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第一幕
黎明・2編(ラケットコワスター)
しおりを挟む「来るぞ!」
シェロに照準を合わせられたその時、やっとカルナが冷静さを取り戻した。マキナは即座に手綱を引き瞬時に姿勢を立て直すと回避行動を取った。カルナもそれに応え首から姿勢を転換する。シェロの照準器から竜が消える。
「逃がさない」
しかしシェロはそこで止まらない。即座に操縦席のペダルを踏み込み方向舵を働かせた。機体が急速に向きを変える。そのままシェロは操縦桿についているボタンを押し込んだ。
機首のあたりで軽快な音がする。シェロの操作によって撃鉄が落ち、機銃から弾が撃ちだされ薙ぎ払うような横一閃の弾幕が展開された。
「かわせ!」
マキナは巧みに手綱を操りカルナに降下の指示を与える。するとカルナは瞬時に進路を変更し急降下に転じる。その瞬間、マキナの視界の隅に不思議な光を放つ弾丸の軌跡が見えた。
「魔素弾……殺す気はないらしいな」
マキナは自分達を追い越して消えていった弾を見てそう分析した。
魔素弾とは本来鋼鉄の弾丸を撃ちだす機銃に鉄塊の代わりに魔素を固めたものを撃ち出させる擬似的な弾丸だ。薬莢におさまっている間は不思議な色合いの固体だが着弾と同時に気化し消滅する。
着弾地点には着弾による衝撃だけが残り、見た目の割に破壊力は薄く、また生産も安価かつ容易であるため演習や暴動の鎮圧に重宝された。
とはいえ当たれば痛いのは当たり前。物言わぬ機械である戦闘機なら効果は皆無だが竜は生き物である。いくら多くの戦場を飛んできたカルナとはいえ、弾幕にさらされ続けて平気であるはずがない。
「っ……まぁそう簡単にはあたってくれないわよね……」
だが丁度いい状況になった。マキナは急降下によって速度を得た。あれだけの速度を得てしまえば竜といえど小回りはきかなくなる。無理な機動を行えば竜も操縦者もGや大きな空気抵抗にさらされ、最悪身体そのものをやられ自滅しかねない。
かと言って不用意に減速すればそこを狙われてしまう。と、なれば速度を維持したまま無理な機動を行わず旋回戦を行うしかない。
こうなればシェロにとっては戦闘機を相手している状況と同じだ。加えてシェロの戦闘機は機動性を重視した機体であり、旋回戦は彼女の得意とするところ。マキナの不利は依然として変わらない。それどころか更に悪化している。
とはいえもとよりシェロにマキナと本気で戦うつもりはない。それは非殺傷の魔素弾を使用している点からも明らかだ。何故ならそれは――
「……流石にそろそろマズいかしらね……」
マキナは軍人。ありていに言ってしまえば公務員である。そんな男を相手に戦うなど、完全に悪人の所業だ。それに今でこそ有利な状況だがマキナは戦闘のプロ。長期戦になれば必ずどこかで逆転されるのは目に見えている。彼女としてはマキナを撒いてしまいたいのだがここで反転し逃げればこの男は必ず追ってくる。ならばある程度被弾させ追い払うしかない。
しかし相手は名の知れた軍人。しかも手加減無しの本気だ。成功する確率は高くはないだろう。
「!」
ここでマキナが動く。やはり無茶な機動など行わず大きく旋回し旋回戦を挑んできた。横旋回を行いながらも上昇を行う。即座にシェロも操縦桿を引き上昇体勢に入る。しかしこれでは上昇開始点が高いシェロの下にマキナが入り込む形になり、死角に入られてしまう。シェロの視点には機首に遮られマキナの姿が見えない。
「うっ……」
シェロの脳裏にちらとよぎる嫌な予感。
空戦に慣れているのは相手も同じ。旋回戦に持ち込めたからといって勝てるというわけではない。視界から消える瞬間に見えたマキナの進行方向から進路を予測し操縦桿を操る。操縦桿を引き機体の前方下部にマキナを抑えたままマキナと同じ方向に旋回上昇した。そのまま操縦桿を倒し旋転する。上下反転すれば視界も反転し下の様子もわかりやすくなってくる。
その時だった。
「流石に浅慮じゃないか?」
右に九十度旋転したあたりで突然声と同時に頭上にマキナが現れた。シェロが旋転し始めた時、マキナは進路を右にずらし緩上昇から急上昇に切り替えたのだ。丁度そのまま上方向にすれ違い、結果死角からマキナが現れる形になった。
しかしマキナはそのままシェロの機体を飛び越し、再び死角へ消えた。
「混乱させる気ね……」
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