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第一幕

黎明・4編(ラケットコワスター)

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「……!……ら!」


 ____?
 人の声。うっすらだが、確かに聞こえる。
 _______誰?



「……て! ……が………い!」


 _______待ってよ。もっとはっきり言ってよ。



「……く! ……った……! ……え! ……」


 次第にやかましくなってくる。とにかく、頭が痛かった。


 ___いや___やっぱりもういい、もう黙ってよ――



「ねぇ……! ってば……」


 ___黙ってよ____お願いだ。起きたくないんだ。


「早く! ……起き……!」


 ___嫌だ。黙ってくれ!


「早く! ……来ちゃう! ……君が……きてくれないと……!」


 ____うるさい、黙れ_____黙れ黙れ黙れ黙れ――!


「ねぇ! お願いだから早く起きて!」

「黙れぇぇぇぇぇ!」


 その瞬間、シオンは覚醒した。同時に五感が目覚め、一斉に情報が脳に流れ込んでくる。突然与えられた膨大な情報に頭が混乱する。自分が叫んだのだと理解したのはその後だった。


「……え? あ……」


 間抜けな声が漏れる。あたりを見回すと一面の青。同時に触覚が寒さを訴え、体が震えた。


「……よ、よかった、目が覚めたのね」


 前方から声がする。前を見ると視界に赤いマフラーが映りこんだ。
 人間がこちらを向いている。先程までの声の主はきっとこの女性だったのだろうとおぼつかない頭でシオンは理解した。


「あ……その……す、すみません! 怒鳴ったりして……!」


 しかし女性は頬に汗を伝わせながらも優しく微笑んだ。


「……大丈夫。でもちょっと言うこと聞いてもらえるかしら。せっかく出会えたんだし紅茶の一杯でも飲みながら自己紹介したいところなんだけど今余裕が無くて!」


 切羽詰ったようにそう言いながら女性は前方を向いた。


「う……うん! わかった!」

「メルシー。私はシェロ。無事にこの場を切り抜けられたらもうちょっと丁寧に自己紹介するわ! まずはちゃんと座席に座って!」


 シェロに指摘されシオンは自分の状況を確認した。見ると戦闘機の後部座席に尻を突っ込むように座って、もといはまりこんでいた。それを理解し、恐怖心が覚醒する。


「ひえっ」


 シオンは即座に体勢を立て直し座席に座りなおした。


「ベルトを!」


 自動車のそれよりしっかりとつくられたシートベルトを固定する。


「……本当は専用のベルトをつけるんだけど今はそれで耐えて!足元に黒い筒があるのが見える!?」


 そう言われて足元を見やる。すると無理やりとりつけられたようなベルトによって細長い黒い筒が機体に固定されているのが見えた。
 これは。シオンはこの筒に見覚えがあった。


「こ……これ……散弾銃ショットガンじゃ……!?」


 散弾銃。これを見るのは初めてのはずだ。自分は先程目覚めたばかりのはず。しかし自分はこれを知っている。もちろんテレビの中で、だ。実物を見たのは流石に初めてだと思う。あれ?


「知ってるのね!?使い方は!?」

「……なんとなくだけどわかる。テレビで見た」

「テレビ!?」

「あ……いや、とにかくなんとなくだけどわかるよ!」


 シオンの記憶が段々とはっきりしてくる。しかしそれを話している暇はない。シェロの様子を見るに今は相当余裕のない状況のようだし、話したところで信じてもらえるのだろうか。



 _____別の世界から来た、なんて_____




「ま、まぁいいわ。使い方知ってるなら話は早いわ!それであいつを狙える!?」


 シェロがそう叫ぶと同時に背中に気配を感じた。振り返ると背後に竜が現れる。


「りゅ……竜!?」

「ガキがいる……?」


 シオンと目が合ったマキナが怪訝そうな声を漏らす。マキナの視界に突然現れた子ども。黒い髪は眉を隠すほど長く、中世的な容姿に頼りない表情を浮かべている。体躯は小さく、まさしく“少年”と言い表すにはちょうどいい程だった。

 ふと、シェロの突然の急降下の理由はコイツだ――とマキナは理解した。どこから来たのかは知らないがこの子どもが突然戦闘機の上に落ちてきたのだ、と。


「おい! そこのガキ! 何者だ!」


 マキナが叫ぶ。


「……シオン!」

「何故ここにいる! どうやってここに来た!」

「そ、それは……!」


 返答につまる。別の世界から飛ばされてきたなどと言っても頭がおかしい人間だと思われるのが関の山だ。かといって適当なことを言ってごまかせるほどシオンは要領のいい人間ではなかった。


「どうした! 何故黙っている!」

「……別の世界から来た!」


 言ってしまった。信じてもらえるはずはない。危機的状況であるはずなのに恐怖心よりも恥ずかしさを感じた。
 しかしマキナの反応はシオンの思っているものとは違った。笑うか怒るだろうとシオンはふんでいたがマキナはそんなことはせず相変わらずの仏頂面のまま黙り込んでしまった。口元まで覆われているマスクのせいでその表情の真意は伺い知れない。


「……転生者か」


 少しの沈黙の後、ぽつりと呟く。そしてそのまま弩弓を構えた。燃える矢は番えられたままだ。


「……なっ!」

「……悪く……思うな、転生者はこの世界に不要だ……!」


 マキナの表情が歪む。怒りか、あるいは罪悪感か。どちらともとれた。


「墜ちろ!」


 マキナが弩弓の引き金に指をかける。射つ気だ。


「待って! 僕はまだ……」

「撃って!」


 そこでシェロが叫ぶ。
 突然の大声にシオンの精神よりも体が先に反応した。反射的に銃を向け____引き金を引いてしまった。

 バン、と大きな銃声が響く。
 散弾銃からは不思議な光が無数に飛び出し、これが危機的状況でなければ「綺麗」と無意識に言ってしまいそうな光景が目の前に広がった。

 銃から飛び出した無数の魔素弾は真っ直ぐにマキナに向かって飛んで行き___弩弓を構える左手に当たった。
 マキナが驚いたように目を見開く。左手は着弾の衝撃で後方へ弾かれ弩弓も彼の手から離れ下界へ落ちていった。

 
「あ……」


 シオンが一瞬固まる。マキナは俯き左手を震わせていた。顔を歪めているようにも見える。
 やがて顔を上げる。しかしその眼差しは確かに“敵”を見る目に変わっていた。


「……もうガキとも思わねェ。アンタは敵だ」

 マキナは小さく、しかしはっきり呟いた。

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