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コヨタ

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第18話 過酷?な訓練

第18話・4 どちらを選ぶか

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 休憩ラウンジにて時間を共有するリルとレイラ。

 やがて、ノックの音が室内に優しく響いた。

「──邪魔するぞ」

 聞き慣れた声。扉の向こうから顔を覗かせたのは、セセラ。
 いつもより表情は柔らかいが、どこか“用件”を持った空気も滲んでいた。

「あ、薊野さん……お疲れさま」

 レイラが小さく姿勢を正すと、リルも同じように背を伸ばした。

 セセラはそんなふたりを見て、「あー、悪い。いい雰囲気だったあ?」と冗談めかして言いながらも、すぐに表情を少しだけ引き締める。

「……ちょっと話したいことがあってな。リル、お前の今後の“過ごし方”について、少し提案がある」

 レイラが驚いたようにリルを見る。
 リルも視線を向けたまま、黙って頷いた。

 セセラは壁にもたれながら、ゆっくりと言葉を続ける。

「今の状態、お前自身が一番よくわかってるだろ。制御できるようにはなってきた。けど、完全に安心とは言えねえ」

「逆に言えば、をお前は持ってるってことだ」

 リルの喉が小さく鳴る。
 それは否定でも肯定でもなく、ただ重く、現実を飲み込むような音だった。

「で、だ。機関は次を見据えてる。もっと安全に、もっと的確にあの力を使えるようにするための、訓練……ていうか、調のプログラムだ」

 その言葉に、レイラは思わず口を開きかけたが、セセラは手のひらを軽く掲げて制する。

「まだ強制はしねえ。ただ……お前が望むなら、“人間として戻る時間”を優先する選択肢もある。どちらを選ぶか、考えてほしい」

 今はまだ、選ばせる。
 それは、機関にしては随分と温情のある提案だった。

「…………」

 リルはしばらく考え込むようにして、レイラの方を一瞬だけ見る。
 そして何も言わず、ただ少し唇を噛んでから、ゆっくりと視線をセセラに戻した。

「……考えさせてくれ。ちゃんと」

「……ああ、そうしろ。選ぶってのは、悪いことじゃねえからな」

 セセラがそう告げて部屋を出ていったあとも、扉が閉まった音がやけに長く残っていた気がした。

「…………」

 再び、ふたりきりの静寂。

 だが、先程までの温かいものとは違う。

 その空気は、僅かに張り詰めていて、まるでどちらかが口を開くまで時間が止まっているかのよう。

 リルは膝に手を置いたまま、目を伏せて何かを噛み締めていた。

 レイラもまた、その横顔をじっと見つめていた。

 ──選ばせる。

 セセラは確かにそう言った。
 そして、それは猶予であると同時に、責任を渡されたということでもあった。

 レイラは少しだけ躊躇いながらも、口を開く。

「……リル……どうしたいの?」

 すごくシンプルな問いだった。
 だが、今のリルには一番難しい問いでもあった。

「どう……、したいか」

 その言葉をそのまま繰り返すように呟きながら、リルは眉間に皺を寄せて天井を見上げる。

「前なら、絶対に『やりたくねえ』って言ってた。訓練自体な」

「……うん」

「でも……今は、ちゃんと制御できるってわかって……そう思ってる自分が、なんか変に思えて……」

「…………」

 レイラは、返す言葉をすぐに見つけられなかった。

 リルが言っている『変』という感覚。
 それは、かつて生きることに執着の無かったリルが、“生きたいと思ってしまっている”ときにいだいたものと、きっとどこかで似ていた。

「リル」

 呼びかけると、リルは少し目を細めてレイラを見る。

「……私は、どっちでもいいと思う。──じゃなくて、どっちを選んでもいいって意味で」

 レイラの声は、いつもよりほんの少しだけ震えていた。

「リルが、人間としての時間を選んでも、訓練に進んでも、どっちだって……私、信じてるから」

「…………」

 その“勝手に”という言葉が、リルの胸に妙に響く。
 確かにレイラは、誰にも強制はしてこない。
 だが、間違いなく願っている。

 ──帰ってきてほしいと。
 ──人間であってほしいと。

 でも、それでもレイラは、それを押し付けないという覚悟を持っていた。

 リルは目を伏せ、口元を僅かに歪める。

「……マジ、ズルいな。お前……そういうとこ」

「ふふっ、よく言われる」

 レイラは照れたように笑って、しかし言葉の裏にあったホッとした気持ちを隠しきれない。

 その後も、ふたりはしばらく並んで黙っていた。

 この沈黙はもう、先程のような重さではなく、どこか考えるための静けさだ。

 リルはひとつだけ、心の中で確かに感じていた。

(……答えは、もうちょっと先でもいいか)

 今はまだ、選ぶ途中。

 でも、傍に誰かがいてくれることが、こんなにも楽になるなんて──。

 リルは、昔の自分ではきっと想像もしていなかっただろう。


 ◇


 ──その日の夜。

 訓練棟裏手に設けられた屋外トレーニングスペースは、今は人影も無くただ月光と幾つものガーデンライトの光に染まるだけだった。

 使い込まれた木製のベンチ。
 その上に、リルは座っている。

 目を閉じ、風に髪を揺らしながら、言葉を探すように息を吐いていた。

「…………」

 足元に転がる小石を爪先でいじりながら、リルはふと、ある気配に気づく。

「……お前、足音消すの得意だな」

 リルが顔を上げると、そこにはアシュラ。
 光を背に、その凛とした立ち姿はいつも通りだ。

「得意なわけじゃない。お前が無警戒すぎるだけ」

 そう言いながらも、声にはどこか柔らかさがある。
 アシュラはリルの隣に腰を下ろし、しばらく何も言わなかった。

 その無言の時間が、むしろ心地よく感じるのが、ふたりだった。

「……見た? オレのあの姿」

 リルがぽつりと口を開く。

「見た」

 アシュラの返答は簡潔で、重い。

「どうだったよ。やれって言われてやったら戻れなくなって……笑えただろ」

 自嘲気味に吐き出した言葉に、アシュラはすぐには答えなかった。
 ただ、「ふう……」とひとつ呼吸を整える。

「……正直、怖かった」

 その言葉に、リルの表情が一瞬だけ固まった。

「でも同時に、ホッとした」

「……え?」

 アシュラはまっすぐ前を見据えたまま、少しずつ言葉を紡ぐ。

が、ちゃんとそこにいたから」

「…………」

 リルは横目でアシュラを見る。
 アシュラの表情は、いつものように静かで、そしてどこか寂しげだった。

「俺はずっと、気づいてた。……お前の体が、日に日に変わっていくこと。気配も、体温も、声の響きも……全部少しずつ違っていってた」

「…………ッ」

 視線を逸らすリル。
 その言葉は、どこか胸の奥に刺さるものがあった。

「だけど、お前は何も言わなかったよな。言ってもどうしようもないことだって、思ってたんだろ」

「……そう、だな」

 リルの声は掠れている。

「どうせそのうち、完全に龍になるって。……そんな風に考えてた」

 言いながら、拳を握った。

「でも……戻ってきた。あのときレイラに、そんで訓練の時もラショウに呼ばれて……に戻りたくなったんだ。……なっさけねえよな」

 アシュラはそこで、ようやくリルの方を振り向く。

「情けなくなんかねえよ。それは、お前の強さだろ」

 その言葉に、リルは目を見開いた。

「お前は、“変わっていく自分”に気づいて、と思えるくらいに、自分を持ち続けたんだ」

 アシュラの声には、迷いが無かった。
 それは、誰よりも自分を追い込み、誰よりも努力してきた者が持つ、確かな言葉。

「どこまで龍に近づいても、俺はお前を忘れない。だから……お前も忘れるな。お前がどんな姿になっても、俺の親友だから」

「…………!」

 ──沈黙。

 リルはそれを聞いて、唇を噛みながら、ぐっと俯いた。

「……ありがと」

 やっと絞り出せたその一言に、アシュラは小さく笑う。

「ふふっ、礼なんていらねーよ」

 そう言って立ち上がり、月夜の中に一歩を踏み出した。

「……ただ、次あの姿になったら、もう少しキュートさを抑えてくれ。俺の目のやり場と、周りへの反応に困る」

「うるせぇよ……!」

 思わず吹き出したリルの声に、アシュラは肩をすくめて歩き去っていく。

「じゃあな! リル、また来るから」

 そのの背中を見ながら、リルはようやく心のどこかがほどけていくのを感じていた。


 ◇


 そして深夜。静かな寮の一室。
 カーテンの隙間から月明かりが漏れ、リルの自室を淡く照らしていた。

 その中で、リルはベッドの上に座っている。
 部屋の空気は静かで、ひとりの空間では何も話しかけてはこない。

 だが、胸の内は騒がしかった。

 レイラの言葉。
 アシュラの眼差し。
 セセラの提案。
 シエリの温かさ。
 ラショウの笑顔。

 全てが胸の奥で、繰り返し何度も響いている。

「──選べるってのは、ラクじゃねえな……」

 ひとり呟く声は、自嘲のようでいて、どこか優しい。

 これまで、選ぶ自由なんて無かった。

 命を握られ、龍に喰われ、未来を諦めることだけが解放だった。

 だが今。
 自分は、進むかどうかを、自分で決められる立場にいる。

(……だったら、選ばなきゃ、ダセェよな)

 リルはそう思った。

 怖くないわけがなかった。
 次は、戻れなくなるかもしれない。
 龍の声に、心を掻き乱されるかもしれない。

 自分で自分を、壊してしまうかもしれない。

 でも、それでも──。

 レイラの声が、ラショウの声が、確かに自分を呼び戻してくれた。
 アシュラの言葉が、自分をにしてくれた。

 だったら、そののままで、もう一度、歩いてみてもいいと思った。


 ◇


 ──翌朝。

 訓練棟の観測室では、セセラがタブレット端末を片手に機材チェックをしていた。

「…………」

 気配を感じて何気なく振り返った先に、黒いフードのパーカーを着たリルの姿。

「……おはよ」

 リルの声は静かで、けれどしっかりとしていた。

 セセラは、一拍遅れて口元を緩める。

「……ああ、おはよう。……来たか」

 その声に、どこか誇らしさすら滲んでいた。

 ふたり並んで移動し、行き着いたのは訓練施設第4セクション。

 まだ朝も早いというのに、整備員や研究班の職員たちがざわついていた。

 準完全龍化の制御に特化した新エリア──“強化訓練ブース”が、今朝、静かに稼働を始める。

 パーカーを脱いだリルは、その中心に立っていた。

 静かに腕を回し、深く息を吸う。
 シャツの下に包まれた体のあちこちが、未だ重たさを残していた。
 昨日までより、やや深く、呼吸が入らない。

 ──の影。

 自覚している。だが、それを振り払うように、リルは瞳を閉じる。

 セセラがブースの外、モニター席で無線を飛ばした。

『いいか。今回の訓練は“発動”じゃねえ。戻る方法を体に叩き込む、いわば“逆龍化”の試験だ』

『自分の意思で龍化を留め、引き戻す感覚を掴む──それができれば、ようになる』

 モニター越しに映るリルが、黙って頷く。
 その顔には、どこか昨日までよりも大人びた色があった。

 セセラはふっと息を吐き、再び無線に声を通す。

『……よし。なら、始めるぞ』

 床下の装置が静かに動き出し、ブースの周囲には慎重に設計された高濃度の龍因子が含まれた霧が、うっすらと満ち始める。

「……ッ」

 その気配に、リルの体は即座に反応した。
 胸が熱を持ち、腕に鈍い痛みが走る。

 しかし、リルは一歩も退かずに言葉を吐いた。

「大丈夫……自分で、ちゃんと引き返せる」

 手の甲から黒い鱗が浮かび上がる。
 肩に、背中に、鋭くも滑らかな異形が芽生えようとする。

「……ふう……」

 それでも落ち着いて、呼吸をひとつ。
 目を閉じて、意識を内側に向ける。

 戻れ。今はまだ、オレはお前じゃない。
 ──そう念じるように、自分の中の“異物”を制する。

「…………っ……!」

 霧が一瞬濃くなったように見えたが、次の瞬間。
 それはまるで吸い込まれるように、リルの皮膚の奥へと沈んでいった。

 ──ピタリ、と変化が止まる。

 手の甲の鱗が消え、鋭利に変化しかけた爪が戻っていく。

「…………!」

 リルは何も言わずに拳を握って、ゆっくり開いた。

 その手の中に、まだ震えは残っている。

 だが──やれていた。

「……はあ…………」

『……やったな』

 セセラの声が、少しだけ震えているように聞こえた。それは誇らしさと安堵が入り混じったような声。

「……はっ、……どうよ……たいしたもんだろ」

 リルは静かにひとつ、笑った。
 ほんの少し目元が緩んでいる。

 間違いなく、の笑顔だった。



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