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第三幕二部

オールイン・前編(ラケットコワスター)

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「シッ!」

 鋭く息が漏れ、刀身が空を切る。その一瞬の間に何百もの斬撃が舞った。

「うお、こりゃお前も充分化け物だな」
「お前と一緒にすんな」

 ドラゴンを解き放ったノアの戦いは一変していた。白騎士としての上品さは鳴りを潜め、内に秘めた竜の凶暴性が表に出てきているように見える。

「墜ちろ!」

 ジェイドが姿勢制御の為に一瞬速度を落とした瞬間をノアは逃がさない。加速を続けながら剣を一振りするとジェイドに風の塊が叩きつけられる。

「うっ……ぐ」

 しかしジェイドもノアもそれしきで勝負が決まると思ってはいない。双方すぐに次の行動に移った。ノアはジェイドとも距離をつめ、ジェイドはノアを迎え撃つ体勢を整える。

「おおッ!」

 ノアは剣を脇に構え敢えて正面からジェイドに突っ込んだ。加速の勢い、更には腕を振りぬく力を上乗せし、持てる全力を叩き込んだ。
 自分らしくない戦い方をしている自覚はあった。しかし、ぶっつけ本番でこの力を使っている以上、一刻も早く効果的な戦い方を見つける必要がある。それならば戦い方にこだわるわけにはいかなかった。

「ッ!?」

 しかし必殺の一撃はジェイドに届かない。いや、正確には届く前に振りぬいてしまった。思っている以上に身体の反応速度が速い。体内に宿した魔素を上手くコントロールできるようになれば身体能力は上がる。ちょうどこの高さまでノアを打ち上げたトウラのように非常識な力を発揮するがノアの場合はそれが聖獣‘竜’だ。身体を強化されすぎて行動が“早すぎる”という事態を引き起こしていた。

「なんだ? 見掛け倒しかよ」

 大振りの一撃を放てばそのあとにはそれだけ大きな隙が生まれる。無防備になったノアの顔面にジェイドの蹴りが飛び込んだ。

「ぶっ!」
「さてはお前、その‘力’、使いこなせてないな」

 ジェイドが余裕ぶってみせるがそれでもノアは止まらない。顔を踏みつけられた勢いを使って宙返りし蹴り上げる。

「ぐッ」
「お前は体を使いこなせてないようだな」

 言い終わらないうちにジェイドの反撃。ノアの頬に切り傷が刻まれる。

「慣れねぇことはすんな。その様子じゃ空戦《そら》も初めてだろ」
「待て!」

 突然横槍が入った。ジェイドの横腹に光弾が着弾する。ルノーからシオンの援護射撃だった。

「ガキ! 何やってんだ早く逃げろ!」
「でも!」
「やかましいぞ……!」

 ジェイドが忌々しげに横腹を押さえながら羽ばたくと強風が巻き起こった。

「うっ……!?」

 操縦席でシェロが呻く。もう一度ジェイドが羽ばたくともう一度大きな強風が巻き起こる。目に見えない風の暴力は繊細さのかけらも無い暴れ方をし、ノアの動きをしばるだけでなく──

「しまっ……!」

 ルノーの尾翼を破壊してしまった。
 飛行機という乗り物の性質上ルノーは強風の影響をもろに受け、その上尾翼まで失い、完全に制御を失ってしまった。それを見たノアは目の色を変えルノーのもとへ翔けよる──が。

「カガミはあれくらいじゃ死なねぇだろうさ、余所見すんじゃねぇよ」

 ジェイドが間に割って入る。

「どけ!」
「おぅおぅ必死になっちゃって……妬けるねぇ」
「くそ……ッ!」

 こうなったら是が非でもジェイドを倒さなくてはならなくなった。あの様子ではおそらく満足な着地はできない。シェロの腕は確かだ。しかしあれでは無傷で不時着とは行くまい。不時着前になんとか手助けしてやりたいところだ。
 ノアは大きく吼えるとジェイドへ突撃を繰り返す。竜騎士としての戦い方はこれであっているのかわからないが、現状わかっている異常なスピードを生かすことに専心すれば自然とこの戦い方になった。

「ふん!」

 ジェイドはそれらを一つ一つ受け、わざわざいなしながらノアの行動パターンを解析していく。

「いいねぇたぎってきたぞ」
「くそ……!」

 突撃し、いなされ、反転しまた突撃。かと思えば敵の眼前で急停止しゼロ距離で斬撃を無数に繰り出す。動きの一つ一つは単純だがその組み合わせは複雑で瞬時に回避行動をとるのは難しい。それでも依然戦いはジェイド優勢に見える。
 魔法さえ使えれば。ノアの中でそんな思いが湧き上がる。威力の高い魔法が叩き込めれば、それで形勢はひっくり返る。しかし当たらなければ意味はない。だから速い攻撃が繰り出せる接近戦に──待てよ?

「……やらねぇよりマシか」
「あ?」

 ノアが呟き、目を閉じる。

「──Gently,but violently.穏やかに、しかし激しく。I want a delicate and terribre power right now.吾が望むは繊細で圧倒的な暴力。 Neither the future nor the past.未来も、過去も、今の吾には等しく無価値である。 I not mind. Please give me violence剣を抜け、拳を振り上げよ、吾に勝鬨を。吾に勝利を。そのための代償を──」

 長い詠唱が始まる。ジェイドはその様子を見て不審げな顔をした。

「魔法は通用しねぇって……!?」

 ジェイドは回避行動を取ろうとしたがその瞬間、ノアの思惑を理解する。

「……嘘だろマジかよそこまでやるか!? 最高かよお前!」

 ノアの周囲に魔素が集まり始めた。本来空気中に漂っている魔素は濃度が薄く目には見えない。しかし今、ノアの周りに魔素が集まり濃度が増していき、視認できるほどになってきた。

「魔素を集めて自分を魔素の槍と化す──自分を攻撃魔法の一部に組み込み一撃を狙う。そうすりゃそのご自慢のスピードも生かせるってわけだ! だがお前……そんな単純なこと、あまりやりたがる奴はいない。何故だかわかってんのか?」
「無論」
「お前……魔素に取り込まれるぞ」

 ジェイドの忠告にも耳を化さず、ノアの周囲で魔素の濃度が秒刻みで増していく。その濃さはノアの姿が濃度の高すぎる魔素でぼやけていく程であった。

「おいおいその辺にしとけ。マジで人間辞めなきゃいけなくなるぞ」
化け物お前を倒すには化け物にならなきゃなんねぇ手段選んでる余裕はねぇってことだ……ッ!」
「……ハッ、覚悟ありか。上等だ!」
「行くぞ!」
「いいぜ! 来いよぉ!」

 ジェイドも興奮しきった様子でノアを迎え撃つ。既にノアの周囲には濃度の濃すぎる魔素が集まり空間が歪んでいた。

「──I will dedicate.捧げよう。 butしかして this isこれは──!」

 突然、ほんの一瞬に緊張が一気に決壊した。ノアを包む魔素が時間差無しで鋭く形を変え、ノアごと魔素の槍となり猛然とジェイドに向かう。

「!?」

 速すぎるのならもうそれでいい。繊細な動きを求めるから失敗する。とにかく今のところはこれが最適解だ。速すぎる速度をそのまま武器にする。矢を放つのではない。自分自身を矢にする・・・・・・・・・

「行くぞ!」

 そう言うか言わないか、ほんの一瞬でノアがジェイドを貫く。単に二人はすれちがっただけのように見えるがその一瞬に考えられないほどのエネルギーが弾けて迸った。

「う、おおおおおおおおおっ!」

 凄まじい閃光が視界を満たす。聴覚、触覚、嗅覚すら今の一撃に関心を奪われ、世界の全てがこの一瞬に集中する。まるでそれ以外の全てが意味を失ったかのような、美しくも恐ろしい時間が流れた。

「うぐううううううううう!?」

 想像を絶する、いや、それ以上の威力にジェイドが叫ぶ。‘想像を絶する一撃’ならまだ耐えられたかもしれない。頭を満たす脳内麻薬が恐らくそうさせただろう。
 しかしノアの‘今の全力’をかけた一撃はそれを吹き飛ばす力を持っていた。
 ジェイドの翼が焼かれ空中でバランスを大きく崩す。しかもその翼にはもう飛ぶ力が残っておらずすぐに高度を落として行った。

「うっ……くっ」

 あまりにも激しい一撃を喰らい頭が急速に冷静さを取り戻す。頭をふり状況把握に全力を注ぐ。降下する中視界の隅で同じように落下していくノアが見えた。

「くそが……ここへきてヘマしたか!」

 即座に姿勢を返し滑空の姿勢を取る。狙いは下方、地上へ向け落下していくノア・ルクス──

Movement転移!」

 突然ジェイドの前に二人組の男が現れた。

「!」
「くたばれ!」

 シュートが叫び剣を振る。肩先を少し裂かれたジェイドは驚いたように目を見開いた。

「帰ってくんじゃねぇよ!」

 即座に反撃する。しかしそこにシュートの姿はない。反撃の気配を感じ取ったシュートが瞬時に姿勢を変え落下速度を調節したのだ。

「チッ、小細工を」

 そう愚痴ると眼下のシュートが消えた。

「あん? ……ッ!」

 一瞬不思議に思ったが次の瞬間には状況を理解する。案の定頭上から先程の一撃が降りそそいだ。

「てめぇのしわざか!」
「やっべバレた!?」

 シュートの背後、いや、正しくは頭上でトウラが驚く。そう言った瞬間また消えた。

「転移魔法の連発で擬似的に飛行する……まさかそんな馬鹿なこと本当にやる奴がいるなんてな」

 そう言ってジェイドは虚空に突きを放つ。
 次の瞬間そこに現れたトウラの鳩尾に的確に突きがささった。

「ぐっ……ふ」
「しまっ……!?」

 移動手段であるトウラを失い、その勢いのまま二人はノアと反対方向へ吹き飛んで行った。

「む……」

 しかしそこで気づくと地面が近づいていた。ノアに止めを刺す前にまずは着地が優先か。

「ふん」

 大きな音と共に地に降り立つ。辺りを見渡すと不自然に草木がなぎ倒されている場所があった。おそらくノアが落ちたのはそこだろう。

「思ったより、手間取ったな」

 コキコキと首を振り、ノアの方へ目を向ける。死体を傷つけるな、と言われてはいたが、あの様子では落ちたくらいでは死ぬまい。さて、どう死なせるか──そんなことを考えていると、突然背後で銃を構える音がした。


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