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第二幕

夜・後編(紙本臨夢)

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「何をしたと言っても、村の人のお手伝いや話し相手になっただけですよ」
「話し相手か。どんな話を聞いた?」
「そうですねぇ……色々です」
「具体的には?」
「子ども自慢や天候の話ですね」
「ホントにそれだけか?」
「あと昔話も聞きました」
「どんな昔話だ?」
「ある人の欲にまみれた昔話です」
「どういうことだ? 性的な話か?」
「いえ、権力という欲です」
「どういうことだ? 少し分かりやすく言ってくれ」
「分かりやすくですか……」

 シオンは考える。しかし、すぐに一つの単語が浮かぶ。

「遺跡についてです」
「なるほど。理解した。確かに権力という欲にまみれた昔話だな」
「それと今についての話もしてくれました」
「今について?」
「はい。他言無用でお願いしますが、近くに遺跡が出現したらしいです」
「なんだとっ!? 早くそれを言ってくれ!」

 ノアは慌てて立ち上がり、ズカズカとこの部屋を出ていこうとする。

「ノア。どこに行こうとしているのですか?」
「決まっている。遺跡にだ」
「いけません」
「あっ? どうしてだよ?」
「今日はもう遅いです。行くのなら明日にしてください」
「ふざけんなよっ! 明日には消えているかもしれねぇんだぞ!?」
「それならばそれで仕方ないのです。まだノアには早いという主のおぼしです」
「そんなの知るかよっ!」

 ノアはそう言うと慌てて出て行った。シオンもそのあとについて行こうとするが「お待ちになって」と声をかけられて、シスターに止められる。

「明日にしてください。それに司教様が出させないと思います」

 言われるとそれもそうだと思ってしまう。そもそも、自分が追いかけても足手まといになるだけだと痛感している。それなら明日、明るい時に行った方が幾分かマシだ。

Main 主よ。my voice Pear River heard我が声を聞きたまえ。Kano's Pearl River containmentかの者を封じ込めたまえ。.』

 司教は呪文を唱える。しかし、何も変化が起きたように感じない。だけど、変化が起きたようだ。ドタバタと廊下から足音が聞こえてくる。ここに全員揃っているので、廊下に出ていると言えば一人しかいない。

「司教っ! やりやがったな!」
「安心なさい。明日の朝には解けています」
「だーかーらー! 明日だったら手遅れになる可能性があるんだよっ! それがわからないアンタではないだろ!」
「よく考えてみてください。ノア。今、行ってもあるという証拠はどこにあるのですか? そもそも話自体が嘘かもしれませんよ。あなたたちを釣る罠かもしれませんよ」
「…………」

 ノアはぐうの音も出ない。司教が言っていることは正しい。正しすぎる。そもそも罠なら自分たちよりも実力が上の存在が来る可能性が高い。同じ転生者の救済の使徒が来る可能性がある。それも夜蝶のジュリエットよりも遥かに実力が上の存在が来るかもしれない。なのに一人で行こうとするのは無謀以外の何物でもない。

「わかった。明日にする。もちろん、そこのガキとトウラを連れてだ。特訓のついでだ」
「おうよ!」
「はい!」

 三人が意気込んだところでトウラが、あっ、と何かを思い出したかのように声を上げた。

「どうしたんですかトウラさん?」
「今更だけどシュートは? さっきまで見当たらねぇけど?」
「旅に出たよ」
「旅? 一体どこに?」
「場所までは聞いてないから、知らないよ」
「そうか……でも確かにアイツはよく旅に出るからな。美人を探しに行くとか言って」
「へぇ、そんなんだ。少し意外かな?」
「そうかぁ? アイツは美人には弱いぞ」
「えっ? 弱いのに探しに行くの?」
「らしい。遠くから見るだけで、眼福だってさ。話しかけにいけばいいのにさ」
「仕方ないよ。話しに行きたくても話に行けないのだと思うよ」
「それはガキの経験からか?」
「へっ?」
「そうなのか? シオン」
「ちちちちちち、違うよ! そもそも美人と縁なんて僕にはないし!」
「なら、シェロは美人じゃないのか?」
「そんなことないよ! シェロは美人だよ!」
「ほぉう。本人が聞いたら、どんな反応をするかな?」
「なら、連絡してみるか?」
「えっ! できるのか!?」
「どうだろうなぁ?」
「ちょちょ、ちょっと待ってよ! ノアさん!」
「そんな手段あるわけないだろ?」
「だ、だよねぇ」
「……あっても言わねぇよ」
「えっ? あるの? ないの?」
「さて、どっちだろうな」
「どっちなんですか!? 教えてよノアさ~ん!」

 こんな風に賑やかな時間を過ごしていると、夜が深くなっていき、みんなが眠りについた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 石で包まれた建物の中に一人の幼い子供がいる。灯りが一切なく真っ暗だ。でも、何の迷いもなく歩いている。ゆっくりゆっくりと地面を踏みしめるようにして。


 向かっているのはある場所。そこに何があるのか。誰にもわからないが、絶対に何かあると幼子は確信している。グラッと一帯が揺れたが、全く動じずに目的の場所に向かうのみ。


 目的の場所に向かう最中に月明かりが射し込んでいる場所がある。光を避けるのかと思うが、一切避ける挙動をしない。ただ、真っ直ぐ歩むのみ。



 幼子が月明かりに照らされた。


 髪は長くて顔が一切見えない。死人のような真っ白な肌。服は一切着ていない。そして、なによりも心臓の部分が空洞で、性別がわかるはずの股間の部分は血まみれで何も見えない。


 それでもただ、目的地に一直線で歩むのみ。


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