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第二幕

遺跡からの帰還・前編(紙本臨夢)

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 シオンたちは走っている。走らないわけにはいかない。通路に出た瞬間に遺跡全体が揺れ動き始めたのだ。

「この先にきっと僕の仲間が待っているはずだよ!」
「仲間? シオンには仲間がいるの? てっきり一人ぼっちなのかと」
「ヒドイなぁ。というか今はこんなことを話している暇はないよ。速度を上げるけど大丈夫?」
「少しだけキツいよ」
「やっぱり。なら、僕の手に掴まって! 引っ張るから」
「できるの? そんなこと?」
「アザミは軽いだろうし大丈夫だよ」
「なら、わかったよ」

 頷くとアザミはシオンの腕に掴まる。腕しか掴むところがないのだ。彼の手は背負っている少女を支えるのに必死だ。

 数分走っていると通路を抜けた。

「ノアさん! トウラ!」
「よかった! 無事だったか! あれ? その二人はどうした?」
「あぁーもう! ガキも何か拾ってきやがった! 事情はあとで聞くから、今は急ぐぞ!」
「おう!」「うん!」

 合流を果たした三人はノアの一声で、元来た道を慌てて引き返す。

 どれくらい経ったかわからないが、出口が見えてきた。

「っ!? ヤバいっ! 崩れてきている! 急ぐぞ!」
「今でも充分急いでいるって!」

 ノア、トウラという順番で外に出る。

 出口はすでに塞がれそうになっている。

「ダメだ! 間に合わない!」
「ボクを離せば」
「確かにそう……だねっ!」

 シオンは背中に背負っていた少女とアザミを外に投げ飛ばす。二人はギリギリのところで外に出ることができた。しかし、シオンはまだ遺跡の中。

「「シオンっ!!」」

 ノアとトウラが遺跡の出口を破壊しようとした瞬間、それは消えた。
 シオンと共に。

「クソッ! どうして俺がいたのに!」

 ノアは地面を殴りつけて、悔しさを露わにする。トウラは自分の無力さを痛感しながら、空を眺めている。


 シオンは通路を駆けている最中にノアとトウラに言っていたのだ。

「僕は二人と比べたら足が遅いので、先に行ってください」

 自分のことで精一杯だったので、そのことに承諾の意を示してしまった。普通の洞窟ならまだ、救いようがあった。でも、遺跡なのだ。姿を消されたからにはどうしようもできない――。

『カリルス・アクレ・リアル』

 アザミが突然、よくわからないことを呟く。それだけなのに、先ほどまで遺跡があった地面が、青白く光る。そこから、何かが浮き上がってくる……。
 浮き上がった何かがアザミの前に現れると、その中からなんとシオンが出てきたのだ。

「「「えっ?」」」

 シオン、ノア、トウラは同時に同じ声を上げる。
 アザミの方を見ると、全身に青白い光を放つ無数の魔法陣があった。

「ねぇ、アザミ。どういう仕組み?」
「教えないよ」
「そう」
「いやいや『そう』じゃないだろ!? そいつは何者だ!」
「わからないですよ」
「わからない!? おいおい、そんなヤツ連れてきて大丈夫なのかよ!」
「まあまあ、いいじゃないかノアさん。シオンも助かったことだしさ」
「た、確かにな」
「一応、自己紹介しておくよ。ボクはアザミ。訳あって、シオンに連れてこられた」
「連れてこられた? オイ、シオン。連れてこられたって言っているけど、どうして連れてきた?」
「ど、どうしてって……」

 シオンはアザミを睨む。そんな彼の表情を見て、アザミは愉快そうに笑っている。

「この子に世界を知ってもらうためです」
「世界を知ってもらうため?」
「えっ? 初耳だけど……」
「と、言っているけど」
「はぁ。ホントのことを言えばいいのですね」
「最初っからホントのことを言えよ」
「言っても信じてくれないじゃないですか」
「そんな突拍子もないことなのか?」
「はい」
「まぁいい。言ってみろ」
「アザミが言うには僕には何かが欠けているらしいです。その何かを探してもらうためです」
「それは聞いたことあるよ」
「突拍子もないことか? それ」
「えっ?」
「だって、お前には欠けているところなんて山ほどあるだろ? それに欠けているところがない人間なんていない。突拍子もないと言うなら異世界に連れてこられたくらい持ってこいよ」

 確かにノアの言う通りだ。彼ら三人はその異世界に連れてこられている面々。

「あっ、そろそろ帰りながらじゃないとマズイな」
「確かにそうですね」

 四人は帰りの道を歩きながら、話すことにした。
 シオンは少女を背負い、前へ進む。

「それでシオン。そっちの女の子は何だ?」
「わからないよ」
「またわからないか。じゃあ、アザミはどうだ?」
「わからないよ」
「アザミもかよ。まぁ、俺はいいけどな。ノアさんはどういうかわからないけど」
「眠っているだけだから、怪しいけど危害は加えられない。そんなことよりもお前だ。トウラ」
「俺?」
「あぁ、その奇っ怪なネコはなんだ?」
「失礼な! こいつはタマだ!」
「タマだぁ? ネーミングセンスないな」
「はぁ? なんでだよ! いい名前じゃないか!」
「ありきたりなんだ」
「ありきたりなら、いい名前ということだろ?」
「はぁ。もういいや。でっ? そいつは何?」
「だからタマだ」
「名前を聞いてはねぇんだよ! 何物だって言ってんだよ!」
「俺が行った道の先に巨大なタマがいた。紆余曲折あって、うなじの部分を掴み無抵抗にさせるとタマになった」
「紆余曲折がスゴく気になるが、まあいい。なら、聞くが、お前はそいつと契約か何かをしたのか?」
「契約? どうしてだ?」
「そのネコはお前の魔素をコントロールしている。今なら魔素を放つこともできるだろう」
「へぇー、タマ。お前ってスゴイんだな」
「でっ、契約か何かをしたのか?」
「いんや。何も。ただ、懐かれたから連れてきただけだ」

 彼が言う通りにホントに懐いている。顔をなすりつけたりされているのだ。

「はあ。全員が遺跡の中で何かあったんだな」
「ということはノアさんもですか?」
「ああ。俺の場合はただ戦っただけだな」
「えっ? それで無傷ということは相手はそんなに強くなかったのですか?」
「いや、強すぎた。死ぬかと思ったしな。それに傷も魔素を使い、回復したに過ぎない。ちなみにトウラも怪我をしていたから、回復させた」
「おう。確かにそうだな。でも、俺はシオンが無事でよかったさ」

 トウラはニカッと笑い、シオンの頭を撫でる。いつもなら嬉しく感じるのだが、今回は申し訳なさを感じる。二人は怪我をしてまで、乗り越えたのだ。トウラなんて手懐けている。でも、シオンは無傷だ。何もしていない。ただ、話しているだけだった。

 謝っても、気にするなと恐らく言われる。だからこそ、何も言うわけにはいかない。言って、考えている通りの返答が来たら、安心してしまう。自分は何も悪くないと感じてしまう。それが今の彼には我慢できない。


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