ほどけるくらい、愛して

上原緒弥

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その後のその後

香りと、独占欲【中編】

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 冷静で滅多に感情を露わにしないヘビースモーカーの壮年の主人公が、自称助手の女子大学生と謎を解き明かしていくストーリーだ。原作も面白かったが、コミカライズ版もまた違った良さがあって、楽しい。
 気付いたらあっという間に読み終えて、彩瑛はもう一冊の漫画本を手に取った。
 もう一冊は、片想いから始まる高校生の恋の話で、彩瑛が購入したのは二巻目に当たるものだ。両想いなのに、すれ違うヒーローとヒロイン。
 友人──と見せかけたライバルの手回しで、ヒーローには好きな子がいて、それが自分ではないことを知らされたヒロイン。
 そして最後で、失恋したと思ったヒロインが泣いているところに、彼女に想いを寄せていた幼馴染みが近付いてきて告白する──という、また良いところで一冊が終わっていた。
 溜め込んでいた息を吐き出す。続きが待ち遠しくて堪らない。
 伸びをひとつして時計を見たら、あっという間に正午を過ぎていた。けれどお腹は空いていなくて、彩瑛は引き続き読書に勤しむことにした。
 ──小説読むから、何か飲むものでも、淹れようかな。
 立ち上がって、キッチンへ向かう。
 動くと、手首に付けたフレグランスが僅かに香る。時間が経った所為か、少し匂いが変わった気がする。
 スティックにひとり分が小分けされたカフェラテをマグカップに入れて、お湯を注ぐ。ミルクの僅かに甘い香りと、香ばしい匂いが彩瑛の鼻を擽った。
 マグカップを持って、部屋に戻る。それをテーブルに置いたら、袋の中に残っていた文庫本を取り出してページを開いた。
 舞台は西洋風の世界で、主人公はとある村で目の見えない姉とふたり、慎ましく暮らしていた。
 そんな主人公の元に、身形の良い青年たちが訪れる。彼らは王都からやってきた騎士だと名乗り、主人公と姉が捨てた貴族であったときの名前を呼んだ。
 彼女たちはかつて、隣国の王都に屋敷を持つ貴族の娘だったのだ。けれど気の良い両親は敵対していた貴族に嵌められ、そのあと一家はばらばらになった。
 姉と主人公は乳母でもあった使用人のひとりに匿われ、隣国まで命辛々逃げてきたが、逃亡の最中に不幸な事故が重なり、姉は視力を失ってしまった。
 貴族籍も取り上げられているだろうし、これだけ時が経っていれば死んだと見なされているだろう。だが、どこで気付かれるかわからない。
 ──現に今、自分は正体を知る男たちと対峙している。
 主人公は身構えたけれど、青年たちはこう言い加えた。

《お前の両親を嵌めた奴らに、俺たちは用がある。だが、なかなか尻尾を出さなくてな。そこで少し、手を借りたい》
《……一緒に王都に来てくれたら、彼女の視力を取り戻すために手を尽くそう》

 姉が視力を失ったのは、医師の見立てによれば精神的なものから来ているらしい。だから今後、姉が視力を取り戻す可能性は、大いにあった。
 男たちの本当の目的はわからなかったが、主人公はどうしても、姉に視力を取り戻して欲しかった。だから彼らの誘いに乗ることにした。
 そして時を同じくしたころ、王都では女性の変死体が発見された。
 しかしその死体は何故か穏やかな顔をして亡くなっていて──というちょっとしたミステリーの絡んだ作品だ。
 このあと主人公は騎士たちに協力しながら、次々に起こる変死体の殺人事件に何故か巻き込まれることになり、危険な目に遭わせたくなくて彼らから遠ざけていた姉が自ら協力を申し出てきて──とミステリーあり、アクションもあり、騎士のうちのひとりと主人公がいい雰囲気になるという恋愛要素も少しあって、と様々な面白味が組み込まれた作品だ。
 シリーズもので、この後も続刊が来月に発売予定らしい。
 姉が協力を申し出て、そして四人目の被害者が出たことで、事件が急展開を迎えたところで一巻は終わっていた。
 彩瑛はテーブルの上に置いたマグカップに手を伸ばす。口元に運ぼうとしたら、中身が空になっていることに気付く。
 どうやら読んでいる最中に飲み終えてしまったようだ。
 ──少しお腹、減ったかも。
 空腹感を感じて手元にあったスマホで時計を確認すると、もうすぐ三時になるところだった。お腹が減るのも当たり前だ。
 しかし、いくら秋に差し掛かっていると言っても、今の時間帯はまだ、太陽が照り付けていて暑い。
 買い物に行くのはなるべくならば避けたいのだけれど、何か食べるものはあっただろうか。
 彩瑛は伸びをして立ち上がった。
 キッチンへ行き、冷蔵庫を覗き込むと、玉ねぎとベーコン、卵と調味料ぐらいしか置かれていなかった。先日、辛うじて自炊して炒飯を作ったときの残りだ。
 それと、チューハイが数本とミネラルウォーター。
 女の部屋の冷蔵庫としては壊滅的な中身に、彩瑛は頭を抱える。
 キャビネットを開けたら電子レンジで温めるご飯があったので、ひとまずは買い物に行かなくても、良さそうだ。
 ご飯はレンジで温めて、玉ねぎとベーコンと一緒にケチャップで炒める。溶いて焼いた卵と合わせたら、簡単だけれどオムライスが完成だ。
 食べるのは彩瑛だけなので、それぐらい簡単でもいいだろう。

「……日が沈んだら、買い物行けばいいかな」

 今日はこれで凌げても明日食べるものがないので、どちらにしても買い物にはいかなければならない。だが、今出掛けるよりは暑さも落ち着いてマシになるはずだ。
 まずはご飯を取り出して、電子レンジで温める。そしていそいそと材料を手に取り、包丁を握った。玉ねぎをみじん切りにして、ベーコンを切る。
 温めたフライパンに材料を入れたら炒めて、軽く味付けをして温まったご飯を投入。混ざったところへケチャップを加え、よく混ぜ、ケチャップが行き渡ったのを色で確認したら一度取り出す。
 フライパンを洗ったら、今度は卵を焼く。溶いた卵に軽く塩胡椒を振って、バターを引いたフライパンに流し込み、頃合いを見計らってケチャップライスを戻す。
 卵をライスに被せつつ盛り、ケチャップをかけたら、完成だ。やや卵が破れてしまったが、自分で食べるので見栄えを気にする必要はないだろう。

「……いただきます」

 ひとりの部屋に、彩瑛の声だけが響く。寂しかったのでテレビを付けたら、ちょうど土曜のこの時間にやるミステリーのドラマがやっていた。
 それを見ながら、オムライスを食べる。美味しいが、少し、物足りない。
 それは作ったオムライスの味ではなくて、彩瑛の気持ちに起因するものだということに、彼女は気付いていた。
 再会したときに、ふたりでオムライスをわけて食べた。それは買ってきたものだったけれど、それからギルベルトは彩瑛にオムライスを作って欲しいとお願いしてくるようになった。
 けれど初めて食べたものがお店の味では、作ってもきっと満足してもらえない。だから、未だにギルベルトにオムライスを作ってあげたことはなかった。
 ギルベルトのことを、連鎖的に思い出してしまう。
 ──どうしてオムライスを作ろうなんて、思ったんだろう……炒飯にすれば良かったのに。
 調味料の棚に炒飯の素という便利なものがあった。炒めるだけなので、オムライスよりも簡単にできたはずだ。

「会いたい、な、あ……」

 気付いたらぽつり、と呟いていた。
 忙しいときはなるべく意識しないようにしていたのに、手が空いた途端にこれだ。心が寂しい。
 半分ぐらいを食べて、彩瑛はスプーンを置いた。
 昼食がこの時間なら、夕食は食べられるかわからない。残った分は、明日の朝ご飯にしよう。
 そう思いながら、冷めたオムライスにラップをして、冷蔵庫に入れる。
 後片付けをして洗濯物を取り込む。もうすぐ夕方になるのに、まだ太陽は明るい。
 本は読み終えてしまったし、出掛けるにもまだ暑い。彩瑛はベッドに横になり、スマホを手に取った。
 SNSを見たり、通販サイトに飛んで、何か必要なものはあったかとチェックしてみる。
 しかし窓から入り込んでくる温かい日差しに、次第に瞼が重くなってきて。
 うとうととしていたら、気付けば彩瑛は眠りに落ちていた。
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