になってしまったようね。そこからは、よく覚えてはいないのだけれど……」

 王国騎士に追われながらも、魔槍のされるがままに体を動かし、送られる魔力によって命を断つこともできず、返り討ちにし続け。放浪の末、彼女が行き着いた先は、魔王国領だった。

 ベリアルに拾われた頃の彼女は心身共に酷く衰弱し、意識や記憶も曖昧であった。そんな彼女をべリアルは保護し、匿った。

 そして目覚めた彼女は、自らを魔王国の竜騎士エレンと名乗るに至るのだった。

「私がエレンだったのは、きっと、このショックから逃げようとして自ら記憶を封じた……自衛本能によるものでしょうね。それによって自分を失った私と、魔槍の意思が融合した別人格を作り出した」

 それ故に、最早非常事態以外に於いて魔槍が彼女を支配する必要はなくなり、自他共に操られているという認識を持たなくなっていた。

 それでも、主君や親しき者相手でさえ、その素顔を見せることは決してなかった。まるでその身を晒すことを厭うように。

「そうだったのだな……」

 その魔王もまた、彼女の出自を今初めて知ったらしく、驚嘆するのだった。

「他の国には、どのように伝わった?」

「それは__」

 『やはり奴は忌子だった』。そう吹聴し、元から忌避されていたセレインに全ての罪を被せたことで、最早アインスに敵はいなくなり、まんまと王位を手にしたのだった。

 この真相を知らぬ者からは、第三王女は憎まれ、この事件は話題に上げることさえ禁忌とされるようになっていった。


 即ち今の聖王国は、その実、四大国の中で最も穢らわしい、血に塗れた王国なのである。


「やはり、そのように伝わっていたのね……それにしても、もう七年も経つだなんて」

 だが、重苦しい空気の中で、翳りあるような表情のままだけれど、セレインは冷静だった。

「案外、取り乱したりしないんだね」

「ええ、私も意外だったわ。多分だけれど、魔王国で過ごした時の記憶も持っている私は、その分だけ精神も成長したんじゃないかしら。哀しみと憎しみは消えていないけれど」

 シルヴァとは違ったタイプのクールというか、飄々と掴みどころのない雰囲気を持っている。少なくとも表面上は、感情の起伏が鈍いように見える。

「もう大丈夫なのかい?」

「話しているうちに、混乱も解けてきたわ。エレンとして、魔槍に操られていた時の意識もはっきりしているから、あなたのこともわかる」

 すると彼女は、ジッと、すぐ横で立つエイジを見つめる。

「……その、いきなり兜を取って、すまなかった」

「ふふっ、変なところを気にするのね。私はむしろ、感謝しているのだけれど」

 彼女の貌は、少し綻んだ。その熱い視線から、何かを感じ取ったエイジは少し目を逸らす。

「感謝?」

「ええ。あなたは、私を魔槍の呪縛から解き放った。私は、救われたのよ」

「…………あの魔槍、なかなかの呪いだった。油断していたとは、オレも一瞬呑まれかけた。まあ、魔力抵抗力に救われたな。精神力だけだったら負けてたわ」

「話を逸らさないでもらえるかしら」

「あっハイ、ゴメンナサイ」

 気圧されて、逃げることもできなくなった。でも、この空気、このシチュエーションは何度か経験したから、もう次どうなるのか大体わかっちゃってて。

「エイジ。私は……あなたが好きよ」

 そうくる、なんてことは察していても。矢張りまっすぐに好意を向けられると、嬉しくて照れ臭くて。顔が熱くなってしまう。

「あら、照れているのかしら? 好意を伝えられるなんて、慣れていると思ったのだけれど」

「慣れなんてするもんかよ……」

「かわいらしいのね。こうして自分を取り戻すと……ええ、みんながあなたに惚れてしまう理由もわかるわ。それを知った上で、私も名乗りをあげるの」

 その恋のライバル達は、一切邪魔をする気配がない。いや逆に、あんな重い話をされた後で邪魔できる奴がいるなら見てみたい、といった様子である。何より、自分達も似たような経緯、境遇であったが故に、その恋慕の情も痛いほど分かってしまう。

「エイジ。私は、あなたに救われて、あなたが愛しいの。宗教なんかの、まやかしの神ではなくて……今私の目の前にいるあなたが、私にとって自身の根幹となるもの__神なのよ。だから、私の身も、心も、魂も。全てをあなたに捧げると誓うわ」

「そうやって重いことを、さらっと言うなよ。オレは大したことはしてない」

「あなたのキッカケがなければ、私はもう、セレインとして生きることはできなくなっていたんだもの。それに、一生を添い遂げる伴侶なら、普通のことじゃないかしら?」

「だとしても、付き合いが足りなさ過ぎだと言ってんの」

「問題ないわ。あなたとは、関わりの薄い方とはいえ、幹部として半年間一緒に過ごしたもの。人となりは理解しているわ。それに、プライベートの方は……あの人たちが惚気ているのをよく聞かされていたから」

 全く譲らないセレインに、エイジは押され気味。

「でもオレは__」

「煮え切らないわね。なら実力こう__あら?」

「危ない!」

 セレインは立ち上がろうとして、そのままよろける。その体が倒れる前に、エイジがさっと支えた。

「大丈夫か⁉︎」

「平気よ。ただ、私は元々体が弱いの。それに魔槍に操られて、自分で体を動かすのが久しぶりだから。……ねえ、私が動けるようになるまで、介護してくれないかしら?」

「ああ」

「……そんな簡単に引き受けちゃ、ダメじゃない」

 そんなことを言う。けれど嬉しそうに、幸せそうに、安らいだ様子でエイジに体を預けている。

「……あー、おほん。そろそろひと段落ついたか?」

「はい、多分大丈夫です」

 ここで漸く外野、ベリアルが口を挟める状況になったようだ。

「会議どころではなくなってしまったが、まあ、今回予定されていた議題は全てなされたと言うことで、お開きとしよう。次回は数日後に行うとして……明々後日でいいか」

 ベリアルが問いかけて、異論の声は上がらず。

「それでは、解散」

「あの……私に質問とか__」

「お前、それどころじゃないだろ?」

「今日はイチャついてるといいよ~」

「我々の中でも噛み砕き、その上で尚わからぬ点があれば、その時聞きに行こう」

 幹部達は空気を読んで、そそくさと退散していく。取り残されたエイジは、とっても居心地悪そう。

「ええと……どうしよう?」

 セレインを半ばお姫様抱っこのような形で抱えるエイジは、彼女を席に下そうとするが、コアラみたいにべったりくっつき離れてくれそうにない。

「……」

 そこに十名弱の視線が刺さる。はて、どんな修羅場になるだろうかと、冷や汗が垂れた。

「じゃあ……」

 そこで口を開いたのはテミス。エイジはぴくりと身構えるが__

「まずは、お話ししましょう!」

 どうやら歓迎ムードのようで、ホッとする。それに、テミスだからというわけでもないようで、皆不満もないようだ。

「でも、ここでおしゃべりするには、味気ないわねェ」

「じゃあ、エイジの部屋なんてどうですの?」

「じゃ、いきましょ」

 ナチュラルに自室を集合にされたことに不平の一つでも言いたげなエイジだが、言える訳もなく。

「片付けは私共がしておきます」

 シルヴァとカムイが、書類など手早く片付け、早よ行けとばかりに目配せ。

「……逃げんなよ?」

 エイジの真後ろにはガデッサがつき、なんとか抜け出そうとするエイジの退路を絶った。

「は、ははは……どうなることやら」


 その後はというと。数人分のベッドを持ち寄って、繋げて拡張したベッドの上で。本人がいる前で。二人きりの時にあった話だとか、好きな部分を話したりだとか、惚気たりだとか。聞かされた側が悶え、愧死きししそうな話を繰り広げていた。
 その甲斐あって、エイジの精神の代償に、彼女達の中は一層深まることとなった。彼は尊い犠牲となったのだ。
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