この世界に神などいなくとも

ゆー

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少し昔のお話を

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 大陸戦争の火種は些細な偶然によって生まれた。
 室待ノ国の一人の青年が破壊者として目覚めてしまったのだ。

 詳しいことはよく分からないが、破壊者としての素質がある人間は、生まれてきたその時にはもう既に体内に破壊者の卵を宿しているらしい。要するに、生まれながらの世界のヒール役という事なのだろう。
 どうして体内に破壊者の卵が宿るのか、などは知らない。分かることは、この世界の均衡を保つ為に神が生み出したらしい、ということだけだ。……余りにも物を生産し、文明が発展してしまうと、2000年前と同じ結末に至ってしまうから、適度な世界を保つために神がお作りになったのだと、昔、兄さんが言っていた。
 兄さんのように頭が良い訳ではない私にはさっぱりだったが。

 しかし、体内に破壊者を宿して生を受けても、大半の人達は破壊者として目覚めることなく、生涯を終える。
 ならば、何故、一方で破壊者として目覚め、神に等しい力を振るう、異形の化け物になる人もいるのか。……それも私には分からない。だが、一言で片付けるのならば、そういう運命だったとしか言いようがない。

 話を戻そう。室待ノ国の青年が破壊者として目覚めた。国民が気づいた時にはもう既に彼は人としての姿を失い、破壊の神の下僕……破壊者となり果てていた。
 本当に凄まじい勢いで彼は国を破壊していった。
 国は大慌てで18歳以上の実力者をかき集め、30人編成の討伐隊を組織した。
 その中には両親もいた。
 家を任せたぞ、と私と1歳下の弟に言い残して、2人は破壊者討伐へと出発した。…両親を見たのはこれが最後だった。
 あの時、父が言った言葉は今も耳に焼き付いている。
「万が一、私達が戻ってこなかったら、室待ノ国の四門のひとつ、“忍術の玄武“の頭はお前だ。……お前は強い。成長すれば頂点にも立てるだろう。四門の玄武として、国を導け。……この家と国を頼んだぞ」と。
 ……私は何一つ、父の言葉を守れなかった。

 隣国の国境線付近で討伐隊は破壊者を迎え撃った。激しい戦闘だったと聞いた。
 結果は…討伐隊は全滅。破壊者は国境を乗り越え、隣国での破壊活動を開始した。
 隣国はこれを室待ノ国から攻め込まれたと思い、宣戦布告なしの侵略行為だと判断した。
 これが3年に渡る大陸戦争の始まり。

 宣戦布告なしの侵略行為は他国も非難し、一気に室待の国に攻め込んできた。
 当時9歳だった私は一つの小隊の指揮官を任された。総合的な戦闘能力とセンスを買われて。
 部隊の平均年齢11歳という信じられないような構成だ。普通ならこんな若造を戦場に送り込みはしない。9歳のガキを指揮官にはしない。……それだけ、室待ノ国は追い込まれていた。
 私の指揮していた小隊には弟も所属していた。……首都防衛戦で弟は死んだ。私の目の前で。何もできなかった。その光景は未だに、いや、一生、私を責め続けるのだろう。

 もともと壊滅状態に近いダメージを受けていた室待ノ国はこれに耐えることができなかった。
 __戦争開始から僅か半年足らずで他国の連合軍に首都を占領された。
 敗北だ。
 連合軍は私たちに命令した。敗者に逆らうすべなどない。
 連合軍は、「各大隊の指揮官と四門の頭の処刑」を指示した。
 処刑者のリストには私の名前も載った。

 処刑日の3日前、私はずっと病院に入院していた7歳上の姉に呼び出された。姉のいた病院は攻め込まれることがなかったようだ。
 姉は玄武の家系図から外されて養子に出されていた。理由は姉は闘えないし、体も弱かったからだ。名家である四門の家系に闘えない子が生まれたなんて、公にできないという理由で。

 久々に会った私を、姉…シオリは抱きしめて言った。つらかったね、と。ごめんね、と。
 その言葉で、私は姉の胸に顔を埋めて泣いた。
 あんな出来事を、現実を目の当たりにするには、その時10歳だった私は余りにも若すぎた。
 そして、姉は私に言ったのだ。
「私がシオンの代わりに死ぬ」
と。
「我が家の者は皆、紫色の髪に灰色の目。系図から外されたとはいえ、血を引く私も例外ではない。……名家中の名家、四門のひとつを司る頭が、お前みたいな幼子だとは誰も思うまい」
 それなら、17歳の私が頭だといった方がよっぽど説得力がある、と姉は笑った。
 私は首を横に振った。兄さん、弟、その上、姉さんまで失うなんて耐えられない。
 姉は困ったように笑った。そして、「ごめんね、シオン」と言って、濡れた布で私の口と鼻を覆った。
 私の意識は落ちていった……。

 気がつくと私は知らない少年の背に背負われていた。
 自分の毛先が目に入る。見慣れた紫色ではない。知らないうちに黒に染められていた。
「え?」
 モゾモゾと動いたのに気がついた少年は私を地面に置き、私の肩に手をのせた。
「あ、あの…わ、私の髪…」
「小娘、お前の姉が染めた。紫色だと後々面倒になるから、と」
 少年は私と同じ目線になるようにしゃがみ込む。
「シオン」
 彼が私の名を呼んだ。
 彼が私をシオンと呼んだのは、これっきりだった。これ以降は、一度だって……。
「お前はシオンって名前だったよな?」
「はい、そうですけど……」
 私は弱々しい声で言った。まだ少し、意識が朦朧としていた。
「俺はリク・シェルドンだ。14歳。リクと呼べ、小娘。世話になったお前の姉に頼まれた。これからお前の面倒をみてやる」
 話が見えなかった。けれども、威圧的な物言いとは裏腹に温かい手に安堵した記憶はある。
「あ、あの……姉さんは何処、ですか?」
 その時、初めてリクは視線を外した。そして、静かに言った。
「いまにわかる」
 リクは私を楽々と抱き上げると、近くの半壊した家の屋根に登った。
 そして、す……っと指先で眼下の景色、数十メートル先を指差した。
 その指の先にあったのは処刑台。
 その下に立っていたのは姉の姿。
「姉さんっ。どうして、だって、殺されるのは、私……っ」
 リクは何も言わずに私を強く抱きしめた。
 __姉は空を一度仰ぎ、迷いのない表情で処刑台に上がった。
 凜とした姿だった。忍びというよりは、武士のような死に様だった。
 玄武の頭に相応しい、堂々とした最期だった。
 姉は赤い花弁と共に散った。

 届かないと知りながら私は何度も姉を呼んだ。泣いて、泣いて、泣きわめいて。泣き疲れて声を出せなくっても尚、めそめそしていた。
 そんな私にリクは言った。この年齢の4歳差というのはとても大きい。
 とても大人びた口調だった。
「泣くな、小娘。俺は泣く奴は嫌いだ。泣き顔を見せる奴も大嫌いだ。小娘、次、泣いたら俺はお前を置いていくからな」
 私は汚れた服で顔を拭いた。
 直感的に、この人に見捨てられたら自分は本当に独りぼっちになってしまうと思ったのかもしれない。
 リクはそれを見て、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「そうだ。それでいい。泣くということは無防備になるということだ。つけ込まれることも多い。いいか、もう二度と涙を見せるなよ。もう一度言うぞ、次、泣いたら置いていくからな」

 その日以来、私はリクと共にいる。
 そして、姉が死んだこの日から、私はシオリと名乗っている。
 シオンのままだと、この大陸にいる限り、私が処刑される筈の人間だったことがバレてしまう可能性があったから。姉の行為が無駄になってしまうかもしれないからとリクには言ったが、別にもうひとつの理由がある。
 ……弱い自分への戒めだ。何一つ守れなかった自分への、戒め。生かせてもらったくせに、国が滅びるのを黙ってみていることしかできなかったら自分自身への。
 今でもシオリと呼ばれると痛みが疼く。慣れることはない。慣れてはいけないのだ、と思う。
 __この家はいい場所だ。コウキは姉貴、ノゾミとキョウスケは家主と私を呼ぶ。リクだって。誰も私をシオリと呼ばない。私がシオンでいられる場所。それがこれ程心地良いとは思いもしなかった。

 もう、失いたくない。
 だから、今度こそ守ってみせる。自分の何を犠牲にしても__。
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