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漫画大學 その3
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治美はコミックグラスを操作して、膨大な手塚作品の中から漫画の描き方を説明している著作を選び出した。
「マンガの入門書、いっぱいありますねぇ!1950年、『漫画大學』。1952年、『漫画教室』。1957年、『漫画中学』。1969年、『まんが専科』。1977年、『マンガの描き方』………」
「漫画に必要な道具は何て書いてある?」
「えーと、紙はケント紙か模造紙。安物でいいって」
「予算がないから模造紙だな」
「インクはハヤシインク。墨は古梅園の紅花ズミ、頭に3つ丸の付いてるやつ」
「いちいち墨を擦るのか?」
「メンドイですよね!開明墨汁ってヤツを買いましょう」
「それで肝心のペンは?」
「えーと、ペンは丸ペン、角ペン、ファルコンペン、Gペン、カブラペンとか5,6種類用意する………?」
「なるほど。線の太さに応じてペン先を変えるんだな」
「………もしかして、毎回、ペン先にインクをつけて描くんですか!?」
「つけペンって、そういう物だろ?」
「Gペンは線の太さや、『入り』『抜き』が表現でき、最も表現の幅が広い。でも使えるようになるまで相当慣れが必要である」
治美はため息をついた。
想像以上にペン入れがややこしく、難しいことに気づいたようだ。
「………ペン軸は折って短くした方が持ちやすい。筆は細いのと塗りつぶし用2本、必要。線描き用の筆は、先を火で焼いて先を丸くすると良い線が描きやすい………」
話しているうちに治美の目が泳ぎ、顔に焦りの表情が現れてきた。
「えーと、えーと、枠線引くのにはミリペンが便利」
「ミリペン?聞いたことないな?」
「じゃあ、じゃあ、サインペンとかフェルトペンは?」
「去年、マジックインキとかいうフェルトペンが新発売してたが、あれだと太い線しか引けないらしいよ」
「だったら、カラスグチってので枠線引くんですか!?わたし、そんなの使えませんよ!!」
「うろたえるなよ!枠線ぐらい、俺が引いてやるから!」
「――ちょ、ちょっと待ってください!買う物、メモりますから………」
横山が慌ててメモ帳を取り出した。
「そうだ!治美さん!一緒に買い物に行きませんか。昭和の神戸の街をご案内しますよ」
「えっ!?外に出てもいいの!?」
治美が身を乗り出し、目が嬉しくてたまらないというようにキラキラ光った。
「横山さん!治美はまだまだ危なっかしいから外に連れ出すのやめて下さい」
「雅人くん。僕と治美さんが掛けている未来の眼鏡は電気で動くんだ。メガネのフレーム全体が日の光を浴びると発電し、内蔵された電池に充電される仕組みになっているんだ。だから定期的に外に出て、太陽を浴びないと動かなくなるんだよ」
「本当だわ!電池が残り10パーセントになってた!?」
治美が自分のコミックグラスを操作しながらわざとらしく叫んだ。
「最近、ずーと暗い屋根裏部屋でマンガ描いてたから、充電が切れそうだわ!」
治美が訴えかける目で雅人を見つめた。
治美の金髪は目立つので、この数日、外出禁止でずっと屋根裏に引き籠って漫画を描いていた。
それがよっぽど窮屈だったと見える。
「わかったよ!治美も横山さんが一緒なら大丈夫だろう。気分転換に買い物に行っておいで」
「やった!」
治美はもろ手を挙げて喜んだ。
「雅人さんは一緒に行かないの?」
「俺はちょいと思いついたことあるから、二人で買い物してきなよ」
治美は浮かれて、とめどなく喋りだした。
「わたし、一度、八百屋さんや魚屋さんとかで買い物したかったんですよ。『らっしゃい!らっしゃい!お嬢ちゃん、美人だからオマケしとくね』とか言うんでしょ。新聞紙で包んでくれるんでしょ。お醤油は量り売りしてるんでしょ。納豆はワラで包んでいるんでしょ。お豆腐は鍋に入れて持って帰るんでしょ。あっ!現金でしか買い物できないんですか?お釣りとかポイントとかどうやって計算するのかな?」
「やっぱり、外に出すのは止めた!」
決して目立つことはしないと固く誓った治美は、金色の長い髪が見えないように赤いベレー帽で隠した。
そして、横山に連れられていそいそと買い物に出かけて行った。
たかが近所の市場に買い物に行くだけで興奮し、身を躍らせて出かけた治美が不憫だった。
さっきはそんな素振りは見せなかったが、治美に「ちっとも会いに来なかった」とすねられた時、実は雅人は結構応えていた。
(――もっと、優しくしてやればよかった)
二人が出かけるのを見送ると、雅人は治美が間借りしている屋根裏部屋に上がった。
屋根裏部屋は片づけてはいたが、普段使わない食器や調度品や柳行李が山積みになり、昼間でも薄暗かった。
粗末な簡易ベッドの横には、木製のミカン箱が置かれていた。
木箱の上には電球が1個だけついた電気スタンドと下敷きにしていた板が一枚載せてあった。
この木箱を机代わりにして、治美は一生懸命漫画を描いていたのだろう。
17歳の頼りなさげな女の子が、突然60年も過去の世界に飛ばされ、いつ自分が消滅するか分からない恐怖と戦いながら、たった一人で生きてゆかねばならないのだ。
埃だらけの屋根裏部屋で、真夜中、治美が一人黙々と漫画を描いているところを想像すると、切なさに胸が締め付けられた。
治美は突然、この世界から消滅するかもしれない。
あるいは突然、未来世界に戻ってしまうかもしれない。
その時が来ても後悔しないよう、誠心誠意、治美を護ってゆこう。
そう、雅人は決意したのだ。
雅人は治美が描いていた4コマ漫画をすべて集めて、茶封筒に入れた。
『買い物から戻ったら、道具を持って俺の家に来てくれ』
そう書置きを残し、雅人は原稿の入った茶封筒を持って家に戻った。
雅人は家の裏庭にある物置の中をゴソゴソと物色した。
「あった!」
物置の奥にはガラスの蓋がついた木製の平箱がいくつか置いてあった。
使わなくなった駄菓子の陳列ケースだ。
雅人は埃を払って、陳列ケースを持ち上げてみた。
「よし。ちょうどいい大きさだ」
雅人は縁側に座ると、キリとノコギリを使って陳列ケースの横に穴を開け、そこに電気コードを通してケースの中に裸電球を入れてみた。
「こんにちは!」
表の駄菓子屋の店先から治美の声がした。
「まあ、あんた、久しぶりやね!元気にしとった?」
店番をしている雅人の母親の声だ。
「雅人!治美ちゃんが遊びに来たで!」
すぐに、丸めた模造紙の束と文房具を抱えた治美が縁側にやって来た。
「何ですか、これ?」
縁側に置いた陳列ケースを見つけて、治美は不思議そうに尋ねた。
「マンガの入門書、いっぱいありますねぇ!1950年、『漫画大學』。1952年、『漫画教室』。1957年、『漫画中学』。1969年、『まんが専科』。1977年、『マンガの描き方』………」
「漫画に必要な道具は何て書いてある?」
「えーと、紙はケント紙か模造紙。安物でいいって」
「予算がないから模造紙だな」
「インクはハヤシインク。墨は古梅園の紅花ズミ、頭に3つ丸の付いてるやつ」
「いちいち墨を擦るのか?」
「メンドイですよね!開明墨汁ってヤツを買いましょう」
「それで肝心のペンは?」
「えーと、ペンは丸ペン、角ペン、ファルコンペン、Gペン、カブラペンとか5,6種類用意する………?」
「なるほど。線の太さに応じてペン先を変えるんだな」
「………もしかして、毎回、ペン先にインクをつけて描くんですか!?」
「つけペンって、そういう物だろ?」
「Gペンは線の太さや、『入り』『抜き』が表現でき、最も表現の幅が広い。でも使えるようになるまで相当慣れが必要である」
治美はため息をついた。
想像以上にペン入れがややこしく、難しいことに気づいたようだ。
「………ペン軸は折って短くした方が持ちやすい。筆は細いのと塗りつぶし用2本、必要。線描き用の筆は、先を火で焼いて先を丸くすると良い線が描きやすい………」
話しているうちに治美の目が泳ぎ、顔に焦りの表情が現れてきた。
「えーと、えーと、枠線引くのにはミリペンが便利」
「ミリペン?聞いたことないな?」
「じゃあ、じゃあ、サインペンとかフェルトペンは?」
「去年、マジックインキとかいうフェルトペンが新発売してたが、あれだと太い線しか引けないらしいよ」
「だったら、カラスグチってので枠線引くんですか!?わたし、そんなの使えませんよ!!」
「うろたえるなよ!枠線ぐらい、俺が引いてやるから!」
「――ちょ、ちょっと待ってください!買う物、メモりますから………」
横山が慌ててメモ帳を取り出した。
「そうだ!治美さん!一緒に買い物に行きませんか。昭和の神戸の街をご案内しますよ」
「えっ!?外に出てもいいの!?」
治美が身を乗り出し、目が嬉しくてたまらないというようにキラキラ光った。
「横山さん!治美はまだまだ危なっかしいから外に連れ出すのやめて下さい」
「雅人くん。僕と治美さんが掛けている未来の眼鏡は電気で動くんだ。メガネのフレーム全体が日の光を浴びると発電し、内蔵された電池に充電される仕組みになっているんだ。だから定期的に外に出て、太陽を浴びないと動かなくなるんだよ」
「本当だわ!電池が残り10パーセントになってた!?」
治美が自分のコミックグラスを操作しながらわざとらしく叫んだ。
「最近、ずーと暗い屋根裏部屋でマンガ描いてたから、充電が切れそうだわ!」
治美が訴えかける目で雅人を見つめた。
治美の金髪は目立つので、この数日、外出禁止でずっと屋根裏に引き籠って漫画を描いていた。
それがよっぽど窮屈だったと見える。
「わかったよ!治美も横山さんが一緒なら大丈夫だろう。気分転換に買い物に行っておいで」
「やった!」
治美はもろ手を挙げて喜んだ。
「雅人さんは一緒に行かないの?」
「俺はちょいと思いついたことあるから、二人で買い物してきなよ」
治美は浮かれて、とめどなく喋りだした。
「わたし、一度、八百屋さんや魚屋さんとかで買い物したかったんですよ。『らっしゃい!らっしゃい!お嬢ちゃん、美人だからオマケしとくね』とか言うんでしょ。新聞紙で包んでくれるんでしょ。お醤油は量り売りしてるんでしょ。納豆はワラで包んでいるんでしょ。お豆腐は鍋に入れて持って帰るんでしょ。あっ!現金でしか買い物できないんですか?お釣りとかポイントとかどうやって計算するのかな?」
「やっぱり、外に出すのは止めた!」
決して目立つことはしないと固く誓った治美は、金色の長い髪が見えないように赤いベレー帽で隠した。
そして、横山に連れられていそいそと買い物に出かけて行った。
たかが近所の市場に買い物に行くだけで興奮し、身を躍らせて出かけた治美が不憫だった。
さっきはそんな素振りは見せなかったが、治美に「ちっとも会いに来なかった」とすねられた時、実は雅人は結構応えていた。
(――もっと、優しくしてやればよかった)
二人が出かけるのを見送ると、雅人は治美が間借りしている屋根裏部屋に上がった。
屋根裏部屋は片づけてはいたが、普段使わない食器や調度品や柳行李が山積みになり、昼間でも薄暗かった。
粗末な簡易ベッドの横には、木製のミカン箱が置かれていた。
木箱の上には電球が1個だけついた電気スタンドと下敷きにしていた板が一枚載せてあった。
この木箱を机代わりにして、治美は一生懸命漫画を描いていたのだろう。
17歳の頼りなさげな女の子が、突然60年も過去の世界に飛ばされ、いつ自分が消滅するか分からない恐怖と戦いながら、たった一人で生きてゆかねばならないのだ。
埃だらけの屋根裏部屋で、真夜中、治美が一人黙々と漫画を描いているところを想像すると、切なさに胸が締め付けられた。
治美は突然、この世界から消滅するかもしれない。
あるいは突然、未来世界に戻ってしまうかもしれない。
その時が来ても後悔しないよう、誠心誠意、治美を護ってゆこう。
そう、雅人は決意したのだ。
雅人は治美が描いていた4コマ漫画をすべて集めて、茶封筒に入れた。
『買い物から戻ったら、道具を持って俺の家に来てくれ』
そう書置きを残し、雅人は原稿の入った茶封筒を持って家に戻った。
雅人は家の裏庭にある物置の中をゴソゴソと物色した。
「あった!」
物置の奥にはガラスの蓋がついた木製の平箱がいくつか置いてあった。
使わなくなった駄菓子の陳列ケースだ。
雅人は埃を払って、陳列ケースを持ち上げてみた。
「よし。ちょうどいい大きさだ」
雅人は縁側に座ると、キリとノコギリを使って陳列ケースの横に穴を開け、そこに電気コードを通してケースの中に裸電球を入れてみた。
「こんにちは!」
表の駄菓子屋の店先から治美の声がした。
「まあ、あんた、久しぶりやね!元気にしとった?」
店番をしている雅人の母親の声だ。
「雅人!治美ちゃんが遊びに来たで!」
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