この世界に神などいなくとも

ゆー

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パブによるプロローグ 雪兎ノ月13日

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   町のパブで偶然、アズサを見かけた。
   いつものような悪乗りで「アズサちゃん!こんなところで奇遇だね!もうこれは運命!運命だ!」と話しかけようとしたが、アズサの隣に男がいるのに気がついて……やめた。
   苦虫を噛み潰しながらも、アズサと男の様子が様子が見え、ギリギリ会話内容が聞こえる場所の席を確保する。
   アズサと男は仲はあまりよくなさそうだが、親しげに見える。矛盾していることをいっているようだが、実際にそう見えたのだから仕方がない。
   リョウはそこでふと、アズサの隣にいる男が以前、一度会ったことがあることに気がついた。あまり親しくない知人に紹介された記憶がある。確か、名前は……。
  そう、ヒトキ。ヒトキ・オブライエンといった筈だ。
  第一印象で陰気くさそうな奴だな、と感じた記憶がある。
「───つまり、あんたともう一度バディを組め、と?」
  少しイライラしたアズサの声が聞こえた。
  途中から聞き耳をたてていたからか、話の脈絡は全く判断できない。
「そういうことだな」
  ヒトキは低い声で言う。
「冗談じゃないわよ。確かに大陸戦争ではアンタと組んでたわ。でも、ほんのちょっとの期間じゃない。アンタは直ぐにその術式火力をかわれて、特殊小隊に引き込まれたんだから」
「まぁ、それはそうなんだけど。それでも、奴らは上手いこと俺の経歴を洗ってきやがった。そこで引っ掛かったのが、アズサ、お前だ。……確かに俺たちが組んでいたのは、ほんの3ヶ月ちょっとだ。だが、それで十分なんだ。俺とアズサがタッグを組んでいたことがある、その事実だけで。……その上、俺はお前以外とバディを組んだことがない」
「はぁ?嘘でしょ?特殊小隊でバディ組まなかったの?」
  あり得ないとでも言いたげにアズサは首を横に振る。
「バディは各小隊に一組だけ。その規則は特殊小隊も同じだ。だから、俺は特殊小隊ではバディなんぞ組んでいない。……特殊小隊には、最強と謳われるバディが存在したからな」
「嘘でしょ?ヒトキ、アンタ程の強力な術式者がいながら、アンタをそっちのいてまで組ませ続けるようなバディなんていたの?」
「アズサ、面識はないだろうが、同じ軍隊にいたんた。名前くらいは聞いたことがあるだろう?2人で敵国の100人の部隊を殲滅したっていうバディ」
  難しい顔をして、アズサは必死に記憶の糸を手繰り寄せる。
「ん、ああ、聞いたことはあるわね。えぇっと……リク・シェルドンとシオリ・フランクだっけ?」
「そそ。そいつら。特殊小隊には既にそのバディが存在してたからね。俺がバディを組むなんて話も出なかった」
  聞き耳をたてているのがやっとなほど小さな声で2人は会話を続ける。
  リョウには2人が何の話をしているのかさっぱりだった。しかし、あまりよくない話だというのは分かる。
  それにしても、ヒトキとアズサが面識あっただなんて知らなかった。
「ちょっと待って?リク・シェルドンとシオリ・フランク?……それってえぇっと……王国の総合戦闘大会で1位と3位だった奴らと同一人物?」
「ああ、ここだけの話だが、そうだ」
「じゃあ、私たちに話が回ってくるのはおかしいじゃないっ。あの2人に頼めばいい」
「それができないから俺たちに話が持ちかけられてるんだろ?」
   ヒトキは少しイライラしている様子だ。
「はぁ?なんでできないのよ」
「リクに王国の唾がついてるからだよ。……リクが所属している王国騎士団は正式な国家の末端機関だ。末端とはいえ、国家に忠誠を誓っている。そんな奴にこんな仕事……頼めると思うか?」
   アズサは黙り込んでしまった。アズサ自身も自分が頼まれようとしている仕事内容は分かっていないようだが、ヒトキの口ぶりからして、おおっぴらにできない、よくない仕事だということには気がついているみたいだ。
   それにしても、国家に忠誠を誓っている人間にさせられない仕事って何なのだろうか。
   どう考えてもヤバい仕事だろう。
   ヒトキが強引にアズサを引きずり込もうとした場合は間に割って入ろうとリョウは決意し、腰に吊ってある銃の存在を確認した。
「俺らに話が回ってきたのはそういう訳だよ」
   アズサは何の?と訊ねたが、ヒトキは答えない。どうやら、アズサが引き受けない限り、仕事内容には触れないつもりらしい。
「アズサはどうする?」
  ヒトキは手付かずのジョッキを片手で遊びながら言う。
「……ひとつだけ教えて」
「内容によるな」
「王国の機関に所属している者にはさせられない仕事なのよね?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、指令先は王国じゃない。……なら、どこの機関からの仕事なの?」
   言うか言わないのか迷っている様子を見せるヒトキ。少しして、重々しく口を開く。
「俺が密かに所属している機関だよ」
   初耳なんだけど、とアズサは言う。
「そりゃそうさ。機密機関だもの」
「……それ、言っても大丈夫なやつなの?」
   アズサが不安げな表情を浮かべる。
「まぁ、大丈夫だろう。だって、アズサが断る決断をしたら、アズサの記憶を消すもの」
「っ!?」
   少し大きな声を出そうとしたアズサを諫めるようにヒトキは口元に指を当てる。
「10キロ程の海を挟んで直ぐ隣の大陸で起こった大陸戦争を踏まえ……この大陸の平穏を守る為に作られた機関だ。聞こえはいいだろ?しかし、実際は、その為ならなんでもさせられるようなモンだ。今まで、有事なんてなかったから、あってないようなものだったんだが……」
   とんでもない有事が起こったんだ。まだ、氷面下でだけど。
「えっと……不法の国境越えとか?」
「馬鹿か。そういうのの対応は兵士がやるだろ兵士が。ってかそんなのはしょっちゅう起こってるだろ」 
「じゃあ、国家を揺るがす不穏分子の殺害?」
「あー、それはどうなんだろう?他国に多大なる迷惑がかかるようなら指令が下るかもかもだけど……。そういう事例は他国にもなさそうだなぁ……」
「じゃあ、何?」
   矢継ぎ早に訊ねるアズサにヒトキは困り顔を浮かべる。
「……隣の大陸……俺たちの故郷のある大陸で起こった大陸戦争が起こった原因ってなんだか分かるか?それが答えだよ。原因を種子や子葉の状態の内に、手を付けられる内に取り除く……それが国境を越えた機密組織の役割」
   アズサはピンときたようなきてないような微妙な表情だ。
「メンバーは各国に6人。それに指揮官が各国1人。指令者この大陸には6国あるから全員で42人で構成されている。そして、この機関の統括者は」
   ヒトキはこの大陸の土地の大部分を締めている帝国の皇帝の名前を口にし、「な?逆らえないだろ?」と苦笑する。
   流石のアズサもこれには驚きを隠せない。
   そんなアズサに気がついているのか、いないのか、ヒトキを虚空を仰ぐ。
「本当はメンバーだけで対処しないといけないんだ。他国もそうしていた……穏便に影で片付けてきた……」
   ヒトキは独り言の如く言う。
「じゃあ、なんで私が?イディア王国でも同じようにメンバーだけで」
「そういう訳にいかないんだ。どう頑張っても誤魔化しきれない。だから、指揮官は協力者を求めることにした。場合が場合だ、統括者も許可を出した」
   突然、ぐしゃぐしゃとヒトキは自分の髪を掻きむしった。
「いくら協力者を用意したって足はつくんだ。大問題だ。しかし、殺る以外に方法がないんだ。しかも、初めての仕事だ。初めてなんだ。この国では未だ1人も『目覚めて』いなかったから。ああ、なんで……これも……運命なのか……?」
   アズサはヒトキの背中を擦った。
   ヒトキは苦しげな表情を浮かべる。髪を崩したからか、両目が見えていた。
   左右で違う色の目が。
「仕事内容は……この国の王位継承第一位の暗殺だ……」
   ぱ……りん。
   それを聞いたリョウは思わず、持っていたグラスを落としてしまった。
   アズサとヒトキが勢いよく振り替える。
   リョウを見たヒトキの表情はとても冷たい。ゾッとするような、目の光。
   その後ろでアズサは明らかに狼狽え、怯えたような顔をしている。……なぜ、彼女はそんな顔で俺を見るのだろう。
   ヒトキは立ち上がるとリョウに近づいた。
   そして、言う。
「ああ……君は……聞いていたね……?」
   鈍い痛みが、走る。
   次の瞬間、リョウの意識は途切れた。
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