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第二幕

[ヒマリside]開眼・前編(美島郷志)

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 チリリ、と空気が焼けついた感触が、その場にいた全員の肌に触れた。

 はらり、と散るトゥエルブの長い髪が剣圧で舞い上がり、その瞳孔は驚愕の様相を見せながら大きく開く。
 咄嗟の出来事に、剣を引き抜いて距離を取るトゥエルブ。しかしそれだけでなく、身体を捻りながら真横に飛び転がる。

 また、はらりと長い髪の切れ端が宙を泳ぐ。
 チンッ、と金属の擦れ合う音の跡に、ちょうどトゥエルブの直線状にあった窓ガラスが、音を立ててばらばらと崩れ落ちた。

「クイーン!! ……」
「……先に剣を向けたのはあなたです。文句は言わせません」
「くっ……」

 クイーンが携えた細剣を鞘に納めるまでに、二度トゥエルブの髪が宙を舞った。その意味をここにいる、誰もが理解できないはずもなかった。

 クイーンは本気でトゥエルブに斬りかかった。トゥエルブも本気でそれを躱し、その結果長い髪は犠牲になった。それはつまり、彼女たちの分裂が決定的になったことを示す。
 彼女たちは、もう引き返せない所まで来てしまったのだ。

「お前が私に敵うとでも思ってんのか?」
「それは、「手合わせ」の話ですか? それとも「果たし合い」の話ですか?」

 お互いを睨み合う目は、もう家族に向けるようなものではない。純粋に剣の錆へ変える、敵へ向ける気魄。

「言ってくれるねぇ。……少し痛い目見ないとわかんないようだな」
「えぇ。まぁ、傷一つ付きませんが」
「上等だ!!」

 トゥエルブに握り締められた一振りが空を撫でる。クイーンは牽制の為に放たれた斬撃をいなして躱すと、すぐさま懐に飛び込んできたトゥエルブの下手斬りに掌を重ね封じ、そのままバランスを崩して倒れていくトゥエルブの背を切りつけようとする。だが体を倒し、両腕で支えたトゥエルブは、そのまま勢いを殺さずにクイーンの手元を踵で蹴り上げ、クイーンの手元を挟み込みながら捻り倒す。
 体勢の崩れたクイーンに、トゥエルブの無理な体勢からの後ろ回し蹴りが襲い掛かる。

「ぐっ! ……」

 遠心力の効いた重い一撃が、クイーンの右肩を容赦なく打ち付けた。

 すかさずトゥエルブが斬りかかる。だがクイーンはすぐに、使えなくなった右手から左手に剣を持ち替え、襲い掛かる一撃を払い除けた。

「甘ぇ!!」

 がら空きになったクイーンの脇を、真っ直ぐにトゥエルブの蹴りが入る。

「がはっ……!!」

 臓物が押し上げられる感覚に耐えきれず嗚咽を吐く。だが、それこそがクイーンの狙いだった。痛みを堪え、未だ痺れの残る右手でトゥエルブの足を掴み、引き寄せる。

「ちいっ!!」

 バランスを崩したトゥエルブに防御や回避を取る術などない。なされるがままに、甘くなった腹へと拳が撃ち込まれる。

「があっ!!」
「まだまだぁ!!」

 拳の反動を受けた勢いそのままに、クイーンの裏拳がトゥエルブの顔面を打ち付けた。
 吹き飛ばされよろめくトゥエルブ。それを見たダリアスが声を上げる。

「お、おいトゥエルブ! 負けそうじゃないか! 本当に大丈夫なのか!?」
「剣も振れない雑魚は黙ってな!! これは利権どうのこうのじゃない、私達の問題だ!!」

 ダリアスの虚弱な態度を一喝し、血反吐を床に吐き捨てる。向かい合うクイーンは細剣を鞘に納め、姿勢を低く飛び出す時を待っている。

「その構え……本気なんだな、クイーン」

 トゥエルブの問いにも、クイーンは無言のまま答えようとはしない。
 それがそのまま答えだと受け取ったトゥエルブもまた、剣を握った右手を高く掲げ、左手を刀身に添えながら腰を落とす。

「ちょっとまさか……そんなことをしたら建物がもたないわ!」

 二人の構えを見て悟ったユリアーナが騒ぎ立てるが、その声はまるで届いていない。

「この馬鹿どもっ! ……」

 ハートが胸に手を当て、大きく息を吸い込んだ。だがそれを見たヒマリが咄嗟にハートの口を押え塞ぎこむ。

「むぐうっ!? ちょっとヒマリ、離しなさい!」
「ダメだよハート! ハートが歌ったらそれこそ建物が!」
「そんなえげつないやつ歌わないわよ! いいから手を離しなさい!」

 ヒマリとハートが言い争いをしている間に、張りつめていた空気が揺れ動いた。クイーンが後ろに引いた左足で踏み込み、脇を締め刀身を隠すように構えながらトゥエルブへと突進する。トゥエルブも、踏み込んだ右足に力を入れ待ち受ける。



「「  母なる四重突クアトロ・ディ・フローラ ァァッ!! 」」

「「  混沌連斬カオス・エッジ ッッ!! 」」


 二人の鍛錬された必殺の一撃が向かい合った、その瞬間だった。


 ドゴオオオオオオッッ!!、と凄まじい破壊音を響かせながら、入り口の扉が数十メートルにわたって吹き飛ばされ、直後に視界が真っ白になるほどの煙が立ち込める。

「んぐぅっ!?」
「ちいっ!?」

 勢いをくじかれ、行き場を失った二人の一撃は全く別の方向へと流れ、会議室にいた全員が行き場を失って彷徨いだす。

「侵入者!? いったいどうやって!?」
「くそっ! なにがどうなっている!?」
「まずい、商会連中が!」

 トゥエルブが商家たちの動揺に気づいた、その時だった。


「キャアアアアアアアアアアッッッ!!」

 叫び声が上がった。甲高い女性の声。


「ヒマリ!」
「しまった! ……くっ!!」

 煙の中を何かが移動していくのが見えたクイーンが、割れた窓の外へ飛び込んでいくそれを追いかける。

「おい! クイーン!!」

 トゥエルブの制止も虚しく、クイーンは窓の外へ落下していく。受け身を取りながら着地すると、建物の屋根伝いに飛び跳ねるそれを捉えた。

「逃がしません!」

 クイーンもその後を追って街の中へと消えていく。

「おい待てクイーン! どこへ行く!?」

 トゥエルブは消えたクイーンの跡を追おうと窓の縁へ足を乗せる。だが、そんな彼女を探して彷徨う者がいた。

「トゥ、トゥエルブ! 待ってくれ! どこに行くつもりなんだ! 助けてくれ!」
「ダリアス!? …………くそっ!!」

 早くクイーンの後を追いたい気持ちに駆られるが、ダリアス達をこのままにしておくわけにもいかない。
 トゥエルブは舌打ちを吐き捨てながら、襲撃に動揺した商人たちを一か所に集めようとする。


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