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鉄腕アトム その2
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治美がすました顔をして人差し指で空間をチョコンと触った。
「なんと!このメガネには未来の高性能計算機が内蔵されているのですよ!さあ、何か問題を出して下さい。あっという間に計算してみせましょう」
「ふーん。だったら123,456掛ける789はなんぼや?」
エリザが面白がって適当に問題を出してみた。
「えーと、ちょっと待って下さいよ。ポンポンポンっと!97,406,784です!」
雅人とエリザは顔を見合わせた。
「合ってるん?」
「さあ?算盤持ってこないとわからん。第一、合ってたって暗算が得意なだけかもしれんしな」
「え~~~~!それはないよ、おじいちゃん!」
次に治美は茶の間を見まわすと、部屋の隅に置かれていた新聞紙の束を指さした。
「そうだ!これから新聞記事をカメラで撮影します。それからわたしは新聞は見ないで、撮影した写真を見ながら正確に記事を読み上げてみせましょう」
「見ただけですぐに記憶できる人はたまにいるよ。それだけで未来人の証明にはならないな」
「―――昭和の人間ってホント頭固いわね!」
治美はムスッとした表情でそう毒づいた。
すると、エリザがヒョイと治美の眼鏡を取って自分で掛けてみた。
「――これが21世紀のメガネ……?普通のメガネやん?」
治美が慌てて眼鏡を取り戻した。
「ら、乱暴に扱わないでください!コミックグラスは認証した持ち主にしか使えないんです!」
「あほらし!とんだホラ吹きやね!」
エリザが冷たく言い放った。
治美はしょんぼりとうなだれてしまった。
確かにこれでは治美はただの妄想狂と思われても仕方がない。
雅人は治美に助け舟を出した。
「そのメガネが本を読むための機械ならどこかに年表はないかい?」
「年表ですか?どうして……?」
「何かこの先、未来に起きる出来事を教えてくれよ」
「なるほど!なるほど!まかせてください!確か簡単な年表がありました」
治美がまた、空中を人差し指がかき回し始めた。
「えーと、西暦1954年、昭和29年の出来事ですよね………………。二重橋事件、造船疑獄、プロレス人気、市制ブーム……?何のこっちゃ?」
「なにか君が知ってる出来事はないのか?」
「あっ!この写真の人、知ってます!マリリン・モンローというアメリカの女優が新婚旅行で日本に来ます」
「――もうとっくの昔に帰ったわ」
エリザが冷たく言い放った。
セックスシンボル、マリリン・モンローがメジャーリーガーのジョー・ディマジオと共に来日したのは1954年2月1日のことだった。
「ちょっと待って下さいよ。あっ!これも聞いたことあります!米軍の、ビキニ環礁での、水素爆弾実験で、第五福竜丸が、被爆…!何かのテレビで見ました!」
治美が訥々と話す様は、いかにも何かの記事を読んでいるようだった。
「その事件は先月や!こんな大事件、日本人なら誰だって知っとるわ!」
遠洋マグロ漁船、第五福竜丸が操業中に米軍の水爆実験に巻き込まれて被爆したのは1954年3月1日のことである。
「テレビで見た?テレビってテレビジョンのことかい?」
「えーと、多分そうじゃないかなあ………」
「去年、NHK東京テレビジョンが開局したばかりで、テレビなんて俺たち一般庶民には高嶺の花だよ。まだ、街頭テレビも見たことない」
「ええっ!?家にテレビもないんですか!信じられない!」
「未来世界では一家に一台テレビがあるのかい?」
「そりゃありますが、わたしらあんまりテレビ見ませんけど……」
「テレビを見ないなら未来でも新聞を読んでるんだ?」
「うち、新聞取ってません。新聞なんてオワコンですよ」
「オワコンって何だい?」
「うーん…!なんだっけ?オワコンは……オワコンです!」
「わからんな!未来世界ではニュースとか、どうやって知るんだい?」
「ネットです」
「ネット……?網って何なん?」
「ネットは……ネットですよ!」
「だから、どんな物なのよ!?」
「うーん……。どう言えばいいのかなあ…………?スマホやパソコンで見るのよ」
「スマホって何よ?パソコンって?」
「ああ、もう!!そんな細かい事、いちいち聞かれても分りません!!いろんな便利な機械が未来世界にはあるんです!」
エリザに厳しく詰め寄られて、とうとう治美も開き直った。
「雅人!こんなアホが未来人なわけあらへんわ!未来ってもっと文明が進歩して、みんな頭の良い賢い人ばかりのはずやわ!」
治美の言葉を全く信じていないエリザはそう断定した。
「そんなあ……!!ひどい言われよう!」
「手塚治美さん!他に何か未来の出来事が年表に書いていないのかな?」
治美は真剣な様子でじっと空中を見つめていた。
目玉が細かく左右に動いているから、治美の目には年表が見えているのだろう。
「…………あったわ!!」
治美は嬉しそうに声を上げた。
「第五福竜丸事件がきっかけで、ゴジラの映画が作られて11月に公開されます!どうです?これは知らないでしょ!」
治美が得意げに胸を張った。
「ゴジラ……?」
「なに、それ……?」
「怪獣ですよ、怪獣!」
「カイジュウ!?」
「そうです!わたしのいた60年後の日本が世界に誇れる文化はマンガとアニメとゴジラです!」
再び、雅人とエリザは顔を見合わせた。
「漫画ってのらくろや冒険ダン吉みたいなやつだな?」
「アニメってディズニーみたいなまんが映画のこと?」
雅人はポリポリと頭をかきながら治美に尋ねた。
「――――えーと、未来の日本が誇れる物って他にないのかな?」
「ない!ない!」
治美は手のひらを左右に振った。
「この嘘つき!」
エリザが責め立てた。
「漫画なんて下らんもの、文化になるわけあらへんわ!日本人の作ったアニメなんか、外国人が見るわけないわ!」
治美はムッとしてエリザを睨んだ。
雅人は火花を散らす二人の美少女の間に慌てて割って入った。
「ともかく11月に映画が公開されるまで待ってられないな。4月に何か大きなニュースはないのかい?」
「わかりました…」
少し落ち着きを取り戻した治美は、また空中を人差し指でかき混ぜる動作を始めた。
年表を検索しているのだろう。
「えーと……。昭和29年の4月ねぇ………。何かいいの、ないかしら…………?あら!4月26日に『七人の侍』が公開されてるじゃありませんか!前言撤回!黒澤明も世界のクロサワになりますよ!」
「『七人の侍』が今月公開予定なのは俺も知ってるよ。何かもっと、未来人しか知らないようなことはないのか?」
さすがに雅人も苛立った口調で治美に尋ねた。
「そう言われてもねぇ……。そもそもわたしが見ているのは『超完全版手塚治虫全作品集』についてるオマケの年表ですよ。教科書じゃないんだから、細かいことは載っていません」
「そういえばさっきから気になってたんだが、その手塚治虫って人は、未来世界で有名な小説家なのかい?」
「はああああっ……!?」
治美の目の色が変わった。
「手塚治虫先生を知らないですと……!?」
治美が微かに怒気を含んだ重く低い声で言った。
治美は静かに目を閉じ、胸に両手を当てて、大きく深呼吸をした。
「落ち着け!落ち着くのよ、治美!手塚治虫なんか知らない!つまらない!古臭い!今までにだって、何度もこんな暴言を浴びせられてきたでしょ。ムキになって熱く語れば語るほど、信者乙!とか言ってバカにされるだけよ。我慢よ!我慢するのよ、治美!」
治美は何やら一人でぶつぶつと呟いた後、またひとつ大きく深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。
「――手塚治虫先生はマンガ家です。一言で言うなら『マンガの神様』です!わたしのいた未来の日本が世界一のマンガとアニメの大国になれたのは、手塚先生が日本で生まれたからです!」
治美は子供に教え諭すようにゆっくりと説明した。
「そ、そうなんだ………?」
何か治美の異様な気迫に押されて、雅人はただただうなづくしかなかった。
「なんと!このメガネには未来の高性能計算機が内蔵されているのですよ!さあ、何か問題を出して下さい。あっという間に計算してみせましょう」
「ふーん。だったら123,456掛ける789はなんぼや?」
エリザが面白がって適当に問題を出してみた。
「えーと、ちょっと待って下さいよ。ポンポンポンっと!97,406,784です!」
雅人とエリザは顔を見合わせた。
「合ってるん?」
「さあ?算盤持ってこないとわからん。第一、合ってたって暗算が得意なだけかもしれんしな」
「え~~~~!それはないよ、おじいちゃん!」
次に治美は茶の間を見まわすと、部屋の隅に置かれていた新聞紙の束を指さした。
「そうだ!これから新聞記事をカメラで撮影します。それからわたしは新聞は見ないで、撮影した写真を見ながら正確に記事を読み上げてみせましょう」
「見ただけですぐに記憶できる人はたまにいるよ。それだけで未来人の証明にはならないな」
「―――昭和の人間ってホント頭固いわね!」
治美はムスッとした表情でそう毒づいた。
すると、エリザがヒョイと治美の眼鏡を取って自分で掛けてみた。
「――これが21世紀のメガネ……?普通のメガネやん?」
治美が慌てて眼鏡を取り戻した。
「ら、乱暴に扱わないでください!コミックグラスは認証した持ち主にしか使えないんです!」
「あほらし!とんだホラ吹きやね!」
エリザが冷たく言い放った。
治美はしょんぼりとうなだれてしまった。
確かにこれでは治美はただの妄想狂と思われても仕方がない。
雅人は治美に助け舟を出した。
「そのメガネが本を読むための機械ならどこかに年表はないかい?」
「年表ですか?どうして……?」
「何かこの先、未来に起きる出来事を教えてくれよ」
「なるほど!なるほど!まかせてください!確か簡単な年表がありました」
治美がまた、空中を人差し指がかき回し始めた。
「えーと、西暦1954年、昭和29年の出来事ですよね………………。二重橋事件、造船疑獄、プロレス人気、市制ブーム……?何のこっちゃ?」
「なにか君が知ってる出来事はないのか?」
「あっ!この写真の人、知ってます!マリリン・モンローというアメリカの女優が新婚旅行で日本に来ます」
「――もうとっくの昔に帰ったわ」
エリザが冷たく言い放った。
セックスシンボル、マリリン・モンローがメジャーリーガーのジョー・ディマジオと共に来日したのは1954年2月1日のことだった。
「ちょっと待って下さいよ。あっ!これも聞いたことあります!米軍の、ビキニ環礁での、水素爆弾実験で、第五福竜丸が、被爆…!何かのテレビで見ました!」
治美が訥々と話す様は、いかにも何かの記事を読んでいるようだった。
「その事件は先月や!こんな大事件、日本人なら誰だって知っとるわ!」
遠洋マグロ漁船、第五福竜丸が操業中に米軍の水爆実験に巻き込まれて被爆したのは1954年3月1日のことである。
「テレビで見た?テレビってテレビジョンのことかい?」
「えーと、多分そうじゃないかなあ………」
「去年、NHK東京テレビジョンが開局したばかりで、テレビなんて俺たち一般庶民には高嶺の花だよ。まだ、街頭テレビも見たことない」
「ええっ!?家にテレビもないんですか!信じられない!」
「未来世界では一家に一台テレビがあるのかい?」
「そりゃありますが、わたしらあんまりテレビ見ませんけど……」
「テレビを見ないなら未来でも新聞を読んでるんだ?」
「うち、新聞取ってません。新聞なんてオワコンですよ」
「オワコンって何だい?」
「うーん…!なんだっけ?オワコンは……オワコンです!」
「わからんな!未来世界ではニュースとか、どうやって知るんだい?」
「ネットです」
「ネット……?網って何なん?」
「ネットは……ネットですよ!」
「だから、どんな物なのよ!?」
「うーん……。どう言えばいいのかなあ…………?スマホやパソコンで見るのよ」
「スマホって何よ?パソコンって?」
「ああ、もう!!そんな細かい事、いちいち聞かれても分りません!!いろんな便利な機械が未来世界にはあるんです!」
エリザに厳しく詰め寄られて、とうとう治美も開き直った。
「雅人!こんなアホが未来人なわけあらへんわ!未来ってもっと文明が進歩して、みんな頭の良い賢い人ばかりのはずやわ!」
治美の言葉を全く信じていないエリザはそう断定した。
「そんなあ……!!ひどい言われよう!」
「手塚治美さん!他に何か未来の出来事が年表に書いていないのかな?」
治美は真剣な様子でじっと空中を見つめていた。
目玉が細かく左右に動いているから、治美の目には年表が見えているのだろう。
「…………あったわ!!」
治美は嬉しそうに声を上げた。
「第五福竜丸事件がきっかけで、ゴジラの映画が作られて11月に公開されます!どうです?これは知らないでしょ!」
治美が得意げに胸を張った。
「ゴジラ……?」
「なに、それ……?」
「怪獣ですよ、怪獣!」
「カイジュウ!?」
「そうです!わたしのいた60年後の日本が世界に誇れる文化はマンガとアニメとゴジラです!」
再び、雅人とエリザは顔を見合わせた。
「漫画ってのらくろや冒険ダン吉みたいなやつだな?」
「アニメってディズニーみたいなまんが映画のこと?」
雅人はポリポリと頭をかきながら治美に尋ねた。
「――――えーと、未来の日本が誇れる物って他にないのかな?」
「ない!ない!」
治美は手のひらを左右に振った。
「この嘘つき!」
エリザが責め立てた。
「漫画なんて下らんもの、文化になるわけあらへんわ!日本人の作ったアニメなんか、外国人が見るわけないわ!」
治美はムッとしてエリザを睨んだ。
雅人は火花を散らす二人の美少女の間に慌てて割って入った。
「ともかく11月に映画が公開されるまで待ってられないな。4月に何か大きなニュースはないのかい?」
「わかりました…」
少し落ち着きを取り戻した治美は、また空中を人差し指でかき混ぜる動作を始めた。
年表を検索しているのだろう。
「えーと……。昭和29年の4月ねぇ………。何かいいの、ないかしら…………?あら!4月26日に『七人の侍』が公開されてるじゃありませんか!前言撤回!黒澤明も世界のクロサワになりますよ!」
「『七人の侍』が今月公開予定なのは俺も知ってるよ。何かもっと、未来人しか知らないようなことはないのか?」
さすがに雅人も苛立った口調で治美に尋ねた。
「そう言われてもねぇ……。そもそもわたしが見ているのは『超完全版手塚治虫全作品集』についてるオマケの年表ですよ。教科書じゃないんだから、細かいことは載っていません」
「そういえばさっきから気になってたんだが、その手塚治虫って人は、未来世界で有名な小説家なのかい?」
「はああああっ……!?」
治美の目の色が変わった。
「手塚治虫先生を知らないですと……!?」
治美が微かに怒気を含んだ重く低い声で言った。
治美は静かに目を閉じ、胸に両手を当てて、大きく深呼吸をした。
「落ち着け!落ち着くのよ、治美!手塚治虫なんか知らない!つまらない!古臭い!今までにだって、何度もこんな暴言を浴びせられてきたでしょ。ムキになって熱く語れば語るほど、信者乙!とか言ってバカにされるだけよ。我慢よ!我慢するのよ、治美!」
治美は何やら一人でぶつぶつと呟いた後、またひとつ大きく深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。
「――手塚治虫先生はマンガ家です。一言で言うなら『マンガの神様』です!わたしのいた未来の日本が世界一のマンガとアニメの大国になれたのは、手塚先生が日本で生まれたからです!」
治美は子供に教え諭すようにゆっくりと説明した。
「そ、そうなんだ………?」
何か治美の異様な気迫に押されて、雅人はただただうなづくしかなかった。
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