この世界に神などいなくとも

ゆー

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雪兎ノ月19日 日付が変わる直前に

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 ゲンキの束縛術に捕らえられたヒトキは引きずられるように王宮への道を歩いていた。ゾッとするほど人影のない道だった。
「ちゃんと歩け」
 ヒトキの首につけられた束縛術をぐいっと引っ張る。
「けっ。誰が男の言うことなんて聞くかよ。てか、人に首輪つけて歩かせるとか変態かよ」
「俺だって、歩きじゃなくてお前を連れてテレポートしてぇよ。こうなってるのは、瞬間移動しようとしたら、お前が瞬間移動先の座標を狂わせる呪文を唱えるからだろうが……っ」
「へぇ、そうなんだぁ。てっきり、お前の趣味なのかと思った」
「んなわけないだろ」
「へぇ……、本当?お前は人を痛めつけるのが好きな人間だと認識してたんだが?」
「ケンカ売ってるのか?」
「ケンカ?俺は事実を言ってるだけだよ。……お前は、あの子の脚を叩き潰した」
 ゲンキは無言でヒトキの耳元狙って術式を飛ばした。顔を動かしてヒトキはそれを間一髪で避ける。
「……っと、危ねぇな」
 明らかに苛立っているゲンキに見えないように微かにヒトキはニヤリと不敵に笑った。
 苛立てば苛立つほど、人間というものは思考や行動がワンパターンになり読みやすくなる。ヒトキは意図的にそれを狙っているのだろうか。
「なんでお前は王宮に味方するんだ?」
「話す義理はない」
「また妹のためか?それともリオデレラか?シュウトか?コウか?コイツらの為なら、お前は他の人間は平気で切り捨てる人間だからなぁ」
「ユリやアイツらの優先順位が高いだけで、切り捨ててはいない」
「そうなのかい??」
 ゲンキは応えない。
「ああー、そうだね。お前は弱者を庇う人間だからね。うん、力の正しい使い方だね。俺みたいな俗に言う強い奴、はどうでもいいんだもんなぁ」
 ゲンキは応えない。
「もちろん、あの子も」
 ゲンキは応えない。
「今回もまた同じように壊すんだろ?」
 ゲンキは応えない。しかし、ヒトキは嗤う。あともう一押しだ。もう一押し。
「そうだよなぁ。お前にとって強者はどうでもいいんだもんなぁ。都合の良いときだけ優しくして、邪魔になったら」
「……黙れ」
 ボソッと小さな声でゲンキは吐き捨てた。それはヒトキの耳にも届いたが、わざと聞こえなかったふりをする。
「あれ?もう忘れちゃった訳?薄情だねぇ。一応、あの子のこと、好いてた…………ああ、そうか。利用するために遊んでいただけか」
「黙れ!!」
 その大声と共に雷属性の魔術が辺りに散り、地面が揺れた。土埃が大きく舞う。
「お前に何が分かるんだ!仕方ないだろ!守るべきはユリだ!大切なのは友達だ!庇うべき相手は弱者だ!本当は、俺だって!」
 ヒトキは土埃越しにゲンキの声を聴いていた。
「俺は……全部を守れるほど強くはない」
 小さな声で嘲笑った言葉の端々は悲痛に満ちている。
 徐々に晴れる土埃の中でヒトキは、そんな魔導師を見て笑って言う。

 ゲンキはギョッとして顔を上げた。晴れた視界に映ったのは、束縛術を解いたヒトキだった。
「この話題を振れば取り乱すだろうな、とは思ったが、ここまで我を忘れてくれるのは予想外だった。おかげで楽にお前の術を解除できた」
「て、てめぇ……」
 ゲンキは急いで再び束縛術を放ったが、同じ手に引っかかるヒトキではない。印術を地面に向けて打ち込み、飛び上がり、ひらり、屋根の上に降り立った。
 取り乱した今のゲンキではヒトキだけを狙い撃つことはできないだろう。以前のゲンキなら建物ごとぶっ壊しただろうが、今の彼にそんなことはできないだろう。建物に押し潰されたあの子を思い出したくないだろうから。
 それを知っているヒトキは軽やかに立ち去ろうとして、その前に一度、ゲンキを見下ろして言った。
「ああ、そうだ。ゲンキに一個だけアドバイス。お前はユリしか見えていないようだけど、もっと広い視野で物事を考えるべきだよ。そうすれば、案外、全部守れるかもよ?」
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