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ロストワールド その6
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「ターザンの秘密基地」は結局「ターザン」という単語を使うのは著作権上マズイと言うことになり、「シャリ河の秘密基地」と改題された。
そして10月に入ってからI出版からB6判の描き下ろし単行本として発行された。
「シャリ河の秘密基地」は「新寶島」を描いた金髪の美少女漫画家、手塚治虫の新作ということで話題となり大ヒットした。
I出版の社長は大喜びで続いてジャングルを舞台にした冒険物を依頼してきた。
雅人はその頃になってようやく「ターザンの秘密基地」は、以前治美が描きたいと言っていた18作品の中の一つだと思い出した。
(『新寶島』発表後、ジャングル物の人気がでます。『ジャングル魔境』、『ターザンの秘密基地』、『有尾人』は必須です)
確かにあの時治美はそう言っていた。
茶の間で「ロストワールド」の後編の台詞を口述筆記していた雅人が尋ねた。
「I出版で『ロストワールド』がボツになるのはわかっていたのか、治美?」
「そんなわけないですよ。ただ持ち込み先を間違えました。どこかもっとSFに理解のある出版社に持ち込むべきでした」
駄菓子を食べながら畳の上に仰向きに寝ころんでいた治美が身を起こした。
「そうか。だったら今度の日曜日にまた大阪に行って出版社を回ってみるか」
「すみませんがお願いします。ポリポリ」
治美は再び寝ころぶと、駄菓子をほおばりながら言った。
「ちっともすみませんという態度に見えないぞ!」
「コミックグラスでセリフを読むだけですから、楽な姿勢にさせて下さいよ」
「まったく!ほかアシスタントの前でそんなだらしない格好するんじゃないぞ!」
「でも、本物の手塚先生も時間のない時は寝ころびながら漫画描いていたそうですよ」
「それはそれで凄いな!」
「ロストワールド」は結局、F書房という出版社から発行された。
雅人がSF作品に理解がある出版社を探してF書房に「ロストワールド」の原稿を持ち込んだらあっさりと「ロストワールド 地球篇・宇宙篇」は10月に発行された。
F書房が特にSF作品に理解があるわけではない。
「新寶島」がベストセラーになった手塚治虫の新作だから中身はなんでもよかったのだ。
後に「ロストワールド」は前後編合わせて40万部を売り上げ、F書房は「メトロポリス」、「来るべき世界」のSF三部作を続けざまに発行してくれることとなる。
こうして、後に「奇跡の7カ月」と呼ばれる手塚作品の快進撃が始まった。
「漫画を描くのは、お札を描いてるようなもんやな!もっともっとぎょうさん描いて稼いでや!」
エリザは手塚漫画の大ヒットにホクホク顔であった。
もともと貿易商をしているドイツ人の父親の血を引いているのかエリザには商才があった。
エリザは治美の描く漫画が売れるとわかるとマネージメントをしてやろうと言い出した。
エリザはお屋敷の中庭の片隅にバラック小屋を建て、机を並べて漫画制作小屋を作った。
その小屋は蒸し暑くまるで蒸し風呂のようだった。
そこで治美はその小屋を「虫プロ」と名付けた。
治美はエリザ家の番頭、横山に頼んで近所の主婦を大勢集めてもらった。
そして主婦たちを短時間労働者として雇い、歩合給を払ってライン引きやベタなどの簡単な作業をさせることにした。
主婦たちは割の良い内職ができたと大喜びだった。
「ラインやベタだけじゃなく、背景や仕上げもできる人が欲しいですね。新聞に求人広告を出して絵の上手い人間をアシスタントとして集めますか」
そう横山が治美に提案したが、彼女は首を横に振った。
「いえ。ただ絵が上手い人じゃなくて将来漫画家になりたい人を集めたいんですよ」
「そうは言っても、どうやって集めるつもりですか?」
「わたしの漫画を読んだ人が、そのうち向こうからやってくると思いますよ」
「そんなにうまくいきますかね?」
「それよりも横山さんのデビュー作はできました?」
「はい、これですよ。『音無しの剣』、98ページ」
横山が完成した漫画原稿を治美に手渡した。
そのとたん、治美は自分の鼻をつまんで叫んだ。
「タバコ臭いです!」
ずっと書斎で煙草を吸いながら描いていたため原稿にはニコチンがしみこんでいた。
「ハハハ!」
横山は笑ってごまかした。
治美は鼻を摘まみながらパッパッと原稿を素早くめくって読んでいった。
「うーん!なかなか面白いですねぇ!さすが横山さん!今度わたしが出版社に行く時に売りこみましょう」
「手塚先生に褒めてもらえて光栄です。でも、どうでしょうか?手塚先生と絵柄がそっくりでしょ」
「それはしょうがないですよ。有名な漫画家はみんな、最初は手塚先生の模倣から始めたんですから」
「次は僕はどうしましょうか?手塚先生のアシスタントをしますか?それとも次の作品を描きますか?」
「しばらくはわたしのアシスタントをして下さい。明日、みんなを集めて勉強会を開きます。それに横山さんも参加してください」
「勉強会?何の?」
「もちろん漫画の描き方です」
「漫画の描き方なら僕はもうマスターしましたよ」
「横山さんには史実に合わせて幾つか手塚先生原作の漫画を描いてもらうつもりです。ですから手塚漫画の描き方を勉強してもらいたいのです」
「わかりました。明日の勉強会、何かお手伝いすることがありませんか?」
「それじゃあ、今から机を片付けて丸椅子を並べるので手伝ってくれますか?」
「手塚先生!僕はあなたのアシスタントですよ。遠慮しないでもっと命令してください」
「いえ。わたしにとってアシスタントの方はライバルですよ。そんな偉そうなこと言えません」
「僕もあなたのライバルですか!?」
「ええ!負けませんよ!」
そして10月に入ってからI出版からB6判の描き下ろし単行本として発行された。
「シャリ河の秘密基地」は「新寶島」を描いた金髪の美少女漫画家、手塚治虫の新作ということで話題となり大ヒットした。
I出版の社長は大喜びで続いてジャングルを舞台にした冒険物を依頼してきた。
雅人はその頃になってようやく「ターザンの秘密基地」は、以前治美が描きたいと言っていた18作品の中の一つだと思い出した。
(『新寶島』発表後、ジャングル物の人気がでます。『ジャングル魔境』、『ターザンの秘密基地』、『有尾人』は必須です)
確かにあの時治美はそう言っていた。
茶の間で「ロストワールド」の後編の台詞を口述筆記していた雅人が尋ねた。
「I出版で『ロストワールド』がボツになるのはわかっていたのか、治美?」
「そんなわけないですよ。ただ持ち込み先を間違えました。どこかもっとSFに理解のある出版社に持ち込むべきでした」
駄菓子を食べながら畳の上に仰向きに寝ころんでいた治美が身を起こした。
「そうか。だったら今度の日曜日にまた大阪に行って出版社を回ってみるか」
「すみませんがお願いします。ポリポリ」
治美は再び寝ころぶと、駄菓子をほおばりながら言った。
「ちっともすみませんという態度に見えないぞ!」
「コミックグラスでセリフを読むだけですから、楽な姿勢にさせて下さいよ」
「まったく!ほかアシスタントの前でそんなだらしない格好するんじゃないぞ!」
「でも、本物の手塚先生も時間のない時は寝ころびながら漫画描いていたそうですよ」
「それはそれで凄いな!」
「ロストワールド」は結局、F書房という出版社から発行された。
雅人がSF作品に理解がある出版社を探してF書房に「ロストワールド」の原稿を持ち込んだらあっさりと「ロストワールド 地球篇・宇宙篇」は10月に発行された。
F書房が特にSF作品に理解があるわけではない。
「新寶島」がベストセラーになった手塚治虫の新作だから中身はなんでもよかったのだ。
後に「ロストワールド」は前後編合わせて40万部を売り上げ、F書房は「メトロポリス」、「来るべき世界」のSF三部作を続けざまに発行してくれることとなる。
こうして、後に「奇跡の7カ月」と呼ばれる手塚作品の快進撃が始まった。
「漫画を描くのは、お札を描いてるようなもんやな!もっともっとぎょうさん描いて稼いでや!」
エリザは手塚漫画の大ヒットにホクホク顔であった。
もともと貿易商をしているドイツ人の父親の血を引いているのかエリザには商才があった。
エリザは治美の描く漫画が売れるとわかるとマネージメントをしてやろうと言い出した。
エリザはお屋敷の中庭の片隅にバラック小屋を建て、机を並べて漫画制作小屋を作った。
その小屋は蒸し暑くまるで蒸し風呂のようだった。
そこで治美はその小屋を「虫プロ」と名付けた。
治美はエリザ家の番頭、横山に頼んで近所の主婦を大勢集めてもらった。
そして主婦たちを短時間労働者として雇い、歩合給を払ってライン引きやベタなどの簡単な作業をさせることにした。
主婦たちは割の良い内職ができたと大喜びだった。
「ラインやベタだけじゃなく、背景や仕上げもできる人が欲しいですね。新聞に求人広告を出して絵の上手い人間をアシスタントとして集めますか」
そう横山が治美に提案したが、彼女は首を横に振った。
「いえ。ただ絵が上手い人じゃなくて将来漫画家になりたい人を集めたいんですよ」
「そうは言っても、どうやって集めるつもりですか?」
「わたしの漫画を読んだ人が、そのうち向こうからやってくると思いますよ」
「そんなにうまくいきますかね?」
「それよりも横山さんのデビュー作はできました?」
「はい、これですよ。『音無しの剣』、98ページ」
横山が完成した漫画原稿を治美に手渡した。
そのとたん、治美は自分の鼻をつまんで叫んだ。
「タバコ臭いです!」
ずっと書斎で煙草を吸いながら描いていたため原稿にはニコチンがしみこんでいた。
「ハハハ!」
横山は笑ってごまかした。
治美は鼻を摘まみながらパッパッと原稿を素早くめくって読んでいった。
「うーん!なかなか面白いですねぇ!さすが横山さん!今度わたしが出版社に行く時に売りこみましょう」
「手塚先生に褒めてもらえて光栄です。でも、どうでしょうか?手塚先生と絵柄がそっくりでしょ」
「それはしょうがないですよ。有名な漫画家はみんな、最初は手塚先生の模倣から始めたんですから」
「次は僕はどうしましょうか?手塚先生のアシスタントをしますか?それとも次の作品を描きますか?」
「しばらくはわたしのアシスタントをして下さい。明日、みんなを集めて勉強会を開きます。それに横山さんも参加してください」
「勉強会?何の?」
「もちろん漫画の描き方です」
「漫画の描き方なら僕はもうマスターしましたよ」
「横山さんには史実に合わせて幾つか手塚先生原作の漫画を描いてもらうつもりです。ですから手塚漫画の描き方を勉強してもらいたいのです」
「わかりました。明日の勉強会、何かお手伝いすることがありませんか?」
「それじゃあ、今から机を片付けて丸椅子を並べるので手伝ってくれますか?」
「手塚先生!僕はあなたのアシスタントですよ。遠慮しないでもっと命令してください」
「いえ。わたしにとってアシスタントの方はライバルですよ。そんな偉そうなこと言えません」
「僕もあなたのライバルですか!?」
「ええ!負けませんよ!」
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