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一章
七話
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学校からの帰路を辿っている間も、岸本の体調は芳しからぬようだった。
しきりに両手を揺らし、歩き方もどことなく重々しい。シークレットブーツを履いていることもあり、竹馬で移動しているかのようだ。流石に異常を感じる。
「おい、大丈夫か」
声をかけると、岸本は少しだけ笑って首を縦に振った。
「身どもは平気だ」
「いいや、少し休んだ方がいいかもしれない」
ちょうどバス停があった。薄汚れた白いベンチも用意されている。
「すまんのう」
謝る岸本を促し、二人でベンチに腰かけた。
それにしても古いバス停だ。時刻表は字体まで古く、度重なる悪天候に晒されて、プラスチックの板は汚れている。
標識までよく見えない有り様だった。
バス停の名前を見る。もはや漢字すらすりきれていて読めない。よく目を凝らすと、「ごせ」というふりがなが見えた。
「バス、乗るか」
提案するが、岸本はまた首を振る。
「いや、まだ乗りたくなかったんだ」
せっかく人が気を配っているのに、馬鹿なやつだ。両手が腐り落ちればいい。
無言で座っていると、バス停同様に古びたバスがやって来た。
岸本がバスに目を移すや否や、立ち上がっておれの肩を叩く。
「か、柿市。逃げるぞ」
「なんでだよ」
「車窓を見てみろ」
岸本に言われて、バスの内部をまじまじと見つめる。乗客は一人しかいなかった。その人物は、吊り輪を掴み、こちらに向かい合っていた。
赤いパーカーを着た……。
フードを深く被っていて、表情はよく見えない。男か女かも分からない。
「きっと例の不審者だ」
岸本はかわいそうなくらい真っ青になっていた。
「逃げるぞ、柿市」
いつもの偉そうな口調はどこへやら、泣きそうな表情でおれの袖を引っ張る。
しかし、おれは立つ気になれなかった。足がすくんだ訳ではない。パーカーの人物に、恐怖心がないのだ。
懐かしい人に会えた。
そんな懐古の情が湧いてくる。
廃棄ガスを吹き出して、バスが完全に停車した。
思い切りよくドアが開いて、パーカーの人物がゆっくりと降りてくる。
耳障りなキンキン声が聞こえた。岸本が叫んでいるのだ。
顔が見えた訳でもないのに、パーカー人間と目が合ったような気持ちになる。
この人は、おれのことを誰よりも知っていて……。
赤いパーカーは、血潮みたいに脈打っているように感じられた。
そう、ただの染料ではない。躍動感を示す、本当の血で彩られているんだ。
続いて、パーカー人間の手に視線を移す。大振りの出刃包丁が握られていた。そこにまだ血はついていない。
不意におれは我に返る。
パーカー人間は、おれたちを……。
おれを、殺そうとしている?
甲高いノイズが、人の声をまとっておれの耳に届く。
「立つんだ」
岸本は必死におれの手を引いていた。
逃げたい。
でも、体が動かない。
パーカーはじりじりと距離を縮めていた。
岸本が、もう一度おれを引っ張る。ベンチがずれて、おれは地面に手をついた。
足をもつれさせながらも逃走を図る。
こちらが走り出すと、パーカーもスピードを上げた。
予想外に速い。二人で必死に走るが、それ以上振り返ることもできず、恐怖だけが募った。
このままでは、捕まる。
思考しろ。思考するんだ。どうすればこの窮地を脱することができるのか。
おれは思考した。自分が助かる最善の方法を考えて……。
そして。
岸本を、転ばせた。
何かが勢いよくアスファルトに叩きつけられる音がした。
無我夢中で、走り続ける。
後ろでつんざくような悲鳴が響いた。
しきりに両手を揺らし、歩き方もどことなく重々しい。シークレットブーツを履いていることもあり、竹馬で移動しているかのようだ。流石に異常を感じる。
「おい、大丈夫か」
声をかけると、岸本は少しだけ笑って首を縦に振った。
「身どもは平気だ」
「いいや、少し休んだ方がいいかもしれない」
ちょうどバス停があった。薄汚れた白いベンチも用意されている。
「すまんのう」
謝る岸本を促し、二人でベンチに腰かけた。
それにしても古いバス停だ。時刻表は字体まで古く、度重なる悪天候に晒されて、プラスチックの板は汚れている。
標識までよく見えない有り様だった。
バス停の名前を見る。もはや漢字すらすりきれていて読めない。よく目を凝らすと、「ごせ」というふりがなが見えた。
「バス、乗るか」
提案するが、岸本はまた首を振る。
「いや、まだ乗りたくなかったんだ」
せっかく人が気を配っているのに、馬鹿なやつだ。両手が腐り落ちればいい。
無言で座っていると、バス停同様に古びたバスがやって来た。
岸本がバスに目を移すや否や、立ち上がっておれの肩を叩く。
「か、柿市。逃げるぞ」
「なんでだよ」
「車窓を見てみろ」
岸本に言われて、バスの内部をまじまじと見つめる。乗客は一人しかいなかった。その人物は、吊り輪を掴み、こちらに向かい合っていた。
赤いパーカーを着た……。
フードを深く被っていて、表情はよく見えない。男か女かも分からない。
「きっと例の不審者だ」
岸本はかわいそうなくらい真っ青になっていた。
「逃げるぞ、柿市」
いつもの偉そうな口調はどこへやら、泣きそうな表情でおれの袖を引っ張る。
しかし、おれは立つ気になれなかった。足がすくんだ訳ではない。パーカーの人物に、恐怖心がないのだ。
懐かしい人に会えた。
そんな懐古の情が湧いてくる。
廃棄ガスを吹き出して、バスが完全に停車した。
思い切りよくドアが開いて、パーカーの人物がゆっくりと降りてくる。
耳障りなキンキン声が聞こえた。岸本が叫んでいるのだ。
顔が見えた訳でもないのに、パーカー人間と目が合ったような気持ちになる。
この人は、おれのことを誰よりも知っていて……。
赤いパーカーは、血潮みたいに脈打っているように感じられた。
そう、ただの染料ではない。躍動感を示す、本当の血で彩られているんだ。
続いて、パーカー人間の手に視線を移す。大振りの出刃包丁が握られていた。そこにまだ血はついていない。
不意におれは我に返る。
パーカー人間は、おれたちを……。
おれを、殺そうとしている?
甲高いノイズが、人の声をまとっておれの耳に届く。
「立つんだ」
岸本は必死におれの手を引いていた。
逃げたい。
でも、体が動かない。
パーカーはじりじりと距離を縮めていた。
岸本が、もう一度おれを引っ張る。ベンチがずれて、おれは地面に手をついた。
足をもつれさせながらも逃走を図る。
こちらが走り出すと、パーカーもスピードを上げた。
予想外に速い。二人で必死に走るが、それ以上振り返ることもできず、恐怖だけが募った。
このままでは、捕まる。
思考しろ。思考するんだ。どうすればこの窮地を脱することができるのか。
おれは思考した。自分が助かる最善の方法を考えて……。
そして。
岸本を、転ばせた。
何かが勢いよくアスファルトに叩きつけられる音がした。
無我夢中で、走り続ける。
後ろでつんざくような悲鳴が響いた。
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