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コヨタ

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第3話 仲直りの報告

第3話・1 もう仲直りしたので

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 龍調査機関の夕刻、柔らかな夕陽のオレンジで廊下が染められている。

 西城家から帰ってきたレイラは、休憩ラウンジの隅に目を留めた。
 そこにはソファに深く腰掛け、缶コーヒーを片手に気怠そうにしている男──薊野あざみやセセラ。

「…………」

(……今なら、声かけやすいかも)

 ゆっくりと歩を進めて入室し、レイラは少し遠慮がちに声をかける。

「……薊野さん。お疲れさま」

「んあ~? ……ああ、レイラか……」

 頭を起こすでもなく、視線も向けず、指先だけをひらひらさせての返事。
 見るからに「今は面倒くさい」と手で語っていた。

「…………」

 だが、レイラはそれでも進んで、セセラの真横に立つ。

「……あの、私とリル……」

 少し頬を掻きながら、恥ずかしそうに、でもちゃんと前を向いて。

「別に……気を遣わなくて大丈夫、なので……」

 ぼそっ。

 声が小さすぎた。

「……あ? 何?」

 片目だけ開けて聞き返すセセラ。
 本当に聞こえなかったらしい。

「……っ」

 レイラは軽く息を吸って、今度ははっきりと。

「私とリル、仲直りしたので!」

 声はきっぱり、胸を張って。
 けれどちょっとだけ、頬が赤い。

「…………は?」

 ついにセセラの両目がぱちりと見開いた。

「マジで? ……あのリルと?」

「はい」

「へぇ~~~~……」

 興味深そうにセセラは眉を上げる。

「よくあいつとそんな心通わせることできたな。素直に感心するわ」

「……じつはさっき、リルの“友達”……っていう人の家に、お邪魔する機会があって……」

 レイラが話し始めたところで──。

「ああ、西城家ね」

 コーヒー片手に、あっさりと遮ったセセラ。

 レイラは一瞬言葉を止める。

(……話、遮られた……)

 だが腹は立たなかった。ただ、不思議そうに首を傾げる。

「知ってるの?」

「まーな。リルのことだし、あの家には世話になってる。俺もちょっとだけ……関わりあるから」

 缶コーヒーの残りをひとくち飲み干しながら、セセラは視線を逸らす。

 レイラは、静かにその横顔を見つめた。

(……やっぱり、みんな何かを背負ってる)

 そして、それでも支え合って生きてる。

 そんな実感が、心の中で静かに重なった──そのとき。

「西城家か~~~、へぇ……」

 セセラはコーヒーの空き缶を振りながらニヤリと口の端を上げて、隣に座ったレイラに問い始める。

「じゃあお前、あの兄貴とも話したのか? 西と」

「……え、うん」

 レイラはセセラのその様子に少し表情をひきつらせながら答えた。

「ラショウのお兄さん……アシュラ、さん。すごく、丁寧な人だったけど……」

「だろな」

 ふっと鼻で笑うセセラ。

「俺、何回も話したことあるけど……あれは人間辞めてんじゃねえかってレベルで完成されてるぞ。見た目、言葉遣い、背筋、空気。あれで弱点あったら嘘だろって思うもん」

「……いや、ほんと……そう思う……」

 レイラは思わず同意してしまった。

「でもまあ、強すぎる兄貴がいても、家族ってのはバランス取れるもんで」

「?」

「たまに機関ウチに来てるだろ、西城の妹が」

「あ、うん。ラショウ……?」

「あれ、リルがウチにいるときは、ああやって度々顔見せに来んだよ。熱心なもんだよな~、俺らにまで菓子折り持ってきたりしてよ」

 そう言いながらセセラは空き缶をゴミ箱に捨てると、再び脚を組んで座り直す。

「で、あの可憐っぷりだろ? 男共は裏でデレデレしまくってるしな。『今日も来てたあ~♡』って。まるでアイドルだぜ、ほんと」

「……ふふっ」

 レイラはセセラの語り口に思わず笑ってしまった。

(確かに、ラショウは可愛いし、優しいし……)

「……でも、それならラショウだけじゃないと、思う」

「ん?」

「……シエリ先生もそうだし、……“ラルト”さんも、綺麗で。なんていうか、アイドルみたいな……」

「……へぇ……また褒め上手になったな、お前」

 セセラが笑ったそのとき、ひとりの足音が近づいてくる。

「お疲れさまです~……あら、偶然だねぇ」

 ふわりと現れたのは、長い金髪をやわらかく揺らす美女。
 ゆったりとした白衣の下に、上品な青緑色のタートルネックと白いスカートを重ね着したスタイル。

 彼女こそ、今レイラが口に出した『葉室はむろラルト』だ。

「あ、ラルトさん。お疲れさまです」

 レイラは立ち上がってぺこりと頭を下げる。

「お疲れさま、レイラちゃん。今日は薊野さんと一緒に休憩してたんだね」

 柔らかい声に、微笑みが添えられていた。

(……やっぱりこの人も、綺麗。声まで柔らかくて……アイドルっていうか、妖精みたい)

 そんなことを考えながらも、レイラはにこっと笑って頷いた。

 ラルトはゆったりと腰を下ろし、ポーチからスリムなケースを取り出す。

(え?)

 取り出したのは、煙草とライター。

 ラルトの初めて見たその所作は丁寧で、動きに無駄が無かったけれど──。
 レイラの脳内にあった“ラルト像”が、ほんの少しだけぐらついた。

(あ……アイドルは……煙草、吸わないか……)

 ちょっとだけショック。でも、妙にらしい気もした。

 セセラがニヤ~としながら肩を揺らす。

「驚いたろ? おっとりしててヤニ吸いとか、ラルトのギャップつえぇもんな」

「……いえ、似合ってないわけじゃ……ないです」

 レイラがそう言うと、ラルトは少しだけ微笑んだ。

「ありがとう、レイラちゃん。吸わない人の前じゃなるべく控えてるつもりなんだけど……どうしても、休憩中は手が伸びちゃって」

 その言葉にも、どこか可憐さがある。

(……不思議な人)

 そう思いながら、レイラはじっとラルトを見つめていた。
 そんなラルトはゆったりと微笑んだまま煙草に火をつける。

「……ふぅ。休憩、いい時間だね」

 紫煙を吐きながらそう言うラルトに、セセラはふん、と鼻を鳴らした。

「ここのところ現場出てたんだっけ。おつかれ、ラルト」

「ありがとう、薊野さん」

 その自然すぎるやり取りに、レイラはほんの一瞬だけ首を傾げる。

(このふたり……なんだろう、いつも妙に空気が落ち着いてるんだよね)

 セセラは新しい缶コーヒーをテーブルに置き、気怠そうに言葉を続けた。

「それにしても……お前も知ってる? 西城家の妹が、よくこっち来てんの」

「ラショウちゃんのこと? ……うん、もちろんそれは知ってるけど……」

「菓子折りの天使って、裏で呼ばれてんだぜ」

 言いながら、わざとらしく感心したように天井を仰ぐセセラ。

「男共が『今日も来たあ!』『受け取った菓子折りのパッケージ取っとけばよかったあ!』って騒いでんの、マジで情けねえよ」

「ふふふ……っ、それは知らなかったな。菓子折りの天使って。なんだかラショウちゃんらしいね」

 ラルトの言葉にレイラがくすっと笑うと、ラルトもまた穏やかに微笑んだ。

「でも、そんなふうに可愛がられてるってことは、良いことだよ」

「そうそう。可愛いし優しいし、アイドルって言われても納得──」

 レイラが言いかけたそのとき、ふとラショウの話の流れで当初の目的を思い出す。

(あ……そうだ。もともと、これを言いに来たんだった)

「……あの、薊野さん」

「んー」

「さっきの話。リルのこと、伝えたかっただけだったから……。私、そろそろ戻るね」

「おー、おつかれ。報告どーもな」

 セセラはあくまでいつも通り、めんどくさそうに見えながらも、ちゃんと礼を返した。

 レイラは立ち上がりながら、ラルトにも軽く会釈する。

「じゃあ、またあとで。……お疲れさま、ラルトさん」

「お疲れさま、レイラちゃん。いい午後を過ごしてね」

 その穏やかな言葉に送られて、レイラはラウンジを後にした。扉が閉められると、残されたふたりの間にほんの少しだけが空く。

「……あいつ、だいぶ変わったな」

「レイラちゃん?」

「ああ。あの頃の全然喋らねぇ冷徹ガキとは別人みてえだ」

「ふふ……成長、だね」

 煙草の煙が静かに流れるなか、静かな午後の時間がまたゆっくりと流れていく。

「……ふふふっ……♪」

 ラルトがもう一度、小さく、それでいて楽しそうに笑った。

「お前さっきから何がそんなにおかしいんだよ」

 脚を組んだままセセラは肩を伸ばしてソファに寄りかかると、ラルトは少しだけ首を傾けて、やわらかく答える。

「ううん。なんかね、懐かしいなと思って」

「懐かしい?」

「レイラちゃんみたいな人見知りだった子が、少しずつ人と話せるようになって、それを薊野さんが、ちゃんと変わったなって言葉にしてあげてるところとか……」

 ラルトはそう言って、トンッと灰をゆっくり灰皿に落とした。

「昔も、よくそうやって──あの子……リルくん、ちょっと笑うようになった、とか……。今はあんなこと話すようになった、とか……言ってたよね」

「……俺が?」

「うん。冷たそうに見えて、ちゃんと見てるって。……今も変わらないなって思ったよ」

 セセラは鼻で笑った。

「よく見てりゃ、見えてくるだけだろ。誰でもそうだ」

「そういう風に言うのも、変わらないね」

「……あ゙?」

 ラルトは微笑んだまま、返事はしなかった。

 ほんの数秒、静寂が降りる。

 ラルトは少しだけ体勢を変えて、煙を遠くへ流すように吐き出した。

「……レイラちゃんのこと、ちょっと心配だったの。きっと、リルくんと似た痛みを持ってるって……前から思ってたから」

「……ああ」

 短く相槌を打つセセラ。

「でも……今のレイラちゃん、あんな風に『仲直りした』なんて言えるようになったんだね」

「強がりかもな。けど、それでも言えたなら大したもんだろ」

「うん、そうだね」

 また、煙が静かに揺れた。

 まるでふたりの間に横たわるもの──それが見えるような、見えないような。

 ラルトはふと、空を見上げるような目をして。

「……ねえ、薊野さん」

「ん?」

「リルくんも、レイラちゃんも、きっとこれからもっと変わっていくよ」

「そうだな」

「……私たちは、ちゃんと見ていられるかな?」

「さあな。……でも、そういう役だろ、俺ら」

「……ふふ。そうだったねえ」

 煙の香りと、コーヒーの香り。それらが静かに溶け合う中、ふたりの時間は少しだけ静かに、少しだけ優しく過ぎていった。

 煙が切れる音と共に、ラルトは吸い終わった煙草を灰皿に静かに置く。

「……変わっていくの、見ていたいな。でも、少しだけ……私、羨ましいのかもしれない」

 そう呟いた言葉は、空気に溶けるように淡い。

 セセラは隣で黙っている。けれどその無言が彼なりの傾聴だというのは、ラルトにはわかっていた。

「……今の私は、何を残せてるんだろうって、考える時があるよ」

「残す、ねぇ」

 セセラは缶コーヒーを傾けながら呟く。

「大して役にも立たねえ人生だったら、それこそ残す価値なんて無いだろ」

「……そんな言い方するところも、ほんと変わらないんだから」

 ラルトは苦笑して、ほんの少しだけ、セセラの方を見た。

「でも……あなたが今も、ちゃんと誰かのこと見てるの、私……嬉しいよ」

「…………」

 その一言に、セセラの手が止まる。

 ラルトは視線を戻し、まっすぐ前を見つめたまま静かに続けた。

「……昔は、そんなに見てなくてもいいじゃんとか思ってた。あなたがのが、私じゃなかったから」

 静かだった。空調の音すら、聞こえないほど。

 セセラは何も言わなかった。
 ただ、目を伏せて、缶を静かにテーブルに置く。

 ラルトはその横顔を見なかった。それが今の“ちょうどいい距離”なのだと、どこかで理解していたから。

「もう少し、ここで休憩していくね」

 立ち上がるわけでもなく、ラルトは微笑む。

「……ねえ、薊野さん」

「……なんだよ」

「今も、あのマグカップ……使ってる?」

 ──数秒の沈黙。

「…………」

 セセラは極僅かに、目線を逸らした。

「……割ってねえよ」

 それだけの返事。それ以上、何も言わない。

 だが──その一言で、ラルトの表情がほんの少しだけ柔らかくなる。

「ふふ。……そっか」

 それで、十分だった。


 ◇


 廊下に出たレイラは、ゆっくりと足を運びながら、静かに息を吐いた。

(……伝えた)

 ほんの数分のやり取りだったのに、肩の力が抜けて、思わず壁にもたれかかってしまう。

(言えて、よかったのかな)

 けれど、自分があのとき「仲直りした」と言い切れたことを、どこかで誇らしくも思っていた。

 ──「リル」と呼べるようになった。

 ただそれだけで、ほんの少し世界の見え方が変わった気がする。

(……仲良く、なれるかな。本当に)

 廊下の向こう、白く磨かれた窓ガラスにぼんやりと映る自分の顔。

 気の強そうな目元。揺れる水色の髪。
 普通の女の子とは少し違う──でもこれが、今の私。

(龍に憑かれてる私が、誰かと関わっていいのかって、ずっと思ってたけど……)

 ──でも、関われた。

 そう思うだけで、ほんの少しだけ胸があたたかくなった。

「……あれ、レイラさん?」

 不意に背後から声がかかる。

 振り返ると、機関の研究員のひとりが手帳を抱えて立っていた。

「あ、今ちょうど探してたんです。検査データの確認、薊野さんから頼まれてて」

「……うん、わかった。行く」

「ありがとうございます!」

 軽く会釈されて、レイラは再び歩き出す。

 胸の中に残ったのは、確かな変化の種。

 まだ知らないこと、怖いことはたくさんある。
 でも、“誰かとわかり合える”という選択肢がある限り、前に進める気がした。



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