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外伝第一幕

[マキナside]かくして物語は加速する・前編(ラケットコワスター)

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 ──口の減らない女だ
 ──あら、つれない人


 ──おい! そこのガキ! 何者だ!
 ──シオン!


 ──なればこれはその序章。我は──世界を修正するものなり!


 ──ガキじゃなかったらこのまま無理にでも殺してた




 男が目を開き、小さく息を漏らす。ここ最近、彼の周りで多くの出来事があった。まるで子どもの頃に戻ったかのような忙しさを味わい、これまでの判を押したような毎日とは大違いだった。
 もっとも、起こっている出来事の内容を鑑みれば、テンプレ通りの毎日の方がずっとまし・・と言えたが。

「隊長……マキナ隊長!」

 名を呼ばれ男が振り返る。鋭く切れ込みの入った目が名を呼んだ兵の双瞳を捉えた。

「あぁ、何だ」
「本部からの通達です」

 陽光が庭の芝を照らす。隣の芝は青く見える、などとは言うがこの芝なら誰にでも見せられる、そう思えるほど青々と茂った芝の上で軍人マキナは部下からの報告を受けた。
 マキナは軍人である。それもそこらに居るような木っ端ではなく、その名をヒューマニーに轟かせた大物だ。彼は軍のある部隊の隊長を任されており、日々治安維持に精を出していた。かつてシェロと激しい空中戦を繰り広げたのもその一環だった。

「本部からの通達です。第三四空廠で新型戦闘機の開発が思いのほか早く完了し、量産体制に入ったとのこと。我が隊に配備されるのも数週間程前倒しになるそうです」
「そうか。ご苦労、下がっていいぞ」

 マキナに報告を終えた兵は素早く敬礼すると機敏な動きで回れ右し直線的に小走りで駆けて行く。

「……散歩に行くにも公務がついてくるか」

 靴ひもを結び直しながら独り言を呟く。散歩に行こうとした矢先に報告が入ってくるタイミングの悪さに少し苛立ちを感じた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ヒューマニーにはいくつもの国が存在する。少し前にシオンが訪れたラ・カエサルのような軍事大国から未開の土地で自然と共に生きる小国までその在りようは様々だ。
 その中にあってマキナの暮らす‘ピーク王国’は長いヒューマニーの歴史の中で大きな意味を持つ国だった。正確には、この国がある土地が、だが。それ故にピークの発展度合いは目を見張るものがあり、表通りには立派な建物が並び、道を行く人々の数もかなりのものだった。

「あ! 隊長さん!」

 ふと、子どもがマキナを見つけ声を上げる。それを聞いた大人も彼の姿を見つけ笑顔を向けた。
 大人は会釈し、子ども達はいたずらっぽく敬礼を向ける。いかにも英雄という評価を受ける人物らしい一幕だ。

 ──うむぅ。

 マキナはそれらに一つ一つ軽く手を挙げ答えていくが心の中では小さく息を漏らした。
 別に自らに向けられる視線や感情が鬱陶しいわけではない。軍人でありヒューマニーの警察である彼にとってそれらは守るべき対象であり、むしろそれが無ければとうに仕事を辞めている。
 が、今だけは一人にして欲しかった。ならば初めから表通りなど歩くな、という話だが、一人になりつつも日の光を浴びていたいという彼なりのわがままがそうさせていた。


「うっ」

 と、そんなことをぼんやりと考えていると、目の前で一人、ローブを纏った老人が倒れた。周囲の人は人通りが多いせいかまだ気づいていない様子だ。
 本能的に体が動く。すぐに倒れた老人のもとへ駆け寄り、声をかけた。

「もし。聞こえますかご尊老」

 反応が無い。だんだんと周囲の者達も何が起こっているのか気づき始めた。
 脈はある。息もしているようだ。特に外傷も見られない。それを確認するとマキナは老人を抱え上げた。

「すまない、通してもらえるか」

 一言声を発すると人並みが別れて道ができた。同時に頭の中で病院までの最短ルートを弾き出す。裏道を通っていくのが早そうだ。

「病人が通るぞ!」

 誰かが声を上げた。それを合図にマキナが歩き出す。思ったよりも大ごとになってしまった。いや、老人が一人倒れているのだから些事だとは思わないが。
 大通りを抜け、細い道に入る。そこからさらに細い道に入り、病院へいたる道は少しずつ短くなっていった。


「……ふぅ」

 すっかり人通りのない道に入った時、突然マキナに抱えられた老人が息をもらした。老人が意識を取り戻したものだと思ったマキナはそのまま老人の方を見ずに声をかける。

「気がつきましたか」
「いやぁ? 気を失っておると言った覚えはないが」

 マキナの足が止まった。

「……おい」

 老人がマキナに抱えられたままにやりと笑う。反対にマキナは眉間にしわを寄せ大きくため息をついた。

「なんじゃため息とは。失礼な小僧じゃのう」
「黙れ」

 老人が何者なのか気づいたマキナの態度はぞんざいなものに変り、少々乱暴に老人を下ろした。老人もマキナの豹変は想定内だったようで、親しい友人に接するようにおどけて見せた。

「もうちょっとありがたがったらどうじゃ? お前さんは今オウルニムス伝説と話をしているのじゃぞ?」
「俺にはただのボケ爺にしか思えないがな。病人のふりしてまで俺に会いたいか」
「言うではないか鼻垂れ小僧が。そんなことより腹が減った」
「そこの角を曲がってまっすぐ奥まで行った所に店があるぞ」
「お前さんは大賢人をゴミ捨て場に向かわせるのが好きなようじゃな」
「なんで知ってんだよ……」

 マキナが至極面倒くさそうに呟く。

「まぁいいわい。子どもは少々生意気なくらいがちょうどいいからの」
「俺はもう二十代なんだが?」
「充分子どもじゃ」

 老人がくしゃみをする。

「ふむぅ、ん、ところで、この後は暇じゃな? 少し付き合ってもらうぞ」
「俺にそんな趣味はないが」
「えっ、何じゃお前さん、そう受け取ったのか? わしはそんなつもり全くなかったんじゃが……そうかそうかお前さんそんな趣味が……」
「うっせぇ!」

 マキナが若干恥ずかしそうに声を張る。もちろんジョークのつもりだった。

「あぁ……もういい! これ以上アンタには付き合ってられない。俺も暇じゃないんでな」
「あっ! 待て、待たんか! お前さんに聞かせなきゃならんことがある!」
「またいつもの大層な‘予言’か。前は確かうちの隊に配備される戦闘機の開発が難航するって予言だったな。あいにく外れたが」

 そう言ってマキナは会話を強制的に切り上げ、軍の駐屯所へ向けて歩き始めた。対して老人はひょこひょことついてくるがマキナは気にも止めない。

「いかなオウルニムスとは言え完全な予言などできん。そこは大目に見て欲しいのう」
「そうか、じゃあその予言もあてにならんな」

 次第に二人の距離が離れていく。老人は余裕の無くなってきた声で制止するもマキナの歩みは止まらない。

「ええい! わからんやつじゃな! 今回のは今までのとは重要性の程度が違う!」
「しょうもない方に振ってるんだろう」
「この……待たんか!」

 ついに老人が硬貨程の小石を拾い、マキナに向かって投げつけた。小石は大きな放物線を描き、ゆっくりとマキナの左腕に飛び込んだ。

「っ!」

 すると、マキナが足を止め石が当たった左腕を押さえよろめいた。小石が当たったにしてはややオーバーな反応だ。

それ・・についてじゃ。今回ばかりは聞かないとは言わせんぞ」

 急に老人が威厳ある雰囲気を纏い、そう言い放った。


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