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第二幕

[ヒマリside]胸騒ぎ(美島郷志)

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「ねぇクイーンさん、「アイデンティティーナンバー」ってなに?」
「えっ……女王から説明されてないのですか?」

 私が尋ねると、クイーンさんは驚いた様子で聞き返した。

「じゃあ、女王が「エース」のナンバーを持っている事も?」
「う、うん。全然知らない」
「そうですか……何故そんな大事なことを……」
「??」

 クイーンさんの困惑した様子を見ていると、アイデンティティナンバーの事を知らないのはまずそうだ。
 でも、そのアイデンティティナンバーって何なんだろう?


「それじゃあーいっくよぉー!!」

 フィフスが首飾りを力任せに引っ張り、パキンと弾ける音がした。
 直後、首飾りの石板が輝き出し、フィフスの手の中でその姿を変える。それは長く、太く伸び始め、一つの武器のような形に変わっていく。

 斧? ……槍? ……鎌? ……違う。


「全部だ……」


 フィフスの獲物は、今まで見た武器の中で一番凶悪そうだ。まっすぐ伸びた槍の両隣に、分厚い刃の斧のような部分と、鋭く曲がった鎌のような刃が付いている。何よりもずっしりとした見た目がおぞましい。
 フィフスはそれを軽々持ち上げると、頭上でぶんぶんと振り回す。
 風圧が頭を掠める度、思わず頭が下がってしまう。

「可愛らしい顔をしてなんて危ないの……」
「かっこいーでしょ!」
「た、確かにお兄ちゃんとか好きそうだけど……」

 正直、女の子の私はドン引きです。


 そうして演武を終えたフィフスは無邪気な笑顔をみせる。すると、クイーンさんが問いかける。

「フィフス……あなたはここに居るつもりですか?」
「……ううん、行くよ。それがお父さんとの約束だから」
「約束……」

 フィフスはここで、どんな気持ちで待っていたんだろう。お父さんとお母さんが死んでしまって、どんな風に生きてきたんだろう。
 今まで姿を見せなかったのは、きっとクイーンさんやトゥエルブさんの事を考えた、お父さんの言伝だったのかもしれない。そう言えば、クイーンさんが受け取ったお父さんの手紙には、なんて書いてあったんだろう?
 それも気になるけど、どうしてこのタイミングで、フィフスは私たちの前に現れたのだろう?

「危険なにおいがする」
「危険? ……まさかそれを伝えに?」
「うん。獣を殺すときみたいな、冷たいにおい」

 私の心を読み取ったかのように、フィフスが眉をひそめて一点を見つめる。でも、その方向は雑木林に隠れてしまっていてわからない。

「……フィフスの勘がどの程度かは知りませんが、いつまでもここに居る訳にはいきません。一度外に出ましょう」
「うん。私も行くよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 誘拐騒動の後、ダイヤシティはフィフスと言う心強い味方を得られた。
 でもクイーンさんとトゥエルブさん、また顔を合わせたら喧嘩し始めるのかな……。それはなんだか憂鬱だ。二人とも、本当は凄くいい人なはずなのに、どうしてこんなことにならなくちゃいけないのかな……。

 一抹の不安を抱えながら、私たちは雑木林を出た。すると人影が真っ直ぐこちらへと近づいてくる。

「あれは……ハート!?」
「ヒマリ!! よかった、無事みたいね!」

 心配して追いかけてきてくれたのか、ハートは私達の前でぜぇはぁ言いながら立ち止まり、よろめきながら私に抱き着いてきた。

「もう! ……お願いだから……黙ってどっかいかないでよ……」
「ハート……」

 ハートの抱きしめる力が強い。段々と胸の奥が締め付けられるような痛みが染み渡る。

「うん……心配かけてごめんね」

 私はハートを抱きしめて、震える小さな肩を優しく叩く。

「ハート! クイーンたちは見つかったのか!?」
「トゥエルブ!! どうしてここに!?」

 ハートの後を追ってきたのか、鎧を脱ぎ捨て黒インナーと剣だけの姿になったトゥエルブさんに、クイーンさんは驚きの声を上げる。
 クイーンさんが驚くのもわかるけど……どうしてトゥエルブさんは鎧を脱いでるの? それに、体中凄い傷だらけだ。新しくはないけれど、見ていてとても痛々しい。

「お前が急に飛び出して行くからだろう? まったく、少しは考えて動いたらどうだ?」
「それは……ですが貴女だってそうです! 商会の面々を置いてくるだなんて、もし何かあったらどうするんですか!?」
「はぁ!? 心配して来てやったのに、少しも可愛げがないなお前は!」
「なっ!? トゥエルブに心配されるほど弱くなんてないです! 心外です!」
「なんだとこの頭デッカチ!!」
「このおせっかい焼き!!」
「えぇ!? ちょっとちょっとちょっと!?」

 顔を合わせるなり盛大な姉妹喧嘩を始める二人。なんか凄いいい雰囲気の再会だったのに、どうしてこうなったの!?

「…………ぷっ、くくっ、あっははははははっ!!」
「ふふっ、くふふふふふふっ」
「えっ……ええー?」

 と思ったら、二人とも堪えきれずに笑い出した。もう本当になんなのこの二人……。

「はぁーあ。……もう、やめようか。クイーン」
「えぇ。なんだか馬鹿らしくなってきました」

 向かい合って笑う二人は、なんだか本当に姉妹のような気がした。いや、この二人は本当に姉妹なんだ。血の繋がった、大事な家族。

 いいなぁ……。なんだか余計に、お兄ちゃんに会いたくなっちゃったよ。


「トゥエルブ、この手紙を」
「ん? ……なんだこれ?」
「お父様の遺書です。彼女が……フィフスがずっと預かっていました」
「そうか……お父様は亡くなったんだな。まったく、最期まで迷惑なお人だ」

 トゥエルブさんは受け取った手紙をざっと読みだす。最後まで読み切って、少しの間目を閉じて考えると、それを空中に打ち上げてバラバラに切り裂いた。

「トゥエルブ!?」
「……けっ、言うのが10年遅いんだよ。それに……」

 トゥエルブさんは剣先を向けながら、クイーンさんにウィンクして見せる。

「もう私達には必要ない。そうだろ?」

 トゥエルブさんの言葉に意表を突かれたような様子のクイーンさんだったが、その意味に気づくと、トゥエルブさんの剣に自分の細剣を重ねた。

「……そうですね。ダイヤシティは、私達ダイヤの騎士が護っていく。今までも、そしてこれからも」

 クイーンさんの言葉に、トゥエルブさんは力強く頷いた。

「……良くも悪くも、ダイヤの騎士が統治してくしかないのよ。この国は」
「あれ? ハート、何となく嬉しそう?」
「へっ!? いや、そういう訳じゃないけど……」
「……ふふっ」

 ハートは本当に素直じゃないなぁ。二人が仲直りして、自分が一番うれしい癖に。


「……はぁっ! ……はあっ! ……いた! こんな所に!!」

 一同が感傷に浸っていると、突然誰かが走り寄ってきた。
 ……なんだろう、なんだか凄く嫌な予感がする。

「……アインス? どうした?」
「トゥエルブさん! ……戦争です! 西から……西からあいつらが!!」
「なっ!? ……」

 その言葉に、その場にいた全員が凍り付いた。


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